このバンドの魅力はなにも、真人のシャウトに限ったことではないと来ヶ谷はつくづく思う。
 休符やミュートをしっかり意識したファンキーな柳のベースライン。
 ラップ要素が強いこのラウドロックに最大に適した、独特のうねりを持つ西野のドラムリズム。
 バッキングギターでこの重量感を最大にバックアップしながらも、コーラスのラップで、真人のボーカルをカバーする伊津。
 そして、曲を鮮やかに彩るメロディアスなパートと、まるで戦車のようなディストーションパートを綺麗に弾き分ける来ヶ谷。……まあ、自分だが。
 どれも個性を持ちすぎず、かといってそこまで没個性的でもない、互いが互いを補い合うように構成された、実はもの凄く綿密な造りとなっているこのバンド。
 決して……真人があそこでキャンキャン喚いているだけのバンドではないのだ。……もちろん、彼の魅力を最大限引き出すように設計されているバンドであるのは間違いないのだが。
 なんとなく、悔しいのでそう言ってみただけだ。別に許されると思う。それくらい。

『 When I pretend,   Everything is what I want it to be,   I looked exactly like what you had always wanted to see, 』

 綺麗にライムを踏んだ、真人の流れるようなラップが響いてくる。
 対する自分は、ここでは廃教会のようなメロディラインを構築する。
 最初に真人にこの曲を聴かせたときは、一気にライフゲージをピコピコと点滅させ「ちょっと墓に入ってくる」などと言い出すほどだったのだが……ライムのことを説明してやると意外に意外、すぐにコツを掴んで、それから僅か三日程度で全部歌えるようになった。
 一方クドの方は、それでも全く歌うことができず……泣いて、しまった。無論、思いっきり後ろから抱きしめた。あの少女は別にあのままでもいいと思う。変わらないでほしいと、真摯に願う。可哀想なのは確かだが。

『 You!!!!!!!!   (No, no turning back now)   I wanna be pushed aside, so let me go!!   (No, no turning back now)   Let me take back my life    I’d rather be, all alone!! 』

 そしてここからはあのお待ちかね、異次元空間にまでぶっちぎっていくような真人のシャウトだ。
 コーラスには伊津が付いて、まるで違った間隔でやってくる浜辺の波のような、緩急ある曲展開を演出している。
 手前の観客たちの方を見やれば……やはり、ここで一番盛り上がってきているのがわかった。
 どれもこれも嬉しそうな笑みを顔に貼りつけて――まるで、この英雄の凱旋をずっと待ちわびていた、愚かな民衆のようだった。
 
『 Anywhere on my own, cause I can see!!!   (No, no turning back now)   The very worst part of you…IS ME 』

 だが、来ヶ谷はまだまだこんなので許す気にはなれない。
 あの真人だけを見てもらったのでは困る。
 自分のことを差し引いても、他の三人のメンバーは、どうしてこんな奴らがあぶれていたのだ? と思ってしまうくらいに楽器の腕が凄まじかったのだ。
 中でも特に秀逸だったのが、自分を除いて唯一の女子であったベースの柳。
 落ち着いたその容姿(すでにリストイン済み)からはまったく想像もできないほどの、芯の太い低音を奏でてくる。
 曲調に重量感を持たせる『元』となるのが来ヶ谷と伊津のギターだとしたら、柳のベースはまさに重量感そのものを『倍増』させるようなものだった。
 跳び上がるようなドラムの音をキャタピラーにして、最高にグルーヴ感溢れるベースラインをエンジンとしよう。
 どんな銃弾をも跳ね返す装甲が伊津のバックだとしたら、自分のメロディックギターはまさに幾千もの兵器を自在に操る操縦士。
 ほら……これで、哀れな雑魚どもを蹴散らす、黒塗りの重量戦車の出来上がりだ。
 誰一人として逃がさない。
 ふっ飛ばして、引きずり殺して、機関銃で蜂の巣にして、大砲で大穴をあけて、もう一度ひき殺してやる。

『 This isn’t what I wanted to be,   I never thought that what I said, Would have you running from me,   LIKE THIS!    This isn’t what I wanted to be,   I never thought that what I said, Would have you running from me,   LIKE THIS!!!! 』

