12月13日

【ジブリアニメ】

ジブリアニメが最近ぼくの頭の中を席巻している。

きっかけはこうだ。

ぼくはつい先日、三鷹の井之頭公園内にある、 ジブリ美術館に行ってきた。

初っ端からぶっちゃけちゃって悪いが、

感動した。

そう、とてもすごく。

美術館で感動するという経験は、人生そうめったに経験できるものではないと思う。

たとえば西洋美術館でロダンとかあるいは絵の巨匠たち、モネやゴッホやセザンヌなどの美術品を見ても、「すげぇ」と漠然と思いつつも、実際何がすごいのか、こう実体として掴み兼ねるものがあるし(とくに芸術に理解が深くないぼくら庶民にとっては)

仮になにか感動する美術品などがあっても、それは美術品に対する感動であって、美術館全体に対する感動ではない。

ぼくら芸術にそう理解がない庶民にとっては、作品は「個体」で見るべきものであって、「美術館」とか「作者」単位でそれを眺めることは少ない。

まぁ小難しい理論は置いといて。

美術館自体に感動したのはこれが初めての経験であった。

さまざまな仕掛けがあって、人を楽しませる工夫に内部は満ちている。

東京ディズニーランドに匹敵するくらい楽しめた感がある。(これはぼくの主観にすぎないので、比べることはできないが……)

 

その一日の見学を通して実感したことが、一つあった。

ジブリはアートだ、ということ。

アニメーションというぼくらに親しみのあるメディアでありながら、それは一級の美術品でもある。

絵だけを言っているんじゃない。それは作品全体としてもそうだし、あるいは作品の細部の人の動き方、キャラのセリフなど一部一部にとっても、傑作と呼ばれる作品、「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「もののけ姫」「千と千尋」などでは美術品といっても差し支えはないと思う。

こう言うと批判好きな人は「じゃあ美術品という定義は?」と早速攻撃しにかかるものだが、ぼくはスタジオジブリの作品をそれからアートとして認識し、リスペクトをするようになった。それは変わらない。

 

ぼくはもともと、自分の作品について、細部を綺麗にすることばかり躍起になって、全体から俯瞰してみたときは、形がいびつになっているという欠点を認識していた。個にばかり走りすぎて、全体的な視線を持つ余裕を失っているのだ。

そこに「映画」というメディア作品を参考にした。

役90分から120分という短い間に作品を伝えきるメディアとして、全体として物語の形を整える方法を教えていただこうと思ったわけだ。

しかし映画は、よほど上質なものでない限りは、それはストーリーとしての意味を十分に満たしてないものが多い。

中の上クラスの映画であっても、ぼくの小説のように、個々の部分だけ目立って、全体としてうまく整合性が取れておらず、監督がなにを伝えたいのかいまいち伝わらない作品が多い。

しかしその中でもジブリのアニメーションはうまく作品としての形を保っているのだ。

とくに一番しっかりしていると思うのが、上の四つの作品。そこに「火垂るの墓」「天空の城ラピュタ」をつけてもいい。

個々のキャラクターや細部の描写がとにかくパワフルで、それが静まることは決してなく、かつ全体としてメッセージ性、完結性に富んでいる。

とにかくストーリーの流れるような速さに、そしてそれでいて一切の破たんの無さに、全体的な有機性に、ぼくは帰宅してからジブリのアニメを観て、驚嘆した。

びっくりして目から鱗が落ちたのだ。

ぼくは今ジブリアニメを見て勉強している。

 

ジブリ美術館では毎時間映画を上映していて、ただで一回観ることができるが、そこで観た『パン種とたまご姫』も秀作だった。

15分という非常に短い時間に物語がよくまとまっていた。

 

……果たして、ジブリ美術館の宣伝をしているのかジブリアニメの宣伝をしているのか、自分でもわからなくなってきたが、とにかく誰か物語を作る人が、新しい刺激がなにか欲しいなら、どちらかに手を付けてみることをお勧めする。

ジブリはアートだ!

 

ところで、自作小説の新しい続きを書いてみた。こちらに置いておくので見ていただきたい。コチラ

また小説を書くのが楽しくなってきた! では、続きをお楽しみに〜。


11月26日

【まだ10日しか経ってない】

ちっす。

どむとむです。

寒いのにだんだん慣れてきた今日このゴロ。

電車内にもコートを着ている人を見かけるのが多くなった気がする。

一昔前までは寒いのに「おれ平気だぜ、ヘン」ってな感じで薄着で通していたやんちゃ太郎も、今ではめっきり冬眠しているようである。

そんな私は早い段階からコートを着込み、セーターを着込み、一度も風邪をひかずにとおした有り様。

意外と街では風邪が流行っていたようであるが、私にはまったく気付けなかった事態である。

風邪の菌も、どうやら襲う人を選ぶ昨今らしい。

よく見たな! 私のオーラを。

こう、私の前だけ、すいすいっ、と風邪の菌が避けていくようである。

馬鹿と何かは風邪ひかない、と昔誰かが言っていたのを覚えているが、私はその「何か」のほうで間違いない。

 

ところでである。

「屍鬼」にハマっている。

アニメを見たわけではない。 アニメはまだ見てない。

見たい。

けども家にパソコンがないから(略

まず原作から入ったのであるが、文庫本第一巻約500ページくらい読んだところで(長い……)、ふと屍鬼のwikipediaを見たくなり、携帯で検索。

最初にアニメサイトが出てくるわけである。

へー、アニメやってたんだ。あ、そういえば帯に「アニメ絶賛放映中!」って書かれてた気がするな。そういえば漫画にもなってんじゃん。

ふとチェック。

 

「……せぇぇぇぇぇぇぇぇしぃぃぃぃぃぃいいいいいいん!?」

 

戦慄が走った。

原作内での描写から、ツルッパゲ頭を丸めているお坊さんだとばかり思っていた。

いや、イメージしていた。

それが何だ。

な、なっ……なっ……

けしからん。

 

けしからん!

 

コミックス購入である。

このコミックスという代物、面白いだけでなく手ごわい一面を持っている。

一冊四百円もする。

ちょっとじゃじゃ馬である。

現段階では八巻まで出ているから、それを全て買うと三千二百円。さらに消費税もついて、えーっと……三千三百六十円。

……悩むわけである。

ところで、ここでかしこい方法がある。

 

それは、ブックオフだ!

BOOKOFF! BOOKOFF!

バイトの帰りに言ってきたわけであるが、ここだと大体六割程度の値段で買うことができる。

……どこに行ったらあるんだよ!?

 

どこにも売ってないよ!?

  

……アニメ化たる由縁である。

そこんじょそこらのブックオフではこのハイパー級室井静信(せいしん)は取り扱ってないようである。

日を改めて、大きなブックオフに行ってみることにする。

そしたら、あった!

見つけた! やった! 一巻だけ見つけた!

 

……そうか。

一巻だけしかないのか!

ちくしょう。

ちくしょう!

 

……おれさまに金をここまで払わせるとはなかなかやるなきさまっ!

 

……全部買った。ゲーマーズで。

 

というわけで、現在「屍鬼」ラブ中である。

敏夫はほぼイメージ通り。夏野は結構意外。恵さんピックアップされすぎでしょ!

そしてラスボス・室井静信である。……

 

文庫本もただいま二巻攻略中。

相変わらず長い。コミックスでは取り扱われなかった細かいシーンや描写などがびっしりである。

こう、びっしり!

というわけで、まだまだどむとむの「屍鬼熱」は冷めそうにない……

 

新シリーズ、「演劇部諸事情」(先日命名) 第二弾アップしておきました。

どうぞご覧ください。→コチラ

前回の分と一緒になっていますので、続きからはやく読みたい方は、そこまで飛ばしてね。

ではまた。アディオス


 11月16日

【顔がちべたい】

寒い。寒い。寒い。

雨が上がってからめっきりもうである。 

世間では紅葉紅葉と騒がれているのにこれじゃこっちの顔が紅潮してしまう。

べつに惚れてるわけじゃないが。念のため。

 

この前献血にいってみた。人生初めて。

意外と献血は痛くなく、案外すっとできた。

それでも私はずいぶん緊張してしまったのであるが……

終了後、コーンポタージュとCCレモン、アクエリアスを飲んで、スラムダンクを読んで帰った。

秋葉原の献血所ってすごい綺麗らしいですね! 

たしかに快適だったのは言うまでもなかった。

 

有川浩の「クジラの彼」を読んだ。

絶賛したいところである!

文章力が高いのは言わずもがな、これだけ魅力的な作家さんに巡り合えたのは幸せだった。

小説にはそれぞれさまざまな魅力があるが、「魅力的」という価値で判断するなら、この本が今まで私が読んだ中で一番「魅力的」!

ヘルマン・ヘッセの「クヌルプ」も最近読んだが、これはとても綺麗なお話だった。

とてもヘッセらしい、ありがたくて優しいお話。

文章がみずみずしくて、子どもっぽいあどけなさと大人の苦々しさが綺麗にマッチしている。

その魅力は今になっても枯れることがない。

 

ところで、長い時間が空いたが小説を書いてみた。

ワードファイルでアップするから読んでもらいたい。

FC2エディタに直接コピペすると、文字が乱れるから、あんまりしたくない。

多くの人に読んでもらいたいのはもちろんだけど、フォントや文字の配合で汚くなり、読みにくくなるのは自身で感じているので、読みたい人だけ、ここからクリックしてワード文章を開いてもらいたい。→こちら

続きはまた次回にアップしようと思っています。

 

風邪ひかないで。

それじゃ、また。

 

 ◆

 追記

 申し訳ない。拍手返信を忘れてました。

 >>寝る前に気になって覗いたら面白くって一気に全部読んでしまいました(`・ω・´) このss読んで自分は美鳥ちゃんも好きになりました(´∀`)

 どうもありがとう。

 きっと「美鳥ちゃんの思うこと」かな? キャラクターを好きになってもらえて、とてもうれしく思います(^_^)

 読書もいいけど健康のことも忘れないでくださいね。

 と、いいつつも、ぼくも寝る間を惜しんでゲームや読書をしまくって翌日後悔するパターンが多いのですが……汗(^_^;

 人間やることはみな一緒だね!


10月26日

【はや一か月】 

先日の更新からもうはや一か月が経とうとしている

ぼくとしてはまだ二十日かそこらだろうと思っていたんですがやはり甘かったです

いろいろありました。ええ、いろいろあったですとも。……話が長くなりそうなそぶりだけ見せておいて実質長くなりませんが

このところ寒い日が続いており知人の女性と男性が一名ずつ風邪をこじらせました。

ああ、いや……こんなときに真っ先にまず天気の話が出てくるぼくには話題らしい話題など無いということがおそらく頭のいい読者さんにはわかっていることだろうと思われます。

ぼくとしては思うわけです。

なんとか楽して暮らしていけんかな。

もう、こればかり思うわけです。

そんなぼくが果たしてついにとうとう小説の道を捨てたかというと、残念、捨てそびれています。

一応そこそこ、つまらなくもなく面白くもなさそうなものを書き溜めています。

そろそろ本気になろうかな、と思っている反面、実は全力本気、いつまでたっても努力が結実しない現実を見ないでいる「実はおれもっと強い」なる逃避の常套文句を空中に向けてぼんやりうそぶいたりしています。

もうアホかと。

ほんまにオレはアホやった。

アホです。

頭に思い浮かんでくることがあまりありませぬ。

あとで小説はちょこちょこ発表しようかと思います。

それまで。生きていたら。アディオス


 9月27日

【ほとんど更新してないのに、】

根気よくサイトを訪れてきてくださる方々には感謝感謝。です。

どうも、こんばんは。どむとむです。

なんと、Web拍手は必ず一日に一回、もらえています。ときには二回、多いときは五回ももらえる。

ちょっと、これは、自慢しちゃってもいいんじゃないですか!

でもそれよりもずっと、支えてくれるみんなに感謝だーいっ!

ほんとにありがとうございます!

もっと、皆さんと会話したい!

時々熱くなって言葉が強くなっちゃうときがあるぼくだけど、でも作品にかける想いは自信アリ! そしてそれを見守ってくれる皆さんには、バリ感謝なのです!

温かいなぁ……ほんとうに、助かる……

皆さんからの力、受け取っています!

