夜、いつもの学校の見回りを終え、寮の自分の部屋に帰宅する。
 最近は学祭も近いからか、生徒達も妙に羽目を外しやすくてなっていて困る。
 立ち入り禁止の屋上でお菓子を食べていたり、廊下にビー玉を転がして遊んだり、巨大猫を学校に連れ込んだり、教室に楽器を持ち込んだり、中庭で曲を流してバンドの練習をしていたり、グラウンドで花火を打ち上げたり。
 ああでも、もうそんなことどうでもいい。
 一度部屋に帰ってくれば、私の疲れを癒してくれる、全てを忘れさせてくれるあの子がいる。

 “わふ〜〜っ!” 

 ええ、今日も遊んであげるわ。だからまたそうやって私を癒してくれる? クドリャフカ。
 よしっ! オーケイ! 
 ただいまー! クドリャフカー!

「帰ったわよ」

 無愛想な顔で素っ気無く、帰宅の挨拶をする。
 うん、これでいい。
 学校では鬼の風紀委員長、そして学校一のクールレディ二木さんとして認識されている私が、そう簡単にデレデレしているところを見せてはいけない。
 でもあの子はそんなの関係なく“佳奈多さーんっ!”と甘えてくるので、いつの間にか自分も頬を緩めてしまうのだが。
 ま、クドリャフカならいっか。
 さぁ、“おかえりなさいっ! 佳奈多さんっ!”と可愛く私を出迎えて。クドリャフカ。
 きっと冷たく返してしまうかもしれないけど、クドリャフカならこの私の隠された精一杯の愛情に気づいてくれるわよね。
 ねぇクドリャフカ。うふふふ。あははは。

「……って、あれ?」

 ん? おかしい。返事が無い。
 どこかに出かけた? いや、電気はついているし靴もちゃんとある。
 もしかして攫われた? そんな馬鹿な。さっきまで自分達が見回りしていたんだから、不審者なんか絶対にあり得ない。
 
「クドリャフカー?」

 そう考えつつも、少し心配になる私。
 部屋の奥に入っていくと……やっぱりちゃんといた。
  机に座って、こちらに背を向けている。そこから“トントン、トントン”と音が聞こえてくる。
 お勉強かしら。偉いわクドリャフカ。声が聞こえないほどに集中していたのね。

「……なによ、やっぱり居るんじゃないの。ただいま、今戻ったわよ」

 近くに行って、集中しててもちゃんと聞こえるように少し大きめの声で帰宅の挨拶をする。
 ……が、反応がない。

「ちょっとクドリャフカ。聞いてるの!?」

 やっぱり反応なし。
 な、なによこれ! 私より勉強の方が大事だというの!?

「クドリャフカ!!」

 大声を出してみる。が、無反応。
 も、もしかして、私のこと嫌いになっちゃったの? そんな……この前黙ってあなたのプリン食べたから?
 いやそれとも、立場逆転、ということ? そういうプレイが好みなの? 黒クドリャフカになっちゃったの!?
 い、いやよっ! そんなクドリャフカはダメっ! 妹のような、子犬のようなあなたが好きなのに!
 お願い! 返事をしてクドリャフカァーーー!

「あれ? 佳奈多さん?」
「……え?」

 と思ったら、あっけなく普通の反応が返ってくる。
 って、ちょ、ちょっと! 今の私の苦悩(1,2秒)は何だったのよ!

「あ、すみませんっ! 佳奈多さん! おかえりなさいっ!」

 慌てて机の椅子から降りて挨拶を返してくる。
 はぁ……よかった、いつものクドリャフカじゃない。でも、そんなに勉強に集中していたってことかしら。

「はぁ、まったく。勉強もいいけど集中し過ぎよ。ただいまってさっきから言っているのに」
「はえ? い、いえっ! あ、あの〜、えっと〜……す、すみませんです〜……」
「?」

