『ねぇねぇ、あれ誰かな?』
「くっ……」
『うわ、もしかして学外の人とか? キレー……』
『神よ、感謝します……こんな人に巡り会える人生を、私に歩ませてくれて』

 取りあえず言いたい。お前は病気だ……。いや、きっと僕も病気なんだろうが。
 ……女子更衣室から一歩廊下に出ると、一斉に通行人に注目された。
 は、恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ……。別に、これくらいの女性なんて他にゴロゴロいるだろう。なんで僕だけこんな……。
 って、僕は男だっ!!

「これだけ可愛いと、なんだか嫉妬しちゃうねー」
「ねー。皆藤君といい、もー何なのよって感じですー」
「そ、そんなこと言われても……」
「あははっ、冗談冗談♪ 可愛いから許してあげるよー♪」

 先輩二人にからかわれ、肩を落とす。皆藤さんが可愛いのは同意するが……かといって自分までそんな扱いになるのはどこか納得いかない。
 いやしかし、これはさすがに……なんというか。
 ……う、動きづらい。

「でも、こーんな肌スベスベで、お姉さん達うらやましいな〜」
「きゃっ!? い、いきなり何するんですか!」

 露出した腕をつー……と指で撫でられ、変な声を上げてしまう。
 それに彼女達はお互いに目を見合わせて。

「うわ、聞いた? 『きゃっ!?』だって……」
「うんうん、聞いた。『きゃっ!?』だって、ね」
「い、いや……」
『か〜わいい〜♪』
「ぐはっ……」

 さらに妙な声を上げて、ふらふらと壁に寄りかかる。
 な、泣きたい……。もう、泣いてしまいたい。
 これ程までに男性のプライドを傷つける言葉があるだろうか。いや、無い。あったとしても僕がそれを許さない。
 戦後の教科書よろしく、辞書に載ってる全ての単語を黒く塗りつぶしてやる。うう……くっそぉ。

「ほらほら、お洋服が汚れちゃいますよ〜。お嬢様〜」
「お嬢様はやめてください……。歩きますから」
「うんうん、もうすぐだからね〜。覚悟、しといてね」
「はい……」

 覚悟、と言われて改めて自分の服装を眺める。
 ドレス、と聞いていたのでもっと派手でもっさりとしているのをイメージしていたが、これは意外に結構ラフな方だった。それでも動きづらいのには変わりないが。
 黒を基調としているドレス。いや、そもそもドレスと言うのだろうかこれは。フォーマルなパーティで婦人がよく着ていそうなものとは違い、本当のお嬢様がプライベートでよく好んで着ていそうな感じだ。ドレスというより、私服と言った方が良いかもしれない。
 上の服には所々に赤い、花をイメージしたようなリボンがついている。スカートは若干落ち着いた感じの、茶色をベースにした黒のチェックのもの。裾は短くも長くもない。ここでミニスカでないのは、不幸中の幸いと言うべきだろうか。
 袖は短く、腕の所は肌が完全に露出してしまっている。正直この季節にこれはちょっと寒い。さっさと暖房が効いた教室に入りたいところだ。
 小物として、首にチョーカー、手には手袋、足にはブーツ、そして……。

「いやー。でもこれって、すぐに直枝君だとは気づかないんじゃないかなー」
「かもねー。皆藤君の時も、私たち全然気づかなかったもんー」
「あ、あはは……」

 ……頭にはウィッグをつけ、もはや見た目的には完全に女性と化してしまっている。
 もうここまで来たらとことんやってやれとのことで、さっき軽いメイクもされた。
 鏡を見た時は……もう生きていけないと思った。
 少しでも可愛いと思ってしまった僕は……今すぐナルキッソスのごとく湖にルパンダイブして死ぬべきだろうか。
 
「よし、ついたよー!」
「今まで寒かったでしょー? ここまでくれば大丈夫だよー」
「は、はあ……」

 やっと到着した……いや、到着してしまったと言うべきか。
 まずメイドさんの一人が入っていって準備が完了したことを伝える。すると中から“うおぉぉーーーっ!?”という、黄色いものやら図太いものやら色々混じったような歓声が聞こえてきた。
 ……こ、怖い。一体これからどうされてしまうんだろうか。