 

さて、ミュージックノベル(最近連続的に更新されていた短編集)もいよいよ終わりを告げました。今回更新する「別れの歌」で終了です。

この小説はリアルの知人にいろいろ採点して意見もらった後、最終的な調整をほどこして、どこかの文学賞に送るつもりです。どこがいいかなぁ! まだほとんどどこにも送ったことがないので、新しいところがいいね!

受かるかなぁ……受かればいいね! ぼくそうしたら踊ろう! 踊ってみんなで寿司食いに行こう! といっても、画面の向こうの読者さんは見れないわけだけど……(^_^;) そこはごめんなさいね!

受かるかなぁ……もう、天に祈るっきゃないね。なむなむ……

 

ところで、新しい小説なんですが。

もうすでに原稿用紙二百枚以上は書いちゃってますぜ……むふふふ……

ていうかこれ、文学大賞の制限枚数越えちゃってませんか?(汗) ていうかこれからもしかしたら越えるんじゃね?(汗) ていうぐらい話の長い小説です。いやー、ぼくは全然長くしたつもりはないんですけどね、いつのまにか小説を書くのが楽しくなっちゃって楽しくなっちゃって……気づいたら分厚い束になってました(笑) 

どうだ!(笑)

でももうぼくの頭はその次の小説へと向かってますよ〜……きしししし。

さっ、ぼくはもう家に帰りますよ! もう九時越えてるんで!

温かい飯でも食って帰りましょ、そうしましょ〜……

そんじゃまたっ!


 9月24日

【インターネットがないと】

様々なものに出遅れている気がするどむとむです。

時たま、(というか作品をアップロードするときしかパソコンを使わないのだけど)インターネットに繋いでみると、自分がずっと前にチェックしていた大作ゲームなどが発売間近を迎えていてびっくりしたり。

知らない人がCDを出して大ヒットしていてポカーン、としたり。

いつの間にか見たかった映画がDVD&ブルーレイ化されていたり。

ポケモンが発売していたり……。

時代の流れというのはおそろしく速いものです。エンターテイメント領域でもこんな様なのだから、他分野ではもっとすごいものもあるはず。

ぼくは取り残されないようにこういった機会を狙ってネットサーフィンをぬらぬらとしているわけであります。

あぁ、ネットゲーのファイナルファンタジーXIVをやってみたいなぁ……。

ネットゲーってさ。

時間が足りない人にはほんと手の届かないものですよね。

あんまり生産的じゃない行為だけど(ネットゲームするって)、ぼくみたいなアホな人はよくこういう無駄なものに憧れをもって奔走して、結局もったいない時間を過ごすんですよね。

でも、ああ、やりたいなぁ……ネットゲーム。

 

ゲームって楽しいですよねー。

ぼくは今ウイニングイレブン2010をやっています。ビカム・ア・レジェンドでバルセロナに所属。

まだまだ途中なんですけどね(^_^) バルセロナのメッシとかシャビはパスもドリブルも最高に上手いからボールをほとんど取られなくって、ずーっとオフェンスしていられるから楽しいんですよ。

ディフェンスしているときはほんっ、とイライラしますよねぇ。

で、ボール奪ってやったときはグッ、と胸に来るものがあるんですよね(^_^) そこが楽しいのかな。

他は、自分がパスしたボールがうまくフォワードのフリーを生んでくれたり。そういうときは最高ですよねー。

最近はドリブル精度の数値が上がってきたのでディフェンダーの網をすいすい抜くことができて楽しいです(^_^) 

やばっ、この記事は、ひょっとしてぼく意外の誰かにわかるのか……? ひっじょーにつまらん記事になっていたらごめんなさい。

 

ああ、あと新作アップしときましたよ。よかったら意見を聞かせてください。

そんじゃ。もう夜も遅いんで、学校から帰りますよ(^_^)

さぁて、今夜はなにを食って帰るかぁ……


 9月7日

【どうも、どむとむです】

様々なものをなくしました、どむとむです。

まず愛用だったデジタルカメラ。旅行先に置いてきてしまいました。かといってわざわざ必死に取り戻そうと奔走するのも馬鹿らしく、そのままにしてあります。

そしてiPOD。どこにあるのかわかりません。おそらく神田のインターネットカフェに残したままにしてあるんでしょうが、こちらもわざわざ取りに行くのはめんどくさく、どうしようか迷っています。

近日中には取りに行こうと思います。でも面倒くさい。

あまり無くしたものには興味を持たないのかな、と自分で思いました。無欲ではないんです。ただ昔からそういうことに関して淡白なのです。

パソコンも壊れたしiPODもなくなったしデジタルカメラもなくなった……。なんだかすこし寂しくもあります。

とにかく、様々なものがなくて不便ですが、不便ではなくする方法がどこかにあると思って画策中……きっとどこにもないだろうけどさ。

現在金欠中なため、どっちにしろ再購入はできません。パソコンも購入する段になるのは半年から一年くらい先でしょうか……。

べつに現在の生活に支障はないから、問題ないんですけどね。

 

ところでお腹が好きました。

ずっと大学の構内で小説の打ち込みを頑張っていたからです。

お金を節約しようと考えつつ、すっ、と頭をよぎる大学近くの豚丼屋……五百円。

すっげぇうまいんですよ! 量もたくさんあるし!

このあと食べに行きます。げっへっへっへ……。

 

もうすぐ学校が始まる私でありますが、とくにたいした努力もせず卒業できればいいなと思っております。(オイ、ソコノ

ぼくの考えはもう卒業後へ向けてラン・ナ・ウェイ! なわけであります。意味が変でしょうか。卒業後へ向けて思考を逃がしているのです。これぞ最大の現実逃避。アレッ!

 

ぼくはまだまだこれからの未来が楽しみであります。

小説ですが、今書き続けている「ミュージック・ノベル」に続く次回作として、ヴァンパイアものを「もうすでに」書き始めているのですが、これが楽しくって楽しくってたまりません。

おそらく芸術的価値なんか離れきった阿呆話かと思いますが、これがどんな評価をいただくことになるかはまだ決定が早いというもの……。

 

どんな作品がウケるのかな、と最近模索しています。

けれどみんなにウケることだけを考えて書いていたってつまらない。もっと他のものをぼくらは追い求めなきゃ。

でも最近ちゃんと真剣に「小説書きのための参考書」なるものを読んでみようかなと思い始めてきました。……これを読んでないと、いつまでたっても、アマチュアな気がする。

すこしずつアマチュアなところを無くしていけばいいんですよね。がんばります。

それではまた。

新しい作品、「ミュージック・ノベル」の一つ、「ある男のバラード」をお楽しみください。


9月2日

【お久しぶりです】

おはようございます。どむとむです。

この名を名乗るのも久しぶりなので、なんだか奇妙な感慨がわきますね。

最近は、名乗るときはいつも本名なので。

なんだかサイトの存在を忘れてしまっているように聞こえますが、決してそんなことはありませんよ。

小説もちゃんと書きためてますし!

原稿用紙に!

あ、あはは。

パソコンを無料で使える空間といったら、大学構内の図書館しかないので、わざわざこちらまで出向いてくる元気などがなければ、たいてい地元でぶらぶらしているか、小説を用紙に書き込んでいるかのいずれかですので、溜まるのは紙の山ばかり、塵一つ皆様に還元されればまだいいほうという、悲惨な事態になっているのであります。

やはりパソコンがないというのは不便です。

iPODに音楽を追加できません。

映像を追加できません。

簡単に更新できません。

ネットサーフィンしてぬらぬらできません。(;_;)

最近ついに愛用の電子辞書まで壊れました。

もうこうなったらいっそのこと究極的にローカル人間になってやろうと思い、三千円を払って携帯版・「明鏡国語辞典」を購入。

一時はこれでわしもローカル人間。古きよきものにわびさびを見つける通人よ、と息巻いていたものですが、そんな姑息で阿呆らしい虚勢は一か月続けばまぁいいほうでございます。

携帯版の辞書ですと、収録言語が少ないため、ちょっと古めの、明治時代に活躍した文士さんたちの文字が解読できません。

とくに仏教用語や、中国思想から発生したチョイ難漢字などは生息余地すら与えないほどのライトユーザー向けっぷりでございます。

これはわたくし、がっちりした百科事典、広辞苑クラスのものを買わざるを得ないのではないか、と思案し、ためしに値段を調べてみたところ、五千円相当。

電子辞書というものは最も安くて一万円相当で購入できるものです。

入っている国語辞典は広辞苑。

なにをやっとんだァァァァァァ!

と、いう感じです。

狭い狭い自室のスペースを、まるで主人を圧迫するがごとく居座る携帯版・「明鏡国語辞典」。

それに加わり、悪逆羅刹の広辞苑まで居座りだしたら、わたくしの生活する場所がございません。

それに代わり、こじんまりとした、可愛いフォルムの電子辞書ちゃん(¥10,000)はなんて謙虚で貞節だったんでございましょう。

わたくしの鞄の中にもすんなりと入る、スペース設計も完璧な娘っこちゃんであります。

わたくしは阿呆でした。

がっ!

こうなったらもう意地でも何でも手めくり辞書を推進する一大党会を結成するほどの意志を上辺だけでも豪語し、鞄にも入れずなるべく手に持って賢しげに町内をうろつき回るエセ勤勉学生になってやる所存であります。

身近にいる後輩女史にも、

「わたしもそれが素敵だと思います」

と太鼓判を押されたので、わたくしのやる気は水の中の炎、炎の中の氷であります。

つまり、どうでもよいことであります。

 

閑話休題。

 

富士山、攻略して参りました。

いやぁ、参った、参った。

なにが参ったとて、わたくしの脳の富士山に対する警戒力の乏しさに参りました。

そしてさらに羽虫ほどの体力の乏しさにもびびりました。

「おい、おまえら」と、わたくし。

「富士山をなめるな」

と、豪語。

そんな私が早くも富士五合目道半ばにて遥か先を行こうとする仲間に、「もうやだよぉ! やばっ、つらい! しぬ、しぬ! ちょっと休まして!」ともやし声で懇願したのは恥辱の極みでもありましたが、致し方ないことでありました。

富士山は手ごわいのです。……

その強さ。魔王デスタムーアがレベル150だとしたら、富士山はその倍のレベル300も優に越えるというもの。……

なめてかかる虎の皮をかぶった柴犬など、一瞬で化けの皮が剥がされる恐ろしさと雄大さを身につけておったのです。

しかし、登頂できました。

はい。

今、ものすごく簡単にいいましたが、その一行と一行の間には語りつくすことのできない壮絶なドラマがありました。

何度我々は泣き叫んだことか。

何度「帰ってやる! もう来ないもんね! ふーんだ!」と山に向かって叫んだことか。

何度「ありえなくね!?」と、山小屋の実態に日本国民として憂慮を抱いたことか。

何度、何度、何度。……

壮絶なものでした。

しかし山頂からの景色というものはまさに筆舌に尽くしがたきもの。

あえて言うなれば、天海、でございます。

天と海とを指した通例の意味ではございません。

天の海、と書いて天海でございます。

いやぁ。

すごいすごい。

ほんとすごい。

すごいとしか言えないくらいすごいのでございます。

このすごいは登った人にしかわからないすごいであります。

是非登れとはいいません。

それは毛虫を嫌がる人に、毛虫の生態って実に面白いから、ほら、きみも触ってみたまえ、と勧める天然ボケ学生の所業と似ていることです。

毛虫を識ることでしか見えてこない世界もあります。

しかしその過程には言説に尽くしがたき数々の試練と克己が待っていることでしょう。

我々はそんなマゾヒスティックな秘儀式を勧めるほど野暮でももぐりでもございません。

あの恐ろしさとあの苦しさとあの食べものの「冗談ですよね?」と言いたくなるぐらい高くて珍味的な別世界を知っているからこそのこの態度なわけです。

行きたい人はぜひ、行ってみてください。

数々の試練と衝撃が待っているでしょうが、それに耐え、帰ってしまいたくなる要求にも最後まで耐え、そうしてたどり着いた先に、登り詰めた人にしかわからない美しい天上の大海原が待っていることでしょう。

健闘を祈ります。グッドラック。

まぁシーズン的に今年は終わりですが。

 

閑話休題。

 

