(四)北への旅路

 

エラズムスは、サンから昨夜の話を聞いたとたん、顔を青ざめさせた。

「それはまことの話か?」

「ええ。そうです。黒い鎧に黒い鎌。月光にも照らされないほど深い黒でした。その者の声は少年のようでしたが、腕力は凄まじいものでした。あれを人間と考えるのは……」サンは目を逸らす。「難しい話です」

「もちろんじゃ」

 エラズムスは頷いた。

「その者は人間などではない。悪魔じゃ。悪魔の黒騎士、ベンゲルじゃ。おまえたちはベンゲルに襲われてしまったのか……」

 事情を知っているエラズムスは目を伏せた。

「いったい、ベンゲルとは? 悪魔とは? 何なのですか?」

「それについてはここであまり話したくはない」

 エラズムスは荷物を背負い直して、部屋のドアを開いた。

「わしに話させんでくれ。これ以上。どっちにしろすぐここを出なければならなかったが……かなりまずいことになった。議長だけでなく我々も狙われる身となったのじゃ」

「どういうことでしょうか?」

 サンは再び尋ねたのだったが、エラズムスは慌てて「質問せんでくれ!」と叫んで、顔を伏せながら部屋を出て行くのだった。

 エラズムスが出て行った後の部屋で、フィズィと顔を合わせる。

「いったいどういうことなんでしょう? エラズムスがあんなに取り乱すとは……」

「私にはなんとなくわかるような気がするけどね」

 フィズィも出発の支度をしながら、目を伏せる。

「あれはきっと、かなり危険なやつだったんじゃないかしら。ものすごい魔力を感じたわ……。でも私たちエルフの魔力とはすこし違うみたい。お父様が悪魔って言っていたけれど……」マントを着けて、荷物を背負い直す。窓の方を見た。「どっちにしろ、やばいやつに目を付けられたってことね」

「止めないほうがよかったのでしょうか?」

「それはわからないわよ。でも危険なやつを見るといちいち首つっこみたがるあなたの性格、悪いものと思ってないわよ」フィズィはそう言いながら、フードを被り、サンの肩を叩く。

「出発しましょ。きっと下に降りればお父様からもっと詳しい話が聞けるわ」

 

 サンとフィズィが宿屋の入り口を開け、外に出たとき、エラズムスが馬を連れてきた。

「すまんかった、サン。フィズィ」

 彼は申し訳なさそうに目を伏せる。

「怒鳴ってしまって。それに、長く留守にしてしまって。もうお昼ご飯を食べるころになってしまったな」

「いいえ。気にしてないけど」

 フィズィはフードを取り払う。

「その代わり、どこに行っていたか、教えてくれる?」

「そいつはまた後できちんと話そう!」エラズムスは馬に荷台を取り付け、その上に荷物を載せながら言った。「もちろんあの敵の正体もな! しかし今のところは我慢してくれ! 時間がない上に我々はもう暢気な旅などできなくなったんじゃからな!」

 サンは訝しく思いながらも、疑問を質そうとはしなかった。しかしだんだんとサンの心の中で、エラズムスがこんなにも取り乱す理由と、ここのところ治安が安定しない理由を、一つの黒い騎士の存在に結びつけていった。

「これからどこへ行くのでしょうか?」

「おや。そうか、まだ話していなかったな! ふぅむ、どこへ行ったらいいものかすこしの間に考えたのだがね、ちょいと気が進まないが、ここから北にあるエルフの森に行ったらどうじゃろうと思うのじゃ」

「え」フィズィが目を見開いた。「エルフの森って……まさか」

「そうじゃ」

 頷く。

「至善の森じゃ」

「ああ!」

 フィズィは唐突に頭を抑えた。膝を折ってうずくまってしまって、顔を押さえる。隣にいたサンは驚いて彼女の肩に手を置いた。

「至善の森って……そんな……」

「いったいどうしたんですか、フィズィ?」

 彼はすっかりわけがわからなくなった。

「私にはわからないことばかりだ! それじゃあまるで、あなたはその森に行ったことがあるみたいじゃないか!」

「無論、そうじゃ」

 エラズムスは毅然と受け答える。

「至善の森はフィズィの故郷じゃ」

「なんだって!」サンは驚いて彼の顔を見る。

「それじゃあいいことじゃないですか! それでも、何かまだ私の知らない事がありそうですね」

「それもおいおい話すとしよう」

 エラズムスは真上を見た。

 太陽が雲に隠れて、雨の降りそうな気配があった。

「エルフの森を目指すのは、一つとして匿ってもらうためじゃ。闇の勢力に対抗するにはうってつけの場所じゃ。そして、我が親友、ガロルドに話を窺うためじゃ。もっとも今となっては協力を得られないかもしれないがね」

 エラズムスはフィズィの肩を叩く。

「我慢してくれんか、フィズィ。大丈夫だ。もうそろそろ、この話にケリをつけなきゃいかん。大丈夫。わしがいる。わしが全部なんとかする。だからもうちょっと付いてきてくれんか」

 そして、

「サンよ。危険な旅になる。しかしもうわしらは一緒に固まってなきゃならんぞ。どうも奇妙な縁で結びついたようじゃな」

「それに関してはなんら異論がありません」

 サンは答えた。

 剣の柄に手を乗せる。

「どのみち私は一人でも彼の行方を追ったでしょうから」

「彼というのは黒騎士のことかな? それだけはいかん! 絶対にいかんよ!」

「もちろん手出しはしません。でも彼は何か知っていそうです。恐ろしい何かが始まろうとしているのではないでしょうか」

「たとえそうでも追跡するのは避けたほうがいい」

 エラズムスはフィズィを支えながら、答えた。

「それにもう恐ろしいことは始まってしまった。それも二つある。それはこの街を出てから話すとしよう。どうもここは人が多すぎるんでな!」

 カーメンツィントの近くにはアンジ川という大きな川が流れている。この川は皇都付近では小さく、流れが速い川だが、カーメンツィントの辺りでは流れもゆっくりとなり、底も深く、幅も広くなる。それゆえにこちら側ではアンジ川(恵み川)、皇都寄りでは銀筋川と呼び分けられている。

 カーメンツィントから北東に進むと、街道の中に橋がある。それはトル・ブルティアといい、カーメンツィントの古い言葉で「永青の橋」と呼ばれる。ここは昔きちんとした関所が設けられていたが、今ではもう取り壊され、煉瓦の跡が残るのみとなっている。

 サンたち一行はそこに近付いた。人気のないところだったが、エラズムスはその橋に近付くまでにたいそう躊躇していた。往来がないか、何度も何度も目を配った。

「すこしでも怪しい人影があったら知らせてくれ」彼は腰元の剣の柄を押さえながら、いう。「私はその気配を感じることができる」

「気配というのは、何のことですか?」

「ほれ。おぬしも感じたじゃろう。ロンヌ村でのオオカミのことじゃよ。あれは人間が魔法に似た術で作りだしたものじゃった。その気配を感じることができるということじゃよ」

「なるほど。ですが、相手はオオカミじゃないかもしれませんよ。人間かも」

「たとえおぬしらが昨夜遭遇したという騎士が現れても、わしはそれを察知することができるんだよ!」

 彼は四方を見ながら言った。

「よし。渡ろう」

 エラズムスとサンたちは大急ぎでその橋を渡った。

 時折、エラズムスはちらちらとフィズィの様子を眺めやる。

 フィズィは馬車の荷台の上で、憂えた顔をしているが、決していやだとは一度も言わなかった。

「フィズィや。彼にはまだ何にも話してないのかね」

「話すって、何が?」

「そら……エルフのこととかだよ」

「エルフ? そりゃあ結構な種族だって世には知られているわね。でも話したくもないし、彼も一切聞いてこないから、話してないわ。私と彼との間には、私の出自なんて一切関係ないでしょうよ。ねえ、そうでしょう?」

「そうですね」

 サンには彼女が落ち着きを失っているのを見て取ったので、その言葉には完全に同意はできなかったが、口でそう言うほかなかった。

「話したくないものを話す理由はありません」

「そうそう暢気なことばかり言ってもいられないぞ」

 エラズムスは溜息をつきながら前方の乳白色の曇り空を見やった。

「黙り続けるつもりなら、それでも構わんがね、しかしサンもいつか不自然さに耐えきれなくなるだろうね。気になってそれが通常なところを、気になりませんと言い続けるのも不思議な話だ。おまえが時期を選んで話すんだよ」

「言われなくてもわかってるわ」

 フィズィはそう言葉を切ってしまう。

 エラズムスとしては、憂えている彼女の気を変えてやりたい一心だったのだろうが、いささか説教調だったのが裏目に出て、彼女の棘をいっそう強くしてしまった。

 サンとしてはなぜエルフの森に行かねばならないのか、もっと詳しく尋ねたかった。声を潜めて尋ねる。

「エラズムス。今回の旅の目的と、そしてなぜこうも我々が隠密のように移動しなければならないのか、その理由を教えてください」

「いいぞ。話そう」

 重く彼は口を開く。

「その昔、このエルドールには大戦があった。どの種族も総出で戦った、大戦の中の大戦さ。それは闇と正義の戦いじゃった。魔王アングルの闇の部隊と人間・エルフ・ドワーフの連合軍との戦いじゃった。魔王は北方に居を構え、我々南の肥沃な土地を荒廃せしめようと猛威を発揮してきた。我々は皇帝アンノール二世の指揮の下、一ヶ所に集まって戦った。それはそれは壮絶な戦いの連続じゃった……。名剣ドラムスフィングは折れ、神槍バヌロンは失われた。偉大な指輪は力をなくし、精霊は大勢が消滅してしまった。それが約二十年前のことじゃ。我々は戦いに勝った。魔王アングルは死んだと思われていた。じゃが死んではいなかったのじゃ」

