『直枝、今度はスネアの方叩いてみてくれ!』
『はい!』
『神北さーん、ちょっとそっちのコーラスマイク喋ってみてー』
『は、はーい』

 弾けるようなドラムの音と、『あー、あー』という、まったりとした高い声が響いてくる。
 次に『オッケー、どっちも出てるー』というとある男性の声が。……これは恐らく、私たちのバッキングギター担当の伊津少年だ。あのエロ野郎。メガネで隠しながらも、地味に正統派イケメンなのがまたムカつくやつだ。
 正面の長椅子には、あの馬鹿二人が仲良く肩を寄せあって眠りこけている。……こうして眺めてみると、どうもBL要素満載の構図にしか見えないのだが。あの西園女史が興奮で打ち震えて、鼻血でも軽くブーしてしまいそうなシーンだ。二人とも眠った(というか気絶した)顔が妙に子供っぽくて可愛らしく、そんな趣味がない私でも、ちょっと興味をそそられてしまう。……別になにもしないが。誓って。
 ……ほかには、そうだな。
 なにも、ない。
 控え室で動いているのは、この私だけ。
 今なら……考えられるだろうか。
 言われなくてもわかる。
 ……あのことだ。

「はーあ……」

 私は誰も聞いてないのをいいことに、学校ではほとんど出したことのない、気の抜けたため息を洩らす。
 奴らの対面の長椅子に前屈みになって座り、肘を立て、組ませた両手におでこをつけるようにして、俯ける。
 左方からは、エレキギターをディストーションで歪ませた、ギャリギャリギャリという音が響いてくる。……今の私には、心地よいBGMだ。
 
「理樹君……」

 ……怒られてしまった。
 まあ、冷静になって考えてみれば……当然のことだ。
 あれだけのことをやったんだ……昔の葉留佳君並みのことを。……いや、あの葉留佳君でも、あそこまで人の気持ちを踏みにじるようないたずらなんて、したことなかっただろう。
 ……最低だ。
 嫌われて、当然か。
 
「でも……」

 でも理樹君には……もう、どれだけ好かれる努力をしたって、しょうがないじゃないか。
 理樹君は、笹瀬川女史のことが好きなのだろう。
 ……そして私には、あの鈴君のように、その間に入り込もうとするだけの資格すらないのだ。
 なぜなら……

「ん、ぬぅ……」
「っ!」
「むが……」

 少しだけ苦しそうに身をよじらす馬鹿二人。
 一瞬心の声が出てしまっていたかと心配になり、顔を上げてみたが、二人には依然として起き出す気配はなかった。
 ……やれやれ……これはまた、厄介な任務を請け負ってしまったものだ。
 ……いや、違うか。
 恭介氏は……私にちゃんと冷静にことを考えるようにと、この命を下したのだ。
 今はその隠れた優しさに甘んじて、自分の気持ちを整理することにしよう。
 一度ライブをやると言った以上……、やっぱりできない、では到底済まされないのだから。

「っ……」

 私は再び、静かに顔を伏せる。
 私には、鈴君のように、真っ直ぐその人のところに向かえるだけの勇気も、資格もない。
 私は……口だけなんだ。
 好きだ好きだと言っておきながら、ああやって、理樹君に嫉妬深く詰め寄ることもできない。……詰め寄る気さえ起きない。
 好きだと思っていながら、理樹君のためにしたことは一つもない。
 逃げ続けたんだ。
 あの時も……この時も。

『お――――い! 北2階! スピーカー出てるかー!?』
『出てません――!』
『なにぃ……どこがダメなんだ、ちくしょう。おいカイト、音量は!?』
『マックス』
『くっそう、見てくる!』

 今日の午前、理樹君が茫然自失としているとき……私はなにをしていた?
 ……そうさ、逃げたんだ。
 小毬君が控え室に入っていくのを見計らって、だいぶ時間が経ってから、私は自然を装って葉留佳君をギター練習に誘った。
 ……怖かったのだ。
 「少年?」と声をかけても、理樹君はなんの反応も返してくれなかった。
 理樹君の様子がおかしいのはすぐわかった。……そして、その理由も一瞬で全て理解した。
 ……だから。

『能美さんたちは曲の練習してていいよー。全体のセッティングするときは、また呼ぶからー』
『は、はい……っ。でも……』
『……って、そうか。うーん、じゃあ、ここだとちょっと周りうるさくなるかもしれないけど、そのまま楽器使ってていいよ。音出さないでねー』
『すみません。……せ、せんきゅー、なのです』

