(二) 機械の庭
 
「ねぇ、ソクラテス」
 ソクラテスは顔を上げた。
「私は、これで良かったのかもしれない」
 森の風景が通り過ぎていく。
「パパとママのことを少し思い出しました。おかしいですね。列車に乗ったとたん、そうなって」
 クロウはソクラテスの首の下を撫でた。
「不思議ね。……どうして私は、彼が猫だって思ったんでしょう。彼のこと、よく知らなかったのに」
 ソクラテスはクロウの手をペロペロと舐めた。
「彼とはまたきっと会えるかしら。うん、きっと会えるでしょう。パパと、ママとも。これからどこへ行くのかしら。『機械の庭』って言ったかな。聞き覚えのないところね」
 おいで、と手を広げると、ソクラテスはクロウの腕の中に飛び込んできた。クロウはソクラテスを膝の上に乗せて抱きかかえながら、窓の外の流れる風景を見ていた。
「きれい……」
 緑が輝く森林。列車がすぐその近くを走って行く。葉っぱがすぐそこへ見える。赤い葉っぱや黄色い葉っぱも時折混じる。木の実が手に取れる位置にある。森の奥は静かな神秘だ。
 やがてその森が切れると、青い空と海が広がっている。クロウは声を上げて感嘆した。高いところを走っているようだ。そう、橋の上。ここがさっき彼の言っていた『石の橋』なのだろう。橋の上から見渡す景色は美しく、クロウがまだ見たこともないものだった。
「すごい……水がこんなにたくさん」
 これから行くところはどこなのだろう。パパとママは、いるだろうか。でもこんなところ来たこともない。
 プラトーンは言っていた。
「君を待っていた」
 私はどこから来たのだろう。
 それを思い出せない。
 気が付いたら駅にいたのだ。それまでのことをどうしても思い出せない。
 ただ、パパとママの記憶はあった。優しい、パパとママ。いつも甘えてばかりいる自分を、暖かく見守ってくれていた。
 ふと、悲しい気持ちがした。
 どうしてだろう、理由はわからない。
 ただ、自分は、彼らとは離れて暮らす決意をしたのではなかったか。
 そうだ。そうかもしれない。
 でもその先のことを思い出そうとすると、すぐその映像は切れて、塵のように消えてしまう。
 まるで雲を掴むようだった。
 クロウはそこに、悲しい気持ちを抱いていたことを思い出した。
(不思議……)
 何も覚えてないのに。
(ただその感触はある……)
 何の感触かわからないまま、ただそれが「悲しい」という類のものだとクロウは捉えている。
 理由のわからない悲しみに暮れている彼女の手の中で、ソクラテスがもがもがともがいた。どうやら外に出たがっているらしい。手を離してやると、彼は窓に飛び付いた。
「ん? 何ですか?」
 何が見えるのかしら、と顔を近付けると、クロウは感嘆の声を上げた。
 白い鳥の群れだった。まるで空という青い太洋の上を走るヨットのように、鳥たちは美しく羽ばたいていく。
 ソクラテスと共にそんな景色を眺めていると、徐々に心が癒されていくのをクロウは感じた。ソクラテスの背中の毛を撫でながら、彼女は呟いた。
「きっと、また会えるわね。そしてまた、思い出せるわ。思い出せたら謝りましょう」
 少し開いた窓から、涼しい風が入り込んでくる。ひときわ強い風に当たって、髪をひるがえしたクロウが、ソクラテスと目を合わせ、「アハハ」と笑った。
 
 次の駅に着いたのはクロウが一眠りした後のことだった。知らぬ間に駅の中に入っていたようである。足をソクラテスに、手でちょんちょんと叩かれて、眼を覚ました。
「ん……もう、着いたのかしら。あ、ソクラテス。ごめんなさい。私ったら寝てしまいました」
 クロウが起きると、ソクラテスは向きを変えて入り口に走っていく。
 クロウがその後を追っていくと、驚くべき場所に降り立つことになった。沼の端のような自然な感じは少しもなく、最初の駅のような簡素さもない。見たところ鋼鉄の固まりが溢れかえっていて、空の隙間も見えなかった。