 エラズムスは滔々と遠大なことを突然語り出すので、サンは呆気に取られてしまった。しかしその話は確かに真実で、昔サンがアイヴォーンから聞いた話とも、ことごとく一致していた。

「魔王はまだ死んでいなかったのじゃよ。それというのも、魔王の後継者が現れたのじゃ。それが魔王サウル。あるいはデストローアとも呼ばれるがね。やつは兵を悪魔の他に、オーク、そしてトロール、ゴブリンと数多く揃え、我々に復活の狼煙(のろし)をあげた。それが魔王である理由だがな……魔王アングルの剣、ロドムスヴィルと暗黒の指輪、ティロールがまだ存在したのじゃ。それは恐るべき魔力と支配力を持つ道具じゃ。今度こそ、このままではエルドールは草木一本生えぬ、不毛の荒野と化すじゃろう。エルフは死に、ドワーフと人間は大勢が奴隷にされて死ぬまでこき使われるじゃろう。エルドールはこのままでは滅んでしまう。それを防ぐためにわしはわしの知人と力を合わせてなんとか対抗勢力を用意しようと立ち回っているのじゃ」

「一つ質問をさせてください」

「ほう。なんじゃ」

空気が張り詰めている。馬の足音が、妙にこの空間を引きつらせる。

「黒騎士ベンゲルというのは何ですか?」

「それが昨日襲った者の正体じゃ。我々はそいつを魔王軍の幹部だと踏んでおる。ともかくこれらは魔王アングルの時代にはいなかった者たちじゃ。魔王アングルと違って魔王サウルの恐ろしいところは、その部隊が巧妙に組織化されているということじゃよ。恐ろしい力を持ったやつらが、まだごろごろといるのじゃ……」

「ベンゲルが幹部……」

 サンは顔に手をやってじっと考え込んでいた。そこに不自然な要素を一つ見つけたから。

「なぜベンゲルが幹部だと? 彼は単独で動いている別勢力かも知れない。しかしどうして彼はカーメンツィントなどの国に現れたのですか?」

「それがあんたがベンゲルのことを別勢力だと考えている要因なら、私は明らかな答えを持っておる。彼は殺しにやって来た。自分らに邪魔な、ある人間をな……」

「それは、」

 暗殺、という言葉がよぎって、サンは背筋が凍る。

「カーメンツィントの評議会議長、バッシュ・コール氏が昨夜に亡くなったのじゃ。胸が抉られておった。それはおぬしが知っている敵の武器とも一致するんではないかな。鎌を持っていたと聞いたが。……さて、バッシュ氏だが、これは魔王軍対策を公然と主張していたお方だったのじゃ。軍拡をし、至急エルドール国中と同盟を結ばねばならないと声を熱くして語っておった、たいそう勇敢なる御仁じゃった」

「……」

 サンは何も言わず、目元を押さえた。

「なんという恐ろしいことだ……。彼を暗殺したというのですか? それでは……」

「ああ。確かにこれから暗い時代がやってくるだろうよ」

 エラズムスはそのあたりから街道を離れさせ、緑濃き草原の中へと足を踏み入れていった。

「話を戻すがね。わしは昨夜、この御仁に会いに行っていた。しかし会うことはできなかった。バッシュ氏は急遽体調を崩されて、今は誰とも会えませんと、門番に突っぱねられてな。わしはどうしても彼に伝えたい用件があった。じゃからずっと待っておったんだがな……とうとう会えることは叶わんかった。そうしてわしの友人と今後の対策について話し合っておったのじゃ」

「ある程度のことはわかりました」

 サンは顔を上げる。

 馬車は森へと入っていく。木がまばらにしか生えていない薄い森で、馬車は水濡れた緑の草地を走っていった。

「ベンゲルというのは敵の幹部で、恐ろしい力を持ち、敵である我々の本拠地にまで入り込んで、要人を暗殺していく……そのような者だと捉えるのが妥当ですか」

「彼についての情報はあまり伝わっていない」

 彼は前置きをして、

「じゃが、少なくとも彼らは五人以上いること、それぞれに役割分担があり、兵の指揮、諜報活動、暗殺などに長けているということは確かだと言える。なぜこうも見事に我々の懐にまで入られてしまったのか……それが解せぬところであるし、もしそういう隠密に長けた能力の持ち主だったとしたら……これほど恐ろしい者はいないじゃろうて」

「……わかりました」

 サンは頷く。

「我々がこうも足早に森の間を縫って行かなければならない理由(わけ)が。あの者は恐ろしい力を持った悪魔でした……さらにその上に、組織化された仲間がいるというのであれば、我々を危険なのは火を見るより明らかだ」

「おぬしが一人で互角に渡り合ったという話が、いまだ信じられないくらいじゃよ」エラズムスはかすかに笑い、信頼の眼差しを向ける。「これほど頼もしいことはない。ただ相手もそれはわかっているだろうから、次に会ったときはよりいっそう用心しなければならない」

「正直に言って、」サンは首を横に振る。「私は死ぬかもしれないと思いました。しかしあのとき不思議に思ったのです。悪魔というのは人外で、私は当初もっと恐ろしい体格で、低く、重い声を想定していました。しかしふと洩れた彼の声は、人間のように透き通り、そして……自分でも不思議だとは思うのですが、どちらかといえば女性のように高い声でありました」

「女性のように?」エラズムスは驚いて、ちらりと後ろのフィズィに目をやった。「娘のようにか? それはやつが使った妖術かもしれん」

「そうかもしれませんが、どちらにしろ恐ろしいことには変わりありませんね。恐ろしい腕力の上に、妖術まで使うとなれば」彼は四方に並び立った木々を見渡しながら言った。「これからの道をお尋ねしてもよろしいですか?」

「よかろう」

 エラズムスは荷物から地図を取り出して言った。

「これはもうずっと昔の地図じゃ。地図自体が珍しかったころの。このころは皇国もこれほど勢力が強くなかった……」彼は地図のある一点に指を落とす。「ここがラベラエン。ラベルは、エルフの言葉で太陽の光を意味する。今わしらのいるところじゃ。エルドールの中心に位置するところじゃな」彼はそのまま北東に指を滑らせていく。「ここから北東に向かうと、教会領ローマンがある。ローマンでは決められた聖職者や教会に許しをもらった者しか通ることはできんが、わしはすでに知人からここを通る許しをもらっておる」その者が誰なのか、エラズムスは口にはしなかった。その緑色の深い、優しい眼は美しく光を放っている。「ローマンを抜けるとそこからはインセルドだ。インセルドは自然豊かな地として知られているが、わしらはそこに目的があるわけではない。ここをさらに北上すると、狼洞湖という地底湖への入り口がある」彼は地図から指を話して、ちょうど北東を指し示した。「そこはかつてドワーフが掘ったと言われている。今ではもう住む者はないが、非常に入り組んでいる土地でな。わしらはそこを通る。なぜならそこならばベンゲルの部隊も追って来られないじゃろうからじゃ」

「危険はないのですか?」

「危険ならある。ここからどの道を取ってエルフの森にたどり着こうとも。ここからエルフの森までの道のりのどこに危険がないなどと言えるだろうか」

「……」

 サンは目線を下げた。

「失言でした」

「あんたを責めるわけじゃないが、」エラズムスは小さな声で言う。「わしは一度この道を通ったことがある。なにも無鉄砲にこの道を選んだわけじゃないんじゃ。どうか信用してくれ」

「どうして信用しないことなどあり得ましょう」

「よし。続けるぞ」

 エラズムスはさらにその後も長き道のりについてサンと議論を交わした。フィズィは荷台の後ろで、物憂げな顔で空を眺めていた。胸中によぎるのは懐かしいエルフの森。青いロスリエの花々、耳に聞こえがいいチュルネフの鳴き声。宝石のような雨露に濡れる涼しげな森の住処。

 丈高き、亜麻色の髪の、耳は長く、美しき顔をしたエルフたち。星々の輝きにも似たその瞳の光を、フィズィは完全に自分の姿に認められ得ないことを思い出して、悲しみに目を伏せた。

 完全なエルフではない自らの運命に、嘆いた日々を思い出す。

 その思い出が乳白色の曇り空と、一定の馬車の音で、まるで紙芝居のように、ある拍子をつけられ、まざまざと胸中に去来するのだった。

 エラズムスは言った。

 我々は狼洞湖を通過し、ガルカ山脈の山腹へと出る。そこから比較的低い尾根を通り、イブラセン垰へと行き、山脈の向こう側へと出る。もしかしたら黒の一味は街道を張っているかもしれないので、このルートなら奴らに気付かれずにエルフの森に到達することができる。

 だが道は危険に満ちている。もしかしたら間者はこの道を張っているかもしれないし、道が前と変わっていて、通り抜けられない可能性もある。そうしたら一度道を戻らねばならない。