さて、わたくしの長々とした、じつに自分本位な言葉遊び的な旅行記に付き合ってくださって本当にありがとうございます。

皆様が待ちかねていた(?)かは、わかりかねる、小説についてのお話です。

名高い文学新人賞、河出出版の「文藝賞」に一品送ってみました。

「文藝賞」というのはじつに最高クラスに難しい、格式ある文学賞とのもっぱらの噂です。

そんなトップラインを率いる出版社様様にわたくしのミジンコ小説が目に留まるはずがないと思い、今となってはすこし安心気味です。

というのは、その作品というのは、あまり世人に見せたくない部類のものだからです。

小説を書き、出版社に挑戦状を叩きつけといて世人に見せたくないとはこれいかに。とは、誰もがお思いでしょうが、これこそ世に稀なるわがまま種族、「芸術家」と呼ばれるダメ人間が抱きかねない一種の珍奇な情調なのです。

芸術家が作品を手掛けるときに、ある明確な目的を持ってやる場合と、そうではない、ただ魚が呼吸をするように、エラをヒラヒラさせるかのように、作品を作る場合がございます。

これは後者のほうの理由によって書かれた作品です。

当初の目的がなかったというのもないのですが、それはただ一時の感興、メランコリックな状態に陥ったときに見る一種の幻影のようなものでありまして、決して作家として褒められたものではないと今の私は思っとります。

というところで、まぁ、受かればいいな。落ちたらやだな。という心のほかに、受かっても困るな。落ちてたら安心するな。と、妙な気持を抱えている、「文藝」に送った作品を案ずる今の私でございます。

そんな私のグミ一個分の価値もない感興はほっときまして、今回更新する作品の話に移りましょう。

一作品ずつ更新していく、という、どうせ私しか得しない約束にのっとりまして、今回更新するお話も一個です。

わたくしの評価としては、そこまで高くない稚拙な作品ですが、どうぞ、ご興味のある方は読んでいってくださいまし。

それでは。

また会う日まで。


8月17日

【こんにちは】

ぼくが「こんにちは」とタイトルをつける時、それは平常な精神であることを意味します。どうでもいい知識。どむとむですこんにちは。

お盆帰省が終わりまして、東京に帰ってまいりました。

いやぁ。

向こうに帰れば落ち着くけれども、東京に帰ってきても、なんだか落ち着きますね。第二の故郷になっている東京です。荒川、千代田線沿いの空気はスンばらしい。一番なじみの深いところです。

ところで、今度富士山に行ってきます。バイトの方々と。

なんとか生きて帰ってこられるようにいたします。

祈願祈願。なむなむ!

 

小説を、一品追加しました。

これはタイトルが「舟歌」といって、ぼくが二週間くらい前に書いたものです。

他にも未掲載の小説があるのですが、これはまた別の機会にしようと思っております。

そんな、ねぇ。

一本一本追加していくことに面白みがあるんじゃないの、ねぇ。

というわけで次の更新まで待っててくださーい!

 

ところで最近。

むっちゃり暑いわけですが、この暑さがぼくはなんだか気持ちよくて好きです。

暑くてムシムシした空気にやられ、汗まみれの臭気まみれになりながら駆け込むレストラン or 喫茶店。

そのときに飲むキンキンに冷えたアイスコーヒー。

ゆっくり読む小説。

そしてまたお店を出るときの、あの「むわぁぁぁぁ!」とした分厚い暑さ。

ひぐらしや油蝉のかすかなささやきが和ませるこの切ない日和。

夏 in トーキョー!

これが最高!

 

もっぱら最近の休みの日は、お外に出かけるようにしております。

浅草、半蔵門、日本橋、市ヶ谷、本郷三丁目、新宿

電車の路線図を見て、行きたいところを決めるのです。

そこの駅で降り立ってぶらぶらするのです。本屋さんやレストラン、喫茶店に入り、のんびり過ごすのです。

じりじりと照りつけてくる太陽の下、赤と白の煉瓦調の歩道を、えっちらおっちらと闊歩するのが好きです。

青空の青と羊雲の白のコントラストが最高です。そこにちょっとした日陰のある木立や、ベンチがあるとなおよし。

 

今日は森見登見彦をお供に散歩です。あー、京都にも行ってみたいなり。

それでは。

 

追記

最近のほしいもの、自転車。

自転車ですぅーっ、と駆け抜けてみたくなる&風を感じてみたくなる最近の夏!


8月5日

【意外とはやく、更新できました】 

どうも、どむとむです。

バイトなどで忙しい中、なんとか身体の不調と闘いながら、掌編と短編を一つずつ書きました。

最近書く楽しみにようやく目覚めてきました。

書いていて楽しい!

今までは、いざ「書こう」とパソコンの前に立っても、いやな気持にしかならず、精力尽き果てるまで書き抜いて、また休憩してから再執筆に臨もうなんていう気持は、さらさら起きなかったものです。

とにかく一日一執筆。なにかに取りつかれたかのように、ただそれだけのルールを守っていました。

苦しくて苦しくて仕方がありませんでした。

それが、今では、多少軽減されたかのように思います。

書くことが非常に楽になりました。

自分を追い詰める必要がなくなったからでしょうか。

 

皆さんはこんなことを考えたことがありますか。

小説の文章とはどれほどまでの価値があるのか。

ストーリーさえよければ文章なんて下手くそでいい、と思う方もいらっしゃるでしょう。

いや、言葉が上手でなければストーリーなど見る気もしない、という重厚な方もいらっしゃるでしょう。

ぼくはどちらも正しいのだと思います。

では、そこから一歩進んで、より良い文章を小説の中で書くために、作家はどのような努力をするのがいいのか。考えたことはありますか。

ぼくは一度前に、それなら他の人が書いた小説を読むことだ、と言ったことあります。

これはもちろん正解だと今でも自負していますが、さてそれは、どんな意味においてだったのでしょう?

そもそも、「文章が上手だ」というのは、具体的にどういうことでしょうか?

読む人をハラハラさせること? 

すぐに感情移入させてしまうような文章展開?

はたまた、志賀直哉や夏目漱石のような、重厚味あふれる日本芸術の極み?

もしくは海外作家のようなシャレのきいた一文?

作家はどうやってその「文章力」を身につけるべきなのでしょうか。

 

このほかに、「オリジナリティ」という言葉があります。

オリジナリティには、ストーリーにおける意味のほかに、文体自体における意味もあるのはご存じですか?

現在活躍している作家ならびに、上にあげたようにかつて活躍した芸術作家の誰一人として、自分らしい文体を持っていなかった者はいないのです。

 

ここに、自分自身の深みの中に入っていく道と、常に上へ上へ、と駆け上っていく道の二つの道が分かれています。

そもそも作家の文章力の成長とは、他者の真似ではなく、もっと魔術的な、神秘的な目に見えない、体に感じられない、隠された時間の中で行われるものなのだと、ぼくは思います。

 

ストーリーテーリングだとか、ミステリー性とか、大衆向きかそうでないかとか、プロットとか世界観とかいろいろあるけれど、文学とか小説って意外と簡単なこと。

ぼくは小説において難しい用語を嫌います。

じつは理解が簡単なものばかりなのです。難しい形式とか、実際に触れてみた人はすぐにわかるけど、わからない人は、数学の公式みたいにものが遠く見えたまま。

 

そんなことを、ぼうっと、思いました。

そもそも作家としての成長って、なんなのよと。

ぼくはいまだに、その神秘性がわかりません。

読者をどれだけウケさせたかだとか、萌える要素をいくらだけつぎ込めたかとか、はたまた、芸術的なシーンを重厚的に表現しただとか、読者をあっと言わせるようなミステリーを組み込ませただとか、物差しが世界にはいくらでもあるんですもの。

そのどれも、正しいのであって、同時に正しくはないのだと思います。

もちろんそれぞれは正解だけど、小説はたったそれだけのためにあるのではないと、ぼくは思うのです。

非常に広範で、宇宙のように奥が深いのです。

それを、ただ「こうあるべし」と、自身の作家としての価値観で定義づけてしまうのは、自らの才能を狭めてしまうのだと最近気がつきました。

 

しかしまぁ、ぼくは、どちらかというと薄っぺらいエンタメ作よりは、純文学寄りに位置しているアマチュア作家、ということになるんですがねw

けれどエンタメ小説が嫌いではないし、純文学も衒いがすごいときは、ときにはうざったく感じることもある。

ただ小説は好きなのです。

そしてぼくは、小説を無限なものとして夢見ている多くの読者の味方であり、小説は「こういうもの」と定義づけるすべての数少ない読者や作家、評論家の敵だということです。

ぼくはそういうふうに思っています。

 

さて、ところで、メッセージが来ていましたのでここで返信。(拍手メッセージ部屋は、どうせほとんどの人が見ないでしょうから、のちのち消すことにしようと思います)

>>ノクターンって夜想曲って意味でしたっけ?  あ、卯月です、お久しぶりです。

>>新作読みました。
>>名前だけをチラっと知ってるだけなのでアレですが・・・・ノクターンてピアノの独奏が多いんでしたっけ? ん? 後で調べておきますww]

>>ただ自由な曲だってことは何となく。リュージャナは間違った弾き方はしてないんだろうな、、、と。奏者によってきっと違ってくるんだろうな。
>>たぶん、曲に想いを乗せていたんですね。

>>ただ私には読解力がなさすぎて、少し難しかったですw
>>ただタイトルに芸人、とあったので悲観的に読んでいいものか・・・と悩んだところです。    
>>リュージャナの想いとか、死因とか、キンデーウカさんの過去とか、今の事とか。
>>ボーっと妄想してました。きっと私が思い描くストーリーとは全く違うのでしょうがw

>>そして謎の男パッサー…

>>短い話でしたが、なんだか楽しめましたw
>>その楽しみ方であっているのかは分かりませんが。


>>PC大丈夫ですか?w
>>私も今はPCがない状況なので、コチラのサイトにも久しぶり足を運びました。

>>何のために小説を書いているか・・・?
>>難しいですよね。
>>私は、どむとむさんや時流さん(この方はジャンル違いますがw)って言う憧れがあるから書いてるのかな?
>>あと、やっぱり自己満足なのかなw


>>更新が不定期でも、小説を書き続けてくれるならうれしいです。
>>卯月って言う、弟子兼ファン兼友人がいつもドムトムさんの作品を楽しみにしていることをお忘れなく。
>>では卯月でした。またノシ

どうも、卯月氏。お久しぶりです。最近連絡取れていなかったからうれしいです。

小説読んでいただけましたかー。感謝感謝。

あっ、ノクターンっていうのは夜想曲という意味で合ってるよ。ショパンのノクターンを知らなかったらこちら。名前にあまりなじみがないだけで、この曲を聴いたことがない人はほとんどいないと思うけどねw

ノクターンにピアノの曲が多かったか? うーん、ぼくはあまりクラシックに詳しくないから、わからないけど、べつにバイオリンでもギターでも何でも夜想曲は弾けると思うよ。

ただ、ショパンはピアノの曲を数多く残したから、ショパンのノクターンっていったら、第一番も第二番もどっちもピアノの曲です。

奏者によって曲のイメージが変わるというのは実際に本当です。フジコ・ヘミングさんのノクターン第二番と、ほかの奏者のノクターン第二番では、だいぶ違います。ぼくはどちらの曲もすごく好きですけどね。

 

そっか。ちょっと難しかったか(^_^;

でも、いいの。べつにそのまま楽しんでくれればいいんだよ。

村上春樹も言っているらしいけど、べつに読む人は必ず作者の本意というか、狙いを察知する必要なんかないんだよ。そういうことを求めてくる作家さんもいるだろうけど、ぼくは村上春樹のように、どんな読者さんにも楽しんでいただけるように小説を書いてるから。読み方は人それぞれ。卯月さんなりにわかったことをそのまま読み取ればいいんだよ。

そんなに壮大な意味を込めているわけじゃないから。作家はw

ぼくも他人の本を読むときは、つねに自分のイメージを第一にするしね。作者がどういう意図を小説に込めようと、

「ぼくはこう思ったんです!」

と言い張るのがぼくw だってこう言うしかないもの。

ぼくはそれでいいと思っているし、それでつまらなかった小説はパスするし、面白かった小説は愛好する。わかった・わからなかったで読者のレベルを格付けするようなことは意味がないし、べつにその作家もただその作品だけが全てじゃないだろうから、次に期待する。

それでいいんだよ。卯月ちゃんの好きなように読んでくれれば(^_^)

 

PCはついにキレました。ぼくがだいぶ無茶な使い方をしてたから……呼んでも、がーがぴぴぴぴぴぴぴぴがががががが、という異音を発するだけで答えてくれません。

ぼくもPCがないから学校やネットカフェでつなぐ日々だよー……あー不便。

 

なんのために小説を書くか。いろいろ考えました。

ぼくは、ぼくにしか生み出せない、究極の小説を書くために小説を書くのだとわかりました。

この究極の小説っていうのは、べつにたいした意味が込められているわけではなくて、ただ、ね。

今まで書いたものより次はいいものを書こう、っていう簡単な精神なんです。

良い小説は今までの小説より無条件に良い、ということを真剣に信じるわけです。

そこにどんな作風の違いがあろうと、どんな面白さの違いがあろうと。

自分が「良い小説だ!」と思ったものに突き進んでいく。ぼくは、今までかつて誰も書き起こしたことのない小説に、出会いたいのです!

