「恭介、やっと見つけたよ。こんなところに居たんだ。はい、乾杯」
「ん? おう、乾杯。……ったく、やっと一人到着か。ほら、お前もそこに座れよ。簡単な椅子だけど」
「あ、いいの? それじゃあ失礼して――っと」

 恭介が指差した方の丸椅子に、僕は壁に寄りかかるようにして座らせてもらう。そして、改めて恭介とコップを打ち付けた。
 こうしてここに二人で向かい合って座ると、通行する人の邪魔になってしまわないかと心配したが――、よくよく考えてみればここは食堂の出入り口。まだ中であれだけ騒いでるというのに、わざわざここから出ていく人も、今からここに入ってくる人もそうそういないだろうと思われた。

「ていうかさ、なんで恭介はこんなとこで一人で座ってるの? また鈴に暗い奴とか言われるよ?」
「いいんだよ……自覚してるからな」
「そんなことはないと思うんだけど……。あ、もしかしてさっきのアレ、本当にやってるの?」
「いいんだよ……みんなに忘れられてたって……誰にも気づいてもらえなくたって。俺は、ちゃんとやり遂げたんだし……それに、こうやって理樹も来てくれたしな」
「いや、僕は別にアイス目的じゃないんだけど……」

 そう言って感慨深げにコップをあおる恭介は、なんだかダンディなお兄さんっぽくてかっこよかったけど、こう見えて恭介がやっているのはただの『恭介をさがそう』ゲームだ。しかもここにはまだ僕一人しか来ておらず、恭介はただ忘れ去られて、一人寂しさに打ちひしがれてるだけにも見えた。
 視線をずらして食堂の中心の方を見てみると、なにやら真人と謙吾が料理の早食い対決をしているようで、その周りでリトルバスターズガールズのみんなや、軽音楽部員、演劇部員、風紀委員、そして実行委員などの人たちが全部一緒くたになって、楽しく騒いでいたり馬鹿二人の勝負を応援したりなどしていた。
 あの様子じゃ、まだまだこっちに来てくれそうもないかなぁ……と僕が苦笑していると、恭介は隣に置いておいた紙皿を手に持ち、僕に向け。

「ほら理樹、お前も食うか? 柿ピーに枝豆、スルメまで完備してあるぞ」
「……いや。もう恭介、ほとんどオヤジだから……で、それ何? 何飲んでるの今? ま、まさか……」
「ビール」
「え、えええぇぇぇっ!?」
「嘘だ、嘘。ほんとはただのコーラだよ。もう三年なんだから、妙な問題は起こさねーって」
「なんだ……っていうか、やっぱり恭介はコーラなんだね……。あ、僕はね、ほら、ウーロン茶だよ。コーラはさっき散々一気飲みさせられたからね、今はこれで休憩だよ……」

 ……あれこそまさに、コーラ地獄。飲めども飲めども一向に減っていかない黒の液体。次々と用意されていく瓶。隣で不敵な笑みのままそれを飲み続ける一人の悪魔。圧倒される僕。コーラで浸かりきった脳みそ。吐き出される猛獣の咆哮のようなげっぷ。巻き起こる大きな笑い声。笑いで腹を抱えてのたうち回る葉留佳さん。最低です、と赤い顔で吐き捨てる西園さん。倒れそうになった僕の肩を持って、突如として発動された馬鹿二人による絆スキップという名の罰ゲーム。ぐんぐんと体中に回っていくコーラ。そして……。……あそこで僕は、なにか大切なものを失った気がする。
 恭介もさっきの様子を遠巻きに眺めていたのか、僕のそんな言葉を聞いて、唇の端を曲げて失笑していた。

「なかなかの名勝負だったぜ。お疲れ様だな、理樹」
「……あんまり嬉しくないけどね。それより恭介の方こそお疲れ様。きっと、この学祭で一番頑張ったのは恭介だと思うよ。本当にすごかったよ。さっきのライブ」
「いーや、お前たちほどじゃないさ。ベースもバッキングギターも足りてない、本当の凸凹でオマケみたいなバンドだったからな。……だがまあ、準備から運営、実施まで全部やれて、かなり楽しかったのは確かだな」

 そうして恭介は笑いながら、ピーナッツを口に放り込んだ。……って、あーあ、恭介ったら本当にピーナッツばかり食べてる。僕も好きなのに。くそ。
 仕方なしに僕が余ったスルメに手を伸ばそうとすると、恭介から、おいおい柿の種も食ってやれよ、などと指示が飛んでくる。
 なんだよ恭介知らないの? 柿ピーは、柿の種とピーナッツを交互に食べるのがマナーなんだよ、と伝えてやると、恭介はなんだか、微妙に納得いかなさそうな顔でぽりぽりと柿の種を食べ始めた。やった。勝った。
 
「そういえばさ、恭介」
「ん?」

 床に置いてあるペットボトルのコーラをコップに注ぎながら、恭介が聞き返す。

「ずっと言い忘れてたけどさ……やっぱり恭介って、すごいよね」
「はあ? おいおい何だよ、急に。そんなに俺が柿ピーのマナーを忠実に守ったことが凄かったのかい? はっ、こんなの誰だってできるぜ。そして……あらよっと、空中食い。あぐっ」

 恭介は指でピ――……ンと空中に柿の種とピーナッツをダブルではね飛ばし、落ちてきたのをちょうど口先でキャッチ。もちろんダブルで。……地味にすごい芸当だった。
 って、そうじゃなくて、と僕は手を振る。

「いやいやそうじゃなくて。鈴と西園さんのこと。あの二人をちゃんと見捨てなかったことがだよ。……二人が余っちゃったときは、本当にもうどうしようもないって感じだったけど、それでも恭介はちゃんと考えててくれてたんだよね。本当に……やっぱりすごいよ」

 僕が俯きざまにそう言うと、恭介はとたんに、にぱっと子供っぽく顔をほころばせて。

「なーに言ってんだよ、理樹。こんなの、全然すごいことじゃねえって。やろうと思えばお前にだってちゃんと出来たさ」
「ほ、ほんとかなぁ……?」
「ああ、ほんとだとも。それにな、今回で本当に頑張ったのは……きっとあいつさ」
「え?」

 恭介が少し椅子をずらして、後ろを振り返るように通路から顔を出す。僕もそれに釣られて椅子をずらし、その視線の方を追っていくと――

「あ、もしかして……鈴?」
「そ。なんだかんだで、今回一番頑張ったのはあいつだ。……正直、俺がこの話を持ちかける前は、本当にあの鈴にライブがやれるかどうかですげえ不安だった。……昔似たようなことで俺は一度失敗してたからな。本当にあいつに無理そうな気配があったら、すぐにこの話は止めようって考えてたんだ。だけどあいつはこの話を受けた。なんて言って受けたかわかるか?」
「い、いや……ぜんぜん」

 僕がそう素直に聞き返すと、恭介はゆっくりと顔を戻していって、嬉しそうな顔になって柿の種をかじりつつ。

「今でもよく覚えてるぜ。『あたしがここで頑張ろうとしなきゃ、みんなとあたしは『仲間』だって、胸を張って言えなくなる。このままじゃただの友達だ』……ってな。西園や他のみんなには内緒にしてくれって言われたが、今お前に言っちまった。いいよな、別に」
「い、いや……まあ……いいのかなぁ……で、でも、それにしても……」
「馬鹿だと思うか?」
「え? ……え、えっと……」