「追っ手が我々をつけている可能性は?」

「十分あり得る。むしろあり得ないとみなすほうが危険じゃろう」

「反応は? エラズムス。その者たちの気配は?」

 彼は目を瞑って四方の音に耳をすませた。しばらくは馬の足音とわだちを作る車輪の音だけが響く。

「今のところはなにも感じられない。じゃが、」

 彼は目を開いた。

「どうもこのあたりの空気はよくないようじゃ。今この地には間違いなく呪われた者らが出入りしておる。あんたが戦った者はその一人かもしれんな」

「進言しておきます」サンは真剣な顔で言った。「もっと馬車のスピードを上げるべきでしょう」

「そんなことをしたら怪しまれるよ」

 サンの意志を遮るように老人はぴしゃりと言った。

「我々は何も知らない旅人でなければならないんだから」

「それでいつ襲おうか敵に作戦を自由に立てさせるというわけですか?」

「いいや、そここそが我々の抜け道なのだ。今、あんたは『自由』と言ったね。ああ、そうだとも。『自由に』こそが我々の抜け道なのじゃよ。圧倒的な力を持つ者が、警戒心の無い者に襲いかかるとき、必ず隙が生まれる。敵に警戒心を与えることこそ、我々の生きる道を失うことなのじゃ。そんなこともわからんのかね?」

 サンは口を尖らせたが、しぶしぶと、「ええ、いいでしょう」うなずいて、目を逸らした。

「私はまだ経験が浅い。あなたに従いますよ」

「サンよ」彼は手綱を握りながらいうのだった。「私より先に死んではならないよ。経験が浅い者は生き残るべきなのだ」

 

 教会領ローマンほど、名前と中身が不似合いなものはない。それが皇国民の冗談の「ローマンのような」という外見と中身が釣り合わないことを指す形容詞でもよく表わされているように。

 教会領ローマンは、三世紀ほど前に教会権力が絶頂にあったころに、皇国から譲渡された領土だが、その内実は極めて見るに堪えない。財政難に逼迫され、今では聖職者の数も減りに減り、畑も荒れ果て、孤児が餓死する有り様だった。教会の権力は半世紀前の宗教戦争にて地に落ち、皇国がこのような「悪魔との戦い」に意識を取られていなければ、いつでも奪い取られて然るべきな領土であった。

 サンたち三人はカーメンツィントを出てから三日後にここに辿り着いたが、エラズムスに「見るべきものを見、見るべきでないものは手で覆いなさい」と言われなければ、とてもサンはこの地を後にすることなどできなかったであろう。教会は陽が傾いていた。食べ物もなく、あるものは不実と不敬、かつて存在した高潔な教義は歪められ、地に落ちていた。

 彼ら三人が領内のフォール平原を進んでいるとき、エラズムスはふと口にした。

「ここはかつて、エルフの神聖な魔力が充溢していた場所じゃった。教会はエルフと共同で作り上げた場所だったのじゃ。あるときたった一人の男が現れてな、科学にもよらず、思想にもよらず、哲学にもよらず、ただ真理のみを語ったことがあった。彼は多くの偉業を成し遂げた。多くの子らの病を癒やし、盲人を治し、皮膚病の患者を清らかにした。エルフは彼をイータ(神の子)と呼び、たいそう崇めたそうじゃ。しかし彼は若くして逝ってしまった。その死体については誰も知らないんじゃ。エルフは彼の言葉を編纂して、人間の手に委ねた。人間はその書物をイータの書と呼び、聖別した。その書は教義という枠に当てはめられ、体系的な神学を構築した。……そのあたりじゃな、この教会が完全に人間のものとなり、神聖さが失われていったのは。それから先、ずいぶん経ってからこの教会領が皇国から譲り渡されたが、まだそのときもエルフの神聖な力がまだ結構宿っていた。彼らはたいそうイータを愛しておったからな。だが所詮は人間の手によるもの。人間は滅ぶべきもの。イータは滅ぶことはなかった。だがそれを扱う人間たちは滅んでいくのじゃ。現にこうやってな……」

 彼は夕陽を西から浴びて赤く染まっている小さな教会を、振り返って見ながら言った。サンは前方のガルカ山脈を眺めていた。巨人の歯のような刺々しい山稜、春の穏やかな夕陽がそれを真っ赤に染めるところを何も口にせずに眺めていた。フィズィはまだ馬車内で、物思いに沈みながら、毛布を膝にかけ、地図を見たり、林檎を囓ったりしていた。

「ところであんたは宗教心に篤いほうかね」

「篤いと思います」

「なら今回のところはどうだったかね」

 サンはうなだれながら、額を押さえた。

「私は故郷の宗教を信じています。ここよりはるか西の国です。しかし……あまりにも、ここは……何と言ったらよいか、わかりかねます。この教会の歴史は知っておりました。素晴らしい聖人だったと思います、彼は」

「イータのことかね」

「私たちはピュラー、と呼んでいます。ですがそれは些細なことです。この教会を重んずるも軽んずるもありません。どこか遠い国のことだと考えておりました。ですが……私たちは、もう断崖に立たされているのだと悟らされるには十分なことでした。私たちはもう来るところまで来てしまった。ここより先には、生き残るか、落ちるかしかありません。そしてもし生き残るようなことがあっても、復活しない限り、ここは草の生い茂った領土となりましょう。人が住むにはまだ多くの難事が必要だ」

「明晰なる者は言葉を選ぶ」

 エラズムスは讃えるように言った。

「あんたが誠実で誇り高い人物であるということはもう証明されたな。剛勇であり明晰であり続けてくれ。あんたはぜひエルフたちに会ってもらいたいな。彼らはあんたに会えることを心底喜ぶじゃろうから」

「ならばなんとしてもエルフの里へ」

「うむ」エラズムスは荷台を振り返るようにして言う。「行かなければなるまい。行って、そこからじゃ」

狼洞湖は、フォール平原をさらに北東に進み、ローマンとインセルドの境界のサラセン川を通ってさらに北上して、一日ほど進んだところにある。

ガルカ山脈の一つ、ベルメンドへと繋がる道は、麓のあたりにある谷間によって分断されていた。古い架け橋がそこに架けられている。フィズィやエラズムスたちは、その谷間を降りる道を、うねうねと、蛇のように折れ曲がった道を、ゆっくりと降りて行かねばならなかった。

「ここでもう馬車とはおさらばじゃな」

エラズムスは二頭の馬を寂しそうに見つめて言った。

二頭の馬は悲しそうな眼をしている。

「ここから先は、馬車では通れん。馬一匹でも通れない、おそろしく狭い道じゃからな。だからここに馬車を置いていく」

フィズィとサンは馬車から荷物を下ろして、地面に置いた。その間にエラズムスは、二頭の馬のたてがみを撫で、彼らの頭を胸に抱いて、別れの言葉をかけていた。

「よく頑張った。ニムラドスにエレムイスよ。長い旅路、お前たちと一緒に歩めてわしは幸せじゃった。危険な旅によくついてきてくれた。もう十分じゃ。ありがとうよ。いいか、ニムラドス、エレムイス。ここから南に戻って、ギルバニオンに行き、ベルゼニミル卿の領地へと行きなさい。そこでならお前たちは幸せに暮らすことができる」そうして彼は懐から髪とインク瓶、ペンを取り出し、端麗な文字で手紙を書いた。

 

 ご無沙汰しております、イクシオン・ベルゼニミル卿。あなたの友人のエラズムスでございます。わしらは今、とある事情があって、この二頭の馬、ニムラドスとエレムイスを手放すこととなりました。こやつらはよくあなたを慕っておりましたゆえに、あなたに託します。どうかあなたの御慈しみがありますように。急ぎの形ゆえ、乱文雑文無礼至極、どうかお許したまえよ。ではいつか、生きて会えたら。

                                                                              エラズムス ?

エラズムスがよく使う記号?を添えて、彼はインクを乾かしてから、くるくると丸め、紐で縛り、布にくるんでから、馬車の中へ放り込んだ。そうして二頭の馬に向かって、おごそかな口調で、聞いたことのない言葉を述べた。

「ニムラドス エレムイス エタアルナヤ アルバレス デソルスス デュケルヤ!」

ニムラドスとエレムイスはいななき、嬉しそうに前足を上げた。そうして今までと向きを変えると、もう一度三人に別れが惜しそうに体をくっつけ、南の方へ、歩み出して行った。

ちょうど日が上がったばかりで、フォール平原には深い霧が漂っているころだったので、二頭の馬と、慣れ親しんだ馬車はすぐ見えなくなってしまった。

「さて、」とエラズムスは言う。「もうこれからはわしらだけで荷物を運ばねばならんぞ。最低限の荷物にしたかな? わしの言ったとおり、不必要な荷物は馬車の中に放り込んでおいたかね?」

「それが私の余分な服だっていうならね」とフィズィがやや不満そうに言う。「それと旅行日記帳に、旅先で集めた特産品もね」

「運がよければベルゼニミル卿の居城エル・ファンにて保管されていることだろう。生きてもう一度行くことがあれば、返却してもらえるかもしれん」

「土に埋めていくよりはマシでしょうね」

「サンは? どうだい?」

「私も問題ありません」

 サンの荷物の中身は食糧や簡単な救急用具、ロープや火打ち石、水筒など、最低限なものであった。

「わしもこの老体に無理ないように荷物を選んだよ」

「追っ手にあの馬たちは襲われないでしょうか?」霧深き、平原の後ろを振り返りながらサンは言った。

「わしが魔法をかけておいたよ」彼はいう。「ニムラドスとエレムイスは邪悪な気配を感じることができる。はるか先から道を変更することだってできるだろう。本気で追っ手が馬たちの近くにやって来たらの話だがな」

「行きましょう」

 サンは渓谷の底を見ながら言った。「追っ手がもし近くに来ているなら、彼らは私たちとの距離を詰める絶好のチャンスだ」

「そうは行かせるもんか。フィズィ、サン。わしが先頭を行く。道案内もできるじゃろう。サンはしんがりを務めてくれ。さっ、速やかに行くとしよう。足元に気をつけて」

 急な斜面を、エラズムスは壁に手をつきながら、後方を振り返りながら、速やかに降りていくのだった。

 

