七月二十七日
 
 フレーデリーケへ
 僕は元気です
 しかし不穏な空気が漂っています。
 この街も、あの森も、静けさの中で震えているように見られます。
 何一つ変わったことが起きてないように見えるのに、その反対で、全く別のように見えるのは、やはりあの出来事が深く関わっているからでしょうか?
 あなたの手紙が届く前に、反乱軍が南部の○○伯領になだれ入ったとニュースがありました。あちこちで決起が計画されてもいるそうです。僕たちは不安な毎日を送っています。
 夜の酒場でも、絶えずその話ばかりしています。反乱軍の動きがどうだとか、こっちの戦力はどうだとか、義勇軍の募集があるんじゃないかとか。皇帝陛下は沈黙しておられます。僕たちは彼を信じるほかありません。
 日々の仕事を。
 これが僕たちの義務であり行動指標です。
 反乱軍なんてすぐに解散してしまえばいいのに。これが全部夢であってくれればいいなと思います。
 戦争なんて実感できない。日々がいつもと変わりなく過ぎていくはずなのに、その話を聞いてから、何もかもが変わってしまったように思える。
 今こうしてロウソクの火を元に、友よ、あなたに手紙を書いている、このカビくさい、しみったれた部屋を漂う空気が僕の手に触れる。この寂しい深夜のあるいはどこかで、人が倒れ、死に、蹂躙されていることを思うと、とても不思議な気がします。そんなの現実にあるとは思えない。僕はただ働くだけ。職人にできることと言えばそれくらいだ。
 ただあなたの手紙は非常に嬉しく思います。幼い日々の絆がまだ生きていると思えるのは、なんて幸せなことでしょう。僕のような男に手紙を送ってきてくれるとは。○○村の、あの香りのいい夏の息吹がこの手紙から感じられ、清涼感で部屋を満たしてくれるように思えます。この都会では、埃くさい臭いしかそちらに送れないでしょう。失望させてしまったらごめんなさい。しかし都会の月は、やはりどこで見ても同じ月をしている。きっと○○村でもそんな同じ月が見えていると思う。月を見たら、あなたの数多くの友人の一人として、僕の顔を少しだけでいいので思い出してくれますか。友人アウグストより
 