「大丈夫ですよー、お嬢様。絶対誰にも手出しさせませんから。棗プロデューサーの命令ですからね」
「お、お願いします……」
 
 その棗なんたらかんたらにツッコんでいられる余裕など今の僕には無い。ううう……緊張する。
 そしてしばらくすると中から、最初に入っていったメイドさんが顔を出して。

「いいよ。入ってきてくださーい」
「よっし、行きましょう! お嬢様!」
「ううう……」

 手を引かれ、少しずつドアに近づいていく。
 うわぁ……なんかめっちゃ拍手とかされてるんですけど……何なんだ一体。みんな期待しすぎだ!
 ううう、こんな僕見たって……こんな、どうせ……ってうう、うわぁーーーー!? 
 だめだ! 自分を見ちゃ! 今の僕は男だ!! 
 どうやったって男だ! 物理的にも精神的にも男だ! たとえドラ○ンボールを7つ集めてシェ○ロンを呼び出したって僕は男のままだ!!
 ……その気持ちを捨ててはならない。
 よし、オーケー……前へ、進もう。
 
「っ……」

 手をぎゅっと握って、ドアをくぐる。
 なるべくみんなの方を見ないようにしながら……。
 だけど。

「え?」

 唐突に……拍手が止んで静かになった。
 おかしいな……と思ってみんなの方を振り向くと。

『……きゃぁぁああああああうううあああおおおおおーーーーー!!!?!!』
「う、うわぁっ!!?」

 いきなり、さっきより凄い歓声が上がった!!
 その歓声と共に身を乗り出して、こちらが居るステージの上に登ってこようとする……真人……と、鈴。
 二人は、ビッグアーティストが目の前のバスから出てきた瞬間のファンよろしく、初っぱなからボルテージMAXでこちらに精一杯手を伸ばして来ているが、すんでの所で執事さんやメイドさん達に取り押さえつけられている……いやまあ。
 奥の方では、手で必死に鼻の辺りを押さえながらも、その隙間からボタボタと血をたらしてしまっている来ヶ谷さんが見えた。……いや、大丈夫だろうか。後でちゃんと輸血しに行くように言っておこう。
 
「すっごい! すっごい可愛いよ〜!! 理樹君!!」
「り、理樹っ!? めちゃくちゃやばいぞ!! いやもう、くちゃくちゃやばい!! ううう……うにゃにゃにゃにゃあーーー!!」
「いや、ていうか本当にあの理樹かよ!? お、俺……こんな子と一緒の部屋だったのか! やばい、おぎおぎしてきたぁーーーっ!!?」
「いやいやいや、興奮しすぎだからね!?」

 露出した腕を両手で隠すようにして、後ずさる。
 後の二人の興奮度合いが特にやばい。ていうか真人、そんなんでおぎおぎされた僕はどうすればいいのさ……うう、部屋に戻りたくない……。

「な、直枝君……なの?」
「……う。か、皆藤さん」

 横を見ると、先ほどのめちゃんこ可愛いメイド、略してめちゃメイの皆藤さんに静かに見つめられていた。
 今度はついに僕まで女装してしまったわけだが、今彼女……いや、彼の目には僕はどういうふうに映っているんだろうか。
 なるべくいつものように“絶対負けちゃダメだよ! 二人で頑張ろう!”って言ってくれると助かるんだけど――

「……やばい。か、可愛い……」
「……う、ううぁぁああああーーーーっ!!?」

 めちゃくちゃ意味深な反応されたっ!? どどど、どうすれば……。
 いや、っていうか何なんだよ可愛いって!! 男に言うセリフじゃないでしょ!!
 いやいや待て……そういえば、以前どこかにキレイよりカワイイの方が良いとか言ってたふざけた奴が居たな。
 一体誰だよ! そんな下らない妄言抜かした奴は!! 見つけたら僕がぶっ飛ばしてやる!!
 