 気づくと、恭介は少し真剣な顔になって、こちらの目を真っ直ぐに見つめていた。
 考えていたことを半分言い当てられた僕は、自分が鈴に対するひどい裏切りのようなことを考えてしまった気になって、気まずく俯いて言葉を濁した。
 恭介は、なおも真剣な色を声に含ませて。

「俺は、鈴がそう考えられるようになって嬉しいと思うぜ。お前はそうじゃないのか?」
「い、いや……そりゃ嬉しいけどさ。でも僕らは、たとえ鈴がどうなったって、ずっと仲間でもあるし友達でもあるじゃないか。一体なにを今さら……って思っちゃったよ」

 正直なところ、自分もドラムができなかった時に似たようなことを考えていた気もするが……だからこそ、とっても馬鹿馬鹿しいことだと僕は思った。
 そんなことをいちいち考えなくたって、鈴はいつだって僕らの仲間だと言っていいのだし、僕らもずっとこれから鈴のことを仲間だと思い続けていくつもりだ。
 あの楽しかった五人の思い出は決して消えない。
 メンバーが十人になってからの野球や事故についての思い出も、これからずっと、僕らの心の中に残り続けるだろう。
 ……そして、この学祭ライブの思い出も、きっと、死ぬまで。
 そんな思い出が心の中にある限り、僕らは当たり前に仲間であり続けるはずなんだ。
 なのに。
 なのに、どうして恭介は、そこで「その通りだぜ」と笑って頷いてくれないんだろう。
 どうして黙ったまま、こちらを難しい顔で睨んでいるんだろう。
 なんとなく怖くなった僕は、コップをあおるようにして逃げるが。

「ふ……まあ、間違ってはいないな。鈴がなにを考えていようが俺たちは仲間だ。その事実は、あいつがなにをしようと決して消えないだろう。……だが、」

 恭介はそこで一度言葉を切り、少し壁にもたれ掛かるようして、ぱくっとピーナッツを一口。
 そしてもぐもぐと咀嚼しながら、ここではないどこかを見つめるみたいに目を細くして、一言。
 少し、感傷的な声で。

「俺たちがその事実に甘えようとしちゃ……ダメなんだ」
「恭介……」

 ……やっとここで僕は、恭介の言いたいことの意味がわかった。
 頷くようにして、恭介の目を見返す。
 恭介は、どこか遠い過去に想いを馳せているのか、もう少し感傷的な顔になって。

「仲間ってのは、一方がそうでありたいと願うだけじゃ……ダメなんだ。ちゃんとお互いが『こいつらと仲間でありたい』とか『こいつらのことを大事にしたい』とか、そういういうことを考えてないと決して成立しない関係なのさ。相手が自分のことを想っていてくれていることにあぐらをかいて、のんびり適当にやっているだけじゃダメなんだ。だったらそいつはきっと、『仲間』なんかじゃねえ。そういう関係は……いつかきっと、必ずヒビが入る。俺がお前らのことを最高の仲間だと思っているのは、まさにそういうところがしっかりしているからさ。後は鈴がもう少しぐらいか……とずっと心配してたんだが……まあ、これでもう心配はいらなくなった、ってことだな」
「つまり……努力して、みんなと並び立とうとする――ってことだね」
「そうだな。決してそういう関係だけが仲間のカタチだとは思わんが、お互いが定期的に相手と自分との距離を考えることは、やはり重要なことなのさ。……俺は、それを鈴が理解してくれて……嬉しかったな。ならばきっと俺たちは――」

 ――ずっと、本当の仲間でいられるはずさ。
 
 そう嬉しそうに口ずさむ恭介の顔は、なんだか一仕事をやり終えた鈴のお父さんのようにも見え、思わず僕も頬が緩んでしまう。
 やっぱり恭介は……すごい人だった。
 一見なにも考えていないように見せて……その実、裏でもの凄く深いことを考えて行動している。
 きっとこの人が一番、リトルバスターズという集団を愛しているのだろう。
 鈴を愛し、みんなを愛し、リトルバスターズという存在自体を、きっと一番愛している。
 僕もそれに関してはなかなかだと思っていたけれど……いやはや、やっぱり恭介に比べたらまだ全然ダメだった。
 きっとこれからも――、僕はこの人には敵いそうにない。
 でも僕は、それでもきっと、別に悪くない気がするんだ。
 恭介は恭介で、僕は僕だ。
 僕が『恭介』になろうとしてもダメだし、恭介が『僕』になろうとしてもダメだ。
 席は一つきりしかないし、きっとその人の席にはその人しか座れない。
 それがきっと、この……リトルバスターズという集団なんだ。
 なんかいいな……こういうの。
 などと、僕がしみじみ思ってるというのに、

「でもなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
「……」

 なんて、間延びしきった恭介の情けない声が、食堂の廊下に響く。
 一気に僕は体全体から脱力させられ、関節が曲がって椅子の上でぐにゃぐにゃになりつつも、恭介に一体なんだと溜息混じりに聞き返すと、恭介は難しそうに頭を抱えたまま、

「鈴に……俺、最近優しくされてもらってないんだ」
「……はぁ」

 なんてことを寂しそうに呟き出すのだから、しょーがないというかなんというか。この可愛らしいギャップこそが恭介の最大の魅力なのかもしれないが、長年付き合ってる今でも、未だにこの急激な落差には慣れない。思わず長いため息が出てしまう。

「なんだよ、そのため息は! こっちは切実なんだよ!」

 目をくわっ! と開けて、恭介。

「いや、妹相手に優しくしてもらってないとか、こっちは切実だとか……逆に鈴の方がとても切実な気してくるよ……」

 切実すぎるというものだろう、これは。鈴の見えない苦労が忍ばれて、思わず哀切の涙が出てきてしまう。
 そもそも、実際こういうお兄さんがいたら非常に対応に困ると思う。
 もし僕が恭介の妹だったら、すぐにとっとと最後の一線を越えてしまいそうで……って、ああ、違う!
 違うだろ、アホ馬鹿変態! ……ええい、誰にも知られない心の中とはいえども、今一体僕はなにを考えようとしてたんだ……は、恥ずかしい……もう犯罪だよう。
 ……そして恭介は、そんな僕の涙ぐましい苦悩など露も知らず、一人ぼんやりと向こうを見て熱い吐息。

「なんでだよ……ああ、鈴……」

 恭介が見つめる先には、先ほどのワンピース姿のままの鈴がいた。小毬さんと一緒に料理やお菓子を食べながら、遠巻きに真人や謙吾たちのやり取りを楽しそうに眺めている。
 僕は、情けなく眉をハの字にしたままの恭介の横顔を覗き、自身の意味不明な苦悩を大げさなため息で誤魔化しつつ、席を立ち、その肩をぽんと叩いてやって、

「……大丈夫だよ恭介、鈴はどれだけ恭介に冷たくしたって、やっぱりお兄ちゃんのことが一番大好きなんだから」

 などと、優しく慰めてやる。
 そうさ。
 これは別に気休めなんかじゃなく、実際にそうに違いないという確信に基づいていた。
 だからと言ってなにか具体的で決定的な証拠があるわけではないが……こちらからよく鈴の挙動や態度を観察していれば、こんなことぐらいすぐに察しがつくというものだ。
 そして、こちらを見上げる恭介の顔には、とんでもない驚愕の表情が浮かんであって――――……ん? 驚愕?