 

(四―二 暗きニムロス)

 

 ベルメンドに直接登らない理由(りゆう)を、エラズムスはこう語った。

「ベルメンドは急峻な山じゃ。このあたり、この季節は風が強く吹くし、雨など降ったらそれだけでわしらは命の危険にさらされるじゃろう。当然行軍は遅々として進まず、それだけ早く追い付かれる。その点狼洞湖なら、道も入り組んどるし、敵もまさか狼洞湖を使うまいと判断してくるじゃろう。攪乱することができるわけじゃ。というのも、この洞窟の正しい道筋を知っているのはもうわずかな者たちしかおらんからじゃ。かつてはドワーフがここに住んでいた。美しい狼洞湖に幾百万の宝石が照り輝き、それはとても美しい光景だったと長寿のエルフたちはよく歌にしていたものじゃ。残念なことには、それはもう見られないがね。とにかく大事なことは、敵にとって迂闊なのが、正しい道筋を知るわしが一行の中にいたということじゃよ」

「しかし馬車はここまで進んできました」サンは渓谷の底を眺めながら言う。「(わだち)も我々をここまで連れてきたと示している。それにベルメンドが危険だということを敵も知っているなら、我々はまだ完全に逃げ切れたと考えてはいけないでしょう。もし敵が本当に我々を追ってきているなら、ですが」

「用心することに越したことはないな」彼は笑った。

「あんたの言うとおり、敵は我々を追ってきてはいないかもしれないよ。でもそうだとしたら敵はあまりにも間抜けだ。実際敵はあんたを捕虜にし損ねたんだからね。かなりの大痛手のはずだ。だがそれを当てにするには我々には確かな情報というものがないね」

「もちろんそうです」

 雲は厚かった。陽が高く昇っているはずなのだが、渓谷はまだ薄暗かった。靄が薄くかかっており、敵から姿が見えない分、周りに何が潜んでいるのか、自分たちはどこまでやって来ているのかが分かりづらく、サンは内心焦っていた。いつでも敵の攻撃を受けられるように常に警戒し、体勢を整えていた。

 昼近くになって、ようやく渓谷の底に辿り着き、底を西東に突っ切って流れている影海川を彼らは見つけた。ほとりに座って食糧をすこし取ると、今度はその川に沿って東へと進んでいった。

 ちょろちょろと鈴を転がすような音を立てて影海川が動いている。エラズムスはその川の両岸に目を光らせながら素早く進んだ。

 一時間ほど歩いたおり、ようやくエラズムスは声を上げて喜んだ。

「あったぞ。これじゃ、これじゃ!」

 興奮しつつ手を振り上げる彼に、フィズィとサンは駆け寄っていく。

 見ると、一方の崖に、暗い、暗い……深い丸い穴がぽっかりと開いており、その奥には石の階段があった。三人はその入り口へと立った。

「不吉な場所だ」ふとサンは暗い気配を感じ取って言った。「これ以外に道はないんですね?」

「これ以外にいい道を知っていたら教えてほしいものだ」

 サンは微笑する。

「困りましたね。ええ、わかりました。私はあなたを信じますよ」

「もうどっちにしろ、後戻りはできないわよ」後ろを振り返りながらフィズィは言う。「今から橋のところへ戻ったらいったいどれほど危険なのかわからないわ」

「その通りじゃ。敵の正体は暗黒で、危険に満ちている」エラズムスは憂いに満ちた顔をした。「会わないで済む方法があるならどんな方法でも採りたいところだ」

「エラズムス。先頭はあなたが。道が私にはわからない」

「無論そのつもり」

 エラズムスは剣を抜きはなった。その剣に向かってぼそりと彼が何かを呟くと、剣は青く輝いた。

 水を凝固させて光を閉じこめたかのように、その光は青々と美しく輝き放った。それを手に掲げて、エラズムスは地底湖の入り口へ足を踏み入れた。その次にフィズィ。そしてサンと続いていく。

 狼洞湖ははるか以前、ドワーフたちが築いた地底洞窟であり、中心に狼洞湖とよばれる美しい地底湖を据え、その周りに縦横無尽に張り巡らされた洞穴はまさに迷宮とよべるものであった。

 しかし今や無人となったこの忘れられた王国の正しい道を知る者はほとんどない。長年を生きるエルフですら、ドワーフとは犬猿の仲であったので、知っている者は数少ない。唯一よく知っているとすれば、それはかつてドワーフと交渉があった商人の末裔でもなく、または地理学に長けている学者でもなく、自身で手探りで踏破した、野伏であるほかない。しかしいまだに迷宮の全容を解明した者はいない。

 洞窟内は物音もなく、また陰湿な風が流れていた。かつて王国があったころより幾百年も経ち、人々の記憶からはほぼ消滅しかけていたこの洞窟は、いまだそこかしこに静かに王国の痕跡を留めていた。流麗な文字の刻まれた柱や、模様の半分消えた門などが、いくつも、長い時の集積を漂わせながら、孤独に、そして疑わしげに佇んでいた。

 エラズムスは土埃の積もった階段をゆっくりと降りていった。じょじょに外の光が遠ざかっていく。しかしその分エラズムスの魔法の剣の輝きが増していった。その剣はレアティネルといい、「黎明」の意味があった。魔法を扱うエルフによって鍛え上げられた代物であり、魔法をよく通す魔法具であった。

 すべて立派な意匠が刻まれている古の王国の門を、三人は見上げた。

「ニムロス」

 エラズムスは呟いた。

「ここの古い名じゃ。ドワーフの一部族がここを築き上げたのじゃ。今はもう滅亡して、古の遺跡になってしまったが……」

「しかしドワーフも物好きな種族ねえ。こんな真っ暗な中に住処なんて築くのだから。頭がおかしいと言わねばならないわ」

「フィズィ。おまえはきっと知らんかもしれんが、ドワーフは決しておまえの思うとおりの種族じゃないぞ。ここにはかつて明かりだってあったし、太陽の光を好む者も多かった。そして朗らかないい種族じゃった。始源の種族であるエルフの唯一の汚点があるとすれば、彼らと交流を持たなかったことよ」

「そこまで言わないでほしいわ」

 フィズィは閉口して、あたりを薄気味悪そうに見回した。ドワーフの怨念に目をつけられたと思っているのかもしれない。

 この場所も王国があったころは、華やかな装いであったのだ。

「ここから約一日、遅くて二日はすまないが穴の中じゃぞ。それでも最短ルートを回るんでな。フィズィ、文句を言うんじゃないぞ」

「言わないわ」フィズィは口を尖らす。「ただ、気味が悪くって……」

「中に良くないものが棲みついている可能性もあります」サンは警戒の眼で門の先を睨んだ。「警戒するに越したことはありません。エラズムス、行きましょう」

「うむ」

 エラズムスは一歩を踏み出した。

 階段は勾配が急だった。エラズムスが一歩を踏み出したとき、頭上でコウモリが羽ばたく音が聞こえた。とっさにフィズィはエラズムスの背中に掴まる。ほっほっほ、と父親が笑い声をあげる。

 乾いた空気が各自の衣服に染みこむようだ。喉は渇き、眼はかすむ。

「薄気味悪いわ、お父様……」

「わしの背中に掴んでおるのもいいが、いざってときに邪魔されちゃ適わんな。ここはエルフの古森じゃないんじゃよ。フィズィ?」

「わかっているわ」

 彼女は涙目になって言い返した。エルフの里にある古森を旅したときのことを言われているのだと思った。

 急な階段が終わると、つるつるとした青い石の通路が真っ直ぐ伸びていた。エラズムスは油断なく、すばやく進んでいく。青々としたレアティネルの輝きに照らされたかつての王国は、今の一瞬だけ、再び蘇生したようだった。だが再び眠りにつくのは早く、彼の光が行ってしまえば、まどろみがまた襲ってきたがごとく、もう物言わないのであった。

 道はここに来て二手に分かれた。エラズムスは分岐点に立ってしばらく考えていた。静かな時間であった。そうして彼は必ず自分で道を選んだ。正しい方向に進んでいるかどうか、確かなことは言えないが、何か強い確信を持って進んでいるのはよくわかった。魔法使いの勘はおそろしく鋭いのだ。

 それからもう何時間も歩いた。サンはここではすでに時間の感覚が狂ってしまっている気がした。今がまだ昼なのか夜なのかわからない。ただもう途方もなく歩いたような気がした。しかしその間に味わったのは、迷路のような分岐の多い通路と、勾配の急な上り下りする階段、そうして居住空間のようなやや広めの部屋の埃っぽさだけだった。

 ふとエラズムスが足を止めた。

「今は夜じゃぞ」壁を見つめながらそんなことを言うのだった。

「どうしてそんなことがわかるのですか?」

「簡単なことじゃ」彼は指を差した。

「そら。そこに採光窓がある。今は多少見えにくかろうが、その窓は外が夜であることを示している」

 エラズムスが剣の魔法で照らせば、サンたちにもその小さな窓が見えた。ただドワーフの背丈に合わせて作っているので、それが窓だと気付かなかっただけだ。

「夜だからって休んでられんぞ」再び魔法使いは前を向いた。「もし敵が暗黒の者であれば、夜の間に距離を詰めてくるのは分かりきっていることじゃからな。もう少しでここの良い休憩所にたどり着くことができるはず。そこで少し休むとしよう」

