ねえ。

 君たちは、いったいどういうふうに人生を生きるべきか、考えるのは嫌か?

 僕はそれほど嫌じゃない。

 とはいっても、誰か、まあ、目上そうな人間から、それは人間として必要なことだから是非考えなさい、と言われるのは好きじゃない。

 そうすることの意味を熱く語られるのも嫌だ。

 そうされると、なんの気力も出てこなくなる。べつに考えなくてもいいか、という気になって、他のことを考えたくなる。

 僕は僕のまま、ありのままに生きてみたい。

 悪いところを自分自身で反省し、悩み、考える。いったいどうしたら人に愛されるのかを、自分自身の頭で考えたい。

 他人には、僕が質問したときにだけ、快く答えてほしい。

 いや、そうじゃないか。

 僕は、誰かと一緒に探りたいんだ。

 他人と一緒に悩んで、苦しんで、そうだ、誰かと一緒に僕はそんな道を探したいんだ。

 恥ずかしい失敗を繰り返すのもいい、無駄な実験や試行錯誤を繰り返すのもいいだろう。そうしてくたくたになった足で、たどり着いた山の頂には、この上もない綺麗な景色が待っていることだろう。

 それは僕らにしかわからない。

 ただ目上の人から教えられるままに生きている人間には、自分の頭で少しでも考えようとしなかった者には、一生理解することのできない美しさだ。

 僕は、そんな景色を見たいから、頑張るんだ。

 

 

 

 第一話

  

「待て……(かね)(よし)

 僕は(りん)太郎(たろう)の顔を見た。

「オレは今、重大な人生の帰途に立っていると思わないか?」

「思うか。そう言うんだったら、人生の岐路だろ? 十七歳でそうそう人生の帰途について考えているのか? だったら考え直すことをお勧めする。人生にはまだ楽しいことがたくさんある」

「オレを勝手に自殺願望者にするな!? まだ死ぬ気なんかねぇよ!?」

 そう言って麟太郎は教室の端っこを見つめた。

 僕は敢えてそちらに目をやらない。それでいい。麟太郎のみるみる青くなっていく顔を見つめるだけで。

「ほんとに、大丈夫だよな……」

「僕に聞かれても困るな。君の愛情の深さと、選択の結果によって運命は変わるんじゃないか?」

「うぉぉぉぉ――――っ!? いったいどうしたらいいんだぁ――――」

 麟太郎の先にいるのは、僕らのクラスメートの、相沢佳菜恵さんだ。どんな表情で今、麟太郎のことを見つめているのか、ぼくは手に取るようにわかる。麟太郎の顔を見ているだけで。

「しかし、すこしオーバーリアクション過ぎないか、麟太郎?」

「だってよ!」

 はっ、と後ろで息を呑む声がして、席を立つ音がした。

 がたがた。

たたたた、と廊下を駆けていく音。

「あーあ」

 僕は呆れた声だ。

「傷つけた」

「え、今のって傷つけたのか!?」

「当たり前じゃないか。女の子を傷つけた人間は、皆等しく罰せられるべきだ。罰として今から彼女を追いかけてこい。そして二人っきりになって何かを遂げるんだ」

「その何かってなんですか!?」

「それは、」

 ぼくは、手を広げて大仰に言った。

「運命と、彼女のみが知っているのだ」

「怖いこと言うなぁっ!?」

 麟太郎は本気で泣きそうな顔になって、僕の襟首を掴んで前後に振った。乗せられてやる僕。

麟太郎には悪いと思いながらも、僕は麟太郎の困った顔を見ているのが面白かった。

にやにやと意地悪く笑みを浮かべている僕は、きっと誰よりも極悪人だ。

「なにを戸惑うことがある、麟太郎? なにを恐れる?」

「恐れるもなにもっ!?」

 麟太郎は僕の首を離して訴えた。

「くっ、食われるかもしんねぇって思うだろ!」

「ふむ、そうか――」

 僕は改めて、麟太郎がポッケに大事そうに忍ばせていた「ラブレター」を取り、その文面を読んでみた。

 

 竜童寺君へ

 

