「っ! ざざみ!? おまえ、何のようだ!? 理樹を人質にとってどうするつもりだ!!?」
「……会ったそばから、この言いぐさ。またもや私に喧嘩を売っているということですわね……」
----りんがあらわれた----
……体育館への渡り廊下で僕らは、前方から歩いてきた鈴と出会った。
直ぐさま、ざっ、と体勢を低くする両者。というか、会ったそばから軽くブチ切れ体勢のあなたも他人の事は言えないと思います。
なんでこの二人はこんな喧嘩っ早いんだ……。最初から誤解を解く気なんてさらさら無いんだろう。
それと、なんで僕人質にとられてるように見えるのかなあ。僕これでも男なんだけどね……ははは。
「だめだよ鈴。笹瀬川さんも、別に喧嘩しに来たんじゃないでしょ?」
「うっさい! 人質がくちだしすんな!!」
「いや、意味わかんないからソレ!?」
「鈴ちゃーん、私は入ってないんですカー……?」
「あ、はるかはいいぞ。こっち来い」
やったー、と体育館の中に入っていく葉留佳さん。
何で僕だけこんな扱いなんだろう。わけがわからない。
「……は、そうでしたわ。棗さん、今はあなたに付き合ってる暇などありませんの。どいてくださる?」
「やじゃ、ぼけ」
「くっ……直枝さん。このガキをどうにかして下さいませんこと……?」
「誰かガキだっ!」
あさっぷあさっぷ! と一歩前に出て、拳を繰り出してきた!!
ああやっぱり闘いは避けられないのか、もしかしたら前世で何かあったんじゃないのかこの二人、いやどうでもいいけどそういえば今晩の晩御飯何がいいかなカレーにしようかなそれと鈴いい加減その短気直そうよ、と僅か0,5秒の間に若干の現実逃避とツッコみを入れた僕は、どこか他人事のようにその光景を眺めていた。
そして、その拳が笹瀬川さんのガードした腕にヒットするかと思った瞬間----。
勢いよく横から影が飛び出してきて、スパン、と何かが弾けるような音がした。
「……ってえ。なかなかパンチ力あるじゃないか。こんなのが顔に当たったら酷いことになっちまうぜ?」
「……とめるな、岸田っち。あたしらは今、真剣なばとるをしているんだ」
「岸田部長……」
何と鈴の拳は、すっぽり岸田さんの左手に収められていた。鈴は相当スピードがあるのに、なんていう反射神経と握力なんだ……凄すぎる。
待ち構えていた笹瀬川さんも驚きに目を見開いて、ただその状況をじっと見つめている。
「ここは退いてやれ、棗鈴。人質の直枝もお前らが喧嘩をすると悲しむ」
「やだ。あたしはざざこを倒してかっこよく人質の理樹を助け出すんだ。邪魔すると岸田っちもゆるさないぞ」
鈴もいきなり拳を止められたことに若干動揺してるのか、いつも以上に緊張した空気を作っている。
……きっと鈴の中じゃ、もう僕は悪い魔王猫に囚われた哀れなお姫様にでもなってるんだろうな。そして、自分がそれを助ける勇者、と。
というより、何で僕が人質なことに誰もツッコんでくれないんだろう。孤独を感じた。
「ほほう、いいのかな? 棗鈴……お前がそんな態度だと、この俺が直枝を食っちまうぜ?」
「なにいっ!?」
思わぬ伏兵により一段と身を強張らせる鈴。
というかあなた、いきなり何を言い出すんですか。
「食うって……こう、かぷっとか」
「いや、そうじゃない。もっとこう……がばっとだ」
「……まじか」
「まじだ」
「いけるのか」
「俺ならいける」
「うみゅ、そうか……じゃ止める」
「ええー」
構えを解き、すまんさささ、と謝って体育館に駆けていく鈴。そしてそれを呆然と眺める僕。
……今の会話とジェスチャーに一体何の意味が……?