 
 八月十日
 
 フレーデリーケへ。
 お手紙ありがとう。読んでいると、どんどんあなたと僕の家がある、○○村の丘が懐かしくなってきます。とくに、今のような時期とあっては。
 神は見ておられます。きっとこれらの事態を正しく裁いてくださるでしょう。
 反乱軍が決起。ついにです。名を革命軍と改め、声明文を発表しました。僕も新聞で読みましたが、民主主義という考えを彼らは持っているらしく、その考えのもとでは、貴族や王族というのはあってはならないのだそうです。
 しかし、それはまだいいとして、革命軍が通り過ぎたこの国の南部のひどい有り様が何よりも僕たちの胸にこたえました。
 さまざまな略奪に遭い、何も悪くない人々の命が奪われ、家が破壊され、あの美しかった××の街の教会や森林まで破壊し尽くされたというのです。それは、ただ革命軍の行く手を妨げたという理由でです。
 正直に言って、僕はこの内容を信じることができません。しかしこれはこちら側の調査結果でもあるというのですから、犯人たちのでっち上げた情報ではないのでしょう。それこそ胸の引き裂かれる思いです。
 一体彼らが何をしたというのでしょう? 武器を携えてやって来る男たちがいたら、何事かとうろたえるのは自然のことです。彼らはただ、もてなされなかったという理由で略奪を始めたんじゃないでしょうか。ごめんなさい。何も根拠などありません。しかし××には僕も数度行ったことがありますが、文化的にも重要な場所ですし、歴史ある建造物ももちろんたくさんあります。美しい場所です。それらが破壊されたという身勝手な振る舞いを想起させるニュースが腹立たしくて仕方がありません。
 義勇軍の募集がかかりました。まず第一波として少数の男たちが志願していきました。じきに第二波が来るでしょう。
 僕は、迷っています。彼らが出発する前、酒場で演説するのを聴きました。内容は今僕が言ったことと似ていて、どれだけ、南部の逆賊たちが非道なことをしているか、そしてそれを止めることが正義であり、義務であるのだ、この国の民ならば、ということが熱く語られました。僕たちは彼らの勇気を讃えました。彼らの銃弾が、敵兵の役をした酒場の酔漢の胸に突き刺さる演劇のようなものが僕たちの間を喜ばせました。そうやって戦ってくれればいいのだが。と思います。
 しかし、僕は、白状するのですが、次の瞬間に、はっと酔いが覚めました。僕らの飲み仲間が、敵兵たちをぶち殺したくてうずうずしている、と言って大声で笑ったのです。そして南部の地方名をいちいち挙げて、それを豆の一粒一粒として、テーブルの上に置き、拳で叩き潰す遊びをしました。げらげら笑う彼らに、僕は正気に戻っていくのを感じ、冷たい胸の内に気づき、冷笑を浮かべるのを我慢するのに苦労しました。
 僕は、それから、この内乱について、できる限りのことを調べてみることにしました。僕の飲み仲間は、はやく南部人を撃ち殺したくてうずうずしていますが、僕は理由もなく同胞人を手に掛ける勇気を持つことはできません。親方の友達で、政治について詳しい人がいて、僕はその人に色々話を窺いました。
 つまるところ、内乱は、ただの権利問題でした。思うように皇帝陛下の政策が浸透していなかったのです。一部の過激派が貴族の家に押しかけて、そこにいた男爵一家を殺してしまったのが原因らしいです。そこから、南国で今流行している民主主義論が彼らに亡霊のように取り憑き、決起させたというのです。
 もちろん僕は怒りに胸をまた熱くしましたが、彼らの言うこと、つまり、民主主義論者の言いたいこともよくわかりました。つまり、彼らの中にも純粋に国を慮っている改革者はおり、その間に、日頃鬱憤が溜まった暴徒たちが取り巻いている、という有り様のようなのです。僕は、その日の内に、彼らに同情するようになりました。こんなこと言えるのはあなただけです。僕のことを非国民だとか、腰抜けだなどと言ってくれない優しい方だと信頼しています。
 僕の周りでは、次の募集の時に、大勢の人が義勇軍に志願すると言っています。僕は……迷います。それについてはまたいずれ、あなたに文書でお話ししましょう。それに、内乱はまだ本格化に至ってないのです。革命軍はまだ微々たる数に過ぎません。第一派だけの募集で、彼らが訓練している間に終わってしまうかもしれません。そうなったら幸いです。
 あなたのお手紙にあった、早く帰って来いという言葉に、今僕は賛成します。正直、そんな必要があるものかと思っていましたが、僕はもうここにはいられません。みんなが僕のことを見る目つきは日に日に不思議と恐ろしくなってきています。僕のことを臆病だという冗談もぽつぽつ出てきています。僕は親方と明日話してみます。そうすれば、あなたとまた会える日もいずれ分かります。
 近いのか、遠いのか。
 
