「よし、ちゃんと8枚入れたな」

 恭介が袋の中をのぞき込んで、紙の数を確認する。
 あの後少し悩んで、結局昔みんなとやった「全員王様ゲーム」をやることにした。
 
「ルールはさっき説明した通りだ。この中から順番に紙を引いていき、そこに書いてあることをそいつに必ず実行して貰う」 

 このゲームは、その名の通り全員が王様となる。
 それぞれ自由にやらせたいことを書き、その紙を袋の中に入れる。そして順番に紙を引いていって、自分が当たった命令をこなす。
 自分の命令が必ず通る代わりに、必ず自分も誰かの言うことを聞かなければならないという地獄のゲームだ。
 大抵全員が酷い目に遭うゲームだけど、前やった時はすごい面白かった。

「ど、ドキドキしてきたよぉ〜……」
「大丈夫だ、こまりちゃん。こまりちゃん用にちゃんと易しいのを入れておいた」
「あ、ありがとう鈴ちゃん〜」

 グッと親指を立てる鈴。
 もちろん鈴が考えてるような、やらせたい人を指名するなんてことできるわけがない。
 っていうか、鈴も前参加したのに覚えてないのかな……。
 小毬さんも気づこうよ……。
 
「まぁ、一つだけ当たりが入ってるからな。白紙だった場合は何もしなくていい」

 それは僕から提案した新ルールで、絶対に任務をこなさなくちゃいけないという、このゲームの過酷さを和らげるものだった。
 もちろんそうなれば、引くときのドキドキ感が増すし、何より希望が持てるから精神的に楽だ。
 まぁ確率的には8分の1になるんだけど、無いよりはいいだろう。

「よし。じゃあいくぜ。じゃんけんで負けた奴からだ。せーのっ!」

 よし。
 じゃんけん、ぽんっ!
 あいこで、しょっ! ……しょっ! ……しょっ! ……しょっ!
 って、あーっと、これは……。

「……私が最初、ですね」
「お、西園だな。最初から面白そうな展開だ」

 に、西園さんか。
 思ったんだけど、このゲームは西園さんや小毬さんにはちょっとキツくないだろうか。
 僕が昔やった時は、腕立て100回や、女子寮で一人メタルギアごっこをやらされたりしたものだが。
 
「恭介さん、質問があります」
「ん、なんだ?」
「このゲームで、もし自分の書いた命令に当たってしまった時はどうするのでしょうか?」
「あー、勿論やってもらうぞ。だが、自分自身では実行不可能な命令の場合だけ、もう一度引いてもいい」
「そうですか……わかりました」

 実行不可能な場合というのは、自分に対する行為を命令した場合などだ。つまり、自分に抱きつけだとか、自分にキスをしろなんていう類のもの。
 そんなことを本気で書く奴がいるのかと思うもんだけど、居るんだ、これが。

「それでは……引きます」
「……ううう〜」
「き、緊張するな。この瞬間」
「普通の王様ゲームとは何か違った醍醐味があるね……」

 みんなで固唾をのんで、西園さんの手を見つめる……。

「ええっと、これは……『猫の真似をする』、ですか」
「にゃっ!?」
「あ、それもしかして鈴ちゃんの〜?」
「まぁ、最初らしく無難なやつがきたな」
「鈴……」

 小毬さん用に書いたはずのやつが、早速引かれていた……。
 小毬さんをフォローするだけじゃなく、きっと、猫の鳴き真似をする彼女も見てみたかったんだろう。手をついて相当悔しそうにしている。

「くっ……あたしは馬鹿なのか? そうなのか!?」
「馬鹿なんじゃないか」
「うっさい! 馬鹿兄貴!」

 ツッコんだら負けだ……。

「お前が悩んでいたから答えてやったんだろう。ほら、とっとと西園にやらせてやれ」
「あ……う、うん。ごめんみお。しつれいだった」
「いいえ」

 西園さんはそうして微笑み、手首を曲げ、猫のポーズをとって。

「……にゃう〜〜ん」

 と、猫なで声を発して鈴にくっついた!
 