「いやー、あの二人ほどは興奮しないけど、キレイですヨ? 理樹君」
「あー……あ、あはは……」

 いつもは無駄な大騒ぎで迷惑かけられてる葉留佳さんだけど、何故かこの時だけは天使に見える。
 いや、キレイって言われてる時点で色々とダメなんだろうけど……。

「ほら、西園さん! 今なのですっ!」
「はい! シャッターチャンス! です!」
「……へ?」

 ぱしゃっ!!
 突如として真横から焚かれるフラッシュ。
 何事かと思ってそちらを振り向くと……うきうきした表情でぴょんぴょんと飛び跳ねているクドと、変なポーズでカメラを合わせている西園さんが……。

「ちょ、ちょっと! 写真なんか撮らないでよ!!」
「……そのセリフ、まるでどこかの性悪な女優みたいですね」
「わふーっ! リキちゃんは悪い女の子なのですー!」
「えええー!」

 悪い女にされたっ!?
 って、いやいやいや! 僕は男だと何度も――

「……お嬢様、写真撮影は禁止となっております」
「いいじゃないですか、恭介さん。ノリが悪いですね」
「そーですっ! それくらい許しやがれ、ですっ!」
「……」

 最後の良心、恭介・オブ・執事さえもいとも簡単に突破される。取りあえず、どっちが悪い女なんだと言いたい。迷惑すぎるぞ。
 い、いや……っていうか、クドってこんなキャラだったっけ? 真人の影響だろうか……何となくショックだ。

「し、しかし、決まりですので」
「うるさいですね……ならば、こういうのはどうでしょう? 恭介さんと直枝さんでツーショット、というのは」
「いくらでもどうぞ!!」
「って、ちょっとっ!?」

 裏切られた!?

「いいじゃねーかよ、理樹。記念だよ、記念」
「僕にとっては何の記念でもないよっ!!」
 
 朗らかに笑いながら隣に立って、こちらの肩を掴んで近くに抱き寄せる。
 って、なんでわざわざっ!? ……これじゃ恋人同士じゃないかっ!!

「ほら、ピース!」
「え、えええ……」

 恥ずかしくってそんなこと出来るわけがない。
 頬を恭介の肩に軽く押しつけながら、カメラの方を見る……ぱしゃっ!

「恭介さんの腕に抱かれて赤くなる直枝さん……最近はノーマルカプばかり目にしてきましたが、やはりこれは捨てられません……」
「やっぱりリキはかわいいです〜」

 そうしてさり気なく投げかけられる人権否定宣言。ううう……僕の心を容赦なく抉っていくよ……ぱしゃ!
 大体……なんで僕、こんな目に遭ってるんだ? ぱしゃぱしゃっ!
 本当にお願いだから、誰か止めてよ……ぱしゃっ!

「恭介ぇ……!」
「ん、どうした? 謙吾」

 凄みを利かせてこちらを睨んでくるジャンパー……いや、謙吾。
 ま、まさか! 救世主がやってきた!?
 そうだ! まだ謙吾が居てくれたんだ! 
 お願い! 僕を助けて、謙吾! この変態達をどうにかしてっ!!

「……俺も、混ぜろぉぉおおおーーーーーっ!!!」
「えええええーーーっ!?」

 スプリントの選手のごとく、手を真っ直ぐに立ててこちらに突進してきた!! 目が血走っててかなり危険だ!
 ていうかちょっと、なんで!? なんでなの神さまっ!? 僕なんか悪いことしましたか!?

「おう、いいぜ! ほら、来いよ!」
「おぉーーーっしゃぁぁああーーーーっ!!」
「……」

 ……ぱしゃっ!
 謙吾と恭介に挟まれて写真を撮られる。
 見上げると……うわぁ、満面の笑みでピースをしていた。
 あ、あはは……もういいや。アホくさくなってきた。好きにしてよ……。

「……私も、いいかしら?」
「って、あんたもですか……」
「う、うるさいですわねっ! 記念ですわよ! 記念!!」

 ほんのり顔を赤く染めてこちらに歩いてくる。
 だから何の記念でもないと何度も……いや、いい。
 まぁ……この人はいっか。謙吾と一緒に写る数少ないチャンスなわけだし。僕をダシにすることでそれが叶うなら、別に……。

「じゃーはるちんもー! よしゃー、謙吾君の隣とーり! にっししし!」
「あ、こら! そこは私のっ!!」
「ふ……では、私は理樹君の後ろから抱きつく役だ」
「ちょっと! どんな役なんだよソレっ!?」

 って、どんどん人がステージに登ってくる!
 もう執事さんやメイドさん達も止める気はないみたいだ……いや、っていうか一緒に入ってきてる!?