 全員がもう疲れ切っていた。もうどれだけの距離を歩いたのかわからないくらいだったから。

なぜならこの場所は必要以上に精神を消耗させるからだ。

 しかしサンには嫌な予感があった。この男には魔法使いたちとはまた別の野生の勘のようなものが存在するのだった。

 何かがこの洞窟のどこかでうごめいている。近くに得体の知れない生き物が鼓動している。そんな気が先ほどからするのだった。

 けれど彼は口には出さなかった。必要な情報ではないし、まだ何も確かなことは言えなかったからだ。ただその心配だけが彼の頭をぐるぐると回っていた。どんな生物なのか、戦うとしたらどのように戦えばよいか、恐怖しないですぐ戦えるかどうか、そうやって思考を繰り返す時間ならたっぷりとあった。

 エラズムスたち三人は、一段と広い部屋へと出た。そこでは空気が収束され、声は長くかかって遠くに反響するような感覚だった。とっさにそこはただっ広い部屋だと知れた。どれだけ広いかと言うならば、街の通りを一個ここに持ってきたとしても、十分足りるような広さだったろう。

エラズムスは、眼を閉じてじっとしていた。耳を遠くへ傾け、何か潜んでないか探るような沈黙だった。やがてそれも終わり、彼は目を開く。

「ここまで来られたのはわしの計算通りじゃ」

微笑みを二人に浮かべ、もしゃもしゃと髭をいじる。

「だいぶ進んできたな。もうすぐ半分といったところだ。ここはピロス。ゼフル王の宮殿があったところじゃ。しかし彼の部族は外敵からここを守備する際に滅ぼされてね。わずかに残ったラングリル族の一派がここを放棄して奥に引っ込んだのじゃ。だからここには王国が二つある」

「どのような種族に滅ばされたのかお聞きしてもよろしいですか?」

「それについては説が一致していない」微笑みを浮かべたまま彼は言った。「ガルカ山脈に移り住んだトロール族ともいうし、山賊共ともいうし、はたまたエルフ族の陰謀という説もある」

「お父様」

 エラズムスはにっこりと微笑んだ。フィズィが本気でエルフのことをかばいに来たので、すこし嬉しかったようにも見えた。

「すまんな、フィズィ。まあ、もっともわしは、最後の説は全然根拠がないと思っているよ」

「エルフは絶対にそんなことはしないわ。頭に来るけれど、汚い真似は絶対にしないわ。ドワーフごときに陰謀を企てる意味もありゃしない。……はあ、でもとにかく疲れたわ。歴史のお話は後でたっぷり聞かせてもらえるかしら。今はちょっと休みたいわ。それにしてもようやく半分……ね。それでも山を迂回して皇都から森に行くよりずっと速いけれど」

「こっちに来なさい。フィズィ」

 彼は手招きして大広間の奥へ連れていった。

 何十人も肩車しても届かないような絶壁の足元に、フィズィにちょうどいい大きさのアーチの門がある。その先は小部屋になっていて、薄い外の明かりが正面の壁の亀裂からわずかに差している。今は夜だが、この真っ暗な王国では、外の月明かりでさえ薄青く、ほの白く見えるのであった。

 フィズィはそこの床にむしろを引いて、マントを布団代わりにして寝ようとした。目を閉じたフィズィの頭の中にはぐるぐるとエルフの森の風景と記憶がめまぐるしく回っていた。

かの森の美しい光景の数々が、まるで絵画のようにフィズィの精神の世界に具現していた。そこに彼女の愛らしい姿があった。

だが、不似合いだった。

どこまで行っても自分はよそ者に過ぎず、そこの風景の一点となることは許されていなかったのだ。フィズィはよそ者で、中でも特に異質な存在であった。

(どういう因果かわからないけれど、今度は本当によそ者として帰るわけね)

 こっそりとフィズィはそう呟いた。

 しかしその呟きを聞く者はなかった。エラズムスはサンと何やら話を始めており、こちらはもうすでに寝てしまったものと決めてかかっているようだったから。

 そうしてフィズィは本来ならあまり必要としない眠りに体を委ね、美しく、睫毛の長い目を伏せるのだった。

 

「眠れないのかね」

 エラズムスは真っ暗闇の中でサンと向かい合った。

 見張りにつくと申し出たサンに、彼はそう言ったのだった。

「眠くはならないのです。それに私が寝ても、そう有意義な眠りにはならないでしょうから」

「有意義な眠り、とな」エラズムスは声を立てて笑った。「まあ座りなさい」

 彼は崩壊した残骸の中から平べったい石を見つけ、そこに腰かけてパイプを吸った。しばらくは言葉のやり取りがなく、エラズムスのパイプを吸う音だけが長く、ゆっくりと、かすかに響いていた。煙を吐き出す音がしてから、彼はゆっくりと語り出した。

「有意義じゃないと思う意味を聞かせてくれんか。それはどういう意味なのか。というのも、わしは懸念しているからじゃ。敵の気配ってやつを、な」

「そのとおりです」サンは眼を伏せた。「しかしもう一つ、あなたがお考えになっているとおり、私は多くの謎について考えているのです。そもそも我々の敵とは何なのか。大戦とは一体何だったのか。私の仇はそのとき生きていたはずです。ならばその者はどこへ行ったのか。そうしてフィズィのことも。聞きたいことが多すぎるのです」

「はっは。こりゃ博士殿だな」彼は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。「質問が多いのはとても結構。おおいに結構じゃ」そしてこう続けた。「じゃが取りあえずのところ、あんたが一番聞きたいことよりも、あんたが一番必要としている質問に絞ったほうがよさそうじゃな。あんたの質問の中にはわしが答えられそうにないものも混じっているが、一緒に考えてやることならできるかもしれん。でも全部は一度には無理じゃ」

「では私の仇のことを……」彼は目を伏せながら言った。「もう一度尋ねますが、どうか教えてください」

「ふーむ」彼はパイプの煙を吐き出した。「どんなことを言えばいいやら」

「私の仇は体のがっちりした偉丈夫だったと聞きます。そうして右肩に黒い火傷の跡があった」

「その黒い火傷の跡というのは、本当に……その、火傷の跡だったかね」

 エラズムスはおずおずと、足を踏みかねるように尋ねた。

 まるでその人物のことには触れたくないと思っているようであった。

「と、いいますと?」

「たとえば、何かの模様でなかったりしないかね?」

「模様、ですか?」彼は内心そんなものがあろうか、と思った。

「そうじゃよ。模様じゃよ」

 サンは再び口を閉じてじっとした。しかしその眼はエラズムスにじっと注がれていた。

「もしくは(あざ)とかの。痣に見えさえすれば、の話だが。というのはだな、サン君。きみがもし目撃した人にこう尋ねていれば、話はもっと簡単かもしれん。『どんな形の火傷だったか』とな」

「確かに、私はそう尋ねました」サンは驚きを隠せなかった。なぜそんなことが重要になってくるかわからなかったが、確かにサンはそう尋ねたのである。

「私は当時靴屋のジョールさんに尋ねました。火傷の跡があるというので、それが重要な手がかりになると思い、火傷の形を尋ねました。無謀な問いだとわかっていても、どうしても何かはっきりとした目印がほしかったのです。けれど私はたいしてましな答えが返ってくるとは思っていませんでした。ですが……」彼はそこで一度口を切る。

「あったんだね?」

 うなずく。

「はい。こう、ジョールさんは言ったのです。『龍の形をしていた』と」

「ほう。龍、とな?」

「はい」

 彼は声を落として答えた。サンがその答えを馬鹿にしていたのがわかる。あまりにも妙な答えだったからだ。

「私は信じかねました。火傷でしょう、と聞き返しました。ですが結果は同じでした。果たしてそんな火傷があるものかと、思い悩みました。しかし私は遙か南国には『刺青』といい、体に紋様を刻む文化があることを旅の途中で聞かされました。もしかしたらやつは南国の出身じゃなかろうかと踏んでいたのでしたが」

「まあその可能性も否定できんな。じゃがわしは『刺青』のことをよく知っておる。それははるか南の国、アルザヴィーラの巫女たちが神の愛を得るために刻むものじゃ。それ以外のことでは刻むことを許されん。とはいうものの、あんたの話じゃそやつは偉丈夫だと言ったな」

「ええ。ちょうどあなたぐらいの」

 そしてサンはエラズムスがちょうどそれくらいの体格だと初めてわかって少しだけ驚いた。しかし、

「いえ、あなたよりもうちょっと大きかったかもしれません。体つきが、ですが」

「はっはっは」彼は笑った。「そりゃわしは偉丈夫と呼ばれるにはちと歳を取っているからの。なるほど、それじゃあそやつはわしと同族ということで間違いないようだな」

「え、いや、ですが、同族というわけでは……」

 いやまさか、とサンは言おうと思ったのだが、体造りが頑丈そうだということでは両者は一致している。

「おそらくそやつは魔法使いなのじゃろう」

「え、なんですって?」

 サンは思わず今放たれた単語の意味がわからず聞き返してしまった。「魔法使い? なぜ?」

「それはだな、その右肩の火傷が、本当の火傷でないのなら、魔法使いの『紋章』の可能性があるからじゃ」

「魔法使いの紋章……」

「そうじゃ」

 エラズムスはぽくぽくとパイプを吸った。

「魔法使いは魔法の力を増幅させるために、様々な手を施す。魔法陣がそのいい例じゃ。儀式を行って生け贄を捧げるのも有効な手段じゃろうな。しかし生け贄を見つけるのにも手間がかかるし、魔法陣なんて複雑なものはそうすぐには書けん。ましてや戦いの中だったらなおさらじゃ。そういった魔法使いは、体に紋章を刻むんじゃ。こりゃ『刺青』とはちと違う。儀式によって精霊の力を借りてその身に刻み込むのじゃ。じゃが、こいつはちと邪道。並の魔法使いにゃできないことじゃ」