「り、理樹……」
「なに?」
「も、もう一回……お兄ちゃんって言ってくれ――――おふッ!」

 脛の辺りを、靴の先で蹴ってやった。

「そういうことだろうと思ったよ……ちょっとは自重しようね。恭介はモテるんだからさ、本当にもったいないと思うよ」
「……おおふっ……うううぅぅぅぃぃぃ……」

 僕のそんな説教も、思いっきり脛を押さえて悶絶している恭介の耳にはまったく届いてないみたいだ。……ああ、なんか夢が壊れるなぁ、この光景。本当にここに誰か女の子がいなくてよかったと思うよ。
 僕は今のうちにヒョイヒョイと恭介の紙皿からピーナッツをゲットし、口の中に放り込んでおく。ふはは、これが罰だよ恭介。残念だったね。
 そして半死半生、息も絶え絶え、思いっきり涙目になってる恭介を華麗にスルーしつつ、僕は続きの言葉を紡ぐ。

「鈴はね、恭介のことが一番大好きなはずだよ。これはきっと間違いない。僕なんか……そうだなぁ、小毬さんぐらいじゃない? 好感度的には」
「……おっ、お前……それが、自分を好きだって言ってくれた子への、言い草かよっ……ああ、いてぇ……くそうっ」
「う……そ、それはまあ、確かに僕が言うべきことじゃないかもしれないけど……でもこっちから見た感じ、なんとなくそう思うんだよ僕は。それに、小毬さんってかなり鈴の中で好感度高いと思うから、そんなに鈴のことを馬鹿にしてはいないつもりだけど」
「……それだよ」
「え?」

 やっと痛みに慣れてきたのか、恭介はこちらを恨めしそうに睨みながらゆっくりと立ち上がり、再び椅子へと腰掛ける。
 まだ体に残る苦痛をごまかすように、置いてあったコーラをぐいっと一気飲み、ふうと一息。
 なんだか複雑そうに口を尖らせ、眇めた目で鈴の方を見やり。

「鈴と小毬って……なんか最近、怪しい雰囲気だと思わないか?」
「ぶっ!」

 思わず、口の中に含んでいたピーナッツを吹きだしてしまう。
 ……い、いきなりなにを言い出すんだろう、この人は。
 僕はわけもわからないまま、飛び出したピーナッツをティッシュで拾いに行くと、恭介はなおも、じ〜〜〜っと視線を鈴と小毬さんに。

「悔しいが、お前の予想は……多分当たっている。あいつと小毬は、やっぱり変だと俺も思う」
「な、なんだよそれっ!? いつ僕がそんな危険な予想したよ!?」
「は? なに言ってるんだよ、理樹。さっき思いっきりしてただろーが。……まぁそれはいいや。では改めて聞くが理樹……鈴と小毬、お前はどう見る」
「……」

 そんな非常にアホらしい質問に、僕はつなぐ言葉を忘れてしまうが……恭介の目はかなり真剣だ。どうしよう。
 ここで真っ向から可能性を否定しても……どうせ恭介のことだ。余計熱くなって、あれこれ執拗にエグい推理ゲームをやり出すに違いない。ここは適当に話を合わせて、とっとと次の話題に移ろう。
 僕はわざとらしく、かけてないメガネを中指で押し上げるような仕草をして、

「うーん……非常に仲がいいと思うね。あれはきっと、できちゃってるんじゃない?」

 などと事も無げに言ってみせるが。

「なにいっ!? やっぱりお前もそう思うのか!?」
「う、うん……、……え、あれ?」

 あれー?

「り、理樹がそこまで言うんじゃしょうがねえな……これはちょっと、本格的に調べてみた方がいいか。……い、いや、人の恋のあり方など様々だと思うが、実の兄として、これから妹にどう接していけばいいのかわからなくなるんでな……。そういう覚悟の意味も含めて、ちょっと後で――」

 あれぇー!?

「ちょ、ちょっ、待ってよ恭介! それはいくらなんでもマズいから! もし危ない場面に出くわしちゃったらどうするのさ!?」
「へ? そりゃお前、どうするって……、……」

 ……う、うわぁ。
 なにを頭の中で想像したのか知らないけど、みるみる恭介の顔が赤くなっていく。
 気まずそうに頬を掻いては目を泳がせ、そして僕と目が合うなり「なんでお前も赤くなってんだよ!」とチョップをくれなさった。痛い。
 だ、断じて言っておくが。
 僕はあくまで親友として、健全なる少女同士の健全なやり取りを想像しただけであって、実の妹のアレやコレを妄想して赤くなっているこの人に比べれば、まだ全然人間として終わっていないというか、病的レベルは幾分も下であるはずで、だから……

「……と、とにかく、その話はもう止めよう。もう考えるのもよそうぜ。鈴に失礼だ」
「そ、そそ、そうだよね。鈴はきっと、もっと普通(?)で平凡(?)でノーマル(?)な女の子のはずだよね。……お、男の子に対する好感度の話でもしよっか」

 「そうだね。そうだよね」と真っ赤な顔で意味深に頷き合う僕らを見て、向こうにいた一組のカップルがダッシュで逃げていったようだが、どうにも気のせいだと僕は思う。意味を考えたくもない。きっと妖精さんの仕業だって思ってた方がずっと楽だ。
 恭介は、改めて先ほどの僕の言葉を思い出すように、腕を組み目を閉じて、深く考え込むようにして。

「でもなぁ……理樹、そうは言うけどな。それならそれで考えてしまうもんだぞ……兄として」
「あ、やっぱり恭介もそういうところはちゃんとしっかりしてるんだね……」
「いや……というか、お前は俺を変態かなにかと勘違いしてやいないか……」

 違ったのだろうか。
 恭介は口をへの字にして、ぶすっと拗ねたままこちらを睨んでいる。……そして数秒経った後、大げさに息をついて「ったく、どいつもこいつも……」と頭を掻いた。いや、恭介が変態扱いされるのはもはやデフォなんだから、仕方ないでしょ。
 と思ったが、恭介は存外真剣な口調で。

「俺はただ、あいつとは普通の兄妹っぽく仲良くしたいだけだよ。それなのに、なんでお前らはいちいちそれを怪しい方向に持っていこうとするんだ。わけがわからねえ……」
「いや、それはただ恭介がそういうキャラだから――じゃなくって、恭介の言う『普通』っていうレベルが、とてつもなく規格外なせいだからだと思うよ……お兄ちゃんとか、普通言わないよ。今時の女の子は」
「はっ、普通の兄妹なんて面白くもなんともないさ。よそとはちょっと違った関係――それこそが、棗家クオリティさ」
「……」

 キラーン、と男前に歯を光らせて、力強くサムズアップする恭介に、僕はきっととんでもなく嫌そうな顔を向けているはずだ。
 さっき普通に兄妹っぽくしたいとか言ってたくせに、数秒経ったらまたこれだよ……と、僕は呆れかえるように目を細めて見せる。きっとこの人に自覚なんてないんだろうけど。
 僕が黙ったのを恭介は反論無しと受け取ったのか、改めて自分の主張を強調するべく、口を開き、