「って、こりゃあ全員で一度撮るしかないな。西園、カメラをオートに――」
「無理です。やって下さい」
「――了解、です。お嬢様」

 溜息をつきつつも西園さんからデジカメを受け取り、色々いじくる恭介。
 あ、今のメガネをクイッって上げるのかっこよかったな……じゃなくって!
 もうキツいって! いくらステージが広いからってこんな大人数は……っていうか本当に来ヶ谷さん抱きついてるし!!

「……む。なんだ、パッドしてないじゃないか」
「ってあんた、なに人の胸揉んでんの!!」
「良いだろう、減るもんじゃなし」
「減るよ! 主に僕の心が磨り減るよ!! ……って、うわわ! 鈴! どこ入ってるんだよ!!」
「きついからここに逃げてきた。ここしかなかった。ここしかなかったから仕方ない。うん、ふかこーりょくだ」
「って、えええ……」

 何故か僕のスカートの下に潜っていた鈴。そして慌ててスカートを押さえようとした直後、僕の丁度真ん前に、にゅるっとはい出てきた。
 そしてそんな意味不明的な言い訳に僕が唖然としていると、急に僕の手を取って自分の前に組ませた。
 ……む、自分に抱きつけ、ということだろうか。
 
「もっとぎゅーってしろ。こまりちゃんみたいに」
「いやいやいや、そんな恥ずかしいこと出来るわけないでしょ……」
「なにぃ……私とこまりちゃんはいつもやってるぞ?」
「ええぇ……」

 女の子っていつもこんなスキンシップやってるんだろうか。う、うらやましい……ではなく!
 鈴がこういうことにほとんど苦手意識を持たなくなったのは喜ばしいことだ。もう、こういう心配をする必要はなさそうだな……でもなく!
 い、いくら幼なじみの鈴とだからって、ここでそんなこと出来るわけないよっ!!
 ああ……僕の頭もかなりおかしくなってるな。顔も熱いし……こんなに女の子に囲まれてるからだろうか。

「よっと、お邪魔するぜ! 理樹!」

 ハーレム最高……と思っていたら、斜め前にでかい筋肉が無理矢理入ってきた。
 いやいやいや、なんで僕のハーレムを邪魔するんだこの筋肉は。 
 って、あああ! そうじゃないよ! 全然そうじゃないから!! 本気でやばいぞ僕!!

「暑苦しいわぼけっ! 入ってくんな!!」
「いいじゃねえかよ。てめぇらだけずりーんだよ! 俺にも少しは女理樹とくっつかせろ!!」
「って、いつから僕女になったんだよぉーーーっ!?」

 もしかしたら女の子もいいかもな……なんていう馬鹿馬鹿しいアホ思考を全力で押さえ込みつつ、周りの、どんどん加速していく男性否定ムードに必死で抵抗する。
 ああ……このままではいつか本気で女装趣味に目覚めてしまいそうだ。周りの反応が恐ろしすぎる……。
 
「じゃ〜〜ん! 私も理樹ちゃんの所にお邪魔しにきたよ〜!」
「う、うわっ!? ちょっと、小毬さん!?」

 横から思いっきり抱きつかれる……って、いやいやいや!!
 周りが狭いこともあってか、なんていうかその……胸が! 胸がっ!! 
 僕の腕に……ぽよよん、って……ああ。
 く……も、もうだめだ。これ以上刺激されたら頭がおかしくなる!