「そうなのですか? して、それは紋章であると?」

「うむ。龍の形、ということでピンときたんじゃ」エラズムスは目を細くする。「龍の紋章は龍の力を借りるものじゃ。破壊と君臨、そして英知を司る龍の、な。力に貪欲だったんじゃろう。というのはだな、サン、紋章というのはさっきも言ったようにちと正道じゃないんじゃ。魔法の契約書を常に体に刻み込んでおるわけじゃから、それは力にもなれば毒にもなるようなものじゃ。たいがいの者は正気じゃおられん……」

「そうですか……」

 サンはしばらく口を閉ざして考え込んだ。彼の両瞳に、忘れかけていた復讐の意志がふつふつと蘇ってくる。恨みを抱いているわけではないが、彼はそれこそが唯一の行動指針だった。いつまでたっても師匠に恩返しをすることができない。せめて死亡の事実だけでも手に入れなければ、彼は決して一人前になることができなかったのであった。魔王軍という脅威の存在が持ち上がってきた今、彼はそれに注意の矛先をじょじょに奪われつつあるが、胸の中の決意はまだ失われていなかった。

「エラズムス。魔法使いのことをもっとよく教えてくれませんか?」

「ふむ」エラズムスはそのとき月の明かりを見ながら物思いに耽っていたのだが、サンの呼び声に、彼は視線を戻した。「なんじゃ。魔法使いになりたいのかな?」

「いいえ」彼は首を横に振る。「そうではありません。魔法使いという者は何なのか、私は知りません。だから知りたいのです。」

「ふむ。どうやって魔法使いは生まれてくるのかとか、魔法使いはなぜ魔法使いたるのか、ということをあんたは知りたいのかな?」

「そのように思ってもらって結構です」

「それならばまず話は簡単じゃ。エルフという種族はみんな魔法が使うことができる。エルフは自然全員が魔法使いとなる」

「それは聞いたことがあります」

「エルフには生まれつき神聖な能力が宿っているからじゃ。もっとももうエルフの数も少なくなってきておるがな……次に、じゃ」彼は教師のように語った。「魔法の素質がある者。これは数多くないし、種族によってもかなりバラつきがある。わしの種族、アラリオンでも数はそう多くない

「アラリオン……先ほども言っておりましたね。あの男はあなたと同族かもしれないと」

「ああ。そうじゃな。なぜなら、アラリオン以外に魔法使いになれる者はそう多くないからじゃ。ドワーフや人間にいたってはほぼ皆無といえよう。さよう、アラリオンは人間とはちと違う種族なんじゃ」彼は付け加えた。「人間というものを今の世に大勢溢れかえっている種族と定義するならね」

「もちろんエルドールにいる人間、ということですね」

 サンは物思いに沈んだ。

 アラリオンという種族は確かに人間とは違っていた。人間と同じ姿をしているが偉大な種族で、顔つきも王者の風格があり、また戦いにおいては勇敢だった。背はエルフのように高く、また体つきがすらりとしているエルフとは違って、アラリオンはがっちりとしていた。そうして威厳ある風貌だった。アラリオンは人間よりもずっと長寿で、倍は生きた。

 だが、アラリオンもかつての王国が滅ぼされ、エルドールには少数しか残ってないと言われる。

 ならその仇がアラリオンである可能性はあるのだろうか。

 あるだろう。なぜならここにいるエラズムスが現にアラリオンの生き残りだったからだ。

 仇はアラリオンで、魔法を使うことができ――しかも龍の紋章を宿している――また師匠以上の剣の使い手なのだ。今のままでは太刀打ちできないのは明白だった。

「もっと腕を磨かねば」

 ぼそりとサンは呟くのだった。

「サン?」エラズムスは優しい瞳で、問いかける。

「腕を磨かねばなりません。私はまだまだ半人前です。もっともっと強くならねばなりません」

「何のためかな?」

「独立するためです」サンは強い輝きを瞳に宿した。彼の赤い瞳は宝石のように暗闇の中でも鋭く輝いた。

「あんたの独立という意味は、」エラズムスは言った。「どうやら深い錬磨心があるようじゃな」

「そうです」彼はうなずいた。

「わしはあんたは、もう十分立派かと思うがなあ」

「それは本当なら、とても嬉しいことです」

 彼は淡く微笑む。

 月明かりに照らされる部屋の一隅を眺めて、彼は続ける。

「ですが私は、まだまだ人の助けがなければ何もできない未熟者。敵と戦うだけではない、もっと大切な、深く、広いことを学びたいのです」

「その一環が、魔法使いの謎ということかな」そう言うと、エラズムスはからからと笑った。

「そろそろ眠気もやってきたじゃろうて。あんまり眠る時間はないんだから、はやく寝てしまいなさい。フィズィならもうすぐ起きるじゃろうよ。元来エルフは眠ることはほとんどないんじゃ。彼女が今度はあんたのことを聞きたがるじゃろうて」

 そう言ったときにフィズィは目をこすりながら起き出してくるのだった。

(四―終わり 逃避行)

 

 エラズムスはフィズィともまたしばらく話をしたようであった。

 数時間経った後、まだ暗さが消えやらないうちに、サンは起こされた。サンはそこで目をこすり、パンを一口食べて水を飲んだ。旅に慣れている彼だったが、もうカーメンツィントを出てから一週間になる。旅の疲れも、汚れも、そろそろ洗い落としてしまいたい頃だ。

「今は何時でしょうか?」

「さあてな。夜が明けるちょいと前じゃないかな。あんたが寝入ってから三時間ほどしか経ってないよ。それはそうと、もう歩き出さなきゃいかん。もし敵がこの王国にやって来ているとしたら、今ほど楽な時間はないんだからね」彼は立ち上がって背を伸ばした。そうすると彼は本当に立派に見えた。背丈が高く、威厳があった。

「さあ早く。起きてよ」

サンはフィズィに揺すられる。

「ええ、すみません。もう大丈夫です」

「まったくもう」

「さあ、それじゃあ出発するぞ」サンがようやく起きたようなので、エラズムスは先頭に立って部屋を出て行った。水とパンは歩きながら取った。

 

 それから一行はまた長い旅路を送ることとなる。しかし以後は比較的楽しい旅であった。というのは採光窓が増えて、明るい日差しがそこかしこに光を投げかけて交錯しているからだった。光はかつての王国の美しい垂れ幕や、紋章などを暗闇の中から浮かび上がらせ、見る者たちを喜ばせた。大勢の者が龍に立ち向かっていく壁画や、大きな白馬にまたがる王者の壁画があった。

 もっとも、楽しい思い出も最後までは続かなかった。

「ん」

 エラズムスがふと立ち止まる。

 もう日もだいぶ差しかかってきたころだった。声の反響する大広間に至り、彼はふと歩みを止めた。

 それが二人にはなぜか良くない兆候に思えた。おそろしい気配がこの坑道内に感じられたからである。

 二人は何も言わなかった。何も言わずとも二人の間では了承されていた。つまり、こういうことだ。「何かが来るんだ」

 エラズムスはそれに答えるように、二人に振り向いた。その顔は面白くない、ちょっとばかし良くないことが起こったと言わんばかりだった。

「うーむ……」

 彼は言った。

「逃げねば」

 そのとき、サンは小鬼の笑い声を後ろから聞いた。

 けたけたけた、と。

慌てて背後を振り返る。

「はっ……ゴブリン!」

「さあて、」エラズムスは二人の手を引っ掴んで、前へ引いた。「逃げるぞお! 出口まではもうちょっとあるが、やつらに囲まれたら終わりじゃ! 走って、走って、走りまくるんじゃ!」

 三人は糸が切れたように勢いよく走り出した。小鬼の笑い声が今では太鼓の音ともにありありと聞こえる。

先頭はエラズムス、そしてフィズィと順に続いている。しんがりを務めるサンは、たびたび後ろを振り返って敵の姿を見いだそうとした。

そうすると後ろからではなく、右からも、左からも、小鬼共の笑い声が聞こえてきた。ずっと以前から見つかり、つけられていたに違いない。そうしてここの構造に熟知したあのゴブリン共は部隊を分散させてここで罠にかけるつもりでいたのだ。

「エラズムス! もう駄目だ! 敵が三方から来ます!」

「待つんじゃ! だめじゃ! 立ち止まってはいかん! フィズィ、足の速くなる魔法をかけてくれ! 痕跡が濃く残ってもいい!」

「わかったわ!」

 フィズィの指輪が煌めき、周りが清冽な白い輝きに包まれた。それは優しい大気となって三人の体を包み込んだ。そうしているうちに、足がだんだん軽くなって、それから体全体も、まるで羽が生えたかのように軽くなった。地面を蹴れば力強く、遠くまで走り飛ぶことができた。

そのとき、ついにゴブリンたちが姿を現わした。

 とてつもない数で、まるで大波のようだった。手にはそれぞれ松明を持ち、槍や剣、禍々しい形の薙刀を持っていた。風を切って矢が飛んできた。一本は翻ったサンのマントに突き刺さり、サンをぞっとさせた。三人はすばらしい速度で逃げ出したが、弓矢はめっぽう打たれ、そのうなる音とともに太鼓のリズムや、甲高い笑い声がめちゃくちゃに折りあわされ、混沌とした脅威となって後方から押し寄せるのだった。

