導くもの――導かれるものの再定義

 

 

 まず、自分は脳天気だ。

 それに、結構頭はいい。数学や物理ならそこそこいい点が取れるし、体育や技術科目だってお手の物だ。

 顔もたいして悪くはないと自負している。

 そんな俺は、一つ信じていないことがある。

 

 自分の名前は、木田康作(こうさく)だ。

 康作という響きはあまり気に入ってないので、仲間には「コウ」と呼んでくれってお願いしてる。

 俺は、今年高校に進学したばかりの一年生だ。なんとか俺の頭でもぎりぎり入れるくらいの「進学校」に進むことができた。だけど進学校といえど、仲間のおつむの方はたいして変わりはないらしく、俺はすぐにバカで気前のいい仲間を見つけることが可能だった。

 そういった根元的バカたちと連れ合って休み時間にボール遊びしている途中、やや髪の色が薄い、ものすごい美少女を見つけることができた。

「ちょっと、見てみろよ、あれ」

「いてぇな! なんだよ!」

 耳のあたりを叩かれて、友人の指差す方を見た。

 日本人にはちょっぴりめずらしいんじゃないのか? 茶色の髪の毛だった。うちはたいして校則が厳しい方じゃないのだが、果たして染色はいかがなものだろうか? とその時思ったのだが、不安は驚きから、歓喜へと変わる。

「めっちゃくちゃ可愛いよなぁ、あれ……」

「彼女にしてぇよな」

「クラスにいたぞ。さっき」

「え。おまえ、それってマジかよ」

「ああ。しばらく、日本にいなかったんだと。女子の噂話からの情報だぜ」

 彼女のいない飢えた獣どもの溜息をよそに、俺は彼女のことをつぶさに観察していた。

 目がナイフのように鋭い。気付いたのだが、彼女は外国人のような風貌をしていた。長い睫毛、高い鼻、白い肌。茶色い髪はさては染色じゃないだろう。日本人みたいな無理に無理をきかせたような、判読のしがたい顔になってしまうような、どこかぎこちない美しさとは違う。

「おまえ、惚れただろ」

「うっせぇな。黙ってろ!」

「いいから追いかけようぜ。本当にうちのクラスか、確認したい」

 俺は黙って彼らに付いていった。そうして無言のまま彼女の風にひるがえる髪の毛を観察していた。

 自分は詩人じゃないが、こう言いたい。

 なんてきみは美しい……そう、小鳥のようだ。

 まるで恥ずかしくなってしまうような台詞だが、あの子には、悪くない表現のように思えた。

 あの子は今、あの子の友人と喋っているようだが、また声が綺麗なのだ。洗練された声っていうんだろうか、非常に都会的だった。全く作っていない声で、それでもまるで歌うように美しいのだ。

 俺は、一つ信じていないものがある。

 そう、運命だ。

 運命の出会いというやつは……夢見る少女たちだけのもの……だが、今回ばっかりは、そいつをちょっぴりだけ信じてしまいそうになった。

 

 こういったことは重なるもので、彼女はやはり次の日に転校生として俺たちのクラスに入ってきた。

 名前は神崎美琴(みこと)。これまたえらく偉そうな名前だ。でも美琴ちゃんはクラスの女子たちよりもいっそう美人なので、初日からかなりちやほやされて、俺たちはてんやわんやだった。

 誰と一緒に下校するか、それが俺たちの間で問題になった。俺たちは、全員が彼女に恋していることをぶちまけたので、全員が味方にも敵にもなりうる状態だった。結局のところ、初日は全員一緒に帰ろうということにして、ちょっと話しかけづらかったが、転校生と友達になりたいという申し出をして、よき出会いの第一歩を噛みしめようとしたのだが、そんな俺たちの下品な野望は、そうそうに女子どもに見抜かれた。

 今日は女の子同士で帰るから。そう言ったのは気の強そうな女子だった。女子というやつは、男以上にこういうことには敏感なのだ。

 目標が打ち破られた俺たちは、重い足を引きずって、校舎を後にした。

 じゃあな。ああ、また明日。と、それぞれと短い挨拶をかわして、俺たちはそれぞれの帰途についた。

 その時だった。

 自分はちょうど商店街から少し外れた住宅街に住んでいたのだが、そこへ帰る途中、人通りのさほど多くない道を歩いていた。だからこそ、どうしてだ、という思いがまず湧いてきた。

 何トンあるかわからん、超重量のトラックが運転しそこねて、俺に突っこんできた。

 猛スピードで。

 