いつか遠い未来に、自分にしか書くことのできない夢にあふれた、とっても面白い小説が書けると信じて、頑張っていくのです!

それは読者のためにもなるし、自分のためにもなる。

いつかぼくは、小説を仕事にしたいと思っています。

それほど小説を愛しているのです。

もっともっと良い小説を書きたい!

自分が美しいと思った情景をそのまま書きとどめたい!

そしてそれを皆さんにお送りしたい!

見られることのなかった悲しい男の人生を、日に当ててやりたい!

穴蔵の中に住むウサギの一族の冒険活劇を、面白おかしく、夢のない現実に夢を与えるために、滑稽に書き綴りたい!

ぼくはみんなに夢を持っていただきたいのです!

美しいものを感じてほしい!

そのためにぼくは、この広範な可能性を持つ「小説」というやつに、挑もうと思っているわけです。

とりあえず今は、文学大賞に作品送りまくって、プロになるところから始めます(^_^; 何年後になるかなー……

 

卯月ちゃんに憧れる、と言われると、なんだか照れますねw

そんな読者さんをもったぼくは、すでにどの他の作家よりも幸せなんでしょう。

卯月ちゃんのためだけにも、小説を書いてやる! 書けますとも!

 

卯月さんのような読者さんを持てたことをぼくは絶対に忘れません。

それでは、また。(^_^)

 

今日も一品、小品を掲載しますー。

もう一本書いた短編のほうは、いつか機会があるときに。

ちょいとまた今日から、頑張ろうと思います。では(^_^)


8月2日

【今日は何日だろう。あっ、八月二日だ】

こんにちは。お久しぶりです。

名前、覚えていらっしゃいますでしょうか。どむとむです。

パソコンが壊れてしまいました。なんだか、がーがぴぴぴぴぴぴぴ、という不気味な音が鳴り出したかと思うと、機能停止するという恐怖現象が発生しています。

おまけにファイルが開けません。ネットに繋ぐこともできない状況です。

というわけで、今は学校のパソコンからこれを書いています。

先日まで執筆していた小説ですが、おじゃんになりました。すべて。

いえ、べつに、落ち込んではいるけれども、気にしてはいないのです。ネタなら、大丈夫、まだありますから。

ただ読者様方に申し訳ない気持ちでいっぱいです。どうかお許しください……

その作品は放棄して、また新しく、手書きで小説を書き始めました。

それをパソコンにタイプして、アップロードしようかと思ったのですが、あいにく今手元にない……

また今度にさせてください(泣

 

当分パソコン買うつもりはありません。

執筆活動にパソコンは不要ですし、いざとなればネットカフェに行けばいいだけなので。

手書きで原稿用紙に書きつけるのも結構楽しいものです。

 

最近、いろいろ考えています。

今まで小説を書いてきたのは、いったいなんのためだったのでしょう。

それがぼくにはなんだかわからなかったのです。

ただ自分で納得するため? それとも読者様のため?

ぼくがこんなに技術を必要としたのは、いったいなんのためだったのでしょうか。

ぼくの文面には必ずほかの誰かの癖が浮かびます。

一度もぼくは、誰かの模倣ではなく、ただ自分のやり方として、自分自身を深めていくやり方を採ったことがなかったのです。

そんなことに、最近気づいたのです。

 

ためしに先ほど詩を書いてみたところ、駄作でした。

なにもそこから感じられない、虚無の産物でした。

なによりも虚無を嫌うぼく自身が、虚無自身でした。

へどが出そうなほどに、無能人間でした。

 

自分はいったいなにを望んで文学に打ち込んでいたのでしょうか

もともとそれが曖昧でした。

目的のない努力、甘さ、先人への追従、世間への偏見

それが導くところは自滅でした

ぼくは、これから、ちょっと小品を書いてみます。

閉館時間までにここにアップロードすることができたら、と思います。

それが長い間待たせてしまった読者様へのせめてものお詫びです。それからさらに、なんとか自分らしい小説が書けるように、読者の皆様に見ていただきたいのです。

とりあえずは、この作品をご覧ください。

アップロードできたら追記書きます〜

 

小品書けたので追記です。

なんともうさっそくメッセージくれた方がいました。

>>もとは誰かのSSにつっこみ入れたのがキッカケじゃ
>>その後はわかりませんが

そうでした。そういえばそうでした。

私はリトルバスターズの二次創作を鑑賞するのが楽しみで、さまざまなサイトをめぐっていた、当時はただの読む専の人間だったのですが。

だんだん文句を言うことが多くなってきたので、それなら自分で書いてみようと思い立ち、べつに創作することも嫌いではなかったので、そこから始まりました。

なんか今思うとすごい不純な理由……他人に文句つけたいから、って、要するに対抗意識でしょうに。

文学は勝ち負けじゃないはずなのに、それがそもそもの間違いだったのかもしれませぬ……。

他人のやり方につっこんで、それで自分の理想とするSSを作って、それで終わらせなければならなかったんです。

そこから先に進むのは、また別の方法が必要だったのでしょう。

ぼくはそれを勘違いしていたのかもしれません。

 

ところで、早速小品を書いてみました。ほんのちょっとした時間で、書いてみました。いかがでしょうか。

とくにプロットもなにもなく、内から出てくるものをそのまま、なるべく正直に文章にしてみました。

今では不安な気持ちも、自信満々でいる気持ちも、なにもありません。

ただ、ああ、自分はこうなんだな、と、変な、妙に納得した気持でいます。

ここから始まらなければならなかったのかもしれません。

 

これからまたすこし日記を開けるかもしれませんが、しばらくは、おゆるしください。

また前みたいに毎日更新できる日が来るかもしれません。

しかしそれまでは、不定期更新をお許しください。

お詫びに、そのときそのときでそれぞれ小品を書いてみようと思います。意気が続く限りは。

それかもしくは詩をプレゼントしようかと思います。

また会いましょう。さようなら。


7月23日

【もしもし……】

一ヶ月弱日記を放置していた自分にびっくり。日記を楽しみにしていた方には申し訳ありません。

さて、その間のぼくですが、「.hack G.U」というゲームにはまっておりました。

バイト先の先輩から借りたゲームなのですが、全部で三部作で、なかなか長いテレビゲームです。キャラも個性的で、独創的なので、とても面白く、のめり込んでしまいました。

小説の執筆があることも忘れ、……一種、あれは病気であったかもしれません。……

皆さんは「.hack G.U」をやったことがありますか?

ぼくは「.hack」というゲーム名は今まで知っていたのですが、「G.U」に手をつけるまで、このシリーズをやったことがありませんでした。

「G.U」ではキャラクターにおいては、シラバスとガスパー、朔が好きです。

とくに朔は、最初出会ったころからツンツンで、主人公全否定系女の子で、可愛くて可愛くて仕方ありませんでした。

えっ、よくわからない? 

いやぁ、可愛いじゃないですか。

パーティに誘ったとたん、「つまらん用やったらシバくで」と主人公に一閃、街でもたもたしていると、「さっさと用終わらせんかい、バカハセヲ!」と罵る愛らしい彼女。もちろんデレ成分は終盤の終盤まで一切ありません。

……照れ。

彼女はエンデュランスという美形の長髪な男の子のことが好きで、いつも愛くるしい顔で「エン様〜(はぁと」と追っかけをしているのですが、主人公のハセヲを見るととたん、うざったそうに顔をしかめて、「ハセヲ! うちとエン様の邪魔すんなや!」と一言。

……なんて可愛いんだろう。

と、思い、彼女ばっかりパーティに誘おうと思ってたんですが(なんと物語に好感度ゲージがあるため)、あんまりログインしない人なので、あんまり誘えない(とくに終盤はずっといない)。仕方なくとくに好きでもないアトリ嬢や妙な露出狂っぽい人を誘ったり、シラバスとガスパーのことを誘ってまったりしたり、暑苦しい松ちゃんとかぴろし3とか適当に誘ってやかましいトークにウハウハwwしたり、ずっとずっと彼女のことを待っていたのですが、かなり終盤になるまで、っていうか、オールクリアするまで誘うことができないと発覚。

全クリした後もなぜか条件が違うのか(主人公のレベルが原因?)、一向に現れない彼女。でもデレイベント起こして好感度MAXになったから、今のところはほっとしております。でも今日主人公以外の低級メンバーのレベルを上げようとしてて(遥光とかボルドーとか、ブランク組)、何度も戦闘を繰り返していたら、カオティックPKというステータスが強いPKに瞬殺されて、それまでの一時間の苦闘が一瞬にしてパー、というなんともひどいありさまに。コントローラー放り投げて不貞寝した。

と、まぁ、こんなことがこの一ヶ月くらいにありましたとさ。弁解でございます。

新しい小説のほうはちょっとずつ進んでおります。今はだいたい四・五話分くらいは出来上がっています。気の向いたときに発表しようかと思います。

いえ、腰が重くて申し訳ありません。ものぐさな男でして。だいいちぼくのPCが非常に瀕死状態で、歩くのも覚束ないくらいヨボヨボなので、ネット開くのにも非常に時間かかるし、更新作業はもっとかかるので、よく億劫になるのです。わかってください。

いえ、言い訳でしたね。申し訳ありません。

今日は小説をたんまりと買ってきました。また積ん読の山が高くなった。……おぉぉぉぉ……。

そういえば、電撃文庫大賞に送った小説が一次選考落選してました。とほほ……(T_T) まだまだ力量不足かなぁ。

なんだか落選したことが、また新たなやる気となりました。この機に乗ってガンガン書いていこうと思います。「.hack」もクリアしたしね。

それでは、また。長らくお付き合いいただいている読者の皆様に感謝、感謝。


6月27日

【ワールドカップ、勝ちましたね】

最近のニュースなどにまったくついていけていない仙人的な私ですが、ワールドカップの情報はよく耳にしています。主にバイトの先輩やら、街の人々やら。

さらに、バイトが終わって帰ってくる時間帯(深夜12時)が、ちょうどワールドカップの試合がやっているころなので、テレビつけて見たりしています。コンビニで買ってきたアイス食いながら。

いや〜……すごいですね。素晴らしいです。スポーツというのは。主義主張、思想のあれこれなく、総ての人を沸き立たせ、肯定もさせ、否定もさせる。この圧倒的正義感に強く胸を揺り動かされました。

揺り動かされるところが違うって? いいんだよ。べつにこれはぼくの感性なんだから。

スポーツはやはりいい。どこか小説と繋がるところがあって、ぼくは好きになりました。芸だけで勝負していくってことは、とても単純でいいと思います。ここに主義主張、思想なんたらかんたらが絡まってくると、唐突にややこしくなる。うんざりです。そういうの。

 

ところで、ようやく「影の清花」完結いたしました。あー、なかなか楽しめました。ありがとう。ネタを振ってくれた皆様。時々うらめしく思いながらも、ぼくきちんと頑張りましたよ(笑) でも全体終わって考えてみると、よく楽しめたと真剣に思います。いい経験だったと思います。

あまり見せ方は工夫していません。ほんとに、なんていうか、このインターネットというのは小説を読むのに適していないと思います。小説を読むんだったらやっぱり本だよ本。それか原稿。

それと、実感として、すでに規定されたキャラクターを動かすという視点に非常なやりづらさを感じました。ぼくは、数あるリトバス作家陣の中でも、ぶっちぎりでオリジナルの設定を自由に付け加えていくほうだったんですが、それももうそろそろ限界だと思うようになってきました。

なにが限界かって、もう、ぼくの感性は、誰かが他で作ったキャラクターには収まりきらなくなってきている。

この、自分の小説に好き勝手口出される感。いやですね。やりにくくって。決してリトルバスターズは嫌いではないのですが、マエダジュンさんのキャラクターはオリジナリティにあふれているので、――つまりクセが強いので――よくぼくの表現性と衝突を起こされるのです。

これからはオリジナルを多く作っていくことになると思います。

次回作はすでに決まっています。よろしければ、またお付き合いください。

 

あ、それと、たくさんの拍手ありがとうございました。この二、三日で、合計五つか六つの拍手が来ていました。

何度も言いますが、拍手数も、来られている方々の数も、きっちり見ています。そして感謝しています。

読者様の存在を感じます。本当にお世話になっております。またよろしくお願いします。


6月23日

【こんにちは】

またも同じ挨拶です。こんにちは。どむとむです。

影の清花第6話アップしました〜。意外と長いお話……まさか自分でもここまで話が長引くとは思ってもみなかった。

あくまで建前は作家仲間さんたちへの義理なんですけど、だんだん物語として自我を持って参りまして、勝手に歩き始めました。

一応完結まで責任もって見届けてやろうと思います。

さて、ところで、また本の紹介。

ちょっと前に読んだ本で、皆様にもちょっと知ってほしいと思いまして、書きます。

西田幾多郎 / 善の研究 です

皆さんは西田幾多郎を知っていますか?