最後に何故か顔を赤くしている笹瀬川さんに尋ねてみたが、ぎろりと睨まれただけで何も教えてくれなかった。
恭介は何故か、ステージの上でマイクを持って、実行委員の人達に指示を出していた。隣には科学部と思わしき人達に何かを手伝わせている西園さんの姿が見える。
……思っていたよりもずっと忙しそうだ。
いつもは体育の授業で使われるだけの体育館も、今はもう一種のイベント会場と化している。もちろんまだ準備中といった感じだが。
床一面には緑色のシートが敷かれ、その上にはパイプ椅子がゆとりを持って規則的に並べられている。……何故かその一つに座ってくつろいでいる葉留佳さんが居たが、敢えてツッコまないでおいた。
ステージの真ん中の手前には、新たに設置された……お立ち台とでも言うのだろうか、ステージよりは若干低く、縦に長い台が設置されていた。きっと演劇やライブなどで観客にもっと近づくために使うのだろう。現にそこに降りてマイクでガンガン指示を出している恭介が見えた。
僕らがそこに近づくと、こちらに気づいた恭介がそこから無駄にかっこよく降りてきて、マイクを持ったまま話しかけてきた。
って、めちゃくちゃ声響いてるんだけど、いいのかな……。
「今謙吾を探してるんだ。どこにもいなくって」
『なに? 携帯にかけてみたか? ……ってやばいやばい、マイク入れっぱなしだった」
「ああ、う、うん。当たり前じゃない。最初にやったよ」
もー、恭介ったらーと肩を叩く。だよなー、悪い悪いと頭をかく恭介。……後ろで笹瀬川さんがあからさまに溜息をついていたが、全力で無視だ。
先ほど電話をかけてみたところ、やっぱり繋がらなかった。何度コールしても出ない。
きっと恐らく、今本人は別の所に居るのだろうという結論に達して、当初の予定通り恭介の元にやってきたのだ。
「で、恭介。ここには謙吾、来なかった?」
「ん? いいや、さっき来てたぞ? 椅子だしを手伝ってもらってな、あいつのおかげでだいぶ早く作業が進んだ。今はもう用事があるとかで居なくなったが……なんだ、お前らもあいつに用事があるのか」
「あー……うん。僕じゃなくて、笹瀬川さんがなんだけどね」
「なに、笹瀬川が? ……マジかよ? ってーことは……はっはーん、なるほどなるほど……」
きゅぴーん、と目を光らせる。
つ、つい喋ってしまったが、良かったのだろうか……。まぁ、恭介ぐらい鋭ければすぐ気づかれただろうけど。
く……ちょっと笹瀬川さんからの視線が痛い。後で何かされないか心配だ。
「いいんじゃないか? あいつはそろそろそう言うのに興味を持っても良いくらいだ。笹瀬川にはよく鈴も世話になってるしな。いいぜ、貸してやるよ」
「な、なんですの? わ、私は別に……」
「遠慮するな。だが、あいつはなかなか手強いからな、心して----って、悪いそこー! もーちょっと右にずらしてくれー!』
体育館の2階で何か幕のようなものを下ろしている人達にマイクで指示を出す恭介。あれは確か、吹奏楽部の部旗だ。
そして隣を見ると、順々に演劇部や歌劇部、軽音楽部、そして何故か運動部の部旗まで並んでかけられていた。漫才でもやるのだろうか。
「……っと、悪い悪い。じゃ、まあ取りあえずはあいつを探さなきゃいけないな。……うーん、何かあいつの行き先について知ってる奴がいるかもしれない。そいつに聞くのがいいだろう」
「うん。それは僕らも考えて、リトルバスターズのみんなを探してるんだけど、来ヶ谷さんと真人は知らないって言ってた」
後そう言えば僕と葉留佳さんもか、と心の中で思ったが、別にいちいち言う程でもないだろうと思った。
「俺を忘れるな……直枝」