 
 十二月三十日
 
 これほど楽しくない年の瀬も珍しい。
 フレーデリーケへ。
 僕の心は鬱々としています。ついに僕の友人がいなくなりました。男の友達が。
 僕のことを理解してくれるのは、フレーデリーケ、両親を除いてあなただけです。僕の周りの幼馴染みは、全員出兵することとなりました。あなたやクリスティアーネ、ベッティーナたちを除いて。
 戦争はいつになったら終わるんでしょうか? 革命軍は本当にどこまで突き進むんでしょうか? 僕には、本当にこのまま民主主義がこの国を制圧してしまうんじゃないかと思います。そうしたら、……。
 僕は、フレーデリーケ、迷っています。
 僕が村でどんなふうに言われているのか、あなたならよくご存知なはずです。いつもかばってくれるフレーデリーケ。僕はあなたに、僕はやはり臆病者だと言わねばなりません。
 戦争へ行くことは恐ろしいのです。
 フレーデリーケ。僕は女性に生まれればよかったんです。たまに、そういう思いに囚われることがあります。ですが、この○○村に帰ってきた初秋の時、あなたと静かに握手して、抱き合い、ふと、昔と変わらない風景を見たとき、僕は、よくわからないのですが、戦争に行かなくてはならないと漠然と思うようになりました。
 理由をそれからずっと考えていました。
 僕は、じょじょにはっきりと分かってきました。この美しい地を守るのが僕の務めだと直感したのです。神様がそう仰っているはずに違いありません。この静かな野原を、紅葉に色づく陰深き森を、そしてのどかなせせらぎを、僕は守らなくてはなりません。
 春になったらどうでしょう? 春は、野原を花と蝶と蜜蜂で飾ることでしょうね、花はチューリップや、薔薇や、菫や、ヒヤシンスなど、様々な少女たちが美を競い合うかのように咲き誇ります。菫をあなたにプレゼントしたことをまだ覚えていらっしゃいますか? あなたは花をずっと大事に取っていらしました。けれど枯れてしまい、どうして美しいものはすぐ消えてしまうのかとさんざん悲しまれましたね。あなたのお父さんは、美しいものを、変わりやすいものだけに神様はお持たせになったとおっしゃられました。僕は、あれから花を渡すという行為が恥ずかしくなってしまって、わざと春なんて興味ないと装っていたけれど、いつでも僕はこの村の春の優しげな温かさを幸せに感じていた。
 僕はこの風景を愛していた。職人になんてならないで済むだけのお金があったら、僕は詩人になりたい、そう思っていた。それで、僕はこの村の景色を愛する心を詩にしたかったんです。水の精は人を惹き付けます。あの小川の両向かいに金鳳花が咲き乱れています。風が波を立たせるのと同時に、金鳳花の群れも踊り出されます。花が踊れば人の心は安らぎに満ちあふれます。
 せせらぎの伴奏には子供の無邪気な笑い声がよく似合う。僕は何時間も木陰で詩想を膨らませているのが好きだった。あなたとはそこでよく会いましたね。時々めずらしそうに僕のことを見て、二人だけの会話を楽しんでくださいました。
 何故今僕がこんな他愛のないことをぺらぺら述べるのかというと、革命軍の野蛮人たちにこの地を荒れさせたくないと言いたいのです。
 彼らは民主主義が叶うより前に、数々の鬱憤を晴らすために恐ろしいほどの暴虐を尽くしきることでしょう。数々の地方がそのために損なわれました。民主主義がどれほど良い思想かは知れませんが、僕には手段を選ばない思想に好意は持てません。日頃口下手な僕がこのようにあなたにおかしなことをつらつら述べることをお許し下さい。恐いのです。戦争に行くのが。あなたは当たり前だ。と言ってくださるかもしれません。
 分かっています。
 僕は、戦争に行かなくてはなりません。いえ、行きたいのです。行くことを決心しつつあると言って差し支えありません。
 ただ――泣き言を言うのを許してくだされば――恐ろしいのです。もちろん銃弾に当たって死ぬのも恐ろしいです。しかしもっと恐ろしいのは、民主主義のために戦っている相手を撃ち殺すことです。彼らも僕のように家族を持っているはずです。恋人がいるかもしれない、子供がいるかもしれない、僕のように詩人になりたかった人もいるかもしれない。僕とあなたのように善良な親友であった人々も混じっているかもしれない。彼らと銃撃戦を繰り広げる夢を時々見ます。僕は銃で相手を殺してやろうと銃眼から狙いをつけています。相手は気付いていない。僕は撃つ。相手の首に直撃して、相手は息絶える。僕は慌てて身を隠す。恐ろしい数の銃弾が僕の頭の上を過ぎていく。僕はそのうち死んでしまう。そういう夢です。一体彼の人生はどうあったんだろう? 善良な人だったんだろうか? 職業は? 教師? それとも小物屋? 農家なのかな? 恋人は? 友人は? そしてどういう思いでこの戦争に参加した? ぐるぐると、自分の頭の中で思いが絡まっていきます。あの首に、ちっぽけな僕の銃弾が当たり、息絶えた人は、彼にしかできない人生を送り、彼だけに見られる特徴的な微笑みを浮かべ、牧歌的に日々を過ごし、僕のように子供を守りたいと思ったかもしれない。彼は何か悪かったわけでもない、ただ運がなかった。ただそれだけの違いで、僕は彼を撃ち殺し、彼は息絶えた。そこでは何も秩序などないのです。ましてや、相手を思いやる気持ちを持つこともできない。陰鬱な日々が続きました。僕の周りの男たちは、どんどん出兵していきます。あなたもご存知のように。僕は逃げた。そのような世界に行きたくなかった。美しい友よ、あなたがただ喜んでくれたのが、僕にはどれだけ嬉しかったか。そのおかげで僕は、戦争に行くことをゆっくり決意することができる。
 すみません。あなたを騙したくはない。ここで言っておきたい。口じゃあなたに勝てそうもないから。
 僕がどれだけ臆病者と言われているか知っているでしょう。僕は全くその通りだと思います。敵を敵とし、味方のために、その党派心から殺すことができないのです。僕はいっそ『僕は臆病者です』と貼り紙を背中につけて街を歩きたい。僕は僕が臆病者であることを知っていると皆にしっかりと言いたい。僕は、どれだけ頑張っても、ここの地を捨てること、その狂気の世界に身を投げ打つ決心がもてなかったのです。
 しかし先ほども言ったとおり、決心が整いつつあります。
 戦況はよくありません。僕がまた参加するチャンスはあるでしょう。
 僕は、チャンスを逃したくありません。
 でもそのためには、詩やこの地を捨て去る決心をつき尽かさねばなりません。
 もう二度とこの地で昔のように、憩うことができなくなるでしょう。あなたならお分かりになるはずです。もう少し時間を頂きたく思います。
 でもじきに僕は戦争へ行くことになるでしょう。何のために? 自由と平和、そして自然を勝ち取るがためにです。
 