「だがな、あいつがこのままずっと俺にべったりだと……それはそれで俺も困るんだ。どうしてだかわかるか?」
「どーして」

 気づいたら、鈴そっくりの投げやりな返事が出ていた。
 ……というか、どーしてもこーしてもないだろう、アホかこの人は。兄妹の倫理観というものが甚だしくぶっちぎられている。
 だが恭介は、僕の適当な返事を受け取るなり、得意げな様子から一転、ちょっと顔を斜めに逸らし、感傷的な様子となって次の言葉を続ける。
 
「……それはな。俺が、もう後半年くらいでこの学校を卒業しちまうからだ。そしたらもう、あいつの傍には居られないだろ」
「……ん、まあ」

 意外に真面目な話題だったことに気づき、僕は少し戸惑いがちに、ゆっくりと頷いてみせる。
 恭介は僕の方をそっと一瞥し、それから少し顔を動かして、食堂の出入り口のドア越しに、外の暗い様子を眺めてみる。
 僕も恭介につられて外の景色を眺めてみると――確かに、こちらと比べれば幾分か暗かったが、その割には、外にはキラキラとした夜の月影が灯っていて、その先の景色が青白く闇から浮かび上がっているように見えた。
 恭介の鼻先が、青白い月のカーテンにかかる。

「……『変わらなきゃ』いけねえんだ。俺も、あいつも……そしてお前も、リトルバスターズも。……繰り返される一学期はもう終わっちまった。世界の住人はもう俺たちだけじゃない。周りには数千、数億っていう人々や社会があって、そんな過酷な現実の中で俺たちは精一杯生きていくしかないんだ。生きるってことは……『変わっていく』ってことと同じだ。ずっと変わらないままなんかじゃ、俺たちはいられないんだ。……ほら、見ろよ」
「え?」

 僕が黙って恭介の語りに聞き入ってると、突然恭介はこちらに向き直り、そのまま百八十度方向転換。食堂の騒がしい方を指差し、切なげに笑う。
 僕がその指先が指し示す方を追っていくと、そこには――

「――あの人だかりって……もしかして真人?」
「そうだな。正確に言えば、真人と三枝だ。周りの人間からなにを聞かれているのかは知らないが……今回の件で、あいつら相当人気が出たみたいだな。男子にも、女子にも」
「……うわぁ……す、すごいね」

 ――なにかを取り囲むように密集した、先ほどの路上ライブに勝るとも劣らないほどのたくさんの人だかりができていた。こちらから見ると、取り囲んだ人の背が邪魔になってしまって、よく中の様子が確認できないのだが……真人のボケに反応して大きく笑い合う声が響いてきたので、なんとなく中の様子は僕にも想像できた。
 見える範囲で周りを大きく見渡してみると、思った通り葉留佳さんの姿も発見できなかった。ということは、これはつまり――

「まあ、あんまり納得できんが……観客の注目っていうのは、自然とボーカルに集まるもんだからな。加えてあの二人の歌声や声量は、あの軽音楽部もビックリするほどの凄まじさだった。……まあ、当然の結果だな」

 そうして恭介は、ほんの少しだけ悔しそうに……でもその後、とても嬉しそうに顔を歪めて、コップに口をつけた。
 僕も、最初は意外すぎたこの事実に、ただ呆然と口を開けていることしかできなかったが……よくよく考えてみれば、確かにこれは当然の結末だと納得し、同じように笑顔を浮かべた。
 椅子に足を組んでお茶を一口。そして、

「僕らも頑張ったのにね」

 などと、まるで分かり切った冗談を口にしてみせる。恭介は、なおも可笑しく笑ってみせて。
 
「ほんとだぜ。俺なんか、一人でバックとリードをカバーしてたんだぞ。そのためのアレンジも結構やったし、パフォーマンスもすげえ格好いいのをキメたつもりだ。なのにこの扱いじゃあな……。……にしても、これじゃ来年のバレンタインとか、もしかしたら真人すごそうだな。三枝も、女子からとか」
「うわっ……あの鈴が『とってこーい!』って投げ捨てた十円のチロルチョコを犬のように駆けずり回って取りにいった真人が!? うえぇ……もしかして僕、今年こそチョコもらえる数、最下位とか?」

 ……もちろん、本当はたった一人からもらえるだけでいいんだけどね……なんて、裏ではニヤニヤした照れくさい笑顔を浮かべつつも、表の顔にはひどく緊迫した表情を作っておく。もちろん冗談だ。
 ちなみに前回のバレンタインの戦績は、恭介が五十三個(義理多し)、謙吾が四十八個(本命多し)、僕が二個、真人が一個(鈴のアレ)。……そしてなぜか、鈴が六個という謎の結果に終わった。
 別に僕は、義理でも本命でも、唯一のあの人から、なにかチョコ的な物体をもらえればそれだけでもう満足だったのだが、でもずっと今まで数で勝ち続けてきた(それでも一個、二個の差だが)あの真人に、来年初めて負けるかもしれないということを考えると……妙に悔しい気持ちになってきてしまうから不思議だった。僕があの真人に「あれぇ? 直枝君、もしかして今日それだけしかもらえなかったの? プッ、しょーがねーな、かわいそーだからオレの筋肉ちょっと分けてやるよ。これを来年まで頑張って鍛え続けて、それで女子からモテモテになりな。プッ、まー頑張れよ。適当に応援してるぜ」なんて言われた日には、本気で斉藤の仮面を被って真人にバトル(by ハリセン)を挑むかもしれない。
 そんな僕の、実は本気とも冗談ともつかない微妙な言い回しに、決して順位が揺らぐことのない恭介は、ふっ……と唇の端でかすかに笑い。
 
「お前にはリトルバスターズの女の子たちがいるだろ? このモテ男め。あの来ヶ谷なんか、超気合い入れて作ってきそうだよな。『どうだ理樹君、私はチョコで等身大ダヴィデ理樹君像を作ってみたぞ。アソコなどの細部に至るまで、完璧に再現済みだ。さぁ、食ってくれ』……とかなんとか言ってくるんじゃないか」
「あの人は本当にそんなのやりそうだから怖いよ……。でも、僕ってそんなにリトルバスターズの子たちにモテるかなぁ。……なんか、色々最近けなされるようになってきてるし、どーせもらえても適当な義理だと思うけど」
「甘いな、理樹。義理だってちゃんと想いが詰まったチョコじゃないか。大事に受け取っておけよ」
「う、うん……それはもちろん、ちゃんとありがたく頂いておくよ。……ダヴィデ僕像は嫌だけど……」
「はっはっは。……とまあ、そういうことだな」

 ……どういうこと? と僕が聞き返す前に、恭介は床に置いたペットボトルを持ち上げ、「切れちまったか。まあいいや」とゴミ箱にポイっ。
 類い希なコントロール力を見せつけるかのように、ガコン、とちょうど良くゴミ箱にシュートしてみせると、恭介はふうと感慨深げなため息をつき。