 ちょっと様子がおかしい? けど、ま、いっか。
 いつものクドリャフカでよかったわ。黒クドリャフカなんて、ちょっと見てみたいけどやっぱりごめんだもの。

「何の勉強をしていたの? 少し見てあげるわ」
「ええっと〜、あの〜」
「ん?」

 これは……紙? 
 机にテープで貼り付けられた紙に、白と黒の鍵盤が綺麗に書いてある。そして、机の少し奥には数枚の楽譜。
 って、これってまさか。

「バンドの、練習してたのです〜……」

 見るとクドリャフカの手には左右の耳につけるイヤホンが握られており、そこから音がシャカシャカと小さく聞こえてくる。

「……あ、ああ。バンドの練習ね。知っているわ」
「はい〜。気づかなくてごめんなさいです〜」

 そういえばあの棗恭介が、リトルバスターズでバンドを組むとか言って許可を願い出てきたのを覚えている。
 予測不可能的に騒がれるより、そうやってさっさと役割を与えてしまった方がこっちとしても安心だと思い、簡単に先生に話を通し許可してやった。
 もちろん学祭で出し物が出来るのはクラブ単位でなので、一応リトルバスターズは全員軽音楽部に入部、という形にさせておいたが。
 そのためメンバー全員の入部届けを書かねばならず、自分が発案者のくせにめんどくさいとか抜かしていたあの男がよく印象に残っていた。

「ま、いいわ。じゃ、クドリャフカ。今日も料理手伝ってくれる?」
「わ、わふ〜……。す、すいません佳奈多さん。明日スタジオで曲合わせがあるので、もうちょっと練習しなくちゃいけないんです」

 ス、スタジオっ!? 曲合わせ!?
 な、なんか、クドリャフカが一気に遠い存在になっていく気がするわ……。
 いやでも、しょうがないっか。スタジオで曲合わせじゃ。
 うん、今日は一人でするとしよう。

「……そう、わかったわ。じゃ、ちょっとご飯の用意しちゃうわね」
「はいっ! 楽しみです〜」

 そうやってイヤホンをつけて練習に戻る。しょうがないわよね、スタジオで曲合わせじゃ。
 あーあ。今日も二人で楽しくお料理できるかと思ったのに。

-----

「ねぇクドリャフカ。ご飯食べ終わった後も練習するの?」
「はいっ! 次のスタジオ合わせで1曲目を完成させるって、みんな頑張ってますっ!」
「そ、そう……」
 
 ス、スタジオ合わせね。しょうがないわよね。

-----

「ねぇクドリャフカ。勉強しない? 見てあげてもいいわよ」
「………(トントン、トントントントンッ)……」
「あ……。そ、そうねっ! スタジオで練習があるんだものね!」

-----

「クドリャフカー! お風呂沸いたわよ〜。その、一緒に入らない?」
「………(パラパラッ、トントントンッ)……」
「くっ……」

-----

「あ、あの、クドリャフカ……」
「……ふぅー。もっと頑張るのですっ!」
「……………」


「葉留佳ー、ちょっといいー?」
「あ、ごめんお姉ちゃん! はやく部室行かないと遅れちゃうからー!」
「そ、そう。引き止めてごめんなさい」
「ううん。じゃ、行ってくるー!」

------

「葉留佳、あの時没収されたビー玉帰ってきたわよ。ほら、今度は大事にしなさい」
「………(高く飛べっ♪ 高く空へーっ♪)……」
「……あ。じゃ、邪魔しちゃったかしら。ここに置いていくわね」

------

「葉留佳ー、シフォンケーキ焼いてみたんだけど、食べてみてくれないー?」
「………(ジャンジャン、ジャカジャジャーン!)……」
「はう……」

------

「葉留佳ー! ごめんなさい遅れちゃってー! 待ったかしらー? って、あら?」

 一枚の紙切れがテーブルの上に置いてある。
 “ごっめーん! 今日スタジオで曲合わせの日だったの忘れてたー! また今度買い物行こうね! by はるちん”

「……………」


「ということが続いています。どうにかしてください」
「……俺がか?」

 ここは寮会室。
 いきなり風紀委員長の名の下に呼び出され、俺は作業を鈴と西園に任せてここにやってきた。
 奴は腕を組み、真正面からこちらの目を睨んでいる。
 さて今度は一体何の説教を食らうんだろうなと思ったら、語られたのは予想外に愚痴の数々。
 まぁ取り合えず、事情は把握した。
 そしてこいつが重度のシスコンだということも。

「他に誰が居るんですか」
「いや……そりゃ、俺しかいないが」
「でしょう」
「うん」

 ……ここで沈黙する。
 っていうか、どうにかしろって、どうすりゃいいんだよ。
 練習を止めて二木の相手をしてやってくれと言えばいいのか?
 って、俺はこいつの親父か!!