「……こ、こまりさんっ! ちょっと、近すぎるよっ!」
「ええ〜? 女の子なら、これくらい普通ですよ〜」
「……う。い、いや」

 だから僕は女の子では無いと……いや、もういい。それより――
 ――まさか、小毬さんの胸が腕に思いっきり当たってるなんてこと、言えるわけがない。
 もし言ったら、大声を上げながら顔を真っ赤にして飛び上がって、周辺の人をドミノ倒しのごとくぶち倒して、その反動で自分も思いっきりこけて、この大勢の前であの恥ずかしい不思議どうぶつパンツを晒してしまい、大泣きすることだろう。小毬さんはそれぐらいの人物だ。
 何よりそんな事態になったら、小毬さんの一生もののトラウマになりかねない。そうしたら今後はスカートの下にジャージを履いてくるなんていう、男子として言語道断の、シェークスピアばりの悲劇を巻き起こすことになるかもしれない。そして高校を卒業したら一生ジーンズで、なんて……いや、そんなのは絶対ダメだ! あくまでも健全な一般男子として、そればかりは絶対に阻止しなければならない。
 ああ……これほどやばい状況でもこんな冷静な思考が出来る僕って、ある意味成長できてるんだろうか。しかし出てくる言葉が変態テイストなものばかりなのは気のせいかな。自分が男だってことを意識するには持ってこいだが……。

「ほら、皆藤さんもここにきて〜」
「え? い、いや俺は……」
「む〜。だめだよ〜。可愛いものはジャスティスっ! なんですよ〜」
「えええ……っていうか、意味わかんないよソレ! ……ってうわわわ! 服引っ張らないで!」

 小毬さんが、恥ずかしがって隅っこの方に居た皆藤さんを無理矢理引っ張ってくる。“ジャスティス、ジャスティス〜”なんて鼻歌を歌いながら。……いや、それには僕も何となく同意するが、今ここで公然とそれを認めたら負けだと思う。
 っていうか、小毬さんって何気に強引な所あるんだな。天然だし憎めないから、そこが逆に恐ろしい……。
 
「はいっ! 皆藤さんは理樹君の隣! ほらほら、もっとくっついて〜」
「ううう……は、はい……」

 顔を真っ赤にしながらも、恐る恐ると言った感じでこっちに肩をくっつけてくる。
 く……か、可愛い。その照れた横顔と、長いブラウンの髪がまた……。
 いやしかし、これで本当に軽音楽部のトップギタリストなのだろうか。その腕前を知っている僕らでも俄には信じられない……。
 ははは……ダブルで女装させられてお互い照れ合ってるなんて、滑稽どころか笑い話にもならないな……笑わないとやってられないけど。

「よっし! これでカメラはオーケーなはずだ。西園、能美、お前らも入れよ!」
「わかりました。では……」
「あそこに入るのですっ!」

 って今度は西園さん達もこっちにやってきた! い、いい加減やばいってのに!
 ……いやでも、体の細いこの二人なら微妙に何とかなるか。でも本当にもうこれ以上は……。

「さて、と……って、俺のスペースが無いっ!?」
「あ、あははは……」
「あほだな。馬鹿兄貴」
「いや……さすがにこれ以上は無理なんじゃないか。二度に分けて撮ったりするしかないだろう」
「そ、そんな……マジかよ……」

 ずどーん、と地面に手をついて落ち込む恭介。
 いやまあ、カメラのオート設定のためにわざわざ離れててくれた恭介はなるべく……いや、どうにかして入れてあげたいけど、今さら誰かに抜けろとは言えないし……。
 って、あはは……今気づいたけど、もう写真撮られることを前提で考えている僕がいる。その場の空気って本当に恐ろしいな……。
 
「……しょーがないな。ほれ、ここ来い。きょーすけ」

 鈴が、交差した僕の手からすり抜けて、ステージの段差の所に座り、ちょちょいと恭介に手招きする。
 
「り、鈴……良いのかっ!?」

 それを見た途端、ぱああ、と顔が明るくなる恭介。
 ……なるほど、確かにまだ鈴の所は若干余裕があった。ちょっと手前に出て詰めれば、何とか男一人分くらいは確保できそうだ。