 ……怖かった。
 ただ、私の声が小さすぎたせいもあったのかもしれない。
 けれど、もし次に大声を出しても、理樹君がなにも反応してくれなかったとしたら?
 私は……理樹君にとって、所詮その程度の存在だと、思い知らされることになる。
 考えてもみればいい。
 あそこで、まさに理樹君の想い人こそ……つまり、今その心の渦中にあるはずの……笹瀬川女史が声をかけたらどうなる。
 ……一発で起きないはずがないだろう。
 その、自分との揺るぎないほどの『差』を知ってしまうのが……私には、とてつもなく怖かった。
 何回目で起きてくれるのか……それを知るために私が声をかけたとして。
 私にはその行為こそが、まるで……断頭台への階段を上るようにも見えてしまって。
 もう希望がないと知ってしまうのが……もうこれを終わりにするしかないと知ってしまうのが、たまらなく怖かった。
 わからないままにしておきたかった。
 ……理樹君の中にもう自分がいないということ『だけ』だったなら……まだ、耐えられたかもしれない。
 立ち向かっているのが私だけだったなら……昔の私だけの、勝手な片思いという体裁だったなら、私は感情を『消す』ことでまた耐えられたかもしれない。
 けれど、今はもう無理だ。
 いや……そうか。
 ……私は、この心地がよい夢を、絶妙なバランスで保たれている今を……どうしても、維持していたかったのだ。
 それを失ってしまうのは、どうしてか……本当にどうやっても、どんな感情を、どこまで取り殺しても……私は、絶対に耐えられぬ気がした。
 理樹君……真人君……クドリャフカ君……リトルバスターズ。
 みんな、今のままがよかったんだ。
 幸せな、今のままで。
 ずっと……こんな幸せな世界で、遊んでいたかったのだ。
 そんな、私の……どうしようもない、わがままだったのだ。
 だから……私は、逃げ出した。
 この場所からも……また、あの場所からも。
 やっぱり、本当に私は……自分のことしか、考えて、いない……
 そんな私に、理樹君を愛する資格なんて……ないんだ。
 ないんだ。

『直枝君ー。そんじゃー適当にドラム全部使って、リズム取ってみてー。僕がいいって言うまで続けてくれるー?』
『は、はい! わかりました!』

 強弱をつけたミドルテンポの打撃音が、明確な立体を伴って耳に伝わってくる。
 ……上手い。
 岸田氏のような変態的なグルーヴ感や、西野君のような独特なうねりはないが……とても綿密で、理論的な叩き方だ。一つ一つの仕事をちゃんとキッチリやってくるあたり、理樹君の個性が滲み出ている気がした。
 悪く言えば平凡。だが良く言えば、限りなく正確な演奏だ。……これならリトルバスターズの面々もやりやすいだろう。
 ふ……、そうやって君は、どんどん先へと進んでいってしまうんだな。
 私は初めからなんでもできたから……だからここから、どこへも進むことができないよ。
 すごいな、理樹君。
 
『オッケーオッケー! 下からもちゃんといい感じに聞こえるー! よーし。ま、ドラムはこんなとこかぁ……。さて、岸田っちはまだかなぁーっと』

 ……止めてしまうか。
 理樹君……君は、私には遠すぎるよ。
 せっかく昨日、また元の場所から始めると……そう決めたというのに。
 もう次の瞬間には、私の席はなくなってしまっていて。
 余裕ぶっこいて、暢気に歩いていた結果がこれだった。
 ……ふ、まあそれも、当然かもしれないな。
 あの廊下での、理樹君の静かなる告白を聞いて……私は、一体なにを思ったというのだ。

 ――ああ、そうか。

「私は……」

 ――私、理樹君のこと、本当は好きじゃないんだ。

 ……なんの気持ちも起こらなかったんだ。
 私の想い人であるはずの、理樹君の……精一杯の告白。
 告白の相手はもちろん、私ではない。
 それでも私は……嫉妬に狂うなんてことには、ならなかった。
 しなかったんじゃない。できなかったんだ。
 どうしてか、祝福する気さえも起きてこなかった。
 私の頭の中に唯一として浮かんできたのは……ただ、「ああ、そうか」という言葉の反芻のみ。
 ……それから私はずっと一人で、無表情のまま、その場に固まっていた。