「何とか言ったらどうなんですか?」
「無理だ」
「知らないわ、そんなの」
「……………」

 知らないときたか。つまり、無理でもやれと。
 まぁこいつの言い分もわからなくはない。その二人が練習に夢中になってるのは、半分俺のせいだからな。
 しかし、だからといってそれが無理な話であることには変わりない。
 なんとかこいつをなだめる方法は……っと。

「は、我がままなお嬢さんだな。一体俺をどうするつもりなんだい?」
「何かっこつけてるの? キモいわよ」
「いや、キモいって……」
「なんか嵌り過ぎてて逆に気持ち悪いのよ」
「……………」

 何だか俺、最近身近な女子からの扱い酷くないか? 知らない女子はこれでやれるってのによ……。

「と、とにかくだ」
「何よ」
「そんなの、無理に決まっているだろう。今はみんな一所懸命バンドの練習をしているんだ。姉としては、それを応援してやるべきじゃないのか?」
「う……そ、そんなのわかってるわよ! でも……」

 俯いて黙り込む。
 うーむ。最初は我慢したってことか。
 まぁそういうことなら、なるべく叶えてやりたいが。俺だって鈴が構ってくれなかったら落ち込むだろうしな。
 だが……。

「だが今すぐバンドの練習を止めろ、なんて言えるわけないだろう。ライブはどうなるんだ」
「それもわかってるわよ。だから、ここであなたの知恵を借りたいわけ」
「俺より来ヶ谷の方が頭が切れると思うんだが」
「あの人にこんなこと言えるわけないでしょ……」

 どこか諦めたようなため息をつく。
 ああ、それは何となくわかる。
 あの鬼の風紀委員長様が、妹達に構ってもらえず寂しがって練習中止を指示、なんて。
 あいつにしたら格好のネタだ。鼻血を出して喜ぶことだろう。そして二木は奴に大きな弱みを握られることになる。

「でも、じゃあ何で俺なんだ」
「もうちゃんと私は、あなたの弱みも握ってるから」
「は?」

 ニヤリと笑ってくる。
 ど、どういうことだ?
 俺の弱みって、何だ? いつの間にこいつは俺の弱みなんて知ったんだ?

「シスコン、ブラコン、ロリコン、そしてゲイ……。はぁ、こんな人間見たことないわ。最低ね」
「いるわけねぇだろそんな人間っ!!」

 シ、シスコンって鈴のことか!? ブラコンは……り、理樹? っていうかロリコンとゲイは完全に誤解だろうが!!

「私が仕入れた情報によると、全部あなたの属性のはずなんだけど」
「はっ! おいおい、俺がそこまで人間終わってるように見えるか?」
「ええ」
「……………」

 しれっと言う二木。
 なんだそれ。生きてる価値あるのか、俺。
 
「ま、冗談よ。でもこれが学校中にバレたら大変でしょうね」
「くっ……。俺を脅すのか、二木」
「とんでもない。取引ってことよ」

 “フフッ”と悪そうに笑う。
 どうでもいいが、これが構ってもらえないで寂しがってるお姉ちゃんだと考えると、とても間抜けに見えてくる。
 取引か。追い詰められているシスコンが相手とはいえ、ここからの話は重要になってくるな。よく考えて返答しなければ。 

「その秘密をバラさないでいる代わりに、今回の件をどうにかしろ、ということか」
「そういうことよ。話が早くて助かるわ」
「だが、気づいてるか? まだ条件が出揃ってないということに」
「? 条件って、何よ」

 こいつは話が上手い。いつの間にか俺が下手に回ってしまっている。しかもそれが露骨に出ないようにカモフラージュもばっちりだ。あくまで二人がきちんと対等であるかのように見せかけている。
 だが俺はそれに気づかないほど馬鹿じゃないし、そもそもこれは本来俺が下に回るべき問題でもない。
 っていうか、本当に気づいてないのか?
 ふ。話が上手い割に、おつむは弱いようだな二木!

