こっそり女子寮まで二人を送り届けた後、僕たちの部屋に戻る途中。
謙吾が、何か言いにくそうな顔でこちらを見ていたので、何かと聞いてやった。
それに謙吾は、ああうむ、と頷き。
「……さっきのお前らを見ていて、少し不思議に思ったことがある」
「?」
「笹瀬川を、あの短い時間でどうやってあそこまで立ち直らせた?」
「え……?」
おかしなことを聞いてくる。
立ち直らせるも何も、ただ、笹瀬川さんとは……。
「どうやってって、ただ色々話をしただけだよ?」
「……本当にそれだけか? たった、それだけなのか?」
「うーん……後は、そうだな。えっと……あんまり言いたくないんだけど」
「む?」
「喧嘩したり、ほっぺつねりあったり、足を踏んづけられたり、殴られたり、馬鹿とか言われたり、後……女顔だとか散々言われた」
「……」
一体何をやってるんだお前らは……といった表情で見つめてくる。だから、あんまり言いたくなかったんだけど。
僕があの足の衝撃を思い出して溜息をつくと、それを謙吾は別なように受け取ったのか、悪い悪いと笑いながら謝罪の言葉をもらす。
「いやな、あの状態の笹瀬川を短時間であそこまで落ち着かせるなんて、至難の業だと思ったのでな」
「え。そうかな?」
「……うむ。別に笹瀬川に限ったことではないが、あの状況に立った者をあそこまでとは……。第三者がそう簡単に解決できる問題でもなし……悪いが、俺には絶対に無理だ。それで、一体どういう手を使ったものかと気になってな」
「う、うーん」
……そんなこと言われても。
でもそう言えば、僕は別に大したことを一つもしていない。ただ馬鹿なことをして、笹瀬川さんに馬鹿馬鹿言われただけだ。ははは……実際馬鹿なんだろうけど……。
そして、そんな風に本気で何もわかってない僕が面白かったのか、謙吾は笑って頷いた。
「いや、なるほど……そういうことなのだな」
「え?」
「いいや、何でもないさ。うん、理樹も一緒に頑張ろうな」
そう言って拳を突き出してくる。
僕は……謙吾の言っていることがよくわからなかったけど、それを苦笑で誤魔化しながら拳をゴツンと突き合わせた。
謙吾はそれに満足げに頷いた後、さっきより少し真剣な顔になって。
「……後それと、もう一つ」
「うん?」
「どうして……さっきお前は、以前告白しようとした相手について聞かなかった」
「……」
……忘れてた。
なんか、特に気にならなかったというか。
考えようと思っても、なにか体が勝手に拒否するような。
……いや、それはおかしい。よくよく考えたら、明らかに異常だ。
告白しようとした相手のことを僕は忘れて。それだけじゃなく、その相手を思い出そうとさえしないなんて。
でも……本当に僕は忘れていたんだ。
何なんだろう……この気持ちは。
「……わからないよ」
「そうか……なら、一つだけ言わせてくれ。理樹」
「え?」
足を止め、前に回ってこちらの目を見つめてくる謙吾。
その顔は、まるで懺悔をするような……後悔に満ちあふれているような……どこか寂しげで、とてつもなく悲しそうな顔だった。
僕は、なんとなく……謙吾のそんな顔は見たくないと思った。
「俺は……いや、俺たちは、そのことを本当に申し訳なく思っている。必要なことだった。お前を先へ進ませるためには、どうしても避けて通れない道だったんだ。俺も最初は反対した……いや、それはただの言い訳だな」
「……謙吾?」
「だが……そんな俺たちでも、今のお前とそいつを見ているのは……やっぱり辛いんだ。いや、もうどうやら解決に向かっているようだが……俺はまだ、何となくその道に納得できない。だから、一つだけズルをさせてくれ」
謙吾の言っていることがわからないまま、僕はこくんと頷く。
「そいつはまだ……お前と恋をしたことを覚えているぞ」
……。
「俺が言えるのは、それだけだ」
「……謙吾」
「なんだ?」
「謙吾は、その人のこと……知ってるんだね」
「……ああ。知っているさ。よく、な」
「そっか」
そうして、また歩き出す。
部屋の前の廊下にたどり着いた途端、そこで待ちかまえていたらしい暑苦しい筋肉が、涙と汗を思い切り周囲にぶちまけながら走ってきたので、謙吾に(どこから出したわからない竹刀で)叩き伏せてもらった。
中に入ると、鈴や恭介が出迎えてくれた。
その時、鈴が若干狼狽した様子で、さささが全然携帯に出ない、理樹は知らないか、と聞いてきた。
さっき寮に送ってきたよ、と言ったら何故か脛を蹴られた。理不尽だと思った。