 
 一月二十九日
 
 クリスティアーネに祝福あれ。戦時結婚を悪く言う人がいないこの村は神に喜ばれることでしょう。なんて平和でけなげな村であることか。
 フレーデリーケ。そうは思いませんか。
 あなたは怒ってらっしゃる。僕がクリスティアーネの結婚式で、まともな挨拶も述べなかったことを。申し訳ない。じっと考えておったのです。
 戦争はアルベルトをも連れて行きます。あの軍服姿が似合う、精悍な夫アルベルトをも。そして僕をも。まるでハーメルンの笛吹き男のように。僕はアルベルトとクリスティアーネ……この祝福された二人を見ていて、じっと考えたのです。クリスティアーネの美しさ、それが曇ることになる、それなのに、僕はその隣で、どうやって慰めの言葉をかけ続ければいいのか。
 フレーデリーケ。気高い女性よ。僕は決心させられました。次の募集で戦争へ行きます。
 言いたいことももちろんあるかと思う。
 でも僕は決めたんです。
 この美しい自然を守るために、僕は自然を打ち捨てなければならない。血肉が飛び交う、地獄へと出向かなくてはなりません。
 平和は愛です。しかし、世の中は愛を求めない人々が多すぎます。平和であることは、自然なことです。お互い助け合い、笑い合い、語り合い、そして握手して抱き合う。これが人間らしい姿で、平和を蔑ろにする様は感心できません。自然を冒涜しています。
 僕は平和をこの地に約束させるために、戦争へ行きます。もう決心がつきました。
 どれだけ言ったって無理ですよ。もう行くと決めてしまいましたもの。
 フレーデリーケ。お願いだから涙は見せないでください。これだけ躊躇した臆病者にそれは相応しくない。クリスティアーネに涙は取っておいてあげてください。彼女は結婚したばかりの夫を戦地へ送るのですから。ただ僕には友情からの敬意の一言をどうか与えてください。フレーデリーケ、僕があなたのことを大事に思ってないなどと言わないでください。あなたは善良な人で、美しい。聡明で、女性としての分を弁えながら、明るく、そして活動的だ。あなたのことを尊敬しない男の人など存在しません。ですから、留守のことは任せました。あなたが村を鼓舞してあげてください。
 ただ願わくは、春まで出発を待てないだろうか?
 あなたとは、涙の冬の内にではなく、春の喜びの内に別れたい。その時にこそ、この詩の美しさを守るために、僕はその詩の想念を打ち捨てたのだとはっきり感じることができるでしょうから。
 なるべく笑顔で見送ってください。それでこそ僕も笑顔で死地へ赴くことができそうですから。
 笑顔はあなたのために。友よ。それ以外には仏頂面を見せておきましょう。