「俺だって、お前の弱みを握ってるんだぜ」
「だからそれは、この問題を解決してくれない、ということでしょう? 何を今更」
「そうじゃないさ」
「?」

 やっぱりこいつは、妹達をどうにかすることに必死になりすぎて自分が見えてないらしい。相手の弱みを握ってやれば、自分の弱みもどうにかなると思ってやがるのか。
 甘い、甘すぎるぜ二木。そう簡単に取引ってもんは上手くいくもんじゃない。
 まぁ、だったら、こっちも切り札を切るだけだ。一気にこいつのライフポイントをゼロにするくらいの、な。

「知らなかったぜ。まさかあの鬼の風紀委員長様が、妹達にちょっと構ってもらえないだけで拗ねちまうような重度のシスコンだったとは」
「なっ!?」

 表情を驚きに変え、そのまましばし硬直。そしてその後は段々と頬を赤く染めていく。
 まさか、本当に気づいてなかったとはな。まぁ、自分のことはよくわからないというが……。
 段々こいつも現状を把握してきたのか、真っ赤な顔で“キッ”とこちらを睨み付けてくる。
 うお、ちょっと可愛いかもしれない。
 だがこれで、形成は逆転だ。

「ふん。お前だって人のこと言えねぇじゃねぇかよ。シスコン同士仲良くしようぜ」
「う、うるさいわね! あなたなんかと一緒にしないで!」
「おやおや、そんな厳しい態度でいいのかい? そんなこと言われると、悲しすぎてふらっと言いふらしちまいそうだぜ。あの怖いお姉さんにまさかそんな可愛い秘密があったなんて、ギャップがあって面白ぇんじゃねぇの」
「くっ……! だったらあなたの最低な性癖も、盛大に脚色をつけてばら撒くだけよ!」
「おっと、そいつは困るな」

 ふん、それくらいはわかってるよ。
 ただ取引ってのは、一方的な要求のことじゃねぇのさ。双方の利害が一致して初めて取引となる。それがわかっただろ?
 ま、こいつがこうやって返してくるのも計算通り。
 よし、ならばあれを言うぞ。へへっ、一度言ってみたかったんだ。

「では、“取引”をしようか?」

 腕を組み顔を傾け、目一杯かっこつけて言ってやる。くぅー! イカスぜ、俺!

「……ふん。いいわ。ただの痛み分けより、そっちの方がずっといいもの。後それとキモいから」
「うるせぇよ!!」

 依頼主のくせにキモいキモい言ってくる。何なんだこいつは……。

「私の要求は……あなたが知っている通りよ。どうにかして」
「素直に妹達に構ってもらいたいって言えよ」
「うるさい!」

 顔を真っ赤にして頭にチョップを食らわしてくる。痛い。

「で、報酬は?」
「……やっぱりそれなのね」
「当たり前だろう。これは取引なんだぞ」

 なんだか嫌そうにしている。
 ったく。報酬が無かったらさっきと一緒だろうが。

「はぁ、わかったわよ……。うーん、何にしようかしら」

 よし、ここでどれだけデカい報酬を決めさせられるかが勝負になるぞ。
 ……いや、待てよ。そうだ! “あれ”にしよう! “あれ”はきっとこいつにしか出来ないことだ。うん、ナイスだ。
 だが、いきなりこいつにそんな要求を言ってしまえば、簡単に拒否されてしまいかねないな。タイミングが大事だ。しばらく様子を見るとするか。