「ふ、ふにゃーーーーっ!?」
「にゃー、にゃうー」
「ほわあああ……」

 鈴の肩に頬を当てスリスリと動かす。
 うわっ……か、可愛い……。
 鈴も顔を真っ赤にしてオロオロとしている。

「ど、どうすればいいんだ理樹!」
「えーっと……な、撫でてあげれば?」
「う、うみゅ……そうか。わかった!」

 鈴は若干恐る恐るといった感じで、よしよしと頭を撫でる。
 途端西園さんは目を光らせ、体を絡みつかせてきた!

「にゃあ〜〜ん」
「う、うわぁーーーーーーっ!」

 い、いや……猫らしいんだけど、なんかこれは……。

「お、思ったんだが、エロくないか? これ」
「あ、ああ……」
「エロいね……」
「みおちゃんかわいい〜」

 猫の真似っていうか、なんか怪しい店でのサービスといった感じだった……。
 一人だけ感性の違う人がいたけど。

「にゃんっ!」
「きゃっ! み、みおちゃん!?」
「小毬さんを元気づけます、にゃー」

 小毬さんの耳の裏をペロペロと舐めている。
 セリフを言う時だけ、何故か素の西園さんに戻る……。
 
「きゃ! ちょ、ちょっと、くすぐったいよ〜!」
「にゃう〜」
「も〜! えへへっ、でもやっぱりかわいい〜。よしよし……」
「よかったです、にゃー」

 く、来ヶ谷さんがいたら、もう既に鼻血を出して倒れていることだろう……。
 それぐらい場の空気はエロく、みんな顔を真っ赤にしてその光景から目を逸らしていた。
 小毬さんだけが“かわいい〜”と頭をなでており、しばらくそのやり取りが続けられた……。


「少し、やりすぎましたでしょうか」
「少しどころじゃないでしょ……気合い入れすぎだから」
「最初から妙な展開になったな……。まぁ取りあえず、次行くか」

 次のじゃんけんでは……って、うわ! 僕だっ!

「う、うあぁぁぁ……」
「来ましたね」
「ほーう、2番目でもう理樹か。ワクワクしてきたぜっ!」

 僕の番だと聞いて、あからさまにテンションを上げてくる二人。
 くっ……何かこの人達から邪な視線を感じる。
 
「はぁ……出来ればさっきの猫真似とかがよかったなぁ」

 思えばあれはかなり易しい命令だった気がする。小毬さんには悪いけど、ちょっと引いておきたかった。

「ねこの理樹か……。それも、少し見てみたかった」

 鈴、それはどういう……。

「ほら理樹、とっとと引け。はやく!」
「直枝さん、はやく引いてください」
「わ、わかったよもう」

 なんでこう、無駄に急かしてくるんだこの人達は。
 袋に手を入れて少し迷った後、紙を取り出す。

「どきどきどき」
「ゴクッ」

 よ、横からの視線が気になるっ!
 ガサゴソと紙を開いたそこには……えーっと。

「……『恭介のことを、上目遣いでお兄ちゃんと呼ぶ』? って、う、うわ! なんだこれ!!」
「おーっしゃあっ!!」
「そ、そんな……」

 ヒャーーーッホゥ!! とガッツポーズをする変態。
 や、やっぱり恭介の仕業か……。
 たまにこうやってピンポイントで狙ってくる奴がいるのだ。というか主に、この男が。
 前回もよく僕と鈴にターゲットを固定して、散々こんな下らない命令を繰り出してきたのを覚えている。
 一方西園さんはその隣で落ち込んでるが、今はもうそんなことどうでもいい。
 とにかく、とっとと終わらせよう……。