「……『変わっていく』んだ、こうやって。偶然かなにかは知らないが、ここにきて、リトルバスターズの中で特に外部からの人気がなかった二人組が、一気に周りからチヤホヤされるようになった。あの真人は今まで通りで、あんまり変わらないかもしれないが……三枝は、どうだろうな……。あいつはクラスで、今までも何となくみんなから嫌われてたみたいだったし、もしかしたら、授業が終わってすぐお前らの教室にやってくる……っていう習慣も、少しだけ変わるかもな」
「……」

 僕は、いまだ薄く笑みを携えたままの恭介から視線を外し、中央の人だかりの方に目をやる。
 ……そういえば葉留佳さんは、退院後からあんまりこちらの教室に来てくれなくなった。
 いや、昼休みや放課後はもちろん遊びに来てくれるが、授業の合間の休み時間などにはもうあんまり……ということだ。
 今までは、こちらが授業の疲れを取る間もなく、葉留佳さんのハイテンション振りに思いっきり付き合わされて軽くうざったかったくらいに思ってたが……今では、そんな当たり前だった喧噪も珍しくなり、少し寂しい。
 きっと葉留佳さんは、仲直りしたあのお姉さんと一緒に休み時間を楽しく過ごしたりしているのだろうが……そんな状況がもしかしたら、この一件でもっと大きく変わってしまうかもしれない、ということだろうか。
 ……恭介の言うとおり、そんな変化が『生きていく』ということと同義だとしたら、僕らリトルバスターズはこの先どうなっていってしまうのだろう。
 この世に存在する、生きとし生けるもの全てに、等しく『生』と『死』があるとしたら……僕らリトルバスターズも、きっといつか――

「寂しいか? 理樹」

 俯きかけた僕に、優しく語りかけるように……恭介は笑う。
 僕はすぐ首を横に振ろうとして……思わず、逡巡した。完全に俯いてしまう。
 近くに置かれた自販機の、ブゥ――……ン、というモーター音が、やけに大きく響く。
 
「……わからないよ、そんなの。どう受け止めるべきかなんて」
「……そっか」

 ……無情だ、と思った。
 恭介の言っていることはよくわかる。生きること=変わっていくこと、なんていう命題は、あの世界のマスターだった恭介だからこそ真実と言えるもの。重みも確としてあるし、理解もできる。
 ……でも……だったら、これはそんなにいけないことか。
 敢えて、変わらないで欲しいと願うことは、そんなにいけないことなのだろうか。
 生きていくことを否定してしまうほど……いけないことなのだろうか。
 罪だと言うのか。
 リトルバスターズを失いたくないと願うことは……罪なのか。
 幸せの永劫を願うなんて……人間のくせに生意気だぞと言いたいのか。
 わかる……その通りさ。正しいとも思う。
 でも……だけれど、僕は……

「大丈夫だよ、理樹。変わらないものも……ちゃんとあるさ」
「え?」

 顔を上げれば、そこには子供の頃の――かっこいい恭介。
 子供っぽい――けれども、強くて生き生きとした、人を安心させることができる優しい笑顔。
 僕は、小さい頃のように、恭介に頭をなでなでされていた。
 心が……自然と、安らぐ。

「さっきお前が言ってたことだ。この先、俺たちがどういうふうに変わっていこうと……その中で、決して変わらないものが確かにあるんだ。もう一回言ってみてくれ」
「……う、ん? 変わらない、もの……?」

 言ったっけ……僕、そんなこと。
 僕は静かに目を閉じて、先ほどまでのやり取りを頭の中に反芻させてみる。
 
 真人と葉留佳さんの人気っぷりについて、恭介と冗談っぽく話したこと。
 これから変わっていかなきゃいけない……と恭介が真剣に話したこと。
 鈴が……え、えーと……恭介にべったりなのを、恭介は心配していたということ。
 鈴×小毬さん疑惑に、無性にハラハラドキドキさせられたこと。
 恭介が変態であったということの急激な失望感。落差。
 みんなと『仲間』であるということの、その意味。
 そして、鈴が言った――――……あ、そ、そうだ。
 ……そうだった。
 あったんだ。変わらないものが、ここに。
 ちゃんと、あったんだ……

 僕は目を開けて、恭介の紅の瞳を見つめる。
 声もなく「見つかったか?」と聞き返すその視線に、僕はゆっくりと頷いて、口を開く。

「……あったよ。変わらないもの」
「なんだ?」

 荘厳な儀式での誓いの言葉を述べさせられるかのように、恭介の聞き返す口は優しく、かすかに動く。
 わかりきった答えを待つ恭介の目は、悠然としていて、遠く細められていた。
 僕は短い息をついて、唇の端で笑い――

「僕らは全員、リトルバスターズという『仲間』であること。……そして、この楽しかった頃の思い出は、どんな未来になってもずっと僕らの心に残るということ……だね?」

 ……恭介は、瞳の奥に光をしまいこむようにして、静かに目を閉じた。
 そして数秒経って、ゆっくりと開く。
 恭介は優しく笑って、ずっと遠くを見つめるように。
 
「……そうだな。それだけは……俺たちの周りを取り巻く状況が、どれだけ変化していったって……変わらない。ずっと、永遠に、みんなの心の中に残り続けるだろうさ。例えば、この中の誰かが恋人同士になったりとか、誰かが結婚したりとか、誰かが外国に留学したりとか、教師になったり会社に勤めたり、ケーキ屋さんを始めたりパン屋さんになったり、子供ができたり、商売が成功したり失敗したり、宝くじが当たって大金持ちになったり、白髪が生えてきて孫ができて、爺さん婆さんになって、最後には老衰で死んじまっても……ちゃんと、その後も残り続けるんだ。『リトルバスターズ』という最高のチームが確かにここにあって、俺たちはずっとここで……幸せな毎日を送っていた。その一つ一つの幸せは……確かに、永遠の魂を得るんだ。その永遠はくしくも……俺たちがずっとこれから先、自分たちから変わっていこうとしないと、絶対に手に入らないものなんだ。永劫の日々というのは……そうやって作られていくもんだと、俺は思ってる」

 ……そうして恭介は、長い独り語りを終え、再び目を閉じた。
 自身の言ったことをゆっくりと反芻させるように溜息をつく恭介の今の姿は……なんだか、とても幸せそうだった。
 幸せな毎日に生きているのだから……当然か。
 そして僕も……同じように幸せだった、と思う。

「恭介」
「……ん」
「葉留佳さんと僕らの関係も……変わらないよね」

 ……ちょっと寂しそうな言い方に聞こえてしまったのだろうか、恭介はおかしそうに口で笑い、

「はん、三枝だったら、仲良くなったクラスの友達をお前らの教室にまで連れてきちまいそうだがな」
「……あ、そっか。うわぁ……すごくうるさくなりそう」
「くくっ……だとすると、ついでに二木までこっちに参上しちまうかもな。いやいや、賑やかになっていいな。あいつは何故かやたら俺だけに冷たいから、ここで余計な誤解を解いて、親睦を深めておくのも一つの手だな」