「ええーっと、肩もみ券とか、ダメかしら?」
「お前が肩もんでくれるのか?」
「いいえ、あなたがもむのよ」
「じゃあな」
「ああっ! 待って待って!」

 制服の裾を掴まれて引っ張られる。
 アホかこいつは。やっぱり妹と一緒でアホの部類なのか。

「合法的に女の子の体に触れるのよ? 変態のあなたからしたら即死ものだと思うんだけど」
「お前、絶対俺のこと誤解してるだろ……」

 肩もみで即死って、どれだけ俺は終わってるんだ……。
 
「じゃあクドリャフカの肩もみ券」
「なにっ!? あ、いや……」
「冗談よ。変態でロリコンのあなたなんかにクドリャフカを触らせるわけないでしょう?」
「くっ!」

 ハン、と鼻で笑われる。
 今思ったんだが、俺って年上だよな? 先輩だよな? 合ってるよな? 
 なんで俺こんな目にあってるんだ。

「なかなか決まらないわね。変態のあなたが喜びそうなものって何かしら」
「そこから離れろっ!! ……ったく、お前もシスコンだろうが」
「変態よりマシだわ」
「うるせぇ!」

 ダメだ。このままじゃ終わらねぇ。
 っていうかやばいな。段々こいつのペースになっちまってる。どうにかして俺のペースに戻さねぇと。

「思うんだが」
「何よ」
「お前は要求を自分で考えた。ならばそれに見合う報酬も、俺が考えるべきじゃないのか」
「ふむ」

 一理あるわね、と言った表情で考え込んでいる。
 よし、もっともらしい理論で自然にこの会話に持ち込めたぞ。これで後は、俺の要求をこいつに承諾させればいい話だ。ここから一気に畳み込むぜ。

「そもそもお前の要求は無理難題に近い。ライブが控えているバンドの練習を何の理由もなく止めさせる、なんてものは常識から考えてあり得ない話だ。だから、俺がする要求もそれなりのものにさせてもらおう」
「な、何をする気よ?」

 少し体を引いて、俺の次の言葉に身構える。
 さて、上手くいくもんかな。
 正直微妙な所だ。こいつの要求が無理難題に近いのと同様、俺の要求もこいつにとって無理難題に近い。
 だが、やれる可能性があるならやらなきゃな。待ってろよ、鈴、西園。お兄ちゃん頑張るぜ。

「俺の要求は……」



 日曜日、午前9時半。
 天気は見事に秋晴れ。所々に散らばった雲が、逆にその秋空の広大さを際だたせている。なるほど、天高しという言葉は、まさしくその通りだと思った。
 恋人達の待ち合わせによく使われるだろう、小綺麗で洒落た駅前広場。棗先輩に私服でここに来いと呼び出された私は、そこにあったベンチの一つに腰かけて、ぼーっと景色を眺めていた。
 恐らく葉留佳達のことをどうにかしてくれたのだと思うのだけど、なぜここに来なければならないのかは詳しく聞かされてない。
 一応聞いてみたところ子供っぽい笑顔で“ヒミツさ!”と返されたので、仕返しに“キモいわ”と言っておいた。
 ということで、今私はここであの男を待っているのだけれど、なかなか現れない。
 て、ていうか、この広場でこうやって一人でベンチに座ってると、デートで恋人と待ち合わせてる女の子に見えなくもないわね。
 うう、よりによってあんな変態と恋人のように見られるかもしれないなんて。
 そ、そりゃ、ちょっとかっこいいとは思うけど……でも別にそんなに親しい方じゃないし。変態だし。
 そんなことをあれこれ考えてると、向こうから走って例の男がやってきた。
 あ、なんか最初の言葉が予想できる。

「悪ぃ! 待ったか?」

 色んな意味で期待を裏切らない男ね、こいつは。

「……すごく待ちましたけど、それが何か?」
「あ、悪ぃ……。いや、ていうかそこは、『ううん。今来たとこ!』って言う所だろ?」
「何が嬉しくてあなたとそんな恋人トークしなくちゃいけないのっ!」
「はぁ……」