「あ、すいませんっ! 岸田さんも知らないみたいです、恭介さん」
怒られた拍子でつい恭介にまで敬語で喋ってしまった。後ろで笹瀬川さんが、ぷぷっと笑っていた。恥ずかしい……。
「ん、そうか……じゃあ、他の奴らに聞いてみろよ。多分鈴と西園は俺と同じで知らないだろうが、ここには小毬や能美も居るからな」
「え? 小毬さん達もここに来てたの?」
「ああ、ずっとここで手伝ってもらってるぞ。……おーーーーい!! 小毬!! 能美ー!! 理樹達が遊びにきたぞー!!」
えー、理樹君ー? とステージの裏の方から声がした。続いて何かにぶつかる音。転ぶ音。悲鳴。クドの心配する声。
……もうなんか、色々と大変なことになってるみたいだ……恭介も苦笑しながら相当冷や汗をかいている。
っていうか、今なんかクドから、見えてないとかパンツがどうこうって素敵ワードが発せられた気がするが、まあ気のせいだと思っておこう。
「ふええ〜〜ん……恥ずかし三昧〜……」
「わ、わふ〜」
顔を赤くした二人がステージの隅の扉から出てきた。
一体何があったのか容易に想像がついてしまう僕は、やっぱりだめな人間なんだろうか。消去しろ、イメージを。とにかく消去だ。
……取りあえず恭介と岸田さんに手を振ってそちらに向かっていくと、二人もこちらに気づいたのか、表情を笑顔に変えてこちらに駆け寄ってきた。
「……あ、理樹君〜〜! さーちゃんも! こんにちは〜!」
「ぐっどあふたぬーんです、リキー! 笹瀬川さん!」
「あ、ああうん。こんにちは」
「こんにちは、ですわ」
少し躊躇う感じで挨拶する笹瀬川さん。
……そういえば、小毬さんには目的を秘密にしていたんだっけ。聞かれたらどうするんだろうか。
僕が心配して視線を送ると、フン、とそっぽを向かれた。何故。
「……神北さん、能美さん。宮沢様がどこにいるのか、ご存じじゃありませんか?」
「え」
「う〜ん、謙吾君? どこだろ〜……? さっきまで居たんだけど、用事があるってどこかに行っちゃったんだよね?」
「はいー、特に何の用事だったかは聞いてないです。すみませんですー……」
「そうですか……」
力無く項垂れる笹瀬川さん。
……でも、取りあえずわかったことがある。謙吾にはどうやら、今日何かの用事があるらしい。
それが何の用事なのかは知らないけど、何か目的を持って動いているということだけはわかった。それが何かの進展になればいいが……。
いや……というより、良かったのだろうか。言ってしまって。小毬さんには秘密にしておきたかった風だったのに。
そんな僕の考えている事がわかったのか、笹瀬川さんは一瞬こっちを見た後、溜息をついて僕の耳元に顔を近づけてきた。
「……いいんですのよ、もう。下らない意地なんか張ってられませんわ」
「いやまぁ……そりゃそうだけど」
「ふえ〜?」
「あ、ああ。うん、何でもないよ。ところで、小毬さん達はずっとここに居たの?」
不思議そうな顔をしていたため、慌てて話題を変える。
そういえば、小毬さんとクドは練習が終わってからずっと姿が見えなかった。どこにいるんだろうと思ってたが、ずっと恭介達の所に居たのか。
「うん〜、そうだよ〜! 恭介さんや鈴ちゃんや美魚ちゃん、すっごい大変そうだったから〜」
「私もお手伝いですっ! リキ達は、何してたんですかー?」
「僕? 僕はクラスの準備を手伝ってたよ。そこに笹瀬川さんが来てね……うごっ!」
足を強く踵で踏まれてグリグリとされる。上履きとは言え、かなり痛い。
……視線で思いっきり、余計なことは言うんじゃねえこのメス豚、さもなくば細切れにしてツナ缶に詰めて海に沈めるぞ、と訴えてくる笹瀬川さん。
いやまぁ、なんで……? さっきは下らない意地がどうこうって言ってたのに……もの凄く理不尽だ。