 五月二十日
 
 フレーデリーケへ。
 お手紙ありがとう。まさかこんなにも早く便りがくるとは思っていませんでした。両親の手紙と一緒に入っていた僕宛ての包みを開ける時ほどこの数ヶ月で嬉しかったことはありません。あなたはどうしてこんなに僕に優しくしてくださるのですか。
 詳しい状況や場所を教えることはできませんが、僕たちの今の心境くらいなら教えても差し支えなさそうだと思います。
 戦いはまだ一度も起こっていません。
 行軍はかなり疲れます。心の平衡を保つのがかなり難しい。僕たちはまだ戦地から遠く離れたところにいますが、いつ敵に発見されるかわからないこの恐怖感が僕たちを余計に疲労させます。はやく戦地へ行きたい。そこで戦うなり、銃を撃ち放すなり、いろいろなことをしたい。意味のあることを。僕らはここでくたびれて死んでしまうんじゃないかと思います。
 革命軍の話もよくします。民主主義は依然としてよくわからない思想です。全員で全員のことを話し合って決めるというのは、何だか非常に原始的に思えます。ギリシャみたいですね、教科書で読んだ。しかし根底にあるのは、ただの権利問題なのです。民主主義が良いと思って戦争を始めるのは世の学者だけです。大勢の人はそうでないと生きられなかったんじゃないでしょうか。
 言っておきますが、僕はふだんなるべく心の平衡を保つよう心掛けています。このように敵のことを考えることはありません。しかし友よ、あなたとは、いろいろなことを、今の内に喋ってしまいたい。
 僕たちは、一度戦地に向かうと決めた以上、兵士として徹しなければなりません。敵のことを敵として認めることは、なんら野蛮なことではありません。僕たちは、それぞれ、人生においてどんな時でも、ある義務によって行動させられています。それは人によって様々です。僕たちは、皇帝陛下が好きだから、そして民主主義陣のやり方が許せないから、そして恋人の身を守りたいから、故郷を守りたいから、戦います。僕は「美しさ」というもの全ての敬意のために戦います。それが、権利問題という冷たい足に踏みにじられるのは我慢ができません。同情はこの際一切しません。ですから僕は、行軍では皆の気を引き締める役を担っているくらいです。おかしいでしょう。僕はあれほど戦争に出る前は、臆病者で通っていたというのに、戦場へ向かう段になれば、全くの逆の立場だ。しかし、この長い行軍は、兵士の心を萎えさせます。正直なところを言えば、僕だって怖いのです。あなたの手紙がなかったなら。いつだって逃げ出したくなる気持ちと戦っていたのですから。
 少し楽しい話をしましょう。
 戦場へ向かう道ではそれが一番の安らぎです。
 新しく友達ができました。
 名前を書くことは残念ながらできないそうなので、簡単に書きますが、とても気持ちのいい人々です。明るい顔で話す三人です。この暗い行軍では、彼らは道化か天使かといった目立ち具合で、顰蹙を買ったりしますが、僕にとってはとても心強い味方です。
 冗談は耳によく、また多少下品だったりします、けど、僕は、苦しみを同等に享受した仲間は、思想や志操の垣根を越えて仲良くなれるのだと、ひしひし実感しています。僕は基本的にこういう道化じみた会話は好まないのですが、ここでは浮かれたみたいにおかしなことばかり口にしています。それで、周りのみんなが少しでも気分を和らげてくれれば嬉しい。
 今後はこのような長い手紙を書くこともないかもしれない。
 書かなくても言ってくるだろうけど、続いてそちらの細々とした事件の詳細をお願いします。どこの猫が子供を産んだとか、誰さんちの牛が逃げ出したとか、早くも花が咲いたとか、あなたの面白おかしくありながら、気高く、優しい文章に触れていると、あの天国のように和やかな故郷の念がまたたく間に僕の胸に蘇ってき、恋する少年になったように、そればかりに思いを馳せるようになるのですから。全文僕の思ったとおりにあなたに届けばいいが。アウグストより。
 
 
 五月二十四日
 
 とんでもないことが起きました。
 いえ、予想はしていたのですが。
 前方で銃撃戦が起きました。
 軽いものです。僕が銃を構えて照準を合わせる頃には終わっていました。
 どうやら斥候部隊を発見したようです。
 捕虜として捕えられた彼らは、我々を思いつくままに罵倒しました。我々は、我慢するのに疲れました。隊では捕虜は慎重に扱わねばならないと言われています。すぐどこか別の場所に連れて行かれましたが、彼らは気の毒な人々です。彼らは、無事助かると思っている。そんな気の抜けた罵倒でした。僕たちは怒りを抱いていました。思いも寄らない罵倒を受けるのは気持ちいいものじゃありません。彼らは身勝手です。しかし、僕はもう彼らについては思い出したくありませんので、別の話をしましょう。
 僕は次に戦闘が起きたら、すぐ前線へ出ることに決めました。僕はここにあることを為しに来たのであって、助かるために来たのではない。このような、後方でびくびくしていることほど、戦場では時間が長く感じられ、苦しむことはないのです。怪我はしませんよ。きっと大丈夫。
 時間がないのでこれで。
 
 
 六月一日
 
 あれから一度も敵に会いません。
 僕たちは疲労を溜めています。そろそろ感覚がおかしくなってくるころかもしれない。気を引き締めましょう。
 
 
 六月三日
 
 書けるときに、たくさんあなたに手紙を書こうと思います。これは親友からの助言です。いつ書けなくなるか知れないから、と。
 僕たちは、陽気にやっています。疲れてくると、人間は理性をなくしがちですが、同時に気高い理念も疲労から生まれてくるようです。僕たちは荒野を彷徨う際、よく歌を歌っています。気が沈むことがないように。もう帰りたい、と願っている人々が出始めていることぐらい気付いています。僕たちは僕たちや、彼らを励まさねばならない。大声で歌うことはできませんけれど、小声で気分よく歌うことならできます。
 実は皆怖いのです。後何日自分の命があるのか知れないのですから。しかし敵に出会うまでの時間で一生分生きたような気がしてなりません。
 