明治時代の方で、日本で初めて独創的な哲学書を書いた哲学者として有名な方です。

なんだそんなもん、哲学なんて天才と紙一重の馬鹿だけがやるもんだと思っている方は(いるにはいるらしい)要注意。

西田幾多郎の『善の研究』を知らない方は人生の約5割を損している。

西田幾多郎の説明の仕方はとても体系的でわかりやすい。ただ文章が難解で、読み解きにくいと批判もなされている模様。確かに読み解きにくい。しかし、それがすなわちいわゆる「説明下手」というやつとは一致しない。西田幾多郎の説明方法や概念描写はよく的を射ていて、イメージさえ掴めば一気に読める。

西田幾多郎は、「純粋経験」という概念を基礎として彼なりの哲学や倫理学を展開していきます。

純粋経験というのは、すなわち、ものを感じ取ったときの、なにもイメージを付与されていない状態のもの。たとえば主客の別、連想など。机を一目見て、「ああ。――」と思ったこの瞬間の、なにもないイメージのことを純粋経験という。「ああ、これは机だ」と思ってしまったら、もうそれは純粋経験ではない。広義の連想と言われるべきものか、知識というものになる。

とまぁ、こんな感じのことをとてもわかりやすく何度も何度も説明してくれます。

西田幾多郎がよく論じているのは(というかおそらくメインは)、タイトルの通り「善の研究」すなわち倫理学。道徳論。その骨組みとして純粋経験と意識の統覚といった作用を「実在論」で確実に説明している。

西田幾多郎は頭がいい。これこそ哲学だ、とよく感心しました。

それは彼のオリジナリティあふれる思想に言葉が基づいているのもさることながら、彼はよく事実に即した論理の構築を目指している。

すなわち純粋経験。この純粋経験の積み重ねともいうべきぼくらの意識統覚――すなわち意志――をとても大切にしている。これは暗に、文献学的哲学者、思想輸入的哲学者を批判している。と、されています。

宗教や神などの性質などについても論じていますが、その箇所も実に見事。よく感心しました。

ちょっとばかし、自然科学的立場からは離れていますが(それはあたかも、プラトンのよう)、西田幾多郎の思想にはよく共感できます。神とはなんたることでしょうか? 宗教とはなんたることでしょうか? 

西田哲学はこれを簡明な言葉で答えています。宗教とは敬愛。敬愛というのは、自分自身を愛すること。神とはすなわち自分自身の統覚者。インド哲学のブラフマン=アートマンという思想の意味をわかりやすく説明する。自分のさまざまな意識を一つに秩序づけているものは何か。それは神であり、宇宙存続の原理と同一。で、あるから、自分自身をよく理解するということは神を理解するということであり、神に敬愛を払うということは、ある程度の学問を知った人には当然なこと。

一つ注意しておくけど、これは宗教をやる人がみんな学問に通じた人、という意味ではありません。学問を修めていない人は、宗教を宗教として捉えることがはなはだ困難です。自分自身に立ち返る術を知らないから。

宗教をただの利己的な立場や、罰をおそれる恐怖的な立場から利用するといわれています。

キリストが「天国に入れるのは、この子どものような人間である」といったように、真の宗教家とはよく自分自身を知った人です。なぜなら、自分自身をよく見つめた人は、自分の子ども的な感覚を再認識し、いくらか子どもっぽさを取り戻すからです。

と、まぁ、このように。ぼくの覚えていて、言いたいことは大体このようなこと。

哲学って、必ずしも大事なものじゃないけれど、覚えておくと様々な特典がついてくるというもの。興味がある方はぜひ西田哲学から入門を。


6月20日

【こんにちは】

どむとむです。

『影の清花』第4話、第5話アップしました。お楽しみください。

こんなに更新頻度が不定期ですみません。お許しください。

小説もそれで面白いものができるかというと、さて、そんなたいしたものでもない……。

『影の清花』ではなるべくキャラクターに自分自身の感情が入るように努力しました。

ここに嘘が加わると、ぺらっちぃ作品になるので。最低限それだけはしませんでした。

自分自身の、今持っているだけの至誠の感情をこの作品に込めました。出来がどれだけ悪かろうと、決して読むことのできない作品ではないはずです。

作者の願いとしては、真人の奥手な感情に同情してほしいと思います。そして、理樹の友だちを想う優しさと誠実さに胸を温かくしていただきたいと思います。

女の子がメインとなるお話は、それはそれとして楽しいですが、どこか誠実とは違った系統の話になりそう。

誠実とは、自分の中にあるものだけで小説を書くことだとぼくは思っています。

ぼくは、自分が知っていることしか書けません。

それはぼくのポリシーであります。

そしてそういったことを描写するには、やはり男の子の感情が一番合っているのです。

女の子も主役で登場させてもよいですが、きっと安易な楽しみ方を望んでいる方には、ひどくつまらないものに映るだろうと思います。

ぼく、女の子は好きですよ。他の誰よりも好きだって思ってます。

女の子の心を自由に改変する少数の作者よりは、少なくとも好きです。

ツンデレとか、必ず女の子のほうから男の子に告白させるとか、いったいなんなんでしょうね。

そういった方々よりかは、女の子を大切にしているつもりです。

幻想だとか独善だとかいわれるにしろ。

おやすみなさい。


6月17日

【また空けてしまってすみません】

癖になってきたな……申し訳ない。

昨日、真人×小毬SSの第3話を発表しましたが、どうだったでしょうか。

ぼくはもうリトルバスターズのSSに、自信なんてものはなく、人以上のものはまったく書けないと思っているので、あんまり読んでも面白くはなかろうと思っています。

自分で面白くないと思うものを人に見せるのははなはだ間違いだろうとおっしゃられるのはその通りでありまして、ですから、ぼくは、もう誰かへの義理以外に、このお話を書いていないのです。

しかし、小説を書くのであれば、最低限、見せられるものを書きたいので、必死に力を振り絞って、書いています。

なにもかも間違いであると思っています。

もし楽しみにしておられる方がいたら申し訳ありません。今のは聞かなかったことにして、純粋に物語を楽しんでください。

今はもう、どんな本を読んでも、どんな刺激を受けても、オリジナルの案しか思い浮かんでこなくなりました。もう二次創作はできなくなってきました。

色々ご迷惑をかけてすみません。

この真人×小毬SSが最後になるかどうかはわかりません。また機会があれば書くこともあるでしょう。ただ、ぼくには、この小説がただの遊びのように思えるのです。遊び以外のなんでしょうか。

まったくよくない小説のように思えます。

ですから、楽しんで読んでくださっている方には申し訳なく思います。

ここを中途で止めることはできないのであり、そうすると小説に対しても裏切ったことになるから、ぼくはこれを書き続けることしかできないのです。

よい作品というのが、いったいなんなのか、わからなくなってきました。

そんな私、ちょっと読んだご本をご紹介。

久し振りですね。

トーマス・マン『トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す』

トーマス・マンは、1875年にドイツのリューベックで生まれた作家です。『魔の山』や『ヨセフとその兄弟』で有名な方ですね。

このたびは新潮文庫から出ている、比較的有名なマンの中編小説、『トニオ・クレーゲル』『ヴェニスに死す』の紹介です。

トーマス・マンは、ぼくの友だちです……。

ぼくって、どうしてこんなにドイツ人作家と気が合うんだろう。

皆さんも、ぼくの小説を読んで、重苦しいきまじめな感じが、なんかドイツ的だな、と思ったりはしませんか。

思ってもよいのです。自分でもドイツ的だと思います。

『トニオ・クレーゲル』『ヴェニスに死す』とも、どちらも芸術家(小説家)を主人公にした低回的な小説です。

夏目漱石が昔、『文学論』で小説を大きく二つに分けたと言われています。

一つが、順を追っていく、展開で読者を楽しませる小説で、もう一つが、ある一つの重要なテーマを、低回的に、取り扱う小説です。

後者のほうを、夏目漱石は、「いくらか俳味を帯びている」と特徴づけています。

『トニオ・クレーゲル』も『ヴェニスに死す』も、どちらも寂しい小説です。『トニオ・クレーゲル』のほうはまだ明朗感があるけど、後者のほうはいっそうどんよりしている。どんどん沈んでいく。

ぼくは、個人的には、『トニオ・クレーゲル』のほうが小説としては楽しくて、『ヴェニスに死す』のほうは低回的な小説としてはいっそう前者より成功している、完成度の高い小説だと思っています。

この本を読んで、もし「芸術家ってなに考えてるかわかんねぇ」と思ったら、あなたは正常です。正しい気質を持っています。

しかし、もしこの本を読んで「ちょっと理解できるかも……」と思ったあなた、あなたは芸術家です。芸術家の素養があります。

芸術家の芸術家たるゆえんなんて、ほんにわからないほうが正常なんです。しかし、このマンはそれを言葉で説明しようとした。そして、それを実際に説明しきれてしまっている。

おおよそ、同類の人間くらいにしかわからないような苦悩と蔑視と矛盾だけど、ぼくはここがマンのすごいところだと思うし、同時にこれを読んでマンはぼくの友だちだと思った。みんな同じことを考えるのだ。

芸術家ってずるい人間だと思います。

さらに、芸術家はよく孤独に痛みを抱える人だと思います。

その孤独的な痛みを、嫌なものとして扱う反面、ものすごく大事にしているところがある。それが芸術家です。

『トニオ・クレーゲル』も『ヴェニスに死す』も、そんな想いが書き綴られていた。同じ部類の人間だけがかぎ取れる苦しさがある。

トーマス・マンの文学はちょっと難しい。文章が難解すぎる。

でもぼくは好きですね。親近感がわきます。気むずかし屋なところとか。

最近熟睡できないなー、と思っている人にオススメです(笑)

ですけど、本当に、人生についてもっと勉強したい、もっと見識を広くしたい、文学屋ってなんだろう、と思っている方にはとくにオススメです。最近語っている知識人さんたちからは絶対に得られない、ほんに誠実な人間的な愛らしさ、苦しさ、希望的価値観がここで学べます。

トーマス・マンはぼくの友だち。ヘルマン・ヘッセはぼくのお兄さん。ゲーテはぼくのおじいちゃん。

ドイツ文学はいいよぉ……君も来ないかい。一緒におぼれよう……ぶくぶく。

さよなら。


6月12日

【雑記】

空けてしまってすみませんでした。

いや……もうだいぶ空けました。

べつにたいして忙しくはなかったのですが、なんかやる気が向かなくて……。

とりあえず、真人×小毬SS描いてみました。

とりあえず2話。

この先どうするかは、あまり考えていません。

ぼく、恋愛ってほんとによくわからなくて。

彼らを最終的にどうしたらいいのか、わかりかねています。

とりあえずそのとき思ったことを文章にしていこうと思います。

どんなものができるかは、そのときのお楽しみ。


6月6日

【やっと】

とある作業が終わったので、約束通り真人×小毬の短編へと入れます。

短編で終わればいいけどなー……ほんと、どんな話になることやら。

しかし、コメディ路線でいく予定ですので、皆様、どうか楽しみにしていてください。

それでは。


6月5日

【この雑記】

この雑記を書くときって、たいてい頭が八割方機能停止しているような状態ですので、そんな疲労時のテンションでぬらぬらと書き綴ると、意外と自分でも気づかないうちにとんでもないことを言っていたりして、あとから見直して、「サァーッ……」と顔が青くなることなどがあったりします。

そろそろ実家に帰省したく思います。

一ヶ月半くらい家族と会わないだけで、もう耐えられません。

ぼくにとっては、もう半年くらい会ってないような気がします。 

そうだ、実家に帰ろう。

→休みまで待とう

寝よう


6月3日

【こんにちは】

どむとむです。今日は四ツ谷散策に行ってきました。

四ツ谷という街に行ったことがなかったので、ドキドキでした。でも新宿に近いところだから、きっと新宿と似通っているところなんだろうな、と思っていたら、そんなことはなかった。四ツ谷はいい街でした。いや、決して新宿がだめだというわけではないんだけど、新宿はぼくにとってあまり向かない街ですので。

四ツ谷について、まず迎賓館に行きました。くっそー、入れねー。門のところまでいって引き返してきた。

それから色々なところを回って、ご飯を食べたり、お菓子を食べたり。うーん、いい散策だった。

ただ、日が暑かった。そろそろ本格的に夏ですね。夏の気配がします。そうだ、京都に行こう。金ねーよ。

ついでに暇もねーよ。

あぁぁぁ〜、京都、行きたい!