『わりーわりー! 放送室の方の接触が悪かったみてーだ! もう大丈夫だろー!』
『音来てるー!?』
『来ました来ましたー!』
『お――――っし!』

 こいつが……私に、話しかけてくるまでは。

「……ん」
「……やっと起きたか、馬鹿」

 顔を上げると、目の前のハチマキ筋肉が目を覚まそうとしていた。
 うっすらと眼を開け、どこかぼんやりとした表情できょろきょろと辺りを見回すと、途端に辛そうに頭を押さえ、顔を顰めた。

「……あ、頭が、いてぇ……なんだ、これ」
「……筋肉が足りないせいだろう……」
「くっ……そうか。この『キーン……』っていうのも、脳みその筋肉が悲鳴を上げてるせいだってのかよ。ちくしょう……オレとしたことが……ごめんな、筋肉っ」

 アホが。私のせいに決まっているだろう。
 それと脳みその筋肉というのはなんだ。キサマにはそんな不思議なものまであるのか。そもそもお前の筋肉にはなぜ人格が存在しているんだ。多重人格か? このビックリ人間めが。
 ……ということを立て続けでツッコんでやりたくなったが、そもそも事の引き金は私の些細な一言だったので、自粛しておく。せいぜい感謝しておけよ。

「つか、なんでオレこんなところで寝てるんだ……? ……って、うお! なんでこいつオレに抱きついて……って、あぁ! やべえっ!」

 完全に目を覚ましたことで、自分に寄りかかってきていた隣の謙吾少年にも気づき、気持ち悪そうにその場から逃れる。……そしてその拍子で、支えをなくした謙吾少年の頭はゆっくりと……いや、かなりのスピードをもって。

 どごんっっっ!

 ……
 …………
 ………………
 ……私は、なにもしていない。
 いや、だが待て。こういった場合……刑法学の因果関係論的にはどうなるのだろうか。気絶させたという状況を発生させたのは私だし……それだと、私に有罪判決は言い渡されるのか? だが、直接殺したのはこいつだし。いや、違法性の錯誤を利用すれば……

「……き、筋肉」
「ん?」
「き、きき筋肉、筋肉〜♪」

 踊り出した!?

「……あ、アホかキサマは!? 早く現実に帰ってこい! と、とっとと謙吾少年の応急処置をするぞ!」
「っとぉ――っ! そうだったぁ――っ! ま、まだ死んじゃいねえよな!? よしっ……!」

 先ほどの暗くなっていた気持ちも全部無視して、私は真人君と共に、慌てて謙吾少年のもとへと駆け寄る。
 見ると……顔面蒼白。どこか、あの世とこの世を行き来しているようにも見て取れた。
 口は微妙に半開き。目も半分だけ開いて、瞳孔は上を向いている。……とても、人様にお見せできるような顔ではなかった。リトルバスターズのイケメン代表、私たちの宮沢謙吾君はどこに行ってしまったのだろう。虚しすぎて泣けてくる。
 
「こ、ここは……っ、人工呼吸ってやつじゃねえのか!? 筋肉を分けても……きっとダメだろうな。回復機能がついてねぇ!」
「キサマのその意味不明な筋肉理論はどうでもいいとして……っ! くう……わ、私はイヤだぞ! ま、まだ……」

 ……ファーストキスも済んでいないんだぞ! と叫んでしまいそうになり、慌てて口元を押さえる。
 ちぃ……っ、今までこんな状況に出くわしたことがなかったからか、いつものように頭の中から専門知識が出てきてくれない。てか、本当に人工呼吸でいいのか? という疑問もすぐに小宇宙の彼方へとすっ飛んでいってしまった。
 ぬう……ま、まさかこの私がパニックになっているというのか。ちくしょうめ。
 隣で同じようにあたふたしていた真人君は、私からの「イヤだ」という言葉に反応して、ならば順を踏んで、次は自分かと思い当たったのか、顔を真っ青にしてぶるぶると素早く振った。

「お、オレなんかもっとゴメンだっ! なにが嬉しくて男同士で……しかもこいつなんかとキスしなきゃいけねーんだよ! ここは女であるお前が行くのかタウリンだろ!」
「それを言うならセオリーだ! 一文字しか合ってないだろうが、あほっ! 私を嘗めてるのか!?」
「う、うっせぇ! 今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ! このまま暢気にちまちまやってる間にも、謙吾はどんどん天に召されていっちまってるんだぞ!?」
「くっ……」

 ……そ、そうだ。
 私たちがこんな醜い口喧嘩をしてる場合では、本当にないのだ。
 なぜ私は、こんなB級サスペンス劇場によくあるような、ベタベタすぎる会話を繰り広げてしまっているんだ。まずは人命救助が先に決まっているだろう。ばか。
 ……ゆっくりと、謙吾少年の顔を覗き込む
 ……うう……しかし、キス……か。
 こ、こいつもこいつだ。
 私が親友の男と目の前でキスするというのに、なんの抵抗もないのか。ちょっとは嫌がれ。ちくしょう。
 あーっ……く、くっそう……恨むぞ、さっきまでの私!