 自分たちだって、ちゃんと怒っているのだ。
 元の集団が違うとはいえ、一ヶ月間ずっと切磋琢磨しあい、頑張ってきた仲間たちだ。
 一方が馬鹿にされれば、もう一方が怒らないはずなどないし……さらにそのもう一方まで馬鹿にされれば、両方が怒り狂わないわけがないのだ。
 ライブの客というのは結局そういうものだから……と言って、無罪放免になるとでも思っているのだろうか。
 だとしたら尚更許せない。必ず悔い改めさせてやる。
 
『 YOU!!!!!!!!  (no turning back now)  I wanna be pushed aside, so let me go!!!   (No, no turning back now)  Let me take back my life,   I’d rather be all alone!!!   (No turning back now) 』

 そんな、経験が伴わないで、妙な知識や勝手なイメージばかりが先行したこの薄汚い衆愚を、来ヶ谷はどうしたって許す気にはなれなかった。
 その部分ではまだまだ自分は精神的に幼い、と自覚はしているが……それとこれとは別問題。
 そんな小うるさい批判など、後からいくらでも受け付ける。
 だがその前に……あの愚か者たちだけは、必ず自分たちが殺し切る。

『 Anywhere on my own, cause I can see!!!  (No, no turning back now)   The very worst part of you…   The very worst part of you…IS ME! 』

 曲はここで終わってしまうが、まだまだ来ヶ谷たちが音を止めさせない。
 真人が水を飲んで喉を休めているうちに、とっとと次の曲へシフトさせる。
 観客たちには、一切休憩など与えない。
 自分たちリトルバスターズが、どれ程の信頼関係をもって軽音楽部と共演するに至ったのか、全力で思い知らせてやるために。
 来ヶ谷は、右足でディストーションのスイッチをこまめに切り替えつつ、その特徴的なイントロを奏でていく。
 イメージは、夜のスラム街。
 もしくは、そうでなかったら、個人の邪悪極まりない内面意識。
 けれど……決して誰にもわかってもらえない、そんな途方もない寂しさと虚しさが諸所に滲み出ている、そんな曲。
 弾きながら少し目を細めて、もしかしたら自分と少し似ているかもしれない……などと来ヶ谷は思う。
 そして、その歌詞を歌うのがまさかあの真人だとは、どんな因縁であることだろうとも。
 だが、それはそれで面白い。
 さて、そんな曲を紡いでいく自分たちを見て、ならば客たちはどんな反応を見せるのだろうか。
 来ヶ谷は一人、高見の見物をするような心持ちで、ゆっくりと己の情念を指に伝えていく。
 さぁ、静かな行進の幕開けだ。

『 There are just too many times that people have tried to look inside of me   Wondering what I think of you when I protect you out of courtesy   Too many times that I’ve held on when I needed to push away   Afraid to say what was on my mind afraid to say what I need to say   Too many things that you said about me when I’m not around   You think having the upper hand means you gotta keep putting me down   But I’ve had too many standoffs with you it’s about as much as I can stand   So I’m waiting until the upper hand is mine 』

 この曲のAメロとBメロは、特にハイスピードなラップが繰り返される。
 ライムの周辺だけ伊津のコーラスが入り、そこで真人の息継ぎを助けている。
 来ヶ谷はその間、イントロのリフをそのまま用いて、リズム隊と一緒にバックグラウンドイメージの演出に回る。
 ふと合間を見つけて前方を覗いてみると――ノリノリなライブパフォーマンスで、客のテンションをぐんぐん引き上げていく真人の姿が見えた。
 ……あの男は、やはりこういうことに関しては、天性の才能を持っていると、来ヶ谷は思う。
 日常生活的な感覚としては、やはり少し……いや、かなりズレていると思うが……それでも、どこか憎めないところがあるのは確かなのだ。
 人に好かれる性質、とでも言うのだろうか。
 自分のように外面を取り繕い、知識と経験によって人と付き合っていく者とは、根本から違っているタイプ。
 そのまま素の自分をさらけ出しても……人に好かれることができる。来ヶ谷に言わせてみれば全く意味不明的な、わけのわからないスーパービックリ人間。
 だがそんな特異な者にしか、このバンドのボーカルは務まらなかったように思える。
 もちろん、そのオリジナリティ溢れる真人のシャウトや、この一ヶ月間の血の滲むような努力も、大いにそれに貢献しているのだろうが。