 突然、こんなお手紙出しちゃってごめんなさい。

今時こんなの流行らないかな? でも竜童寺君にはどうしても伝えたかったから、恥ずかしいけど、こういうやり方が一番的確かなって思ったんだ。

ずっと伝えたかったことがあります。

 よければ今日の放課後、体育館裏に来てください。

 もちろん一人で。私も一人で行きます。

 待っています。

相沢佳菜恵

「もう一度言おう。麟太郎」

 僕は麟太郎にラブレターを返しながら言った。

「相沢さんは決して人外の生物ではない。まともな人間だ」

「嘘だっ!?」

 麟太郎はそう叫ぶとともに、口からしゅばしゅばしゅば、とイソギンチャクの足やら十八禁めいた触手のようなものを出すジェスチャーをした。

「騙そうったってそうはいかないぞ!? こうして、こんなふうに、ぐちゃぐちゃぐちゃ、って口から触手みたいなものが出て、オレを捕食するに決まってるんだ!」

「おい、言っておくが……」

 ぼくは目を細め、あたりの様子を憚りながら言った。

「君は今のセリフで、女性の読者の五人中の五人の好意を失ったぞ?」

「なにいっ……全員だと?」

「もともと女の子にモテない君が、天の神様の気まぐれか、その執行官のミスか、あるいは運命の女神の、今付き合っている男への嫌がらせか、それのどれかによってもたらされた最大の幸運、たったそれだけでも、不幸な男の読者の、五人中三人の好意を失ったというのに」

「おい、その妙に具体的な数字はなんだ? はっ、どうせおまえだって、相沢佳菜恵のこと、顔がちょっと『ごめんなさい』って感じなの、わかってんだろ?」

「貴様は僕の心が読める達人かなんかか」

「あれ、図星なの!?」

 僕は相沢さんのことを思い浮かべた。相沢さんのことは、実はよく知らない。

そもそも僕は、クラス内の事情については疎いのだ。だが、このラブレターを見れば、相沢佳菜恵さんがいったいどういう人間かということぐらいは、簡単に伝わってくる。よく両親に躾された、品の良いお嬢様といった感じだろう。

記憶によると顔の見栄えは確かによくはなかったが、心に潜む清廉さは、外見にもよく現われてくると昔の偉人もよく言った。このラブレターは、僕が今まで生きてきた中で、最高に爽やかで素晴らしいラブレターだろう。

 それなのに、麟太郎がまったくなびかないのは――、

「観念しろよ、麟太郎」

 ただ麟太郎の好みのタイプではないからだ。

「外面だけで女の子の価値を判断するなんて男として最低と思わないのか。そもそも、まさか食われるなどとは本当に思ってないんだろう? お前はそんな卑怯な人間じゃないし、僕の知るところによれば、もっと素直で素晴らしい人間だ。自分自身にベストを尽くしたいのなら、今ここで、はっきりとその気持ちを出すんだ」