「……いいだろう。やってやる」
「お、おう……」
「ま、まずは気道の確保だ。顎を持ち、頭を後方に反らせて……喉を広げる。え、ええと……息はあまり吹き込みすぎないように……」

 徐々に広がりつつある気恥ずかしさを紛らわすために、頭の中に微かに残っている基本知識を口に出して、体内に反芻させていく。
 む……なんか言葉通りにしてみたら、かなり不格好な形になってしまったが……一応手順はこれでオーケーなはずだ。

「な、なんか、想像してたのと全然違ぇな……」

 めずらしく顔を赤くしつつも、少々意外そうにこちらをじっと見つめてくる脳天気馬鹿。ぶち殺してやりたい。いちいちこっちを見るな! いつまで経ってもできないだろうが!
 え、ええい……これも謙吾少年のためだ。無事救助が成功した暁には、キサマら二人を私専属のおやつ買い出し部隊に任命してやるから、せいぜい覚悟しておけえ!
 そして……私はゆっくりと、自分の顔を、謙吾少年のそれへと近づけていって……

「くっ……」

 思えば、初めてのキスは……あの理樹君に捧げたかった。
 ……いや。私には、今更そんなことを言い出すだけの資格すらもないのか。
 私のような性悪で色気なしで、さらには勇気もなくてビビリで臆病でネガティブ思考万歳の暴力女には、せいぜい「特に好きでもない男との人工呼吸が最初でしたっ!」ぐらいがお似合いなんだろう。……はっはっはっはっは。はははははは。あはははははーっ。はははは、はは……。え、え――――んっ!

「っ……」

 両目を閉じ――てしまおうとして、ゆっくりと、段々目蓋を被せていったその瞬間――
 私にとって最高の奇跡が、やってきた。

「んむ……」

 急に、謙吾少年の頬に気色が戻り、目の方もピクピクと動き出す。
 その後、口がだんだんと苦しそうに歪み始め、目を一度完全に閉じてから、眉間に思いっきりしわが寄った。
 そして――、
 
「……え」

 目蓋がうっすらと開かれ、元の位置に戻ってきた瞳孔で、こちらをチラ確認。
 とても不思議な状況に、謙吾少年が間の抜けた声を発していた直後――私の体は、神速を超えていた。
 
「あん? ……って、ちょお!?」

 そうだ。
 思えば、最初からこうしておけばよかったのだ。
 キスをしてしまうギリギリで、この馬鹿に超無理やりバトンタッチ。私の疾風迅雷のごときスピードと、「体全身がバネ」と言われたほどの柔軟性をもってすれば、こんな仕事は超朝飯前。まったくもって造作もない。
 
「は? ……って、なァ――――――ッ!?」

 つまりだ。
 隣で一人(本当は私もだったが)顔を赤くして暢気に座っているこの馬鹿こと――井ノ原真人君を生け贄にして、罠カード『私だけ生存』を発動させればよかったのだ。
 私の右手は、謙吾少年の顎に添えたまま。……左手は、真人君のうなじへ。
 これを――思いっきり、突き合わせるッ!

「――――――〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!?」
「∀#≠※●〒◇☆√Σ( ̄□ ̄;)ッ―――――――!?」

 ……チェック、メイト。
 忌まわしき虚構は跡形もなく消え去り、平和な現実の時間が戻ってきた。
 許せ……馬鹿ども。
 キサマらの……いや、君たちの犠牲は、決して忘れない。
 ありがとう……君たちの、おかげで、私は――

「って、なにをするだァ――――――――――ッ!?」
「ぐあ――――――ッ!? 謙吾とキスしちまったぁ――――――ッ!?」
「ふははははーっ!」

 濃厚すぎる接吻の時間も終わり、ばばばっ! と勢いよく両端に飛び退く二人。
 その際に、少し謙吾少年に蹴っ飛ばされたのか、小さくうめき声を発し、膝をつく真人君。
 そしてその隙に、どこに隠し持っていたのか、謙吾少年の手の中には竹刀がびゅんっと現れる。
 ゴシゴシと、手で唇を強く拭きながら。