『 (One minute you're on top)   The next you're not   Watch it drop   (Making your heart stop)   Just before you hit the floor 』

 ここからサビ。真人のシャウトが入る。
 来ヶ谷は、ディストーションをオンに切り替え続け、ずっと今まで退屈なメロディを弾かされていたことによる鬱憤を晴らすかのように、思いっきりその重低音を周囲にぶちまけていった。

『 (One minute you're on top)   The next you're not   Missed your shot    (Making your heart stop)   You think you won     And then its all gone 』

 恭介組たちの演出か、ストロボのチカチカがやたら目に眩しい……が、思っていたほど演奏に支障はない。
 なにやら周囲に無臭の霧のようなものが漂っていて、それが手元の部分に強い光が届くのを和らげてくれている。
 変なふうに金具に反射してしまうこともない。このモクモクは、上手い具合に雰囲気を引き出すだけに留まっているから助かって――

 ――……って、え? 霧?
  

 

 

 

「鈴、ストロボだけ点けるのは止めとけ。手元が危ない」
「……ん、なんだ? ……あいつらがうっさくて聞こえないんじゃ。もっとはっきり言え、はっきり」
「だぁーかーら! ストロボだけにすると、ギターとかの手元が危なくなるから、気を付けろよってことだ!」
「うぅーっさいわ、ぼけっ! そんな大声で言わんでもわかっとるわ! でぃれくたーのさいはいにケチつけんな、あほ!」
「……く、くぅぅ……西園ぉ〜……」
「……、……はい? あ、すみません、スモークの操作に集中してたので。何ですか?」
「……いや……やっぱ、いいや」

 ……
 ……ガサゴソガサゴソ。
 ピッ。
 プルルルル。プルルルル。プルルルル……ガチャン。
 
 ――あ……あ、あの、すいません、オー人事ですか?
 ――あのすいません、ちょっと……はい、ええ。今の職場に、ちょっと不満がありまして……
 ――え? なにを言っているのかわからないって? ……そんな、待ってくださいよ……ちょっと。
 ――は? あ、ちょっ、まっ! り、理樹っ! 待て!

 ガチャ。
 ……ツー……ツー……ツー。

「くだらねえ!」
「……なにやってんだ、おまえ」
「うっせぇ! 唐突にオー人事ごっこしたくなっただけだ! ちくしょう!」
「?」

 不思議そうに眉をひそめている鈴の方を一瞥し……背を向けて……恭介は、一人……、泣いた。
 リトルバスターズってやつぁ、いつの間にこんな冷たくなっちまったんだろうねぇ……なんて、自分でもよくわからない口調でボソボソと呟きつつ、手の甲で、ゴシゴシと目元をぬぐう。
 やがて、そのちょっぴり涙に濡れた視線は、徐々に美魚が持っているスモークコントローラの方へ向けられていき――

「……西園、ちょっとスモーク出しすぎだ。一回止めろ」
「あ、はい。了解です」

 ぽちんっ、と美魚がスモークのスイッチをオフにするのを確認した後、恭介は、ゆっくりとステージの方を見やり……うんと頷き一つ。鼻をずずっとすする。
 ……黒子バスターズのリーダーとして、みんなのお兄ちゃんとして、どんな時でもするべきことはちゃんとするのだ。それが恭介道である。たとえ妹たちにウザがられようと、無視されようと、アイスをねだられようと、変態扱いされようと、BL本を押しつけられようと……いつだって。

「お。三曲目、終わったか……って、あいつらまだ続けるのかよ。どこまで行く気だ? ……ったく、しょーがない。西園、スモーク。またもうちょい」
「了解です」

 恭介がもう一度、隣にいた美魚に、指でチョチョイと指示する。
 するとステージ上段の両脇から、だんだんと白い煙が、モクモク、モクモク、モクモクと……
 ……これが恭介の用意した四つ目の演出法、スモークマシンである。
 白い煙を空中に噴出させ、照明の効果を格段にアップさせるのが狙いだ。
 イベントでは割とベーシックな演出法だが、恭介は「最初から全部使ったんじゃ面白みがなくなっちまうだろう」という理由一つで、今までの使用を控えていた。
 せっかく自分たちがこうして演出係という脇役に甘んじているのだから、こっちもこっちで楽しんでもらわなきゃ損だ。というかそうじゃないと絶対に納得できない。恭介的には。