 わかってねぇなぁ、と溜息をついてスカした態度を取る目の前の男。
 ぶ、ぶん殴りたい……。取りあえず漫画の読み過ぎだ。それに、演技もちょっと上手くてキモい。

「はぁ。とにかく、あの件の結果を教えて下さい」
「ああ、わかってるよ。ま、そのためにこの時間に呼んだんだしな」
「?」

 そうしてあの件について話し始める。
 結果から言って、バンドの練習を一時止めることには成功した。
 ただその理由付けとして、今日一日を使って都内にある楽器屋街に行くことになったらしい。
 正直私はああいう楽器のことなんてよくわからないんだけど、なんか必要なものを色々買うみたいだ。

「ま、この一日で堪能するんだな」
「堪能って、エロく聞こえるわね……」
「そりゃぁ、お前がエロいからだろう」
「エロくないわよっ!」

 しれっとした顔で言うので、取りあえず殴っておいた。

「いてぇよ!」
「あなたMだからいいでしょ」
「ちげぇ! 勝手に新しいのくっつけるな!」
「はぁ……。で、葉留佳とクドリャフカはちゃんと来るんでしょうね」
「ん? ああ、ちゃんと来るぜ。買い出し部隊としてな。ま、後荷物持ちとして一人呼んでおいたが」
「へ?」

 誰だろう?
 と、とにかく、それに私含めた5人で都会に遊びに行くわけか。
 一日しか無いみたいだから、ちゃんと有効に使わなければ。

「言い忘れていたが、そいつらにはまだお前が来ることを伝えていない」
「なんですって!?」
「そりゃ、最初からお前の名を出したら怪しまれるだろう。一応名目上はただの買い出しなんだからな」
「ど、どうすればいいのよ……」
「大丈夫さ。ま、俺に任せておけ」

 そう言って笑い、“ドン!”と自分の胸を叩く。
 ま……まぁ、頼りにならなくもないかしら。
 う、うん。一応その辺はこの男に任せておこう。 
 
「で、誰なの? もう一人来るって」
「ん。そりゃ……って、おっと、もう来たみたいだな」
「えっ!?」

 棗先輩が手を振っている方向を見ると、3人の人影が見えた。その内の二人は、やっぱり葉留佳とクドリャフカ。
 ああ、ちゃんと来てくれたんだ。よかった。
 あの二人が私に向かって楽しそうに歩いてくる。何度も夢にまで見た光景。
 今日はなぜか変なお邪魔虫がいるけれど、気にしないでたくさん遊びましょうね。
 ねぇ葉留佳、クドリャフカ。うふふふ。あははは。

「お前、間抜けな顔になってるぞ」

 蹴っておく。

「いてぇ!」

 喜び出す男。やはり変態だ。
 いや、そんなことはどうでもいい。肝心のもう一人の影は誰なのかしら……って、えっ!?


「み、宮沢!?」
「ん? なぜ二木がここに居るんだ?」
「あれー? お姉ちゃんだー。どうしたのー?」
「わふー! 佳奈多さーん!」

 そう言って抱きついてくるクドリャフカ。
 ってああ、もうしょうがないわね。朝もちゃんと会ったのに。
 最近一緒に居られなかったのがそんなに寂しかったの? うん、もう大丈夫よ。うふふ。
 ……って、違う!
 すぐに現実に戻った私は、隣に居た棗先輩の耳を引っ張りこしょこしょ話をする。

「(どうして宮沢がここに居るのよっ)」
「(いや、だから荷物持ちだって言ったろ。まぁそんなに多くならんかもしれんが、楽器屋の他にもどっか行きたいだろ?)」
「(い、いや、それはそうだけど。で、でも宮沢はっ)」
「何をコソコソしているんだお前らは……」
「はうっ」
「い、いや。早かったな、お前らも」

 う、うう。まさか宮沢が来るとは。正直今はあんまり会いたくない人物だ。
 楽しくなるはずの休日が、一気に憂鬱に……。
 ま、まぁ、ちゃんと私服を着てきてくれているのがせめてもの救いね。上に羽織ってるジャンパーが少し気になるけれど。

「うむ、まぁな」
「謙吾くんってば、早く行こう早く行こうってうるさいんですヨ」
「急いで朝ご飯食べましたっ!」
「はっはっは! 遊びに行くんだから当たり前だろう! 俺など既に7時前には完全にスタンバイしていたわ!」

 ガキかこいつは。
 事故後から一気に変な性格になったわね……。

「にしても驚きだな」
「あん?」
「いや、恭介がなぜか時間よりずっと早く出て行ったので不思議に思っていたら、こうして二木と逢引きしているとはな」
「ばっ……! ち、ちげぇよ!」

 ちょ、ちょっとなんでそこでどもるのよ。誤解されるでしょーが!