 
 六月十日
 
 フレーデリーケ。僕たちはやりました。
 敵との撃ち合いを制し、作戦上重要な拠点を奪取することに成功しました。ここはその拠点内です。僕たちは激戦地で重要な役割を担い、敵に奇襲攻撃をかけました。敵もかなり厳しい抵抗をしてきました。
 仲間がたくさん死にました。僕は奇跡的に怪我らしい怪我はほとんど負いませんでした。僕らは最も勇敢な隊だったということで、後で勲章がそれぞれもらえるらしいという話を聞きました。部隊長からは、僕が一番勇敢だったという賞讃を頂きました。銃をもって何人かの兵士を僕は殺しました。
 僕は、勲章よりも、戦争が終わったという事実が欲しい。あの雨の降る中、泥まみれになって塹壕から出、銃を撃ったとき、何も考えられませんでした。僕は臆病者でも勇者でもなくなりました。何かの一点のような気がします。
 僕たちは敵の攻撃が止んだ後、仲間の死体を全部集めて供養しました。ひどい死体の数でした。僕たちは勝ったにもかかわらず、ひどい気分でした。銃を携えながら、敵も味方も埋葬を終え、ほっと一息ついた時、もう言葉も涙もなかった。ただ天を仰ぎました。雨は已んでいた。僕たちは勝った。しかし、フレーデリーケ、あなたの手紙が来るほうが何倍も嬉しい。手紙、あれから届きません。しかし、僕は書く機会があったらいつでも書く。届くかわからないけれど。あなたのことを思って書いているとき、ふと懐かしい故郷の空気が胸に触れて、誇り高い気持ちになれる。あなたの家の鶏は元気ですか? 彼らは今でも朝に元気よく歌いますか。あなたはまだ女性たちの支柱になれていますか? 無理はしないでください。しかし、できればだけど、手紙が欲しい。僕のところに届いたのはあなたと家族の手紙だけだ。薄情なものじゃないか。村の人々は。あなたは善良な人です。じきに良い報せが届くでしょう。では。アウグストより
 
 
 六月十三日
 
 革命軍はあれからやってきません。心の緊張をいつまで保てばいいのかわかりません。仲間が入れ替わり拠点を出たり入ったりして忙しい。僕は気分が変になりそうだ。ここはかなり臭い。詩など何も起きない。僕は死んだ方がマシかもしれない。こんな手紙書かない方がよかったかも。忘れてください。
 