「あいつら楽しそうだなぁ……」
「そうですか? 私には、怒っているようにしか見えないのですが」

 恭介のなにげない独り言に対し、美魚はこちらを見ないまま少し首を傾げ、淡々と感想を口にしてくる。
 ちなみにその手では、スモークマシンのレバーをちょこちょこいじっていた。……一応、機械オンチの美魚でも扱えるように、簡単な仕組みに改造しておいたのだ。

「ふっ、甘いな西園。状況を見ろ。あいつらはあの観客に喧嘩を売りまくって、さらにそれで今、無くなったテンションなんてすっかり取り戻しましたぜーっていうくらいに盛り上げちまってんだぜ。それで楽しくないわけねぇだろう」
「……意味がわかりませんが」
「あれ? 西園は燃えないのか? こういう展開」

 その言葉で美魚は、恭介の考えていることの意味を察したのか、やれやれとため息をついて、

「漫画の話はわかりませんから」

 などと上品ぶって言うのである。じゃあなんでお前は少年漫画のキャラのBL本なぞ持っているんだ、と恭介は少々こいつを小一時間ほど問いつめたくなったが、自分から墓穴を掘ってしまうわけにはいかないので止めておいた。

「うーみゅ……あたしには、おこっているのと楽しいのが、半分ずつくらいに見える」
「だろ? あの真人なんか、多分すっげぇ爽快だろうなぁ……真似できねーけどよ」

 恭介は、リズムに乗りながらステージ上を縦横無尽に闊歩する真人を見て――うっとりと目を細める。
 時折ジャンプしたり、下の客に向かってシャウトを放ったり、リズムに合わせて思いっきり体を動かしたりなど――本当に、今の真人は自由自在だ。
 まさか自分の親友があそこまでファンキーな奴だったとは。そんなことは今まで全く知らなかった恭介が、よし、それじゃ今度から真人のあだ名はファンキー国防長官だなと勝手に決めていると、隣にいた鈴は一転、もごもごと不機嫌そうに唇を尖らせて。

「ん〜、あいつはなんか……ちと、こわい……。どうしてあんなにキーキーさわいどるんだ。変なもんでも食ったか」
「いや……あれはただのシャウトだろ。ちゃんと歌ってるんだよ。メロディに合わせて」
「うみゅう……ぜんぜんわからん。まだ謙吾とけんかしてるときの真人の方が、あたしには普通に見える」
「そりゃあなぁ……俺も初めて見たよ、あんな真人。練習の時はもっと落ち着いてたしな」
「宮沢さんといい、井ノ原さんといい……あのライブステージという場所には、もしかしたらなにか、人を変える魔法のようなものがあるのかもしれませんね」
「魔法、かぁ……。まっ、こっちはこっちで楽しいからいいけどよ。なー鈴? 西園?」
「……くっつかないでください。警察呼びますよ」
「きしょいんじゃ、馬鹿兄貴。でぃれくたーに気安くさわんな。くびにするぞ」
「……」

 ――……あ、すいません、オー人事ですか?

 などと。
 ライブのノリから隔離され、三人でぐだぐだのほほんいちゃいちゃ(?)と漫才を繰り広げる恭介たちの思惑など、ライブステージに立っている連中は当然知るよしもなく――

 

 

 

 

『 No   Hear me out now   You're gonna listen to me, like it or not   Right now 』

 このブリッジの部分が、この曲での一番の見せ所だ。
 コーラスが入ることはない。声の調子を上げて、綺麗めに歌うこともない。
 この部分は全て、真人の全力のハイパーシャウトでぶっちぎっていく。

『 Hear me out now   You're gonna listen to me, like it or not   Right now 』

 いわば、魂の叫びだ――とも、来ヶ谷は思った。
 まるで全てを踏み砕いていく戦車のようなバックメロディは依然として変わらない……が、それとは打って変わって、真人のシャウトからは言い様のない孤独感がビシビシと伝わってくる。
 誰にも好かれない。
 誰にも自分のことをわかってもらえない。
 爪弾きにされる。
 そんな、極限にまで追いつめられていった、いつかの少年。
 どうにもならない、いつかの世界。
 やがてそこで、彼の精神がだんだんと壊されていく様が……ありありとこのシャウトと歌詞には、刻まれている。