「わふ〜! 逢引きですかぁーっ!?」
「逢引きって何ですカ?」
「デート、ということだ」

 わぁぁぁぁぁああああ!!

「えええええ! お姉ちゃんが恭介くんとー!?」
「そ、そんなわけないでしょう! 誰がこの変態と!」
「誰が変態だっ!」
「わふーっ! 恭介さんは変態さんだったのですかーっ!?」
「ちげぇぇぇぇぇぇええっ!!」

 絶叫が広場に木霊する。
 わ、わけがわからない。なんでこんなことに……。



「はっはっは。で、恭介。本当はどういう事なんだ?」

 あの後散々二人して弄り回されることになり、必死になって一応は誤解を解いたものの、こいつらからの生暖かい視線が完全に消えることはなかった。
 くっ! この男わかっててやったわね! 本当に、いい性格になったわ……。

「はぁ、はぁ……。ん?」
「だからどうして、二木がここに居るんだ?」
「あ、ああ。ついさっきそこで偶然出会ったんだが、一緒に行くことになった」
「……………」

 宮沢が呆然としている。きっと私も。
 棗先輩だけがニコニコと笑っている。
 アホかこの男は。
 この馬鹿を信用した私が馬鹿だった。って、どっちも馬鹿ってことじゃない!

「い、いや。いきなり会ってすぐ同行出来るものなのか?」
「当たり前だろう。桃太郎の話を見ろ。あいつらは全く初対面のくせしていきなり家来と主人の契りを結んでいるだろう。まぁ、正直初めて読んだ時は俺もさすがに突っこんだものだが、それに比べればこれぐらいどうってことない」
「た、確かに! なるほどな!」
「この馬鹿2人は放っておきまして……やっぱりデートなんじゃないですカ?」
「わ、わふ〜」
「違うから! 本当に……」

 本当に、疲れる……。
 このリトルバスターズとかいう集団は、どうしてたったこれだけのメンバーであんなカオス空間を作れるのかしら。わけがわからない。
 
「はぁ。棗先輩の言ってることはデタラメです。同行させてもらうのは本当ですが、ただ私はあなた達が問題を起こさないように見張りにきただけです」
「そう言いながら本当は〜……」
「黙りなさい、葉留佳」
「わひゃーっ! おっかなーい!」

 もちろんこんなの嘘だけど、あなたが考えてるのも違うから。ほんと……。

「何だよ……。俺の話で行くって打ち合わせしといたろ」
「あんな酷い話だとは思ってもみなかったわよ!」
「な、なんだ。違うのか? 正直俺は感動したというのに」
「あれでっ!?」

 ああ、今気づいた。この中で突っこみ役私一人なんだ。
 いつもはあの直枝理樹が居るけど、今日は居ない。
 ああ、あの男って、実はすごいやつなんじゃないかしら。たった4人に突っこむのに、これだけの体力を使うんだもの……。

「まぁいいか。よし、じゃそろそろ出発するぞ」
「すまん。切符ってどこで買うんだ?」
「そこからっ!?」
「はっはっは! 冗談だ。それくらい知っている」
「くっ……」

 直枝理樹……帰ったら後でたっぷり文句言ってやる! あなたの友達、絶対おかしいわ!
 そ、それと、ちょっと突っこみの仕方教えてもらおうかしら。うん。

「いやー、お姉ちゃんって突っこみの才能ありますネ」
「そんな才能要らないわよ……」
「佳奈多さんっ! 元気出してくださいっ!」
「……ああ、うん。ありがとう。クドリャフカ」

 本当にクドリャフカだけね、私の味方になってくれるのは。ありがとう、今日はたっぷり遊びましょうね。

「突っこみだって、漫才には大事なのですっ!」
「……………」

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