「う……」

 麟太郎の顔が、みるみると悲しそうに歪んでゆく。

「すまん……だが、オレにあの顔は無理だ……」

 僕は俯いて涙声になった麟太郎の肩に、手を置いて、優しく言った。

「そうか……よく言った。それでこそ麟太郎だ」

 僕は続けた。

「君が、そうやって人の目を気にせず、ありのままに振る舞うところは僕も好きだよ。あれだけ僕に言われたのに、気持ちを貫き通すところは尊敬する」

「うえ……?」

 馬鹿な麟太郎は僕がなにを言っているかわからないだろう。

 ここで改めて自己紹介しよう。僕の名前は羽柴(はしば)(かね)(よし)。高校二年。

 相手のこいつは、竜童寺(りゅうどうじ)(りん)太郎(たろう)。同じく高校二年だ。

 麟太郎は馬鹿だから、人も良い。僕なんかとは違う。僕は麟太郎のそういうところが好きだ。

 僕は眼鏡のズレを、人差し指でなおした。

「だが、取りあえず会ってやらないと可哀想だな。それが最大の最低男の生き方というものだろう」

「どうすりゃいいんだよ……」

「それくらい自分で考えろ。と、言いたいところだが……」

 僕は時計を見た。もうそろそろ昼休みが終わる。教室が慌ただしくなる。

「一つだけ助言をしよう」

「……?」

 僕は昼休み終了の鐘が鳴る中、ひそひそと麟太郎に顔を近づけて言った。

「と、こういうことがあったわけだが」

 静かな教室の中、霧島(きりしま)さんは得体の知れないものを見るような目で僕のことを見つめた。

「羽柴君、今がなんの時間かわかってる?」

「古典」

「古典の、なに?」

「先生から出された問題を、一生懸命解く時間」

「羽柴君は一生懸命じゃないみたいだけど」

「霧島さんも一生懸命じゃないんじゃないか?」

「私はっ! 一生懸命に解くつもりなの!」

 小声で、ぶつけるように僕に言ってきた。教壇に立つ先生の睨みがこちらに突き刺さる。坊主でちょっと怖い先生だ。そんなことはどうでもいいが。

「だって、僕の話を熱心に聞いてくれたじゃないか」

「それは、羽柴君が『僕の話を聞いてくれたなら答えを教えよう』って言ったからで……」

「途中からちょっと後悔して残り時間を気にしだしたみたいだけどね」

「それがわかってて何で笑うの!?」

 僕は笑った。素直な霧島さんの顔が真っ赤に染まる。

 僕は、霧島さんともちょっと仲が良い。クラス内の事情には疎いと言ったばかりだが、そんな僕にも、多少は人的交流がある。

 それがさっきの竜童寺麟太郎と、こちらの女子、霧島(きりしま)礼子(れいこ)さんだ。どちらも素朴で単純な人だから、僕とは結構気が合うのかもしれない。

 もっとも、霧島さんとはただ席が隣同士だったからという理由で仲良くなったまでで、こうしてなにかの縁がなければ、一生言葉を交わさない間柄だったかもしれない。そう思うと運命の面白さがわかる。

「何で笑ってるの!? 問題が解けない私がそんなにおかしい!?」

「いや、それはおかしくないさ……」

 僕は自分のノートを開いた。

「おかしいのは、どちらかというと霧島さんの素直さだよ」

「あーっ!」

 僕のノートは真っ白。まだ少しの汚れもない、純潔なノートだ。

霧島さんの叫び声がついに先生の怒りを買った。

「霧島! 問題ができたのか!」

「いえっ! まだ、なんにもっ!」

 霧島さんは涙声。そう、僕もまだなんにも解いてなかった。ただ暇だったから、霧島さんと世間話をしていただけだ。

 だがまったく解けない見込みがないわけじゃない。いや、それどころかこれくらいの問題なら楽勝だ。学校を数日休んでいたって解ける。

 僕は問題を解き終えて、くるっとペンを回した。

「はい、できたよ」

「見せてっ、見せてください!」

 なぜか敬語になっている霧島さん。ずるずるとノートを引っ張って、必死に解答を写す。先生は教壇にいるから丸見えになっているのだが、その必死さに何と言っていいのかわからず、顔を引きつらせている。

 あっ、ノートになんか記入している。きっと霧島さんを授業後呼び出す作戦だろう。

「ふぅ……。なんで、なんでこんな酷いことするの……?」

「理由なんて必要だろうか?」

「必要よ。私が惨めになることより、麟太郎君のモテ話のほうが重要だっていうの……」

 そう曲解されるとは思ってもみなかった。けれど面白かった僕は、またけらけらと笑った。

「思うんだけどさ」

「なに?」

 霧島さんのつぶらな瞳が、こちらに向く。

「霧島さんが自力で問題解ければ、全部良かったんじゃないの?」

「……」

 その後、僕らは、答え合わせでどちらも間違っていたことに気づいた。

 次の休み時間、即刻ぶたれた僕。

「羽柴君にはもう二度と頼らないから!」

 そうして黒い髪を振り乱して、ぷんすか、他の友達のところに行ってしまう。

 そんなに怒らなくても。

だいたい気づけよ、源義経の幼名が牛若丸だってことくらい。僕はつい勘違いして、弁慶って書いちゃっただけだ。

 