「ふえ? クラス?」
「……」
「あれ、小毬さん知らなかった? クラスの準備あったでしょ? 僕それやって----」
「え……って、ほわぁーーーーーーっ!!!!? 忘れてたぁーーーー!!」
「うわわっ!」
突然目の前で大声を出されて、体勢を崩す。
だが足が踏まれたままなので無理矢理体が引き戻されることになり、その分踏まれた足一つで体重を支えることになった。泣きたい。
「あわわわわ、ど、どどどどうしたら〜〜!! どう、謝ったら〜……」
「あ、あの、神北さん」
「大丈夫ですっ!! 小毬さん、行きましょうっ! まだ間に合いますっ!」
「う……う、うん! そうだね! じゃ、じゃあ理樹君、さーちゃん、またね!!」
「ぐっばいですー!」
「え、あの……」
そう言って、ドドドドド〜、と何かを言う暇さえ与えず慌てて体育館から走り去っていく二人。
いやまあ……本気で忘れてたのか……なんていうか、あの二人らしかった。
そして僕はまだ足に足を乗せられたままで。
「……」
「笹瀬川さん? そろそろ足どけてくれると嬉しいんだけど……」
「……くっ! 私がこうして勇気を出そうと頑張ったのに、何故!? 何故なんですの!?」
「あ、やっぱり言おうとしてたんだ……。って、いだだだだっ!! 足! 足がっ!」
足に段々と力を入れられていく。
う、うわわ!! って今なんか、ミシって言わなかった!?
ほ、骨が! 骨がっ!!!!
「……私の! この!! 溜めに溜めまくったパワーを!! 途方もない虚しさを!! 一体どこに向ければいいと言うんですの!!? くぬぬぬぬ……!!!」
「って思いっきり向かってるから!! 主に僕の足に!! ちゃんと向かってるから! だから安心して力を抜いてよ!!」
「ぬうーー!!」
「うぁーーーーっ!!!」
僕の悲鳴が体育館に木霊する。
……わけがわからない。言いたかったのか言いたくなかったのか……そして何故僕が犠牲になるのか。
女心は複雑と言うが、もしこれが男に課せられた試練だというなら、神さまってやつは相当性格悪いんだろうなと思った。
「おう、理樹。足は大丈夫か?」
「み、見てたんなら助けてよ……」
「ははっ! なんか仲が良さそうな感じだったからな、声かけられなかったんだ。悪い悪い」
「なにぃ……ささこが!?」
じろり、と睨まれる。いやまぁ……何でさっきから僕はこの二人に標的にされまくってるんだろう。わけがわからない。
「べ、別にあれはただ気づかなかっただけですわよ! ちゃんと謝りもしましたし、もうその話は終わりですわ!」
「理樹……ほんとうなのか?」
「いやまあ、認めたくないけどね……」
「……猫10回追加だ」
「ええー!」
猫10回とは、簡単に言えば鈴が飼っている猫たちの世話だ。いつもは僕と鈴の交代で、そして時には一緒に行ったりしているのだが……今回はそれがつまり、10回追加されるという。
意味がわからなかったが、なんかやる回数が増やされるというのは間違いない。
うう……なんで僕が? なんか悪いことしたんだろうか。
「大丈夫だ。ちゃんとあたしも付き合ってやる」
「え、ってそれはつまり、鈴と一緒に10回猫の世話をするということ?」
「……(こくん」
「うん、まぁ……それならいいけど、どうして?」
「う、うっさい! お前がささみに足踏まれぐらいで喜んでるからだ!」
「ええっ!? そ、そんなわけないでしょ!! どこ見てたのさ!」
「直枝さんはやはりマゾヒストでしたか……ちょっと残念です」
足踏まれて喜ぶって……僕どんな変態だよっ! っていうか、西園さんも思いっきり誤解を招きそうなこと言ってるし!
