『うおぉ――っし! どーも皆さん、改めまして、リトルバスターズ+αです!』
曲終了後の恭介の楽しげなMCによって、一気にライブ会場が沸いた。
女子生徒からは、悲鳴にも近い岸田君・棗君コールがぶっ飛び、一方の男子生徒からは大きな拍手と共に、鈴様・美魚ちゃんコールが巻き起こった。……てか、美魚ちゃんってなんだよ。呆然としちゃってるよあの人。
そしてさらに、呆然としていると言えば、この人も……
「……はう……」
曲が始まった直後から、二木さんはすぐに邪魔なメガネを外し、食い入るようにその光景を見つめていた。
……うっとり……と言えばいいのかな、これは。
上気した頬の熱を確かめるかのように、そっと顔に手を添えて、じぃ〜〜っとある一点を凝視する姿は……なんていうか、これはどう見ても……
「……うっ……ま、漫画の、世界の中だけだと思って、甘く見ていたわ……」
「へ?」
そして、息も絶え絶えになりながら、独り言のようにぽつぽつと語り出す。
その声はひどく虚ろで頼りなく、どこか夢心地であるようにも見え。
「ほら、よくあるじゃない……バンドやってる男の子見て、か、カッコイイー……だ、なんて」
「あ、う、うん、そうだね」
「私は正直……ナメていたわ……なにがカッコイイよ、そんな非生産的なことをやっている暇があったら、とっとと英単語の一つでも覚えなさいよ、そっちの方がよっぽど素敵だわ、って……」
「いやまあ……」
それもどうなのさ……現役女子高生。
などと口に出してツッコむわけにもいかず、僕は曖昧に笑ってこの人の言葉をやり過ごすしかなかったのであるが……ふと、この話は僕が聞いていいものなんだろうか、と少し心配になる。ちょっと、この流れは危ういのでは……
しかし二木さんはそのまま僕の存在など気にも留めないように、瞬きすらせず、キラキラと輝くお星様をその淡い琥珀色の瞳に滲ませて。
「でも今、その意味……やっと、わかった気がするわ……た、確かに、ちょっとやばいわね……これは」
「そうですか……」
「ええ……あなたもそう思わない? 直枝理――――……って、え? ……は? ……ちょっ、は!?」
「え? ――い、いだっ! いだだだだだいっ!」
二木さんが突然こちらを振り返って、二段構えで、ぎょっ、ぎょぎょっ、とお魚みたいな顔になったかと思うと、次の瞬間にはもう僕の耳たぶを強く掴みにかかっていた。
それに僕が情けない悲鳴を上げるも、その指はがちっと強く固定されたまま。やがてそのうち、ギチギチと二木さんの口元にまで引きずり込まれ、二木さんは震える声で。
「あ、あなた……っ! いつからそこにいたの……っ!」
「い、いやっ、もうずっと前から……て、ていうかさっき僕と話したじゃん! もう忘れたの?」
「はっ……そ、そうだった……って、ことは……。……っっっ!」
「いぃだっ! いたいたいたいたいたいたいたい! ま、まってよ! 僕の耳たぶに罪はないでしょ! ちょ、離してぇ!」
「き、聞いてた……!? まさか聞いてたの、あなたっ!? ……う、うああ……い、言いなさい直枝理樹! 一体どこから聞いてたのっ! ほら、言えいっ!」
ああ、耳に熱い吐息がかかって気持ちいい……じゃなくってっ!
「い、言うからっ! と、取りあえずその手を離してよ! 耳たぶがぶっちぎれちゃう!」
「くっ、ぶ、ぶっぎれたってなんだっていいから、早くその答えを言いなさい! 私の生命の危機なのよっ!」
僕だって生命の危機だ――精神的にではなく、マジで物理的に!
などと、この理不尽っ娘に言いたいことは山ほどあったが……ここは僕のかわいい耳たぶちゃんのために、ひとまずこちらから譲歩して、とっとと解ける呪縛は解いてしまおうと思った。
が。
……ぶっちゃけ、この人になんて伝えればいいのかわからない。
誤解を解くって言ったって……この耳は全部しっかり聞き届けていて、二木さん→恭介っていう構図はもう完全に脳内インプットされちゃったんだもの。今さらそんなことを口に出したら、この人は勢いあまって本当に耳たぶをぶっちぎりかねない。
かといって「聞こえなかったよ、大丈夫」と嘘を言えば、仮にこの場では無事に済んだとしても、二木さんの頭が冷静になった後から、それ以上の惨い仕打ちを下されるかもしれない。……あれ、これって僕、どっち選んでも死亡エンド?
今楽に死ぬか、後で苦しんで死ぬか――という選択になるのだろうか? うぁぁぁぁ……究極の二択! ど、どっちを選べというのか……!
……だがそこで、まさに天の助け! 僕の無事な方の耳たぶはきっちりそれを聞き届けた!
『それでは、これより二曲目をはじめます。……もうきょーすけの長い話にはつきあってられません』
『お、おおいっ! そんな、勝手に始めないでくれよ鈴! まだ俺と鈴の話が終わってないだろ!』
『うっさいわ! そんなはずい話こんなところですんなっ! つか、あたしらはライブをしに来たんだろ! なんでさっきからおまえの見内話になっとるんじゃ!』
誰も聞きたくないわっ! と鈴が大声でツッコみ、周りの観客たちに、どっと大きな笑い声が沸いた。……そしてその後、きゅ〜、と恥ずかしさでしぼんでいくような鈴の呻き声。
……やった、しめたぞ。
どうやら僕と二木さんがあの無益なやり取りをしている間に、恭介たちのMCはもう終わったらしい。そろそろ次の曲にいくようだ。
僕はこれ幸い、とばかりに二木さんの方に顔を寄せ――
「ほ、ほら……っ、もう二曲目始まるみたいだよ。見なくていいの? さっきも途中で見入っちゃったでしょ?」
なんてふうに話を逸らしてみる。ちなみに今この時も僕の耳たぶは絶賛ホールディングされ中だ。痛い。
「う……っ」
「さっきの僕の話ならまた後でいいよ……っ、だ、だから今はこの耳を、離して……離してぇ……」
最後のコレは演技ではなく、マジめに目に涙を滲ませての懇願だった。
さすがに鬼の二木さんも、女の子っぽい僕(こういう時は利用させてもらう)の涙を見て、良心が咎められたのか、
「チッ……」
と低く舌打ちをしながら、やっと手を離してくれた。……おお、やっと戻ってきてくれたかマイ・サン。もうなにも怖くないよ。おっかないお姉さんはもう去ったからね……
「……こ、この件は、後で必ず深く追求させていただきます。いいですね、直枝理樹」
「そりゃもう……色々乗るよ、恋愛相談でもなんでも。僕の体さえ無事なら」
「うっ、く……よ、よけいな詮索は結構よ。後で覚えていなさい、直枝理樹……」
二木さんは、そんなやられ役っぽいセリフを残しながら、プイッ、とそっぽを向いてしまった。
顔と髪型が葉留佳さんなだけに、冷淡な口調で喋られると違和感バリバリだったのだが……取りあえず、この人の考えていることはちゃんと伝わってきた。
このライブが終わったらそれなりの苦労が待っていそうだが……とにかく今は、ライブの方を見ておくとしよう。
僕は真っ赤っかになった耳たぶの方を片手でぐにぐにとマッサージしながら、前の人の肩越しに、中の方を覗き込んで――