「き、きっさまぁ――――ッ! とうとうトチ狂ったか! ……ええい、好敵手としてせめてもの情けだ! この俺が直々に成敗してやるから、覚悟しろッ! マァ――――――――ンッ!」
「ちょ、ちょちょちょっと待てっ! オレじゃねえ! やったのオレじゃねえよ! こいつだ! この床に座って笑ってるこの女の仕業なんだよ! 全部! ……だ、だから違ぇっつの! 違ぇっつってんだろうがコラァ――――――ッ!」
「な、殴りかかってきている貴様の言うセリフではないだろうがッ! ふんっ……ついに脳みそまで筋肉に支配されたか! だが安心しろ真人、すぐに終わらせてやるからな! 成仏しろォ――、メェ――――――――ンッ!」
「だはぁ――――ッ!? い、いってぇなコラァ――――ッ! 筋肉さん馬鹿にすると許さねぇぞオォラァ――――――――ッ!」

 ……これで計画通り。いや、嘘だが。
 正直、ここまでの大喧嘩に発展するとは思ってもみなかった。こいつらの頭の中には、人の話を聞くという選択肢は存在しないのだろうか。アホめが。
 いや、だがまずいな。謙吾少年の方は竹刀を持ち出した上に、本気で真人君に勝負を仕掛けてきている。
 真人君は……うちの大事なボーカルだ。ここで怪我をさせるわけには絶対にいかん。先ほど肩口にヒットしてしまった一撃も、とても心配だ。だが……この二人の全力バトルとなると、さすがに私の力をもってしたとしてもそうそう中に入り込むことができん。
 ……ここはどうするべきか。
 いや、そんなの元から決まっているな。
 常識的な対処法に則ったとしても、次の一手こそが最適に違いない。
 すなわち――

「恭介氏!」
「ああ、わーっかってるよ! お前も手伝ってくれ! ……おーい二人とも! 喧嘩止め止め――――っ!」

 恭介氏が手をパンパンと叩きながら、控え室の中に入ってくる。
 するとそれに注目した二人の動きが、一瞬緩む。……そして私はその隙を、決して見逃さない。
 電光石火のごとき俊敏さをもってして、二人の懐に滑り込み――双方を、力強く、反対方向に押し出す。……ち、肩を少し痛めた。どれだけの重量を攻撃に乗せているんだこいつらは……
 そして、再びそこを狙って、恭介氏が謙吾少年の竹刀を素早く押さえ込み、私が真人君の正面に立って腕を止めさせる。それだけで、またこの部屋に元の静寂が戻ってきた。

「……ったく、気絶から目覚めたと思ったら即喧嘩か……よく飽きねえよな。……おい来ヶ谷、こいつらになにかやったか?」

 今は信用をなくしているためか、……はたまた、こいつらの面倒を見きれなかった私の責任だと言いたいのか……恭介氏の鋭い視線がこちらに向けられる。
 その言葉はまるでこちらを責め立てるようでもあり、疑いをかけるようでもあったが……恭介氏の声の調子自体からは、決してそんな様子は感じられず、ただ単にその場にいた者に対しての、淡々とした事務的な質問のようだった。……まるで、最初に私を疑いの枠から外そうという意図が見えるかのように。……と感じたのは、自意識過剰というものだろうか。
 だが、決して信用だけはされていない。それは恭介氏の視線の鋭さから、確実に窺えた。
 私は……腕を組んで、ほんの少しだけ、頭を巡らせるようにして。
 すぐに、最も面白そうな答えを見つけ出す。
 そしてそのまま、最高のタイミングで。

「正当防衛だけはしたが?」

 ――と、笑顔で答えてやった。
 はんっ……たとえ引け目があろうとも、私がこんな奴らに対してヘコヘコするなど、性にも合わんし癪だからな。
 恭介氏は、私の放った言葉の意味を理解するように、一〜二秒だけそこで固まると……途端に頭をガシガシと掻き出し、呆れたようなため息をついて。

「はぁ……お前らしい答えだな。いいよ。協力してくれてありがとな。……で、お前らはなんで喧嘩してたんだ?」
『だ、誰が言うかぁ――――――ッ!』
「?」
「クックックック……」

 恭介氏のきょとん……とした顔は、まさにケッサクというやつだった。

 

第41話 SSメニュー 第43話

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