 三人はそのままの速さを維持して進んだので、だいぶ後方まで奴らを引き離すことができたが、敵は先回りして幾匹かが行く手を阻みに来た。

 五匹のゴブリンが現れ、それぞれ武器を振りかざした。禍々しい曲刀や、槍に棍棒、弓矢にナイフ、そうして胴には真鍮の鎧をつけていた。

「エラズムス!」

「うむ!」

 二人は剣を抜いて前に躍り出た。

 くしくもサンはここで初めてエラズムスの戦う様を見たわけだったが、その威容には度肝を抜かれてしまった。エラズムスがレアティネルを抜くなりそれは青々とまるで海洋のごとく美しく煌めき、恐るべき衝撃と畏怖をもって小鬼共を撫でつけた。

「ひれ伏せ!」

 小鬼たちはその彼の一喝にておのおの武器を取りこぼし、彼を崇めるかのように平伏してしまった。一行はその頭上を飛び越えて、素早く去っていこうとした。その五匹の小鬼たちの中でもとくに勇敢な者は後ろから襲いかかろうとしたが、立ち止まったフィズィに炎の魔法で焼かれてしまい、残りの者はその灰になった姿を見て一目散に逃げ出してしまった。

「殺すのはやめておけ、フィズィ!」

 走りながらエラズムスは言った。

「これで、やつらは我らを許すことは絶対に無くなったぞ。せいぜい幻影を見させるぐらいにしておけばよかったんじゃ!」

「いやよ! どうしてそんな面倒で厄介な魔法を!」

 こうして文句を言い合いながらも親子とサンは、坑道の出口に向かって疾走を続けた。不思議と息は切れなかった。それはフィズィの魔法によって、とても心地良い疾走になったからだった。まるで朝露の滴る森の中を、朝の空気を吸いながら駆けるかのようだ。疲れはなく、高揚感さえ覚えるほどだった。

 長い長い階段があった。深淵に降りていくような階段だった。先頭はエラズムス。次はサン。そして最後にフィズィが――後ろの二人は手を繋いで――続いていた。弓矢が後方からどんどん飛んでくるので、サンは前のエラズムスを急かさなければならなかった。盾があれば楽だった。しかし今はなんとかして弓矢をかわすしかない。風の音だけが頼りだ。しかし攻撃を受けながらの逃走であるので、当然遅々として進まない。サンはここである決断をしなければならなかった。

「エラズムス!」彼は叫んだ。「ここで私が一時(いっとき)足止めをします! その間に前に進んでください!」彼をそうさせたのは小鬼の軍団がいよいよ間近に迫ってきているとわかったからだった。暗闇でもわかるほどに。

「なんじゃと?」エラズムスもまた足を止めた。「それならわしも残らねばなるまい。あんたは道を知らんじゃろうが!」

「後で必ず追い付きます! なにか私にわかる目印さえ残しておいてくれれば……」

「いったいそれは何だって言うんだ? あんたは魔法の残り香さえ嗅げないじゃないか? よかろう、わかった。ここでちょいと下がっていなさい。ぬぅぅぅぅんっ!」

 エラズムスがサンの前に立ち、深く息を吸うと、彼の姿は何倍にも膨れあがった。いや、そのように見えたのだ。圧倒的な存在感、威圧感、神々しい輝き。彼の周りの大気は凍り付き、張り詰めて呼吸ができなくなるほどであった。サンはとっさに耳を押さえた。

「立ち去れ!」

 エラズムスの一喝はまるで落雷が直撃したかのよう。衝撃が逃げ去るように彼の周りから放たれ、それは小鬼たちとの間で弾けた。そうすると小鬼たちは算を乱して逃げていった。押し合いへし合いしながら潰されて絶命する小鬼もいた。

エラズムスは最後の仕上げとして光の幕をその階段に張る。そうして彼は元の姿へと戻った。

振り向いたときの彼の顔は、サンたちがよく知る厳格な老年間近の男だった。

「言っとくが、」彼は言う。「もうこれで、『私たちはここを通りましたよ』という絶対なる証を残しちまったぞ。敵にとってわかりやすすぎるくらいにな」

「とにかく恩に着ます」サンは剣を鞘にしまい込んだ。「行きましょう。またやつらが戻ってこないうちに」

「そうじゃな」彼は沈んだ顔で言った。「だが出口は近い」

 階段が尽きた頃に、清浄な空気が漂っている、今までよりもずいぶん広さを感じる大空間へと出た。

 かすかな水の匂いがした。

「狼洞湖じゃ! やっとついた!」

 サンたちの前に黒く佇んでいるのっぺりとした鏡のようなものが狼洞湖だという。サンは神聖な輝きの残滓をそこに感じたが、もうそれは生命を終えてしまっている。ここに残っているのは湖の残骸であり、抜け殻であった。サンはそれを知って残念に思った。時間があれば少しでもここの清らかな空気にあたりたいのだったが、そんな暇は残ってない。

「よいか! 岸を左側から回っていくぞ! そして少し行くと左方に階段があるはずじゃ! それを昇っていけばベルメンドの山腹、ガルカ山脈のもう一つの頂き、サルバ・アイへと行けるはずじゃ! 道は広い。行くぞ!」

 サンはその銀色の湖を横目にして駆けた。湖は物言わぬ人形のように静まり返っていた。ここの湖はドワーフたちがトロールや東方の蛮族に殺された際に、魔力を失ったのである。そうして今では地底王国の名残として、古の栄光を去りゆく者に伝えているに過ぎない。しかし湖の死骸は今でも美しく、玲瓏な輝きで大気を満たしていた。

 代わってここの支配者となったゴブリンたちは、最後の追っ手をエラズムスたちに差し向けていた。今ではもう彼らも闇の王国の傘下に入っており、かの国からの使者一人で兵を動かさねばならぬほど恐々としていたのだ。

 地底湖はかすかな白い輝きを発した気がした。だがそれに気が付いたのはエルフのフィズィだけだった。彼女は左手の指輪に力のこもるのを感じた。そうして暗くのし掛かるようだった気分が少しは晴れたように思えた。

(共鳴? かしら)

 彼女は走りながら振り返る。

(だとしても……これで湖は荒れ果てるでしょうね。今までも不思議なくらいゴブリンどもに汚されてなかったのに。私に最後の魔力を与えてくれたのは感謝するけれど、でももうこれでここが美しかったと呼ばれることは少なくなっていくのね……)

 階段を見つけ、フィズィはエラズムスたちに続いてそこを駆け上がる。

(さようなら)

 彼女はもう一度振り返る。

 そうして駆け上がっていく男たちの背の先に、外のかすかな輝きを判じながら、指輪を愛おしむように右手で隠した。

 

 サンはいまだに危険が減じたとも思っていなかった。

 むしろたとえ外に出たとしても、しばらくは敵と交戦しなければならないことを覚悟していた。狼洞湖が小鬼共の巣になっているなら、ベルメンドも同様になっていない保証はないからだった。小鬼共なら昼の間でも活動はできる。

 ましてやここはやつらの庭だ。抜け穴などいくらでも知っているだろう。

 サンは、四方に警戒をしながら先頭のエラズムスに従って行った。

 しかし、だ。

「む? と、止まれ! 止まるんじゃ!」

 エラズムスは何かを見つけたようだった。

肩を掴まれ、止まるように促される。

エラズムスは何を見たと言うのだろうか。

エラズムスは――

「まずいな……トロールじゃ……」

参った。そんな表情を隠すこともせず、ありありと面に表わしていた。

トロールは、上古の時代の巨人たちの成れの果てともいわれる。

神との戦に負けた巨人たちは、それぞれ悪い物と交わった。それが彼らに下された罰だったからだ。

巨人と悪いものから生み出された存在は、さらに悪いものとなり、このように醜く、汚らわしく、知性のないものになった。

だが力は遙か劣ろうとも、人間やドワーフにとっては脅威の存在であった。知性はない、知性はないが並はずれた怪力を持っているのだ。使役される存在としてはうってつけだ。

「しまった……本当にしまったな。どうにかしてあの出口をくぐり抜けなきゃいかん。それにしてもトロールから逃げることは不可能じゃ。やつらはここ一帯を巣にしておるじゃろうし、慌てながらガルカ山脈の尾根を突っ切ることはもの凄く危険じゃ。いいか、サン。なるべく広いところで戦うのじゃ。わしがまずやつの目の前に立つ。やつの一撃だけは必ず防いでやるから、その隙に外に出るのじゃ」

「はい」サンは打つ術もないように思えたので、ただ彼の作戦に従った。「ですが、エラズムス。あなたはどうするんです」

「すぐわしも出る。なに、出ることなら簡単にできるもんじゃ」

 彼は気丈に笑う。

「そうしたらベルメンドの山腹に出る。結構広い場所だったはずじゃ。そこに我らは三角形に陣取る。やつを中心に囲って、決して一人に狙いを定めさせず、少しずつ体力を削り取って行くんじゃ。油断しなければ決して勝てない相手じゃないぞ。しかもあんた、サンはベンゲルと一騎打ちで傷一つ受けなかったじゃないか。十分やつと渡り合えるぞ」

「それにしても、恐ろしいのです」

 サンは声を震わせた。

「あの巨人のまがい物からは恐ろしい冷たさを感じます。やつらは大勢の人を憎んでいる。憎しみが強すぎて、破裂しそうなくらいに。誰に気を許すこともなく、ただ自分も含めて全員を憎んでいる」