「さあっ! いつでも来い! 理樹!」
「うう……」

 両手を使って、カモーンのジェスチャーをしてくる。
 何でこの人はこう……ああ、やっぱり疲れるからいいや……。
 よしっ……。
 
「……ぃちゃん」
「ダメ」
「ええー!」
「声が小さい。もっと情感を持たせろ。あと、ちゃんと上目遣いで俺を見ろ」

 散々ダメだしを食らう。
 恭介は他人の命令についてはあんまり口を出さないくせに、こうやって自分が絡んでくる時にはすごくうるさい。
 うう、恥ずかしい……。

「お、お兄ちゃん」
「ダメだな。もっと切なげに! もしくはもっと嬉しそうに!!」
「くっ……」

 な、なんて注文が多いんだ!
 あと何でこんなに必死なんだ。わけがわからない!!

「……なんかシビア過ぎない?」
「ああ……。これクラスの女子が知ったら泣くだろうな……」

 まったくもってその通りです。
 この有様を、いっそ学校中の女子に知らしめてやりたいよ!

「ほらどうした、理樹」
「うううう……」

 ダメだ、恥ずかしすぎて死んじゃう……。
 このままじゃまた誤解されちゃうよっ!

「兄の前で照れる直枝弟……これも、いいかもしれません」

 また変な呟きが横から聞こえてきた。
 ってあーもう! どうだっていいや!!
 んーと、切なげにか……よし!

「おにいちゃん……」
「ぐ……い、いいぞ理樹! もう一回!」
「お、お兄ちゃんっ!」
「ぐはっ! つ……次は、お兄ちゃんの後に“大好き”と……」
「お兄ちゃん大好きっ!!」
「ぐ、ぐはぁぁぁあぁあああーーーーっ!!」

 喜びに悶えて床を転げ回る変態。
 はぁ……はぁ……ど、どうだ! 参ったか変態め!!

「あわわわわ……」
「そ、そんな、理樹まで……」
「え、あの、鈴?」
「よ、寄るなっ! 変態!!」
「ええええええーーっ!?」

 怯えた顔で一歩引き下がられる。
 ば、馬鹿なっ!
 変態はこの男だけじゃないか! なんで僕までっ!

「ほら、ありでしょう? 小毬さん」
「え、えええー! ……わ、私は、あの、そのぉ〜……」
「なにしてんのあんたっ!」
「いえ、ただ小毬さんにもこの世界を知ってもらおうかと」

 鼻にティッシュを詰めながら淡々とそんなことをおっしゃる。
 な、何なんだこの展開は……。

「は、はは……最高、だったぜ。理樹」
「恭介……なんでそんな無駄に良い笑顔なのさ……」

 息を切れさせながら最高の笑みを浮かべ、グッと親指を立ててくる。
 あはは……もうどうでもいいや。僕も笑いたくなってきたよ。
 あははははは。

「……でしょう?」
「あり、かも〜……」
「……う、うぁぁぁぁぁあああーーーー!!」

 小毬さぁーーーーーーーんっ!!!


「『コーラ二本一気飲み』? ふん、ちょろすぎるな」

 岸田さんがコーラのペットボトルのふたを空け、ぐっぐっと軽く飲んでいく。

「んっ……んっ……んぐ……ぷはあっ! はぁ……ふ、ふふ。よし、後一本だ」

 一本目を飲み干したのにまったく動じてない。
 な、なんて人だ……普通なら一本目の途中でダウンするはずなのに。
 
「直枝、良いことを教えてやろう。これは元々俺の得意中の得意分野だ」
「岸田君、たまにライブの締めでこれやるからね……」

 そ、そうだったのか……。
 って、あっという間に二本目も続けて飲み干された!

「はっ! いいのかね、こんな簡単な命令でよ。悪いな」
「くっ……そんな馬鹿な!」

 ハン、と涼しい顔で笑われる。
 そんな……一本ならまだしも、二本は絶対達成できないと思ったのに……。
 床を拳でドン、と殴りつける。
 くっ! 素人ばかりだと思って油断した! こんなことなら三本にしておけばよかった……!!