 しかし空気はさほど悪くない。それに静かだった。機械は、止まってしまっているようだった。クロウは、天井の鉄の飾りを見ながら、切付を持って歩いていった。
 すると、先に車掌さんがおり、無言で手を差し出してきた。クロウは切符の半券を渡し、改札を抜けた。
 すると自然に駅舎が抜けられるのだが、抜けたクロウは大きく息を吐いた。
 青空。
 そして、壊れた建築物があった。
 クロウは、そろり、そろり、と地面を歩いた。しかし地面も亀裂が入っていて、それを見つけたクロウは思わず飛びのく。地面がズレて段差が出来ているところもある。
 ソクラテスはひょいひょいとそれを通り抜けて行く。彼方で地面から水が噴き出しているところがあり、噴水と水溜まりが出来ていた。
 見上げると、壊れた高い建築物。
 何があったのか、クロウが見とれていると、また彼方で、動くものの影があった。
 それは五、六の男たちであった。腕をまくり、隊伍を組んで、壊れたガレキや資材を運んでいる。そこから少し離れたところでは、女性たちが釜に火を入れて何かを作っている。
 ソクラテスはそちらの匂いにつられたようだ。一直線に駆けていく。
 向こうの人がソクラテスに気付くと、背中を撫でて可愛がってくれている。少し遅れてやって来るクロウの姿に気付いたとき、ちょうど男の人たちがソクラテスを見に戻ってきていたのだった。
「やあ」
 声をかけられたので、クロウは手を振った。
「こんにちは」
「こいつ、姉ちゃんの子かい?」
「いいえ。子ではありませんが、私の大切な友だちです。名前はソクラテス。私の名前はクロウです」
「へええ。犬が友だち」
 婦人方は驚いていた。
「姉ちゃんは、どっから来てくれたんだい?」
「ええと……、沼の端、というところから、森の列車に乗って」
 クロウが言うと、それぞれは驚いた。
「へえ。あんなところから」
「そいつは珍しいね。ねぇ、クロウ、って言ったっけ。あんたは何しにここへ?」
「もしかして見たいもんでもあった?」
 目をキラキラさせて訊いてくるので、クロウは答えるのに少し困ったが、「えっと、私、旅をしているので、たまたま……」と言った。
「へええ……」
 少しばかり落胆したようだったが、その男たちの中の、長らしき一番体つきのガッチリした男が、笑ってこう言った。
「すまないね。クロウさん。気にしないでくれ。と言っても、この有り様を見てくれ。……なあ? すごいだろう?」
「……いったい、何があったんでしょうか?」
「わからない」
 彼は目を閉じて言った。
「我々の寝ている間に、みんなこうなってしまったんだよ」
 彼は手で街の残骸を指し示した。
「ほら、あそこ」彼は言った。「あれは私の家だったんだ。我々が驚いて外に出たとたん、あの家も崩れてしまったんだ。まったく、危ないところだった……」
「怪我人は?」
「それが、まったくいないんだ」
 彼は肩をすくめるようにして、不思議そうに眉をめた。
「怪我があったとしても、それは災害が終わった後、ガレキに手を引っかけて血が少々出た程度さ」
「どうして……こんな事が?」
 クロウは廃虚となった街の有り様を見渡した。
 そういえば、とクロウは思い出した。ここは「機械の庭」と呼ばれていたはずだった。
 残骸からはその名残しか感じ取れないが。
「何か、手伝えることはありませんか?」
 彼らは目を見合わせる。「大丈夫? そんな細腕で」
「そう重いものでなければなんとか」
「水を汲んできてもらうのはどうかしら」
「そうだな。それがいい。いや悪いね、クロウさん。後でご飯でも食べていってくれ」
「お構いなく。あそこの噴水から水を汲んでくればいいですか?」
「ああ。あれはだめ」
「え?」
「汚染されてるの。綺麗な水はここからずっと先に行ったところよ。ほら、あのひときわ高い塔が見えるでしょう。あの向こう側に昔の井戸があるわ。そこから汲んできてもらえる? 大変だけど、どうかしら」
「私でよければ、いきましょう」