京都に住みたい!

でもそれまでには、東京を堪能しておきたい……。

うぅ……。

今度のターゲットは、お茶の水→九段下にしてみようと思います。ちょっと東京を旅したい。うん。暇をくれ。

休みをください!

わぁ――!

 

あ、そういえば、名も知らぬ人から教えてもらった、コールドストーンクリーマリーというアイス屋さんに行ってみましたよ。

新宿のルミネイストの八階に店舗があったので、行ってみました。

めちゃうま! なんだこれ!

アイスとコーンのハーモニー! 絶妙!

危うく、「フゥー!」と雄叫びを上げそうになってしまいました。一人だったらやってた。一人だったら。

周りは女の子か、カップルたちしかいないので、男一匹狼というマイノリティのぼくは、隅っこのほうでもぐもぐと食べていました。

一人だからなんだというのだ。

ぼくは屈しない(何

ああ、いつか、我が物顔で、カップルたちがひしめき合ってる中心で、「わおーん!」とアイスをもって叫びたい。

じゃあ、また。


6月2日

【皆さんはアイスが好きですか】

どうも。どむとむです。例のごとく寝ぼけています。

ぼくは最近よくアイスを食べるようになりました。お気に入りのアイスは、やっぱりブラックサンダー(バードだったかな? アイスだったかな?)、チーズバー。

ことあるごとにコンビニに買いに行って、むしゃむしゃ食べてます。うぅ〜ん……ストレス発散!

おいしいアイスはコレだよ! と教えてくれる親切な方がいましたら、よろしくお願いします。


6月1日

【頭痛がする……】

いやまぁ、いつものことなんですけどね。執筆後は。

さっさとお風呂入って寝ようかと思います。明日も早い……

あ、そういえば、……と、なにか言おうとして、忘れてしまいましたよ。もうほんとひどい。寝ます。寝ます。おやすみ。


5月31日

【サマーウォーズ】

見たよ。面白いって評判なので。DVD借りてきて見ました。

 

その感想を。

う〜ん、とても面白かったです。

『時をかける少女』のアニメ作品はすでに見たことがあったので、それなりに期待していたのですが、やはり期待どおりに面白い作品でした。

サマーウォーズ、っていうくらいだから、なんだか夏休みまるまる使って、どこかの田舎で戦争ごっこでもするのかなと思っていたら、なんとまったく違って、電脳世界での戦いでした。

電脳世界「オズ」での、登場人物それぞれのアバターたち。

本当にこの造りには感心しました。

このアニメ監督さんは確実に天才の部類です。

なにが違うかといって、その素材選びにこだわりがある時点でそうだし、この「田舎の夏休み」と「電脳世界での戦争」という、一見まったく関係のない素材を組み合わせて、そして(ここがもっとも、この人が天才であるというゆえん)それを完全に使いこなせているというところがそうです。

この「使いこなせている」という点で、この人が、まったく自分の中に持っているものからしか物語を作ろうとしていないということが窺えます。

そういった感性はすでに天才的な感性だと言えるものだし、それでいて、これだけの魅力あふれるストーリーを作れるところがやはり天才。

それぞれのキャラクターも、ちょっと普通に考えると把握しきれないぐらいの数なんですが(ポスターに出ている全員が一度に出てくるわけだから、すごい数)、不思議と理解しやすい。それぞれの人間の性質がすごくよく掴める。これは、やっぱりこの人が、自分の中にある芸術的な何かからすべて作っているからなんですね。だからこんなにキャラクターが立つんです。なかなかやる。でもプロなんだからこれくらいやってもらわないと。

一気に10人くらいのキャラクターを動かすわけですが、誰一人として浮いているキャラはいない。これはすごい。なかなかできない。ぼくだったらできるだろうか。うーむ……

でもきっと、この人の場合は、どうしてすごいと思えるかっていうと、そのキャラクターの数を多くし、それを見事にすべて表現しているところを、見せ物にしていないからなんですよね。彼が本気で取り組んだところは、他のところにある。このくらいこの監督さん(あるいは脚本家さん?)にとってはどうってことないんです。だからすごい。

不思議な電脳世界でのバトルと、温かくてすこし寂しい夏の生活……それぞれが、ちゃんとした繋がりと存在感を持って両立している。

ぼくはそのバランス感覚もすごいと思うけど、やっぱり一番評価したいのは、この監督の作品に流れている空気。

大人。

表現の仕方とか、美術的意識とか、そういうものが大人。

まぁ、最後のほうはちょっと子どもっぽいところを見せたけど(時をかける少女でもそうだったなぁ)、やっぱりそれは多くの収入を望んでいるからでしょうか。ぼくはちょっとラストのあたりが、大衆向きすぎてて、だめだなと思う。せっかく品があっていいストーリーだったのに、最後になってそれがちょっと俗っぽくなったのが勿体なかった。

ラストをもっと誠実に作ることができれば、まぁここまでチヤホヤされることは無かったにしても、もっと視聴者の記憶に残るいい作品になっただろうに。勿体なく思います。

とはいえ、この物語の大半が真面目に作られているのは言うまでもないし、だからこそとても楽しい、良い作品であることは保証します。

 ぼくはこの主人公(黄色い、プーさんのなり損ないみたいなやつ)が一番好きです。現実の主人公はあまり好きじゃないけれど、こっちの主人公のアバターはとても可愛くって素敵です。

現実世界では、自衛隊のお兄さんが好きでした。バイク乗りの。あと、栄おばあちゃん。おばあちゃん最高。おばあちゃんに男として普通に惚れてしまったのは、ぼくとしても衝撃的だった。

また一つ、良い作品に出会えた。

それではまた。おやすみなさい。


5月30日

【すみません】

最近まともな雑記を書いてないように思います……。

すみません。今日こそはちょっと楽しい雑記を書きましょう。

久し振りに本の紹介、いきます。

ダンテ『神曲』です。

皆さんも一度はこの単語を聞いたことがあるんじゃないでしょうか。ですけど、読んだことのある方はやっぱり半分くらいなんじゃないでしょうか。

ダンテの『神曲』といえば、世界の名著ランキングで、シェークスピアを追い抜いて、第一位に輝いた作品です。

ぼくが、文学を志してから、最初に読んだ作品。

今でも思い出します。

まずはこの『神曲』を読まねば始まらない、と思った。

だって、世界の名著ランキングで一位です、っていう話を聞いたから(笑)

やっぱり最初は一位からいっとこうかー、って思ったわけですな。うむうむ。

まぁぼくの単純馬鹿さ加減はほっといて、作品の解説に移りましょう。

ダンテは1265年、イタリア・フィレンツェで生まれた詩人・政治家・哲学者です。

この『神曲』という作品は、1307年、かれが42歳のころに書き始められたもので、完成にはなんと14年の月日がかかっています。

ダンテは死ぬ間際の1321年、ようやくこの『神曲』を書き上げられたわけですね。

正直よくやったと思いました。おかげで世界の人々の多くは、今この書物を読めるというわけですからね。途中で絶筆じゃ、なんかもったいないですからね。

ヨーロッパではこの『神曲』は最大の古典といわれていて、ホメロスの『イーリアス』『オデュッセイア』や、ヴェルギリウスの『アエネーイス』と並び称されるほどで、芸術的な完成度からしていえば、おそらくこちらのほうが上なのではないかと思われるわけですが、まぁとにかく、多くの作家や思想家たちに影響を与えた作品なんです。もしこれが絶筆であれば、おそらく世界の歴史はそれなりに変わったのではないかと、そんな推測さえできかねないおそろしい作品なのです。

『神曲』は全てで第3篇に別れています。

それぞれ「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」です。

イタリア語でいうと、「インフェルノ」「プルガトーリオ」「パラディッソ」と、こういうふうになるわけですが、ぼくはこの名前をもじって、『ゴーストと半生の本』に使わせていただきました。

まず主人公のダンテ(作家本人が主人公!)は、醜い獣たちに道を通せんぼされて、偉大なる詩人の霊ヴェルギリウスに導かれて、地獄の門をくぐっていきます。

この辺のいきさつなんかはぼくももう曖昧なのですが、たしかダンテが「こっちの道を通りたいのですが、あの獣たちに通せんぼされているのです」「それならこっちにいい道がありますよ」と、たしか地獄のほうへ連れて行かれたのです。

……なんだかこれだけ聞くと、ヴェルギリウスって悪いやつ? って印象が起きかねないですが、そんなことはありません。ヴェルギリウスは行く先々でダンテを助けてくれる、いい人です。たしか地獄の門に連れて行くときも、「あちらの道は君には向いてないから、こちらにしときなさい」とかなんとかいう理由で、ダンテに地獄巡りをさせて、経験を積ませたいという狙いがあったからだと思います。

そんなわけで、地獄の門へと連れて行かれるダンテ。ここから地獄の各所各所の旅と事件を描いたのが『神曲・地獄篇』です。

ダンテの地獄観というのは、下に行けば下に行くほど、小さくなっていくという、逆三角錐の形です。最初はものすごく広いんだけど、下層、最下層、とどんどん降りて行くに連れ、熱く、また寒く、小さい世界になっていく。

ダンテたちは延々と地獄を降りていって、ようやく最下層にたどり着きます。

最下層には、堕天使ルチフェロがいます。べつに闘いません。『神曲』はバトル作品ではないので、綺麗にスルーされます。そもそもルチフェロは神の罰によって醜い獣の姿に変えられ、氷漬けにされていますから。

そのルチフェロの体を伝って降りていき(ちなみにルチフェロの口にはユダ、カイン、などの裏切りの人間たちが入れられています)、最下層にある穴を降りて、ダンテたちは南半球へと出ます。

この南半球にあると言われていたのが、煉獄山。

そもそもこの時代のキリスト教世界には、南半球は水の半球だと思われていて、その大半が水で出来ているとされていたようです。その中心にぽっかりと浮かぶのが、煉獄島。そして煉獄山。天国へ繋がる高い高い山です。

「煉獄」というのは、現世で罪を犯したものが、科された試練を終えて、身を清めるための場所です。

普通罪を犯せば、キリスト教世界では地獄へ突っこまれるわけですが、このように軽微な罪(語弊があるけど)を犯したものの場合は、こちらの煉獄山に連れてこられます。

「ここで自分たちの生前の罪に見合った試練を受けなさい」というわけですね。

試練が終われば、天国に上ることを許可されます。

ダンテたちは特別、地獄をくぐり抜けてきたので、べつに死なずともこの煉獄に来られます。すごいですね。ま、もっともヴェルギリウスはもう死んじゃってるので霊体なわけですけども。ダンテは生身の人間です。