「どんなに仲間が多くたって、やつらの連携なんて所詮そんなものよ。相手を憎み合っているの。そういう使役関係。そこに必ず勝機はあるわ」

「準備はいいな」彼は言う。「これで作戦会議は終了じゃ!」

 彼は背筋を伸ばした。

 ありありとトロールの影が見える。外からの光にやつの影が差している。

「行くぞ! わしが先頭! 次がサン、最後がフィズィじゃ! 遅れるなよ!」

 そうしてまるで駿足動物のように素早く階段を駈けのぼると、エラズムスは再びレアティネルを引き抜いた。その剣の輝きは青々と洞窟に照り輝き、王者の風貌を相手にまざまざと焼き付けた。

 その輝きを前にして小鬼(ゴブリン)たちは自我を保っていられなかった。蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまい、後はトロールが残るのみとなった。

 唯一、逃げずに扉を塞いでいるトロールは、まだしも小鬼たちより勇気があるように見えた。

「トロールよ、巨人のまがい物よ! おぬしを片づけに来てやったぞ。愚か者。かつてはお前も知性あふれる生き物じゃった。残忍で、粗暴だったが、神の息吹が宿っている高等な生き物じゃった。だがいつしか傲慢に理性を譲り渡し、そのような化け物に身を変じさせたのじゃ。つらかろう、おおいにつらかろうよ。じゃが、この道は通させてもらうぞ! あくまで通さないと言うならば、その腕引きちぎり、火でおまえの骨の髄まで焼き尽くし、その後で凍り付かせてその辺にうちやってくれるぞ。よいな! さあ、どけ!」

 トロールは歯をむき出しにした。やつは緑色の肌をしており、まるで大木のような腕をしていた。それを振り回し、拳でエラズムスを弾き飛ばそうとした。

 もし生身の人間で準備もせずその拳を受けたならば、よくて全身骨折、悪くて死亡していただろう。足を踏ん張らなければ吹き飛ばされ、洞窟の壁に叩きつけられていたところだ。しかしエラズムスは踏ん張るどころか傷一つ受けずその拳を受けきっていた。防御結界だ。

 だが防御結界は多くの魔力を使う技。本来戦闘向きではない。

 今のうちだ。と、彼は二人に合図した。サンとフィズィの二人は飛び出していき、すぐにトロールの両脇から外へ抜けていく。

 それに気が付いたトロールは足を上下させて踏みつぶそうとする。すんでのところでかわした二人だったが、出口からは距離ができてしまった。

「こちらを見るがよい。愚か者め! 恐ろしいものが見えるじゃろう!」

 今ほどレアティネルが脅威の渦となって輝きだしたことはない。その光は冷徹な残忍性をもって最後の一間を荒れ狂い、荒れ狂い、恐ろしい魔力を放ちながら、今にも大蛇リヴァイアサンとなってトロールに打ちかかろうとしていた。トロールは両腕を組み合わせてその(あぎと)を食い止めようとした。その溢れんばかりの魔力の洪水はトロールを大いに傷つけたが、下の二人は無事であった。それどころかそのまま押し流されるようにして、出口まで連れ去られてしまった。

「まだまだいくぞ! 貴様の相手はまだまだこのわしじゃ! 生きて帰れると思うなよ!」

 出口から外に出た二人はまず光と戦わなければならなかった。久し振りに眼を貫く太陽の明かりは厄介だった。そしてその次はゴブリンの群れが待っていた。すぐにフィズィは防御結界を張り、サンは剣を抜いて集団の中に吶喊していった。

 サンが剣を振り払うたびに小鬼たちは倒れていった。彼は勢いよく戦っていたが決して動きに無駄はなかった。相手の攻撃を受け流すだけ受け流し、わずかな隙を最小限の動きで捉えて次々と絶命させていくのだった。

 集団になっている小鬼の一団はフィズィの魔法の餌食となった。(いかずち)の奔流が小鬼の集団を貫くたびに、焼け焦げた一団が出来上がった。そうしてそのうち小鬼は一匹もいなくなってしまった。大勢は逃げ出したか、崖から落ちて谷間の底に死体となったのだった。

 そのときだった。地下王国からの出口が、カッと雷が落ちたように輝いたかと思うと、エラズムスは転がりでるように出口から出てきた。

「ふう! ふう! 危うかった! 危うかったぞ! そっちの方はどうじゃ? こっちは上々じゃ。多少無茶はしたがの。でも出し抜いてやったぞい!」彼はそう言って嬉しそうに握り拳を作った。

 そのとき地響きがし、ぬうっと巨大な影が地下王国の出口から出てきた。人の背丈の三倍ほどはあり、手は地面に届きそうなほどに長かった。かの者の緑の肌は今は黒く焼け焦げ、ところどころから黒い煙が上がっていた。

「だいぶ魔力を消費してしまった」エラズムスは言った。「だがあいつもかなり弱ってきておるぞ! サン、背後に注意してくれ! ゴブリンどもがまだどこにいるかわからん! フィズィは前面に集中するんじゃ! やつを囲むぞ!」

 そのとき、トロールは近くの岩を掴んで引き離し、こちらに投擲してきた。その岩はエラズムスが魔法で防ぐ。近接攻撃しかできないサンに気付いたのだろうか。彼を目がけて投げつけてくる岩が多くなり、エラズムスは防御に発汗した。

「斬り込むにはまだ狭いです。やつめ、私たちの狙いに気付いている」

「仕方ない。やつの注意を逸らせるとするか。どうしてもやつをおびき出せないなら、わしが魔法で注意を惹く。その間にサンはやつに一撃をくれてやってくれ」

 大任だった。

 エラズムスは魔法を仕掛けるが、やつも巨人の端くれ。神性はまだ身体の中に宿っており、それが徐々に魔法に対する抵抗力を発生させていく。今ではもうエラズムスの魔力消費が甚大になってきており、このまま膠着状態になればこちらが不利になるのは間違いなかった。

 そのときだ。サンは飛び込んで行った。エラズムスが想定していなかったタイミングである。サンはこれ以上戦いを引き延ばすのは得策じゃないと判断したのだ。まるでイタチのように素早くかの怪物の足元に寄り、その膝に片足をかけ、トロールの腹部に剣を差し込んだ。鋼のように硬い肌だったが、サンの剣が粉々に砕け散る代わりに、そこから緑色の血潮が溢れ出てきた。サンはすぐに飛び退いたが、怒り狂ったトロールに素早く捕まえられてしまう。

「くっ」

 サンは全身が悲鳴を上げているのを感じた。感覚がなくなっていく。剣が壊れてしまったのはよかった。そうでもなければ、今頃は剣を取り落とすという不様な格好を晒していただろうから。

 トロールは徐々にサンの身体を締め上げていく。サンは悲鳴をあげた。悔しい悲鳴だった。トロールはその怪力を、腹が裂けても失わなかった。神と戦った神聖な種族の末裔たるに相応しい、凄まじい戦い振りだった。

 サンはもうエラズムスたちの声も聞こえなかった。きっと自分を助けようとしてくれているだろうが、トロールが自分を盾にすることは明白だった。

(……だが、)

 致命傷となる傷をつけてやった。もうそれだけで、こちらの勝ちは決まったようなものだろう。

 ただトロールは自分を道連れにするようであった。悪くない、とサンはぼんやり考えた。

 全滅する危険性があった。それが自分の命で回避されたのだ。魔王軍ではない、師匠の仇でもない化け物にやられるのは惜しかったが、自分の運はここまでだったのだ。

 それならそれで、もう仕方がない、とぼんやり考えたときだった。

トロールの顔に何かが突き立っていた。つんざくような悲鳴が遠くぼんやりと聞こえた。それからサンは地上に投げ飛ばされ、回転した。

じょじょに痛みが蘇ってくる。頭がはっきりして、神経が復活してきたのだ。たちまちそれは想像を絶する痛みとなった。体を動かすことができず、何が起きているのかわからなかった。

そうして何か温かい布で身体がくるまれ、運ばれた。サンは自分を担いでいる人間が誰だかわからなかった。見たこともない人だったが、その美しい亜麻色の髪は、フィズィを思い出させた。

つづけて巨人の悲鳴が聞こえる。サンはどこか遠くで、かの巨人の断末魔を聞いた。倒れたのだ。そうして自分は非常に頭が痛かった。苦痛を精神で処理しきれないのだ。それほどの痛みだった。かの者の憎しみが直接伝わってきたようだった。怨み、嫉妬、怒り、そういった負の感情が、サンの身体の中に吸い込まれていき、そこでまだ意志を持って暴れているのだ。

これが呪いだった。

これは天然の呪いで、たとえばザネロが扱うような洗練された呪いとはすこし勝手が違う。かのザネロは呪いを体系的な戦闘術として構築したが、こちらは天然の生の物なのである。ザネロより数段荒々しく、凶暴で、加減を知らなかった。

 サンはその呪いに当てられた。意識が朦朧とし、頭がとにかく痛かった。

 思考の靄が解けるのは一瞬で、その度にフィズィやエラズムスのこちらに何か話しかける姿が見えたが、サンはそういったものに注意を向ける余裕がなかった。

 つねに自分自身との戦いに明け暮れ、意識をよそに引き渡さなかった。サンはじょじょに支配してくる呪いと戦っていたのである。

 そうしてやがて、意識を失った。

 サンは時折意識を回復させたが、自分が今後どうなるのか、わからなかった。そうしてまた眠るのだった。

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