 などと調子よく、もし本人がこの場にいたら目を思いっきりキラキラとさせて、でも「ふ、ふん! 別にあんたと仲良くなんかなりたくないんだからねっ!」などと、真っ赤な顔でプイとそっぽを向いてしまいそうな言葉をお吐きになるのだった。……いやまあ、恭介が言っているのは多分、これからのリトルバスターズの活動に関して、風紀委員会に色々大目に見てもらうための根回しとかそういう類のものだと思うんだけど……うーん、人間って難しい。
 でも意外にこれからの未来は明るそうで……安心した。
 そうだ。
 変わっていくって言ったって、なにもマイナスなことばかりじゃないんだ。プラスのことだってたくさんあるはず。
 それにあの葉留佳さんが、まさか僕らから離れていくなんて……そんな馬鹿げたこと、絶対にあるはずないじゃないか。
 あのとき謙吾のことを信じろなんて偉そうに言ったのに、そんな僕自身がこの調子じゃ、あの葉留佳さんに顔向けなんかできないな。
 そうだ、笑っていこう……僕も。
 笑って、強く未来に歩いて行こう。
 前を向いて、視線は遠く、広く先へ。
 そうやって……みんなと一緒に、変わっていこう。
 この楽しかった思い出は……きっとずっと、永遠に残るから。
 そういう思い出を、みんなとこれからたくさん作っていこう。
 真人、謙吾、鈴……小毬さん、葉留佳さん、クド、来ヶ谷さん、西園さん、二木さん……恭介。
 そして、笹瀬川さん。
 みんなと作る思い出は……きっと、永遠だ。
 ドアの外を見れば、月の光は白く明るい。
 きっと今日は、さぞかし綺麗な夜空が浮かんでいると思われる。
 ねえ恭介、ちょっと出てみない? なんて僕は声をかけようとしたが――

「あっ、きょーすけさん! ここにいたんですねー! 理樹君も!」

 ――突然小毬さんが、満面の笑顔を携えて恭介のもとに襲来した。その後ろには鈴、謙吾と続き。

「ふふ……申し訳ありません、直枝さん、恭介さん。お二人の大事な時を壊してしまって。……でも十分(私が)堪能されたでしょうし、皆さんに恭介さんはどこにいるかと訊かれてしまったので、ついつい喋ってしまいました。……あ、宮沢さんにはお二人のこと話してませんから、安心してくださいね恭介さん」
「……」

 なにを勘違いしているのか知らないが、ぽっと赤らめた頬を押さえつつ、西園さんがこちらに歩み寄ってくる。……その後の恭介への意味不明な耳打ちも、なぜか全部タダ洩れだった。呆然と固まる恭介の横で、謙吾は無言のまま苦々しく顔を歪めて冷や汗を流している。
 そして、

「西園さんがやけに嬉しそうに話すもんだから、一体なんなんだろうと思ってたけど……なるほど、こういうことだったわけですね……。最低、最低ね……あなたたち。いえ、別に恋のカタチなど幾千もあるでしょうけど……こればっかりは私、なぜか認めたくないわ……」
「やはり二木さんは宮沢×棗派ですか。あ、しかしこの際、棗×宮沢という手もまたアリで――」
「そうよ、そう――って、違う!」

 思いっきりハイテンションになった西園さんに全力で振り回されっぱなしな二木さん(髪の毛は元に戻っている)が、青筋を立てつつも顔を赤くするという地味にすごい芸当をやりのけつつ、この出入り口の廊下にやかましく参上した。
 本人たちがこの場にいることを全部無視して、なんの遠慮もなく推し進められていくその危ない会話をさらにヒートアップさせていくのは、やっぱりこの人で――

「でも謙吾くんは、やっぱり真人くんとの筋肉愛が一番ですヨ! ねー、小毬ちゃん?」
「ふえ? え、えええぇぇぇー!? わ、私にふるのっ!? ……う、ううぅぅ……ん、」
「……真面目に答えなくてもよいぞ、神北。こやつはただ冗談で言っているだけだからな。スルーしてしまえ、スルー」
「なーに言ってるんですかっ! ……ねーねーみおちん、新情報ですヨ。この謙吾くんったらね〜……本当は今日、隠れて真人くんとあっついアレを……ふひひひひひひ」
「ま、マァァァ――――――――ンッ!」

 謙吾が奇声(?)を発して止めにかかるも、ひょいひょいっと葉留佳さんはその腕を軽快にかわし、器用にも、逃げ切りざまに西園さんへこしょこしょこしょ……と耳打ち。……やがて、ぎゅぴ――んっ、怪しく煌めいた双眸を携えて、BL大使・西園美魚がゆっくりと再覚醒。音もなく小毬さんへ歩み寄り、はぁはぁと熱い吐息をもらしながらも再び耳打ち。次の瞬間、小毬さんが一気に爆発した。
 「……や、やっぱり二人は〜……」とかすかに呟きながら、ぐるぐるに回った瞳で謙吾と真人を交互に見つめる。遅れてクドや来ヶ谷さんたちとやってきた真人は、なんの事情も知らないのか、おかしな状況に目をぱちくりと瞬かせ、隣にいたクドや来ヶ谷さんと不思議そうに顔を見合わせた後、小毬さんの熱い視線を首を傾げて見つめ返していた。
 そうしていまだに謙吾の手から逃げ続ける葉留佳さんは、はるちん天啓を得たりっ、とばかりに絶対安全領域――来ヶ谷さんの背後へと滑り込み、姉御姉御、あの件みんなに言ってやってくだせえ、と小物根性で後ろから服をひっつかむ。
 それで来ヶ谷さんはやっと得心がいったのか、うむうむわかった、と楽しげな顔で頷き、みんなの注目が集まるのを静かに待ってから……一言。

「この馬鹿二人が、いきなり私の目の前でキスした」

 は、はぁぁぁぁぁぁああああああ――っ!? というライブ並の大声を使って聞き返すのは、真人。
 ぐぅはぁぁぁ――――――っ! と悶絶するような大声を上げて倒れたのは、謙吾。
 ぶしゅぅぅぅ――――――っ!? と、なにかが飛び出たような謎の奇怪音は……ただの西園さんの鼻血だった。……あはは、本当にこういう時出るんだ、鼻血って。
 漫画みたいなこの光景に僕が感心したのは一瞬、すぐにティッシュを持って西園さんのところに応急処置に行ってやる。……本当はしたくないけど、こんなの。
 「大丈夫です、まだです……まだ、やれます」と小綺麗な顔に鼻血をだっらだら流しながら、まったく感動できないボクシング映画のワンシーンを再現するかのように、西園さんはふらふらと立ち上がった。……もう一度言うが、まったく感動できない。ちょっと見てよ。僕の眉がハの字になったまま、どうにもこうにも固まって動かないから。
 ……一応、鼻センだけはしといてあげた。

「てっ、適当こいてんじゃねー、来ヶ谷! オレがいつこんな野郎とキスなんかしたよ!? 気持ち悪い想像させんな!」
「なにを言うんだ君は。私は全部本当のことしか言ってないぞ。確かに、この馬鹿二人が、いきなり、私の目の前で、キス、しあった。ほら、全部真実だろう。はっはっはっは」
「あ、あれは全て貴様のせいであろうがっ! 貴様のあの行為のせいで……こ、この俺の、初めての接吻が、こいつなどと、う、ううっ……うぁぁぁぁはああああ――――――っ!」
「だぁぁぁ――――――っ! お、思い出したぁ――――! そういやこいつとキスしちまったんだぁ――! ――……って、ちょっと待てよ!? お、オレもアレ、そういや初めてだったんじゃねえかぁぁぁあああはぁぁ――――!?」
「わふー!? 井ノ原さんのふぁーすと・きすは、宮沢さんだったのですかー!? こ、これは……ど、どきゅめんたりっくです!?」
「ど、ど変態っ! しねえっ!」