ダンテがヴェルギリウスに連れられて、この長い「煉獄山」の登攀をしていく様をつづったのが、『神曲・煉獄篇』です。

様々な試練を見、様々な修行者を見、だんだん頂上へのぼっていきます。

煉獄山の頂上は、エデンの園で、なんとここでダンテはベアトリーチェと再会できます。

ベアトリーチェというのは、ダンテの作品『新生』にも出てくる、永遠化された美少女、ダンテの永久的な恋の相手、まぁ実際に存在した人なんですけども、ダンテの片思いで終わったという女性のこと。神性を帯びるほどあがめ奉られているわけですが、そこ、気持ち悪いとか、やだ、ストーカー? とか言っちゃいけません。この本の中に出てくるのは、とても綺麗な気持ちなわけですから、そういう益体の無いのとは違います。

ダンテは、どうしてだったか忘れたけど、ベアトリーチェに叱られて、失神してしまいます。「このお馬鹿!」といわれて、涙を流して倒れます。ここだけ聞くとコメディっぽいけど、そんなことはない。ぼくの頭がどうかしているだけです。どうしてだったかなぁ……。

まぁ、そんなわけで、ダンテはやがてベアトリーチェに許されて、優しく介抱され、天国へと昇っていきます。

あの、ちょっと言っておきますけど、まだダンテは「生身の人間」です。死んじゃいません。

これは生身の人間が、「地獄」「煉獄」「天国」を旅した物語なのです。ここを崩しちゃいけません。ここで一番重要なのは、ダンテが生身の人間であるということ。べつに死者になっちゃいません。

で、ダンテがベアトリーチェに連れられて、天国を旅した様相を記したのが最終巻『神曲・天国篇』。ヴェルギリウスは地獄へ帰っていきました(キリストの十字架以前の人たちだから、どれだけ徳を積んでも天国へは昇れなかった)。

ダンテは天国で、様々な高潔な人物、さらに偉大な著書を残した人物たちと出会い、語らいます。

どんどん奥深くへ進んで行くにつれ、キリストの十二使徒、その中でも有名だったパウロやヨハネ、ペテロなどとも出会いますが、このあたりになってくると、神学や哲学に深い知識がないと読み解けないので、かなり難しい。

とにかく人間として大事なもの、愛・謙虚・信仰心が説かれ、ダンテはようやく最後には至高天・雪白の薔薇にたどり着きます。

その中心で聖母マリア、そしてやがて、最後の最後に、キリスト教の三位格(つまり神、キリスト、聖霊)に包まれ、ダンテは現世へと帰っていきます。

そこでようやく完結。

とにかく長い長いお話です。これすべてを読むのにおそらく一ヶ月くらいかかった。

しかしとても芸術性の高い作品で、そこかしこに流れている思想は気高く、また信仰心や愛に満ちている。キリスト教世界へのチャンネルを開くためにもこれはいい書物ですね。ぼくはここからキリスト教世界に興味を持ちましたもん。

ぼくは、やはりこの『神曲』が現在ではナンバー・ワンの物語だと思います。ぼく自身が一番好きな物語は他にもあるのだけどね。でももっとも文学作品として優れているのは、おそらくこのダンテ『神曲』。

小説家として、勉強にならないわけがない作品だと思いますので、よければ、どうぞ。

あ、訳者は、上に載ってある画像の、寿岳さんがいいですよ。彼のがもっとも高く評価されているので。

それでは、また。

 

追伸

あ、そういえば、なぜか一昨日ぐらいに、めちゃくちゃたくさん拍手が押されてました。しかもほとんど別の人に。なんで。いったいどうしていきなり? と思ったんですが、でも嬉しいので、ここで喜びの返信を書いておきます。

こんなに拍手を送ってくれた皆さんには、誇りと喜びに胸がいっぱいで、親愛の情が押さえきれなくなります。

私、もっともっと勉強して、もっともっといい小説を書きますので、どうかぜひ、楽しみにしていてください。

それではまた。

さらに追伸

昨日にも拍手きてたよー! ありがとう!


 5月28日

【お疲れさまです】

ただいま十時半。起きました。一日雑記を開けてしまってすみません。

えー……色々やること、決めることが多くて、昨日寝るときには、「無理です。もう無理です。ぼくはもうぜんぶ止めます。ぜいぜい」と、明日みんなに言って、自分は一人で長野に旅しようと思ってました。なぜ長野? なんとなく長野に行きたい気分でした。

ちなみにわりと本気でした(笑) 今となっては笑い事ですが。

 

えー……ちなみに、この前「?」文字が羅列してきた方が拍手メッセージを送ってきてくださったのですが、メッセージの送り主はとても丁寧な方でした。ぼくの作品の作り方に非常に共感してくださったみたいで、ぼくもいい読者さんを得られたな、と思ったのですが、ついさっき送られてきた同者からのメッセージを見ると、意外とこの人失礼な人だった(笑)

でも元気があって好きよ。うん。

ちょっとここで返信兼感想を。メッセージはそのまま載せません。その人のためによくない。そもそも返信不要とあったので。

 

理樹のことをめっためたに八つ裂きにしていますね(笑)。

途中から、もうぼくの作品への感想じゃなくって、理樹への当たりになっていやしませんか? べつにいいですけど。

そうですねー。なかなか審美眼がある方ですね。よく真相をついてますよ。行動に一貫性がないのは、Keyキャラクターに多いですよね。ぼくも同じ矛盾を、理樹に対して感じましたよ。それは鈴に対しても感じたし、来ヶ谷に対しても感じたし、恭介にも真人にも謙吾にも感じた。

ちょっと前に、ぼくもエンジェルビーツへの感想を書いたんですけど、そこでもやっぱりマエダジュンさんのキャラクターの、行動不一致性についてだったんですよね。

彼のキャラクターをご都合主義だって非難するのは間違っていると思うんだけど(まぁべつにふざけて書いている人じゃないから)、彼はもうちょっと物事について勉強すべきですね。

……で、なになに?

うーん(笑) 色々よくわかった(笑)

でもそういうことはね、ぼくじゃなくて、理樹くんに言ってほしいな(笑) だってぼくは理樹じゃなくて作者ですから。

そもそも、君のいうような理樹をぼくはロックスターで起こした覚えはないし、きっとそのきみの抱いている印象は、ぼくのロックスター一つで築き上げた印象ではなくて、きみが今まで読んできた色々な俗悪なる二次創作によって築き上げられてきたものだと思うんだよね。ぼくのロックスターが俗悪ではありませんとは言わないけど、でも途中からぼくの作品への感想ではなくて、ただの鬱憤吐露のようになってしまっているので、私にそのようなことの解決を期待するのは無意味ですよ。無意味というか、一度に色々なものを言われて、ちょっと意味がわからなかった。

もちろん、作品にたいしてとても情熱的な目を持っているのは素直に感心する。

 

きっとね、きみが「ロックスター」にがっかりしたのは、ぼくがそのとき未熟だったから。この言葉に尽きる。

ロックスターはいい作品じゃないよ。今のぼくならはっきりと言える。

キャラクターの書き方は、君のように様々な感情が入り乱れて、行動が矛盾しているし、表面上では体裁良く振る舞っているつもりでも、うちに卑猥な想像を連ねていたりと、君の不快感を煽ってしまうばかりだと思う。展開が楽しみだから読みますというのは勝手ですけど、それであまりぼくのことを怒らないでくださいよ?(どきどき……

いや、まぁ、愚痴ならいくらでも聞きますけどね(笑) 一緒に理樹の悪口言ったっていいし。

でも、ロックスターはやはり未熟なときに書いた作品だからなぁ……どう考えてもきみのお叱りを受けそうで、今からぶるぶるだよ(笑)

「悠久」を読んで、素直に好きになったというのは、一目見て、よかった、と思いました。

 

またなにかあったら気軽にメッセージをください。それなりに回答させていただきます。

じゃーねー。


5月26日

【モーツァルトの交響曲25番ト短調を聞きながら】

外が明るい。

このシュール感。曲を知っている人だけ想像してください。

ちなみに朝五時です。これから寝るところです。そしてそのときにモーツァルト交響曲25番。ちょっと面白くなります。

今日はバイトの先輩と、バンドスタジオに遊びに行きました。

約一年ぶりくらいにギターを弾くことになった私……でも安心。なんと先輩のほうはドラムが初めてなのでw

ドラム触ったことがないのにドラムをやるという彼。好きです。彼とちょっとバンドを組むことになりまして(本気?)、ぼくがギター、彼がドラムということになりました。今日はただ、楽器に触ってみるという目的で、スタジオ行ってきました。

色々予想通りの結末……w 

ぼくが約一時間、ギター弦の張り替えという作業にまず追われる、というこのぐたぐたっぷり。弦がぼろぼろだったので、取りあえず張り替えようということになったはいいが、ミスが連発。どうしてもハーモニクス音と実音が合わない……! ブリッジ部分などをいじくり回しては、弦の張りを戻してまた確かめるという作業の繰り返し……。ちなみに、ハーモニクス音というのは、ぼくもよくわからないのですが、十二フレットをすこし触ったときに出る音で、この音と、十二フレットをちゃんと押さえて弾いた音が、同じ音でないと、どれだけチューニングしても音が狂うという魔の落とし穴が発生。どんなにやっても(ブリッジの位置を変えても、ブリッジの高さを変えても)無理だったので、しかたなく、できるだけ合わせられるだけ合わせて、放置しときました。

まぁ、ドラムのほうのかれも、それなりに面白いリズムだったけどw

二人ともげらげら笑いながらのスタジオ練習だったのですが、彼は彼なりにものすごく楽しんでいたようだし、ぼくもそれは同様だったので、とてもいい経験ができたと思います。今後このバンドがどのようになっていくかは不明……取りあえず先輩は、ドラムの教本とメトロノーム買うところから始めたほうがいいかもしれない。ぼくもメトロノーム買おうかな、と思います。ギタリストだけど、リズムの感覚がいまいちなので。

とりあえず最初はGreen Dayのコピーを二人でやってみることにしました。ベースは誰にしようか思案中……ボーカルも、まさかぼくなんてことはないでしょうね。歌が下手くそすぎて自分で笑ってしまうくらいなので。

それに実は小説がわりかし本気の分野なので、不真面目ではないかと怒られる可能性もあったり……そのときはそのときで。

それでは、どむとむでした。拍手、ありがとうございました。一つ届いてました。ありがとう。またお越しください。

では。おやすみ。


5月25日

【ねむい】

暗いうちに寝る、という新境地にたどり着いた私。 


5月24日

【眠い】

ロバート・ジョンソンや、ビートルズなどをよく聴くようになった私。

ミューズはもちろんよく聴いてます。ミューズいいよぉ、ミューズ。

なんだろう、ほんと、「Plug In Baby」いいよねぇ。表現爆発。音楽というものはここまで自由になる。

「Knights Of Cydonia」ももちろんいい。表現爆発っていったらあのライブ動画だよね。

そろそろ眠くなってきた。まだ喋ります(朝四時

ふと、ブルースが聴きたくなったので、ロバート・ジョンソンをよくかけるようになりました。

ブルースって、なんだか悲しい曲……でも美しくて、優しくて、とても気持ちがいい。

Red Hot Chili Peppersや、Ellegardenばかり聴いていたあのころが懐かしい……AnthlaxやSystem Of A Down、あるいは、Green Day、Rage Against The Machine、狂ったようにいつも爆音で流していた。これらのバンドは今でも好きだけどね。でもぼくはもっとスマートな曲を求めるようになったなぁ。レッチリがスマートじゃないっていうのはちょっと違うと思うけど。レッチリはやっぱり最強です。最強に違いない。それは認める。

Red Hot Chili Peppersだと、「Funky Monks」 今でもよくかける。「The Power Of Equality」もよくかける。

そろそろ寝ないとまずい時間になってきたので、風呂に入って、寝ます。

じゃあ。

 

追伸

あ、そういえば、今日拍手メッセージに、「?」マークが羅列した文章が送られてきました。文字化けしちゃったのかな? もし今日拍手メッセージを送った人がいたら、よければ今度はメールなどで送ってみてください。メールフォームから送れます。そっちでも文字化けしちゃうようじゃ、ぼくのほうが悪いのか、あるいははたまた……どっちにしろ、文章のやり取りができませんね。作品の感想でしたら、お気持ちだけ受け取っておきます。ありがとう。

その他拍手送ってくれた方にも感謝! ありがとう!