 
 六月十七日
 
 あなたの手紙が届いた! びっくりしました。他の多くの手紙が無くなっているという話を聞いていましたから、あなたの手紙もどこかへ流れていってしまったんじゃないかと思っていました。今、三通すべて読んでいます。
 僕たちは、あの拠点奪取の功績のおかげで、一日の慰安を与えられました。戦場から遠く離れた綺麗な村に憩いに行くことができました。
 そこでは、貧しい人々が、なけなしの食材と葡萄酒を振る舞い、湯浴みまでさせてくださいました。僕たちは泥や臭いを取り除き、さっぱりした後、村のほっそりした娘たちと食事をしました。彼女たちは僕たちの食事を見ているだけだったけど。僕たちの戦争の話を聞きたがりました。そしておずおずと僕たちが話すと、目に涙をいっぱい溜めて、実は恋人たちも戦争に行っているが、消息が掴めないのだと言いました。僕たちは、感謝しながら、じょじょに人間らしい気持ちを取り戻していきました。村の歌がうまい娘たちが、昔この国で流行った叙情歌を歌い、伴奏がつきました。僕たちは、戦争で銃を手に、闘っているときは野人のような感じです。人の気持ちなんて捨てなきゃいけない時がほとんどだし、どれだけ努力してそれを持っていたとしても、結局は無駄になる――死ぬということです。軍規だけが僕たちを人たらしめるものです。しかし……このときようやく、人間らしい感情が僕たちの中に戻ってきました。仲間を失ったことが、あの恐ろしい地獄のような場所にいたことが、じょじょにですが、ようやくしっかり認知できて、この優しい村娘たちに囲まれているこの気持ちいい場所が、かけがえのない自然と平和に満たされていることに気が付き、ふと誰もが涙を流すのを抑えられなくなりました。僕たちは涙をとめどなく流し、それぞれ親しかった、死者たちの名前を呟くようになりました。僕はここで、君の手紙を読んだときと同じように、心が和らぎ、自然の心をようやく手に取れるように実感したのです。誰もが涙を流していました。かけがえのない平和がここにある。いや、娘たちにとっては、まだ厳しい戦いが続いているのかもしれない。けれど、ここではお互いが肩を寄せ合い、励まし合い、善良な仕事に打ち込むことが許されている!
 僕たちは娘たちに、溢れる涙の中で愛撫されていることに気が付きました。彼女らの慰めはますます心の潤いを取り戻させてくれるようでした。名もまだ親しみない者同士が抱擁を交わし合ったのを、あなたは訝しいと思わないでください。彼女は額に口付けをしてくれました。そして罪人を許すような天使の微笑みを浮かべて、この世のものでないような、それでいて温かく血の通った、実感できる音で、優しく生還することを祈ってくれました。
 それから僕たちは、歌と踊りに興じました。僕は、あなたから教わったワルツを見せてやりました。娘たちも結構なお手並みでしたが、僕たちの力強い踊りに圧倒されているかのようでした。仲間に元は楽士だった者がいて、バイオリンを手にとって、それは霊妙な楽曲を奏でてくれました。それを聴いていて、僕も詩想が、枯渇した泉からほんの少し残りカスが湧き出るように、ちょっとだけ復活するのを感じました。僕が僕の故郷で、ある男女が自然への愛を歌ったことを詩にし、大声で歌うと、彼らは喝采してくれました。そして酒飲みの歌を歌い、次に熱烈な恋愛の歌が続きました。僕たちはたらふく食事し、たらふく飲酒しました。僕たちは心が飛び上がるほど大きく大げさに踊り、山びこになって帰ってくるほど大きく大げさに歌いました。そしてどんちゃん騒ぎはやがて暮れていき、戦争のことがまたもや頭の中からむくむくと場所を占めてきます。僕たちは誰も戦争へ行こうとは思いませんでした。そこで隊長の一言です。
 志願兵は、先の作戦の功績により、除隊を希望する者に許可が与えられている。
 僕たちは誰もが驚きました。みんなが苦悩しました。涙がまた滝のように溢れ、止まらなくなりました。
 僕は結局志願を取り消しませんでした。仲間の多くも、ここで戦争から離れることを望みませんでした。ただ三人だけ、どうしても平和と自然への憧れから、除隊を申し出ました。僕たちの誰に彼らを責めることができたでしょうか? 僕たちは勇気を出して言った彼らにそれぞれ一声かけていきました。
 彼らは涙を流して謝罪の言葉を述べ、僕たちを勇気を出して激励しました。僕たちは、村を去って、所定の位置に時刻通りに着くように、行軍を開始しました。
 あなたの手紙を読み返し、その行軍の合間にこれを書いています。僕らは慰安の中で苦しみ、またそれに克ちました。僕たちは恐怖を克服しました。ですから、前よりも強靱になったと言えます。僕が、あなたの手紙の、心配するあなたの気持ちを知りながら、脱落を辞退したのは、おわかりでしょう、誇りを胸に日々を生きていかねばならないのは各人の義務です。王侯であれ、賤民であれ。
 僕らは仲間の多くを失いました。そして、またあの、自分の命が保証されていない激戦の舞台へ登ろうとしている、この恐怖と絶望の中で、何が大事なのか。自分の義務を果たすことです。あなたが気丈にも泣かずに頑張っているように。僕もまた自分の務めを果たさなくてはなりません。僕らは仲間を多く失いました。これからも失うかもしれません。死体のいやな臭いをかぎながら、埋葬する、あのうんざりとする作業もやらねばならないかもしれません。
 でも、僕たちは、戻ったらどうなるだろうか? あなたがた、立派なご婦人たちの元へ、何も義務を果たしていない、男が戻って慰め合えばそれでいいのか?
 僕は、それでいいとは思えませんでした。もちろん脱落した仲間をなじっているわけじゃありません。僕たちは僕たちで義務を背負う代わりに、罪も背負わなくちゃならない。そして誰も他人の義務や罪をとやかく言う権利はないのです。なぜなら、背負うのは僕じゃなく彼なのですから。彼には彼だけの苦しみがある。それが彼の道です。僕たちは、彼らを認め、尊重することで、また彼らからも同じことを期待できるのではないでしょうか?
 道は続きます。また書きましょう。
 手紙、ありがとう。アウグストより。
 