 クドの不可思議イングリッシュと鈴の特大ハイキックが飛び出たのは、まさにほぼ同時だった。
 僕の隣にいた小毬さんは、顔から火が吹き出てきそうなくらいに真っ赤になり、くるくると辺りを回り続けていた。西園さんは……はっきりとここで、再起不能となった。しかも床に血で、「あ、り、で、す……」という謎のダイイングメッセージを残している。……恥ずかしすぎるので、すぐにふき取ってやった。
 だが跡がちょっぴり残ってしまい、本気の殺人現場のようになってしまったので、慌てて恭介に濡れたぞうきんを注文。……なにも見たくない、と手で顔を覆っていた恭介はコクコクと頷くと、すぐに食堂の奥からぞうきんを持ってきてくれた。
 床に散った西園さんの鼻血を僕が掃除しきった頃には、事態もだいぶ収束。鈴に馬鹿二人が蹴り倒されて床に転がってる以外は、もうほとんど和やかなムードとなっていた。……今では、果たしてこの件は、真人→謙吾だったのか、謙吾→真人だったのかなどという下らない内容で、葉留佳さんや来ヶ谷さんを中心にわいわいと熱い議論が繰り広げられている。……あはは、女の子って怖いよね、ほんと……
 それでまあ、二木さんも文句を垂れながらちゃっかり参戦しちゃってるしね。どこを見てるんだかわからない表情で、コクコク、コクコクと、頷くところにはしっかりと頷いている。この素敵むっつり女子め。ああかわいいなあ、もう。
 ……と、僕と恭介が、一体これからどうしようかと視線を交わしたのは、そのときで――

「……」
「……」

 ――不安げな沈黙は、たった一瞬。

「……ふっ」
「あははっ」

 息をついて、思わず笑い合ってしまった。

 ――……幸せだ。

「よーしお前ら、とっとと真人と謙吾起こせ! すぐに出かけるぞ! ミッションをクリアしたご褒美に、俺がみんなにアイスをおごってやる! 一人百五十円までな! それ以上は自分で出せよ!?」
「おおーっ! キタキタキタ! 恭介くんってばやっさしーい! ねね、ハーゲンダッツは!?」
「だーかーら、それ以上高いのは自分で出せって言ってるだろ! ははっ、ほら、謙吾のことも起こしてやれよ! すぐに出るぞ! 西園は俺に貸しとけ。おぶってってやる」

 わーいわーい! とさっきのことも忘れて、楽しそうにはしゃぎ合うみんな。恭介は着ていた上着を脱いで、西園さんの肩にかけてやった後、西園さんの手を前に交差させるようにして、背中におぶってあげた。
 僕もそれを見て、そういえば――……と思い出し、寒そうにしていた鈴にジャケットを貸してやる。最初はいるか馬鹿と突っぱねられたが、もう現在は十月の終わり。秋の夜は意外と冷えるのだ。いいからいいからと無理やりに肩にかけてやったら、顔を俯かせて大人しくなった。……またちょっと無責任なことをしてしまっただろうかと思ったが、これぐらい許されてもいいだろう。鈴や西園さんの姿は、見てるこっちまで寒くなる。
 真人と謙吾も次第に目を覚まし始め、さっきのことをもう忘れてしまったのか、立ち上がって「いやっほぉぉ――――いっ! 筋肉バー、ソーダ味だぜ!」「じゃあ俺、ジャンパー大福がいい!」などという意味不明なテンションで騒ぎ出した。
 それに僕や恭介が苦笑しつつ、食堂の入り口のドアを、がこん、と開けたそのとき、

「ま、待ちなさいっ!」

 と、少し暗い廊下に響くのは、凛とした二木さんの声。
 振り返ってみると――少し離れた奥の方で、二木さんはこれ見よがしに腕につけた腕章を見せつけて、

「この時間、許可を得ていない生徒の校外への出入りは校則で禁止されています! 加えて、あなたたちリトルバスターズは校内一の問題児集団! ここでは絶対に野放しにしておけません! よって――」

 若干緊張した面持ちで、風紀委員らしく矢継ぎ早に堅い言葉をつむぐ。
 しかし後半は――声色もひっくり返り、振り上げた腕はガタガタ震えるよう。頬は上気したように赤く染まり、視線は恥ずかしげに宙を迷わせて、

「――よって、この風紀委員長である私も、仕方なくあなたたちを監視するという名目で一緒についていきましょう。そして、報酬として私もアイスを一ついただきます。いいですね? 棗恭介」

 などと、噛まずに言えたというのだから……たいしたものだろう。
 「はっ、お前も最初っからメンバーの中に入ってるよ! とっとと来い! 置いて行くぞ!」「え? な、なんですって!? あ、ちょっとこら、待ちなさい! ……せ、先生方に見つからないようにしないと……」などとビクビクしつつ、それでも走って付いてくるあたりで、さっきまでのかっこよさは全部台無しになってしまったのだが。
 しかし、それでこそあの二木佳奈多さんだ。リトルバスターズの女の子たちも、みんなそんな彼女を歓迎するように、笑顔で大きな輪を作ってやった。事故後から仲良しになった妹とも、楽しそうに手をつなぎあって笑い合う。葉留佳さんは嬉しそうな顔。二木さんは、少し照れくさそうな……でも、たくさん幸せそうな顔。
 そうして食堂の扉から外に出てみれば、秋の涼しい風が、頬をサワサワ――……と優しく撫でてきた。
 淡い輝きとなってみんなを穏やかに包み込むのは――青白い満月のカーテン。
 空を見上げれば、その周りにあった白い星々の煌めきに、さらにその周りに並んでいた層の厚い雲たちが、立体をもってくっきりと映し出されていた。
 そして視線を元に戻せば、この目に映るのは、幸せそうに微笑み合うみんな。
 恭介の背中にいた西園さんもやっと目を覚まし、「なんたる醜態……」と恥ずかしそうに頬を赤らめつつ、それでも無理をしないようにと恭介の忠告を受け、そのままのポジションでお店まで連行されることとなった。
 恥ずかしそうに顔を伏せる西園さんを見て――僕も微笑む。
 ……けれど、たった一ピース。
 その、たった一ピースだけが、この幸せな光景には……決定的に足りていない。
 ほかの人にとっては取るに足らないようなピースでも、僕にとっては心の中の、本当っぽい笑顔を作ってくれる機関が、ごっそり抜け落ちたような感覚になってしまうほどのピース――それで、だから、
 だからこそ、その申し合わせたような、まるで運命的な都合のよさに――僕は自分の目を疑いたくなるのだった。

「……っ! お、おまえは……っ」
「!? ……え、ええっと……あ……そ、その……わたくし……」

 その、藍色の艶やかな髪を柔らかく風にたなびかせて。
 切れ長の目に入れられた、ターコイズブルーの大きな瞳は、恐怖を携え、ゆらゆらと迷うよう。
 八重歯が覗く小さなお口は、なにかを言おうとして……けれどなにも言えなくて、不安定に揺れ動く。