5月23日

【今日は早く寝られるぞっ♪】

といっても今は三時なんだけどね〜……(これから風呂だよ。あはは)。

でもこれも、今日が休みだったおかげです。

なんにも予定が無い日だと、こんなもん。執筆ローテを休日モードに切り替えて、それでもうやることなくなったら寝るわけだから、なんて簡単。

連日の疲れがなきゃぁなぁ……

朝六時に起きて、夜は九時に寝る。これ、ぼくの夢。

でも今は頑張る……うん。頑張るぞ。

 

本の紹介はまた今度ね。

はやく寝るということは、明日に繋がるということだもん! 明日に繋げられるって、とってもいいことだもん!

それじゃぁね〜。


5月22日

【明日はやすみ〜♪】

ぼくの日常生活には夢が溢れています。同時に悲しくなって、どこかに消えてしまいたくなることもあるけれど、それでも日が経っていくのは楽しいし、物事が変わっていくのはとても楽しい。

希望的な朝日に乾杯……(じ〜ん

小説がこの世を支配すればいい! わーい!

 

あっ、そういえば、ぼくこんな漫画を買いました。

「マイガール」という漫画です。

CLANNADの朋也と汐のような関係。亡くなってしまった妻と、主人公と、その一人娘。

父と娘、という題材にすごい弱い私です。なんだろう、これ……ものすごくいい。あったかい。

CLANNADを知っていて、アフターストーリーの汐とのわずかな生活が好きだった人がいたら、ものすごい好きになる作品だと思うので、よければどうぞ。

参考までに画像 

CLANNADのアフターストーリーもよかったけれど、こちらの作品もまたいい。ぼくはすごく好きですね。

ドラマ化されていたんですね。知らなかった(というより、ぼく世間の情勢は疎いので……

三巻まで買ってみました。すごくいい。くさいところがややあるけれど、いいです。コハルちゃんめちゃくちゃ可愛い。

ぼく、こういう物語にはほんとたまらんです。はい。

昔神海さんという方に言われたことがあるんですけど、ぼくは、やっぱり、現実的で詩情的な世界が好きで、その上に醸成された優しさや温かさがある物語が好きなんですね。悲しみの上に成り立った優しさというものにものすごく共感できるんです。

だから、キャラクターそれぞれにある、悲しみを胸に抱えた上での、温かい仕草や、そっとした歩みなどが、とてもよくわかって、それがまたいいんです。

また一ついい作品に出会えました。う〜ん、よろしければぜひ(^_^) 

それと、拍手ありがとうございました。なんかたくさん来てました。送ってくれた一人一人の方に、感謝! これを糧にして前進していきます!


5月21日

【いつもこんな時間ですみません】

朝の五時……なんでいつもこんな時間になるんだろう。わけがわからない。

なんか新しいものでも紹介したいんだけど、悪いけどその気力がない……頭が半分死んでる状態ですので。

もう、寝ます……。あ、そういえば、……といいかけて、なにをいおうとしていたのかわからなくなってしまった。これはまずい。寝ます。

おやすみなさい……zzz


5月20日

【またあまり時間はないのでちょっとした雑文で失礼……】

最近このサイトに新作小説がアップされてませんが、それにはちょっと理由があります。友だちとちょっとした面白い企画をしているので、それはちょっと時間がかかるかもしれませんが、きっと楽しいことだと思いますので、少々申し訳ないが、ちょっとの間お待ちになってください。

それとはべつに、文学賞に出すほうの小説も書き進めています。

はなはだ心が暗くなる小説ですので、このサイト上にアップする気はありません。今までぼくのリトバス小説でファンになってくれた方々を、今さらまったく変わった筆のありようで、振り回す気はないので。どうかここは、またそれとは別の新作をお待ちになっていてください……。なるべく早く書き上げますから。

ちなみに真人×小毬の小説はこの小説の後になりそうです……ごめんね。それを書こうと思ったことがあったんだけど、そのときはちょうど心が安定していないときで、真人×小毬という非常に作為的なストーリーが、なんだかただのおふざけのようにも思えたので。そのときのぼくは、もっと真剣な小説を書きたかったのです。もっと気持ちが明るいときに、真人と小毬の小説を書こうと思います。

面白い小説が書けるかしら。……それでは。夜も遅くなったので、寝ます。おやすみなさーい。


5月19日

【なんと失礼】

なんと雑記更新を一日空けてしまいました。楽しみにしていた方については申し訳なく思います。

あと、拍手をくれた数人の方、ありがとうございます。きちんと受け取っています。またすこししたら新作がアップされると思いますので、お待ちください。

しかし、なんという危険……またもや空が明るくなっていますよ。

だんだん生活がひどくなってきたなー(T_T) バイトの子が怪我をしてしまったので、その間ぼくがよく代打で出されていたのですが、ちょっともう限界……吐きそう。なにかが出てきそうな勢いです。

本当に自分の体の弱さを実感します。ただ、今の場合はちょっと仕方がない……。学校、小説、バイト、と三つを両立するためには、ちょっとこういう生活をするほかない……。

なんか、ずっと遠くなってしまったように感じます。朝日とともに起きて、夜が更けるとともに寝るあの生活。あのころにいつか戻りたい……。でもいつになることやら……。

さて、もう寝ます。なにがなんだかわかりません。ぼくは小説さえ書ければそれでいいのに、いつからこんなふうになってしまったのでしょうか。

また。 


5月17日

【鼻水とまらねぇ――――!】

ども、こんばんは。どむとむです。

鼻水と涙が止まりません。どうしたらいいんでしょうか。季節外れの花粉症か。うわ、いやだなぁ。

まぁ……きっとおそらく、私の予想だと昨日かなり無茶して夜更かししたせいだと思います。バイトから帰宅したのが深夜二時半。バイトでは九時間働いた。その後家に帰って、午前五時半くらいまで読書と執筆。そのあと二時間寝て、一時間使って風呂とメール返信などして、八時半から四時間寝て、学校に行って夕方四時まで授業。ちょっとぼくの体では無理あることしてました。

ぼく、言っときますけど、体弱いんです。常人よりずっと弱いんです。睡眠時間をきちんと八時間取らないとだめな人間なんです。うちの家系はみんなそうらしいです。

こんな生活続けてるといつか死ぬかも……と思いながらも、頑張らなければならないぼく。明日もバイトさぁ……。

「無理をしちゃだめだよ」と家族に言われます。

でも、体壊すぐらい頑張らないと、人間ってなにもできないと思うこともあります。

ぼくは昨日隅田川を通って帰宅している間、こんなことを思いました。

ぼくはきっと、どんな平凡な職業でも、必ず生きていける。こんな道よりずっと簡単に、幸福の道をつかみ取ることができる。

人間って、意外とどんなことをしても、生きていけることは生きていけるんです。働く道なんていくらだってあります。今は不況だなんて言うだろうけど、その気になれば、人間は生きれる。プライドを捨てればいい。そうすれば生きていける。最後には刑務所での生活が待っている。

もっと突っこんだ言い方をすれば、人間は死ぬ自由が与えられているということです。生きるも死ぬも自由なのです。だから、ぼくは、人間ってなんだかんだいって、生きられることは生きられる、と思います。

話がすこし逸れました。

ぼくは、あえて今の道を進もう、と思いました。

ぼくはどんなふうにも生きる自由があるし、権利がある。

その数多広がる道の中に、一つ、はっきりと見えている道がある。

ぼくはその道の行方をある程度見通すことができる。

ぼくの足は自然とそちらへ傾くのです。ぼくはその衝動を止めたくありません。たとえ他のどんな道に幸せが待っていたとしても。

ぼくは真剣です。なによりも真剣に生きていたいのです。真剣に生きることがなによりの誇りであり、ぼくがぼくであることなのです。

病気や怪我なんかには負けません。頑張って生きます。

それでは、また。おやすみなさい。


5月16日

【しまった……】

現在がなんと朝の八時半という大惨事。

しかもこの後一時から授業あります。

七時半くらいまで、じつはキーボードの前に突っ伏して寝てました。小説書きながら寝てしまったようです……。

どんなにつらくても小説だけは手放さないようにしています。ぼく、頑張ります。負けません。絶対に色々な人を見返してやります。

友人の期待には応えます。(ありがとう! 拍手送ってくれたみんな!)ぼくはみんなの友情を嬉しく思います。ぼくの小説を読んで拍手を送ってくださる方には、必ず次回でもっといい作品を書くことを約束します。

責任は果たします。小説においてでしたら。

それではまた。おやすみなさい。 


5月15日

【疲れたー……】

くだらなくって、くだらなくって、なにがなんだかわからない。

もう止めよう。いろんなこと。なんだかもう、すべてをやめたくなってきた……。

わけがわからない……。


5月14日

【本日はこの本をご紹介】

ずっと紹介したかった本を、ここで紹介します。

だれもが知っているあの本!

夏目漱石 / 吾輩は猫である

夏目漱石は1867年2月9日(慶応3年1月5日)に、江戸の牛込馬場下横町(現在の東京都新宿区喜久井町)に生まれました。38歳のときに初めて小説を書き、以後十数年間、数々の名作を世に送り出し、日本でもっとも有名な作家となり、現在で知られるに至っています。

おそらく日本の人の誰もが知っている小説、夏目漱石の『吾輩は猫である』!

ぼくもそういえば子どものころ、漫画で読みました。そのころは、まさかこの小説が、こんなにも素晴らしいギャグ小説だとは思いもよりませんでした。

夏目漱石の傑作を、まさかこんな異様な表現で説明するのは、ぼくとしましても、ちょっと躊躇を禁じ得ないのですが、皆さんに夏目漱石への抵抗感をなくしていただくために、あえてこう言いましょう。

 

日本近代文学史、最強のギャグ小説!

ぼくは、読み終えたときに、こういった感想を持ちました。

なにこれ。めちゃくちゃ楽しい。これぞ最強。日本最強。いや、世界最強の滑稽小説でしょう。

所々に配置されたネタの、なんて楽しいこと。なに一つ滑っているギャグがない。今日の文壇でも一向に通用する。否、ぼくはいまだ、現代でこれ以上の、否、これと匹敵するだけのギャグ小説をさえ見たことがない。ギャグを十八番に謳っているライトノベルなんぞ、これに及びもつかない。その百倍は楽しい。そんな小説。

夏目漱石はなんといっても楽しいのが、そのお茶目な言い回し。その特性が最大限までに引き出された小説、『吾輩は猫である』

一匹の、生まれてまだ間もない猫が、とある中学校教師、苦沙弥(くしゃみ)先生の下へと住み着く。その先生の下に集う、明治紳士たちの滑稽な会話を主体。風刺小説です。

その、風刺といってもね、温かみがあるんですよ。夏目漱石の人格の高さがにじみ出ている。ただ皮肉るだけじゃない。うふふっ、て笑ってしまう、笑ったあとに、その人物のことが好きになる。そんな表現の仕方なんです。

もう、なんていうか、苦沙弥先生っていう名前からして笑っちゃいますよねw くしゃみってなんだよw さすが夏目漱石。

くしゃみ先生は、夏目漱石自身をモデルにしていると言われています。なんだか、頑固親父って感じ。でも、いちいち間が抜けてて、純粋で子どもっぽい。そのくしゃみ先生と、親友迷亭との馬鹿なやり取り、そしてそれを傍観している猫のツッコミなどが、じつに面白い。なんていうか、センスがあります。冴え渡っているんです。こう、作者の頭脳の良さっていうものが。

真のギャグは、頭が良い人からしか生み出されません。それもとても教養高い人から。それ以外のギャグは、ギャグはギャグでも、お下品なギャグです。ただお馬鹿笑いするだけの、その芸人さんと同程度、あるいはそれ以下の教養しか持たない観客しか笑わせることのできない、それ以上の知識人からすると、ただ頭をイラつかせることしかできないダメなギャグにしかすぎません。

その真理がこの小説からよくわかります。ここに載ってあるのは最高峰のお笑いです。これを読まずして、なにが滑稽小説家か。

これから小説を書こうと思っている方にはもちろん、真のお笑いを堪能したい方にもオススメ。

夏目漱石ってこんな楽しい人だったんだ、って読み終わった後誰しも思うはずです。彼に苦手意識を抱いているあなた、絶対に損です。今すぐ読んでみてください。

それでは。また。

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