『 I can't feel the way I did before   Don't turn your back on me   I won't be ignored 』

 ここで一度全ての音を押さえて、演奏するのは来ヶ谷だけになる。
 伊津のボーカルに合わせて、来ヶ谷は特に集中しながらメロディを紡いでいき――

『 I can't feel the way I did before   Don't turn your back on me   I won't be ignored 』

 そして、ラストのサビ。
 再び、重戦車を発進させていく。
 実は来ヶ谷は――、真人の過去をよく知らない。
 ふとなにかの折に、恭介からリトルバスターズの誕生秘話を聞かされたことがあったが――確か、そこで彼が言っていたのは、「俺たちが真人を倒した。だから真人は、俺たちの仲間になったんだ」という、それどこのベジータですかって聞いてみたくなるぐらいの胡散臭い話だった。
 恭介自身も、相当面白おかしくその話をしていたため、その時は単なる冗談かと思っていたのだが――
 
『 Time won't heal this damage anymore   Don't turn your back on me   I won't be ignored 』

 このシャウトを聴くと……それもあながち本当なのかもしれない、と思えてきてしまう。
 恭介は、付け加えて「暴れん坊で有名な井ノ原って奴がいたから、俺と鈴はそいつを退治しに行ったんだ」とも言っていた。
 ならば、その真人が暴れていた理由というのは、恐らく――

『 I can't feel   Don't turn your back on me   I won't be ignored 』

 と、そこまで考えて、来ヶ谷はすぐに思考を切った。
 
 ――芸術の裏を探ろうなんて……野暮だな。

 ただハッキリとしているのは、曲と真人の同調が今、本当に素晴らしいということ。
 あいつに音楽の理解なんてあったもんじゃないだろうし、まさかこれをわざとやっているとも到底思えない。
 一応、曲との同調を得るために歌詞を和訳させたり(相当嫌がられた)などしてみたが……あいつにその曲の奥にある精神を感じ取れるほどの芸術性が備わっていたとも思えない。
 思えない……が、

『 Time won't heal   Don't turn your back on me   I won't be ignored 』

 今の真人は……先ほどの葉留佳以上に、素晴らしい、と思えた。
 音楽や絵など、こと芸術性に関しては、自分はリトルバスターズ随一であると自負していた来ヶ谷だったが……今ここでは、絶対に奴には敵わない、とはっきり断言できた。
 それ程までに――、まさしく今の真人は、

 とにかく――英雄然、としていたのだ。

 あれは重戦車に乗った英雄か、もしくは皇帝か――などと口の端を歪ませつつ、来ヶ谷はフィナーレのサウンドをゆっくりと切っていく。
 そしてその途端……どわっ! と一気にわき起こる衆人の大歓声。
 来ヶ谷は一人、額にたまった汗を手の甲で拭いつつ、その続きを考える。

 ――ならば、戦車の操縦士である私は……その寂しがり屋の英雄の、一体何なんだ?
 ――手下、か?

 ……いや、なぜ私があんな奴の手下なのだ、と来ヶ谷は心の中で少々理不尽なツッコみを入れながらも、歓声に応えている真人の後ろ姿を軽く見つめて、薄く笑う。
 
 ――まぁ、あの場所だけは、奪い取れんか。

 誰にも奪い取れないヒーローの座であるからこそ、衆人はそれを目の前にして大いに歓声を上げる。
 彼こそは自分に無いものを持っていると、ちゃんと知っているからだ。
 ふとまたそこで、来ヶ谷は思いつく。
 仮に自分が今、あのステージ下にいたとしたら……どんな反応を見せるのだろうか、と。
 自分も、あんな観客らと同じように、あいつなんぞに尻尾を振ると?
 
 ――……くだらない。
 ――そんな答えなど、元から決まっているだろうが。

 ……止まらない、大歓声の中。
 ステージの後方の彼方で、自らの中指を思いっきり突っ立ててる来ヶ谷を見て、また彼女にファンがついたとか、つかなかったとか。

 

第53話 SSメニュー 第55話

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