 
 七月十七日
 
 僕たちは行く先々で勝利を収めている。
 革命軍は膨大な数に膨れ上がったけど、でも勢いは衰え始めている。数だけが多い。でも覚悟はこちらの方が上だ。
 僕たちは皇帝陛下のため、重要な作戦に参加する。参加し、勝てば、多分、革命軍はもっと力をなくす。他国が介入しない限り、内乱はもう終わる。
 僕たちは今、川を渡ったところにいる。夏の花が咲いていた。強い奔流だったけど、何とか向こう岸にまで渡ることができた。僕たちは今、ある丘の前にまで来ている。ここで夜を明かす必要がある。明日になれば、丘を越えるのだ。朝日とともに。
 今、僕はあなたに手紙を書いている。
 フレーデリーケ。
 僕は今、いつもとは変わった気持ちでいる。とても自然に何もかもに向き合えている。落ち着いた気持ちで作戦の開始の前の休息を楽しんでいる。状況は楽観的じゃない。ただ、僕は、目の前に、今までとは全く違う展望が開かれてきたのを直感する。
 夕焼けが美しかった。夜は雲が広がったけれど、ところどころの雲間から、星々がざわめくように明滅している。月の光が僕らの行く手を見守っている。憩いは楽しみたいが、それよりもあなたに手紙を書いておきたい。
 僕の運命が変わろうとしている。それが直感できている。
 多分僕は、次の戦闘で死ぬんだね。
 それがいやにはっきりと分かるよ。虫の報せっていうのかな。
 あなたに、こんなに落ち着いた気持ちで手紙を書くのは、これが初めてなんだ。戦争が始まってから。
 あなたの手紙には、元気付ける言葉がそんなに載ってなかった。なのに戦争へ行こう、そんな気持ちにさせるのはあなたの手紙だけだった。あの村での一件の時だって、あなたの手紙を読んでいなかったら、僕は誘惑に負けて脱落を申し込んだことだろう。
 不思議だ。フレーデリーケ。
 僕は何故、あなたのような気高く、優しい人が、僕のような人間に対して、こんなに気をかけてくれるのか、僕なりに考えてみた。
 あなたは、僕に気高い気持ちを与えてくれる。
 万事に際して、気高い男とは何か。心の平衡を失わないことだ。常に自分の運命と義務に忠実であることだ。そのために、自分の恐怖や熱情をコントロールし、気高く、そして冷静でいることだ。
 僕たちはそれぞれ動物から一歩先の人間でいるべく、義務を果たし続けるんだ。僕はあなたと共に生きたかった。でもこのような事態が起こった。くだらん事だとか、そういうつまらない議論はこの際やめにしよう。神様が僕らに試練を与えたと思えばいいじゃないか。僕はいつまでも自分を失わずに行くよ、フレーデリーケ。
 あなたも、戦争が終わった後も、あなたらしくあってほしい。あなたに子供ができて、そして娘であれ、少年であれ、語りを聞かせるときに、ぜひ重要な示唆に富むこの話を聞かせてやってほしい。あなたは戦争の話を風化させない重要な任務を負っている。生活を楽しんで、そして未来への希望を胸に日々を生き、人間らしい、平和と自然への愛を称賛しながら、この戦争の話を、決して残虐で悲惨なことなど混ぜないで、話してやってほしい。この物語を。人間の運命と義務の話を。
 フレーデリーケ。僕はあなたのことを思うと勇気が湧いてきます。
 これは、どういう気持ちなんだろうか。
 あなたは、僕の気持ちがおわかりか。
 この気高い気持ちにさせてくれるのは何なのか。
 戦争に行くとき、あなたと別れるのが一番つらかった。でも僕は、詩想を捨てた。捨てて、それを得るために。でも今ならそんなことはただの戯れ言だったのだと言える。僕は君の顔の平和と自然、そしてそれぞれへの愛が生き生きと宿っているのを守りたかったのだ。そしてそのために、僕は今、最後の作戦に来ている。
 フレーデリーケ。僕が死んだ後も、あなたはあなたの義務を守ってください。
 もうすぐ休まなくては。夜明けまでもうあまり時間がない。
 星々が静かに瞬いている。キラキラと旅人を導く光を放っている。さすらい人を家に入れるために。
 朝日が来れば、雲間からこの濁った荒れ地に太陽の光が幻想的に差し込むだろう。
 僕たちは丘を越える。
 その準備を今している。
 僕たちは、暁の光の差し込むとき、足を励まして、あの丘を越えるんだ。越えて、突き進むんだ。狭きところをくぐって、自分の運命を果たしに。青き空が広がっているところへ。丘を越えるんだ。

inserted by FC2 system