「……何をお前はそんなに悔しがってるんだ?」
「わからないのかい、鈴! このコーラ一気飲みにかける熱い思いが! 人間の限界に挑戦する熱き男達の闘いが!!」
「うん。変態の考えてることはわからんからな」
「……………」

 ふっ、そうか。
 こういうこと……だったんだね、恭介。
 ようやく恭介の気持ちが、少しだけわかった気がするよ……。


「『可愛い言葉で話しましょう』……? って、な、なんだこれは!」
「あ、それ私だよ〜」
「な、なにぃ……こまりちゃんなのか? うーみゅ、こまったな……」

 次は鈴の番で、指令は『可愛い言葉で話しましょう』。これはさすが、小毬さんらしい。
 鈴が可愛い言葉か。
 うわぁ、あんまり想像できない。あの鈴が満面の笑みで“りーきくんっ!”とでも言うのだろうか。
 ……ぷっ、くく……! こ、これは、もしかしたら面白いかもしれない!

「へっ、どうやら理樹もノってきたみたいだな」
「うん、恭介! これは最高だ! 鈴にぴったりだよ!!」
「うっさいわ! やりたくないぞこんなの!」
「ええ〜。私、鈴ちゃんの可愛いところ見てみたいよ〜」
「なにぃ……」

 うーみゅ、と考え込んでいる。
 親友の小毬さんからのお願いだと断りにくいのだろう。 
 これがもし真人だったら、蹴るだけで終わりにしてるかもしれない。

「あたしは今だって十分かわいい言葉だぞ」
「どこがだよ」
「なにい! わからんのか!? この奥深いぎこうが! たくみの技だ!」
「いやいやいや、鈴がそんなに腹黒い研究してるわけないでしょ……」
「うっさいぼけ! 腹黒いわ!」

 絶対途中から意味わかってない。

「鈴さん。鈴さんが可愛らしい言葉遣いなのは知っています。ですが、今日はそれをもうちょっと小毬さんや能美さんっぽくしてあげれば、皆さんも納得するかもしれません」
「う、うみゅ」
「見たいよお〜……」
「うううう」
「鈴、忘れたのか。これは小毬を元気づける会なんだぞ」
「う、うう……わ、わかった! やる! やるから離せ!」
 
 恭介の手を振りほどくと、部屋の隅っこの方に行って、ふーっと長い溜息をつく。
 そして少し頬をピンクに染め、こちらを睨んだまま。

「い、いくぞ。……らんらんらーん♪ お散歩日和だよ〜」
「……………」
「あいすぴーく、いんぐりっしゅ、なのですー! わふーっ!」
「……………」
「おわり」
「……………」
「な、なんか言え!」
「……プッ」
「クッ……クク」
「っ!?」
「プ、プフッ……ハハハ、アハハハハハハハハハーーーーッ!!」
「ダーーハハハハハハハハハハーーーッ!! い、いいぜ鈴、最高だ!!」
「う、ううう、うにゃーーーーーっ!!!」

 恭介と二人で床を転げ回る。
 一方鈴は、耳まで真っ赤にして突っ伏してしまった。
 か、可愛すぎて笑ってしまう!!

「鈴ちゃん、かわいい〜!」
「グッジョブです、鈴さん。……ぷっ」
「わ、笑っちゃまずいんだけど、すごい、ギャップが……ブフッ」
「やるじゃないか棗妹……お、お前、演劇の才能、あるかもな……クッ」
「うにゃうにゃうにゃーーーーー!!!」

 耳を押さえてうずくまっている。
 と、というか、ちゃんと振り付けまでやってくれたのには驚いた。
 すごい本人達に似ていて、本当にもしかしたら、鈴は演技の才能があるのかもしれない!
 新たな発見だ……わ、笑っちゃうけど……。

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