そもそも、足踏まれたのとこれと、一体何の関係があるんだ!?
……そう反論したが、鈴はそれでも全く聞く耳持たないようで。
「うううう、うっさいうっさい!! ささみとじゃれ合ったぐらいで喜んでるんじゃない! この変態!!」
顔を真っ赤にして散々文句を言った後、走って体育館から出て行ってしまったのだった。
「……はぁ。なんなのさ……もう」
「へっへー、理樹君モテモテですネー! このこのー!」
「え、ええー……」
葉留佳さんに肘で突っつかれるが……正直よくわからない。
モテるというのなら、なんで足を踏んづけられたりペナルティを課されたりしなきゃいけないんだろう。
それに、笹瀬川さんが好きなのは謙吾じゃないか。鈴なんて妹みたいなもんだし。
僕みたいな、なよなよした男のどこを好きになるというんだ? そんなこと言われても全然わからないよ……。
「まあ、あいつも色々と悩む所があるのさ。大丈夫だ、後で拾っていってやるよ」
「ああ、うん……って、あれ? 拾ってくって、これからどっか行くの?」
「ん? ああ。こいつと西園と、後鈴を連れて街へ出かけてくる。買い出しだ」
そう言って、実行委員や科学部の人達に大まかな指示を伝えに行く。
っていや待て、実際もう外は随分暗くなり始めている。これから買い出しなんて……何を買うんだ? 急に必要になったものが出てきたってことだろうか。
いやでも、みんなも連れて行くなんて……やっぱりちょっと様子が変だ。
「よし……この辺でいいか。まぁ遅くなるだろうが、ちゃんと夜には戻ってくる。風紀委員には内緒な」
「って、ちょ、ちょっと待ってよ恭介! そんな遠くまで何を買いに行くのさ!」
「それはだな……秘密さ!」
子供っぽい笑顔で両手を広げてそれに答える恭介。
秘密を買いに行く? いやいやいや、そんなんじゃなくて。
「大丈夫です、直枝さん。危険な所に行くわけではありませんから。それに、もし痴漢にあってもこのNYPバズーカで……」
「って、いやいやいや! 逆に危ないからそれは!!」
よいしょ、と肩に乗せてこちらにバズーカを向けてくる。取りあえず危なすぎるから止めて欲しい。あ、間違って押してしまいましたじゃ洒落にならない。
そもそも、あんなの背負って歩けるのか?
と、今度はポケットからコップに蓋がついたようなものを取りだして。
「なんでしたら別に、このNYPウイルスでも」
「いやまあ、お願いだから止めてね……というか、恭介達も巻き添え食うから」
「あ、そうでした。ならこっちの……」
そう言って科学部の方へ歩いていき、ガサゴソと備品をあさる。
これなんかどうだ西園クン、と何か怪しい物をプッシュしている連中もいるし。
……取りあえず、西園さんは大丈夫そうかもしれない。痴漢を撃退するどころか、逆に半殺しにしかねない。せいぜいNYPウェポンが発動されることの無いよう祈ろう……今日も元気な一般痴漢の皆さんのためにも。
というか、何だかんだ言ってこの人、リトルバスターズの中で一番強いんじゃないだろうか……。
「まぁ、そういうわけだ理樹。鈴は俺が守るし、他に岸田も居る。こっちは大丈夫だから、そっちは安心して謙吾を探して来い」
「……う、うん。わかったよ恭介。無茶しないでよね」
おう! と力強く頷き、西園さんと岸田さんを連れて体育館を出て行った。
……そして残されたのは、最初のメンバー。
僕と葉留佳さんと……笹瀬川さんの3人。
何だか、急に回りの音がうるさくなった気がした。
ステージ上を見上げると、照明を降ろして何だかよくわからないライトをくっつけてる科学部の人達が見えた。
そして自分たちの周りを見渡すと、さっき以上にイベント会場として完成されつつある体育館が----。