 放課後。夕陽がぼんやりとオレンジ色に、建物の影に沈んでいく中、僕は校門で麟太郎と出会った。

「で、どうだった?」

「いやぁ……」

 麟太郎はなぜかにやけ顔。

「散々だったよ。いや、まぁ、なんていうかさ、モテる男はつらいねぇ……ってな。オレも寅さんの気持ちがわかる年頃になったってわけだよ」

「寅さんは別に『モテる』とはつけてないぞ? 『男はつらいよ』と言っただけじゃないか」

 そもそも僕は、寅さんの出ている映画は一つも見たことがないのだが。けど、そこに『モテる』はついていなかったと思う。絶対。

「どっちだっていいよ、そんなもん。いやぁ……でもさぁ、相沢のやつ、あんなに一生懸命になるなんてなぁ……くっくく」

「まさか、」

 僕は、想定外の事態を想定した。

「振ったけどよ」

 誇らしそうに言った麟太郎に、僕は脱力した。

 そして、その言い方にかちんと来て、僕は一発肩を殴った。

「なんだよ」

「君は自覚しているのか。自分が今、最低な男としての一言を吐いたことに」

「おやぁ……? 鐘くんもひょっとしてうらやましいんですかぁ……? やめてくれよー、焼き餅はよー」

「誰が焼き餅焼くか! 馬鹿なんかに!」

 もう一発頭に拳骨を下す。麟太郎はそれでもへらへらと笑っている。

「どんなに殴ったっていいぜ。今のオレは、おまえの乱心を受け止めるだけの心の広さがある」

「乱心しているのはおまえのほうだ! いい加減に目を覚ませ! 相沢さんはいったいどうした!」

 頭をぽかぽか殴られた麟太郎は、目をぐるぐると回しながらも、恍惚とした表情。

 くっ、ここまであっけらかんと自分自身に酔えるのは、稀代の馬鹿とも言える麟太郎の脳みその足りなささのなせる業なのか……。

「いやぁ、『振る』ってさ、実は気持ちのいいものだったんだねぇ……」

「女の子を振った直後にそんなことを言えるのは、きっと世界中でお前だけだ」

 麟太郎は僕の言葉を聞いていない。頭の中にぽわぽわとお花畑を咲かせている。

 どこまでも馬鹿だ。どこまでもイライラする。

「それにしても相沢、なんだか最後にはすっげぇ機嫌悪くなったんだよなぁ……なんでかな?」

 それは、相沢さんをお前が振ったから、とも解釈することができるだろうが、実際には違う。

 僕は霧島さんに話を聞かされて、相沢さんの正体を知っていた。

「お前が教えてくれたとおり、『友達から始めね?』って言ったんだけど、するとあいつ、『誰がおまえなんかと友達になるか。馬鹿が調子こくな』って言って、逃げてっちゃったんだよ」

 僕は相沢佳菜恵が、とても品の良いお嬢様だと言ったけれど、事実はそのまったく逆だったのだ。霧島さんが言うには、相沢佳菜恵は、実はとんでもないやつだったということだ。

「ひょっとしてあれかな? 付き合って、恋人になってくれないんじゃ、友達も嫌だって…………ひゅーっ、やばい、困るな。オレってそこまで惚れられてたのか」

 霧島さんが言うには、相沢佳菜恵は、かなり評判の悪い子で、女の子の間からも敬遠されているということだった。下級生を捕まえて、トイレに連れ込み、金を取ったり、嫌がらせをしているとのこと。その不良グループの一員だった。

 心の清らかさは顔に表われる、という格言はやっぱり当たっていたみたいだ。ひょっとすると、告白自体も実は狂言で、ただ麟太郎を馬鹿にするための、仲間同士のいたずらかなんかで、全然彼女は本気じゃなかったのかもしれない。もしかするとあの手紙も誰かほかの人が書いたのかも……。

「なぁ、どうするよ? オレってば、このままモテ男街道をまっしぐら……」

「誰がモテ男だ。この、最低男の、馬鹿丸出し男め」

「なぁ、鐘美ちゃん? どうしてそこまで怒るんだよー。置いてきぼりになんかしねぇってば。オレとお前は友達だろ? モテ男になるんだったら一緒にさっ! これからコンビ組んで、ガンガンいこうぜ!」

「ガンガンいこうぜ、で勝手に全滅するのは君の勝手だが、僕を巻き添えにしないでほしいな。君だったら、ぶちスライムLv1くらいにとっては至上の名誉となるだろうから、短い一生の間を慮って、黙ってやられてこい」

「あっ、そういえば、今日ってマックのトリプルバーガーの日じゃん! やべー、なくなる前に行かねぇと!」

「人の話を聞いているのか! この馬鹿が!」

「お前の敗者の僻みなんか聞いてらんねーよ。それよりマック行って、トリプルバーガーとポテトでも食おうぜ! それからお前んちに行って、フィーちゃんと戯れたい!」

「なにぃ、僕の家に来るのか!?」

 フィーちゃんには、絶対に触らせまい、として、僕は麟太郎の行動を逐一監視することにした。

 そもそも、もう今となっては終わった話だが、相沢佳菜恵は、本当のところ、麟太郎のことを好いていたのか、好いていなかったのか、どっちなのだろう。

 だけど、どっちにしても、相沢佳菜恵は、こんな軽薄で脳足りん男と付き合わないことで正解だったかもしれない。それは麟太郎にとっても同じことだったろう。

 ここは、どちらも日頃の行いが悪いせいだった、と深く反省し、そんなところで手打にしてもらいたい。と、僕は思った。

 それから僕は、麟太郎とマックへ行き、その後フィーちゃんと一緒に戯れた。

 明るい夕陽は隠れ、紫の空となる。

 

 第一話 終了

 

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