 自分の息子がトラックに轢かれたという話を聞いた彼の母親は息を切らして病院に駆け込んできた。

 康作は、康作はどこ、と喚き立てながら。

 父はいない。去年に事故で、妹とともに死んでいた。

 これ以上、家族を失いたくない、と口から小さな声で呟く彼女は、一見異様だったが、病院の者は誰もそんな彼女を咎め立てはしなかった。

 むしろそれぞれ同情の声を漏らし、しきりに彼女を安心させようとした。

 彼女はそれを振り払う。

 息子が死んだかもしれない。その安否を確かめるまでは……。

「康作!」

 ドアを開ける。目を、疑う光景がそこにはあった。

「あ、母さん」

 彼女の息子はぴんぴんしていた。何も言わず抱き締める母親。口では、噛み殺すように、「怖かったでしょう。もう大丈夫よ……一緒にいてあげられなくってごめんなさい……」と告げる声があった。

「大丈夫だって。何ともなかったんだから。母さんも、いつもの調子に戻ってよ。調子狂うなぁ……」

「うっさい。この親不孝者。あんたが轢かれたって言うから、どれだけ心配したのか、あんたにわかるんでしょうね……」

 いつになく真剣に泣いているので、康作はちょっと対応を誤ったかと後悔した。それで彼は母親を安心させるように、一時だけ素直な息子に戻ったのだった。

 それからの医者の話に、母親はほとほと不思議に思った。

 超重量のトラックに衝突されて、大きく吹っ飛ばされたのにもかかわらず、康作少年には擦り傷くらいしかついていなかったのだという。運転手は居眠りしていたらしく、警察に傷害犯として連れて行かれたが、康作のこの怪我の具合では、すぐまた会えるようになるだろうとのことだ。

 医者は、奇跡的にも衝撃が非常に小さかったと話す。運転手が、いったいどのような仕方でハンドルを切ったのか、すぐにわかるだろうが、聞きたくなければ話さないと言い、また警察から連絡があるまで、ひとまず家に帰るといいと言った。

 親子二人、それにはまったくの賛成だった。

 

 びっくりしたにもほどがある。

 まさか、こうしてかろうじて生きていることがだ。

 世界中を見ても、大型トラックに吹っ飛ばされた日に、こうして母親とダイニングで夕飯を取っている男は俺ぐらいだろうと思う。

 母さんには、ちょっぴり気の毒な事件だった。去年には父さんと初子を事故で亡くしているから、俺が事故に遭ったと聞かされたときはたいそう気を揉んだだろう。俺は、なるべく母さんの負担にならないように、努めて明るい話をし続けた。

 母さんは、元は気の強いお嬢様だったそうだし、その気は今でも十分ある。だから、こんなふうに気を落としている姿はあまりいつもの母さんじゃない。

 だが、母さんは首を横に振る。気丈な眼差しを俺に送る。

「いったいどういうふうな状態で事故になったの?」

「別にどうでもいいじゃん、そんなの」

「どうでもよくありません。警察の人が来たときいったい事故がどうなったのか私が知らなければ、親として駄目でしょう。だから、今のうちに聞いておきます」

 自分としては母さんのためを思ってはぐらかそうとしたのだが、母さんはそれでも聞きたいという。

 これから何度もこの話をしなくちゃならないんだろう……俺は少し憂鬱になりながら話した。

「声?」

「そう。声」

 運転手は俺を撥ねる前に正気に戻ったらしく、急ブレーキと急ハンドルを試行したのは轢かれる寸前の俺でもわかったことだ。

 だが、俺はなぜか冷静だった。自分の感情じゃない、別の何かが自分の体に入り込んできて、俺はそれの言うことを聞いた。ただそれだけのことだった。

 だから俺が当たったのは車体の先っちょのほんの先っちょで、衝突したといっても軽く突き飛ばされたといった具合だった。

「あんたはその謎の声のこと、誰かに話した?」

「母さんが初めてだよ」

「そう。ならいい? その声のことは他の誰にも言っちゃだめよ?」

「ああ、わかってるよ」

 謎の声が聞こえたんだ。

「止まれ!」って……誰かが言ったんだ。

 でもきっと、漫画の読みすぎだっただけだろうと思う。

 そんな多重人格的な現象、今まで起きたこともないし、そんなことを人に話したら頭がおかしいやつだと心配されるだろう。

 俺は、だんだんこのことを忘れていった。

 俺の聞いた「声」のことは、ただのその場の興奮状態のせいだったことになり、俺の奇跡的な生還は、ただ運の良い場所に立っていたおかげということになって、事実はまさにそのとおりなのであり、俺自身も、そういうことならそうなんだろうと思って、とっとと忘れて行った。

 2へつづく

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