 ――笹瀬川、佐々美さんだった。

 一体なんて……偶然だ。これは。

「ざざこっ! おまえ、なぬぬぬんだ!? なにしゅにきた!?」
「……いやお前、いきなり角で鉢合わせたからって、いくらなんでもビビりすぎだからな。……しかし笹瀬川さんか。こんな時間に食堂の方にやってくるとは……もしかして、ここの誰かに用事でもあったのかい? それじゃあ、もしそうだったのなら、俺らと一緒にコンビニにでも行ってみるか? 実は、俺たちみんなでアイス買いに行くんだ、これから」

 恭介の裏表のないストレートなお誘いを受けて、すぐに事情を理解したのか、笹瀬川さんは不安げに謙吾の顔を見上げ――……そして、数秒経った後に、後ろにいた僕の方にも同じように視線を向けてきた。
 僕は、ある一つの願いを思いっきり視線に乗せて返すが……その一方で笹瀬川さんは、

「え、ええっと……わたくし、その……」

 それから少し、何度も僕と謙吾の顔を見比べて――……そしてやがて、その顔を俯かせて黙り込んでしまった。
 謙吾は「一体どうするんだ……」と気まずげな視線を僕に寄こしてきたが……すぐに、自分でその選択は間違いだったと思い改めたのか、目を少し見開いて、短くため息。首を横に振る。……その後柔らかく笑って、眇めた目でこちらにウインク。「すまん」と軽く頭を下げてきた。
 そうして謙吾は、ゆっくり笹瀬川さんの方へと向き直り。

「笹瀬川、ちょっといいか」
「……はっ!? は、はひぃっ!」

 相変わらず緊張しっぱなしな笹瀬川さんに苦笑しつつも、謙吾は、

「……あー、失礼じゃなかったらでいいんだが……よかったら、俺たちと一緒にアイスを買いに行かないか? 好きなのを買ってやろう。もちろん、この俺がだ。……どうだ?」

 などと、そっと伝えてみせる。
 ……その優しく告げられた謙吾の言葉には……決して迷いなどなく。
 その乾いた空気の隙間に、しっかりとした芯を持ち、確として響き渡るよう。
 驚いたように謙吾を見返す笹瀬川さんの目には、驚愕――歓喜――悲哀――……と順々に様々な色が宿っていって……そして最後に、僕の方をちらりと見た。
 そして――、やがて……ゆっくりと、こっちを見たまま、唇の端で薄く笑い、

「ええ……それじゃ、私もご一緒させていただきますわ。宮沢さん」

 いつも通りの笹瀬川さんに戻って、謙吾の目をまっすぐに見返し、そう笑顔で告げるのだった。

「うむ。そうか、ありがとう。……では行こうか。ちょっとここからだと距離があるからな。なれば秋の風に涼しく吹かれつつ、ゆらりゆらりと宵の道を歩いていくのもそう悪くはあるまい。で、いいよな、理樹?」

 ……さて、こんなもんでどうだ、と得意げな視線を流してくる謙吾に……僕は少し迷ったけれど、

「うん!」

 やっぱりここは、謙吾の機転に大いに感謝しておくべきところだと、満面の笑顔で頷いた。
 なんとなく笹瀬川さんとの距離を意識しながら、歩き出す。

「えへへ……っ」
「なんだ理樹、やたらご機嫌になってきたな。もしかして、笹瀬川が来たからか? それとも……これで、全員が集まったからか?」

 笹瀬川さんが僕らの隊列に加わり、また少し校門の方に進んだところへ、隣を歩いていた恭介が楽しそうに話しかけてくる。
 その質問は、恭介なりに僕自身を試すようでもあり……別にどうとでも答えていいぜと思っているようでもあり……ただ単に、まったく意味のない、次の話題への繋ぎのようなものであるかもしれなかった。
 だから僕は、少しだけ頭の中で考えて、すぐにその答えを返す。
 
「両方――、かな」

 秋の少し冷たい風に吹かれ、前髪がゆらゆらと揺れるその奥で、すっと恭介の目が細められた。
 「そりゃ理樹らしいな」と小さく息をついて笑い、僕もご機嫌なままで「うん!」と笑顔を返す。
 
 ……幸せ、だった。

 すべての幸せのピースが揃った。
 僕ら十二人、こんな素晴らしい月明かりの夜に、爽やかに頬を流れる風の音や、かすかに聞こえる虫の音をBGMにして、みんなで楽しく今日の話をしながら、歩く。
 これ以上の幸せが、あるだろうか。
 きっと、そんなのなかなか見つからない。
 これもきっと、一つの奇跡。
 みんな喧嘩とか、誤解での仲違いとか、もっと別の――想いがどうしても通じ合わないとか、想いに答えられないとか、答えたくないとか。
 変わっていってしまうことが怖いとか、どうしてもみんなを信じられなくなってしまうこととか、どうにもならないことがあったけど――でも。
 
 でも今、こうして僕らは、一緒に歩けている。

 誰一人欠けることもなく、みんなで同じ思い出を共有して。
 きっとみんなも――この永遠の幸せを、同じように願って。
 それぞれのやり方で悩んで。
 それぞれのやり方で、苦しんで。
 それぞれのやり方で……今この瞬間を、作ろうとした。
 そのまるで、みんなで協力して作る大魔法のような、幸せな一瞬。
 それはきっと……あの虚構世界のような奇跡よりも、ずっと奇跡らしく。
 僕や鈴がみんなのことを救い出した、あの最高の奇跡よりは、ほんの少し儚げだけど。
 また僕らは……こうして、確かに奇跡を起こすことができた。

 また、ここから変わっていくんだ。

 風は、柔らかく。
 満月の光は、淡い輝きで僕らを包み込み。
 天に無数に散らばる星々は、まるでこれからの行き先を静かに示しているかのよう。
 雲に隠れてしまって、その存在が見えなくなってしまうようなこともあるけれど。
 そんな時は、思い出せばいい。
 この、一瞬を。
 僕らは、『リトルバスターズ』で。
 この場所で、ちゃんと生きていて。
 こうやって、みんなで歩いていて。
 ライブをして。
 野球をして。
 みんなで、楽しく遊んで。
 そして……ずっと。
 ずっと、この世界にあるどんなチームよりも……僕らは、

 幸せだった。

 そしてその幸せは、これからもずっと続いていく。
 みんなが願うから。
 みんなが――失いたくないものだから。
 ずっと、続けていくんだ。

「……直枝さん? なにぼーっとしてるんですの? 早くしないと置いてきますわよ。まったくほら、ぐずぐずしないの」
「……あ、ごめんごめんっ。今行くよ!」
「あ、こらざざこ! あたしと理樹の時間をじゃまするな! せっかく今、理樹の横顔を――ってああっ、理樹まであたしを置いてくんじゃないー、あほーっ! ぼけー! ……ま、待てってー!」

 変わっていくからこそ手に入る、永遠の幸せ。
 その連続こそがきっと……ここで、僕らが起こした奇跡に違いない。
 変わっていくことが、恐ろしいと思うことはあるけれど。
 けれど、そのときは。
 思い出して、めくってみるといい。
 この『永劫』という一つのアルバムを。
 きっと、そうすれば。

 また僕らは、頑張っていけると思うから。

 

第64話 SSメニュー 後書き

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