「う……うん。その代わり、後でもう一回あれをやれ」
「え? あれって……もしかして肩もみのことか?」

 ちりん。
 澄んだ鈴の音と共に、鈴が頷く。

「お嬢様とちゃんと呼ぶんだぞ……お、お……お兄ちゃん」
「……ああっ! それくらいお安いご用さ!! ありがとな、鈴!」

 そう言って自分に抱きついてこようとする恭介を、“きしょいわーっ!”と叫んで蹴り飛ばす。
 そのやり取りが何だかとてもおかしくって、恭介が蹴られた瞬間、みんなで大笑いしてしまった。
 こちらからでは鈴の顔がどうなっているかはわからないが、言葉では怒りながらも、その顔はきっと……嬉しそうに笑ってるんだろうな、と思った。


「よーし! これでオッケーだな!」

 カメラを、改めてテーブルの上にスタンバイさせる恭介。
 そろそろこちらの体力もキツい。
 特に、左斜め前と右隣にいるデカイ二人からの熱気がすごい。
 部屋に暖房がついていることもそうだが、このまるで満員電車の中のような密集度とそこから発せられるムンムンとした空気は、たったそれだけで呼吸困難に陥ってしまいそうなほどだった。現に長袖じゃなくて本当に良かったと思う僕がここにいる。

「さっさとしろ、恭介氏。いい加減理樹君の胸も揉み飽きた」
「いやいやいや……こっちも変態だと思われるような発言は止めてね。あと僕、胸無いって言ったでしょ」
「なるほど。そう言えば理樹君は貧乳だったな。ますますお姉さん好みだよ」
「……胸無いって簡単に言えるリキが、何だか許せないです」
「私たちに喧嘩を売っていますね。貧乳っ子の風上にも置けません」
「ええええー!!」

 手前に居る二人組から冷ややかな視線を浴びせられる。
 貧乳も何も、僕は女じゃないと何度も……。
 ていうかなんで? なんで僕女みたいな前提で話が進んでるの?

「悪い悪い! それじゃ、いくぜ!」

 ぽちっとボタンを押して、恭介が嬉しそうにこちらへ走ってくる。
 そうして鈴の隣……僕の前へと滑り込み、手を掲げて思いっきりピースを。

「ほら! お前らもピーーーッス!!」
「ピーーース、ですヨ!」
「おおおりゃぁぁーー!! 筋肉ピーースだぁーーーっ!!」
「なにい!? だったら俺はジャンパーピースだぁーーーっ!! にゃぁあああーー!!」
「うっさいわ、ぼけがっ!!」

 唐突に意味不明なピースバトルを繰り広げる二人。色々と形容しがたい、不気味なポーズを取り合っている。
 ――笑ってしまう。
 みんなで撮る2度目の写真がこんなだなんて。僕なんか女装までしてるし。
 でも、いいんだ。
 後ろに居る来ヶ谷さん、メイドさんや執事さん達。
 手前に居る恭介、鈴、真人、西園さん、クド。
 隣に居る皆藤さん、小毬さん、謙吾、葉留佳さん、そして……笹瀬川さん。
 ほら、ここにはこんなにも、幸せが溢れているから。
 
「ほらほら! 皆藤さんも〜!」
「うう……わ、わかったよ」
「ふむ。では私は、若干照れながらも『まあ、少しは女の子もいいかもな。これからちょっとコスプレグッズ集めてみようか』と心のどこかで決意している理樹君と皆藤君あと貧乳を気にして悩んでいる美魚君とクドリャフカ君萌えーピースだ」
「長すぎですわよ……」
「わ、わふ〜……」

 前みたいな、もの悲しい温かさではなくて。
 ここには、こんなにもただ……純粋な幸せだけがあるから。

「ツッコまないんですね。お二人とも」
「写真撮られる前だからそんな余裕無いだけだよ……って、ほら! もうすぐだよ!」

 これからの僕らには、まだまだ色んなことが待っていると思う。けれど。
 今は、ただ。
 この幸せを、大事にしたくて。
 だから――

「――えへへっ! ピース!!」

 そのために、今度は目一杯の笑顔で応えようと。
 そう、思ったんだ――

第22話 SSメニュー 第24話

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