「----やはは、なんかすごいっすネ」
「うん……」
「ちょっとステージに上がってみてもいいデスか?」
「あ、うん。僕も上がってみたい」
頷き合って、トントン、と階段を登ってステージに上がる。
作業をしている科学部の人達に挨拶をして、ステージの真ん中に立たせてもらった。
そしてそこから全体を見渡す----。
「……うっおーー!! すっっごーーーーーい!」
「うわあ」
「ひゃあ……」
----凄かった。
広い、とにかく広い。
この体育館は元々そんなに広い方ではなくて、バスケットコート2つ分くらいの大きさしかないんだけど。
それでもここに立った僕らには、広大に、そして壮大に、このステージの外にはある一つの個別の世界が存在しているように見えた。
体育館で作業している人達全てが見渡せる。
2階の窓の部分では、部期や大きなプログラム表をたらしたり、ステージ上を照らすライトの位置を調節したりしている人が。
床ではモップがけをしたり、椅子を磨いたり、後は何かの出し物で使うのか、よくわからない怪獣のようなものを組み立てている人達が見えた。
「……すごいですわね。あなた達はここに立って演奏するのでしょう? 真似できませんわ……」
「うん……僕もいざここに立ってみると、すごい緊張してくるよ」
「やはは、確かにそうですネ。でもー、はるちんはそれよりもですね、すっごいと思うのは……」
「ん?」
よっ、と下の台へ降りていく。そして一気にその先端まで走っていって、思い切り手を広げた。
「……ここの! みんな!! ですヨっ!!」
こちらに半分振り返り、ぐるんぐるんと腕を回す。
「見てみて! ほら! みーんな、学祭のために頑張ってる!!」
ジャンプしたり。
「一人じゃなくて、みんなで一つのことを成し遂げるために、頑張ってるんですよ!!」
ガッツポーズをしたり。
「みんなで色んなこと考えて、みんなでみんなのために頑張って!!」
持ってないギターを弾くような動作をしたり。
「みんな私たちと同じ!! これ、すっごい感動っすよ!!」
後何だかよくわからないポーズを決めたりして。
「私たち、みんなと何も変わらないんだ!! みんなの仲間なんだ!!」
そうして、やったー! って……笑った。
気づいたら僕も台に降りて、一緒にきゃっほー! と飛び跳ねていた。
……なんか、嬉しかったんだ。彼女がこうなってくれて。
みんなが真剣に頑張っていてくれて。
今ここで、みんなと何も変わらないということに、これだけ喜んでくれて……笑ってくれて。
何故だかわからなかったけれど、純粋に僕は、嬉しかったんだ。
後ろでやれやれと溜息をついていた笹瀬川さんも一緒にやってきて。
置いてあったマイクを手に、みんなで力一杯、叫んだ。
『……学祭!! がんばろぉぉおおおーーーーーーーっ!!!』
----パラパラだけど、おおーー! という掛け声が返ってきた。
僕らの所まで駆け寄ってきて、頑張るぞぉーーー!! とマイクで叫んでいく人も。
それに、よっしゃー! 任せろー! と返す人も。パチパチと拍手を返す人も。
何故かまだ学祭が始まっていないのに胴上げを開始する人達も。
段々と、段々と、会場の熱気が高まっていく。
みんなステージの所に集まってきて、自分たちの意を宣言するため我先にとマイクを取り合った。
そして僕らがもみくちゃにされる中……ブツンッ!! と勢いよくマイクコードの外れる音が。
それに一瞬場が静まりかえった後、みんなで大笑いした。
みんな、とても楽しそうだった。
そして僕らもその中で、笑っていた。
彼女だけ特に、幸せそうに。
----ただ、幸せそうに、笑っていた。