 クロウはソクラテスを連れて、そちらに歩いて行った。
 彼らからもらったバケツを手にぶら下げて、廃虚を見ながら進んで行く。
(……不思議なところ)
 人の生きていた気配がほとんどなかった。動物もそうだった。むしろ転がっているのは人型の鉄の塊であって、花も木も、すべて鉄製だった。
 生命の営みが感じ取れない、人形の館に迷い込んでしまったと言えば適当だろう。しかしここは陽の下だし、人形遊びの場としては規模が大きすぎる。
 そして何より……、
(あら)
 クロウの視界の端に、本物の、生きている緑が入った。あれは何だろう。さっき言っていた高い塔の隣だ。
 そこから固い地面が途切れ、生きている雑草の生えた温かい地面となり、奥に続いている。
 クロウはそちらに歩いて行くと、さらに森が見えた。木でできた小屋があり、付近に石の井戸があった。
「ねぇソクラテス、人が住んでいるんでしょうか?」
 ソクラテスはく〜ん、と変な声を上げて首をげるばかりだ。
 クロウは小屋の戸に近付き、戸を叩いた。
「すみませーん」
 呼びかけるが返答がない。
「すみませーん! 誰かいませんかぁー! すみませ――、わっぷ!」
 唐突に扉が開けられ、クロウはそこに鼻をぶつけてしまう。
「人んちの戸を叩くときは、『すみません』じゃなく、『ごめんください』だ」出てきたのは、無愛想な男だった。「誰かに習わなかったのか」
「す……すみません」
「あんた誰だ」
「わ、私の名前はクロウ。こっちの彼はソクラテス」
「そんなこと訊いてるんじゃない。あんたら何者だ。ここらの住人じゃないようだが……」
 男の視線は訝しげと言うよりも困惑げだ。
 クロウは佇まいを正した。
「私は元の場所に帰るため、旅をしています。こっちは私の親友」
「元の場所?」
「私、記憶がなくって……」
「そうか」
 少し同情するような眼差しをして、彼は会話を切った。
「……じゃあんたは、列車で旅を」
「そうです」
「だったらあの廃虚に行ったろう。そんで、誰か人に会わなかったか?」
「もちろん会いました。あの人たちは、とってもいい人で――」
「そんなことがあるわけあるか!」
 怒鳴られた。
 クロウは驚いて後ずさってしまう。
 彼はクロウの怯えに気付かないまま、早口でまくし立てた。
「奴らがいい人間だなんて、かの間違いだ! 争っては殺し、争っては奪い、大勢の人間を食い物にしてきた非常な連中だ! 見てきたか、あの廃虚にあるものを? 鉄製の、人形を」
「人形……」
 クロウは目を瞬かせた。
「はい。見ました。鉄の人形です」
「あれは『機械』って言ってな。恐るべき兵器だ。人間じゃない。人間じゃないが人間らしきものを作ったのがあそこの人間だ。恐ろしいと思わないか」
「はあ」
 クロウは、男の言葉の裏に何かただならぬものを感じ、それについていけず、元々事情を知らないのだから、気の抜けた返事しかできなかった。
 男は頭を抱えた。
「……すまん。怒鳴っちまって。あんたが悪いわけじゃない。ところで用は何だったんだ?」
「あの、水を……」
「ああ、そうか」
 男は外に目をやった。
「井戸を使うんだな。いいよ、嬢さんは使っても。あいつらに頼まれたんだろう。まったく、あいつらはこそこそ水を奪って行きやがる。オレのところに挨拶に来た試しがない」
「あの方たちが?」
 クロウは井戸にを落としながら尋ねた。
「そうさ。一日二、三回は来るぜ。あの時、奴らの街が崩壊して無くなっちまってからな。まったく酷い話だよ。せめて使うんなら井戸を整備して、オレに直接頼み込んでからにしてほしいもんだな」
「……」
 クロウは水を汲み上げた。
 無愛想な男は、ドアを開けて、中に入って休んでいくようにクロウに言った。
「でも」
「少しぐらい休んでったって構わない。そもそも、奴らはあんまり嬢さんに期待していない。なぜなら、奴らはついさっき水を汲みに来たばかりだからな」
「全て見ているのですか」
 クロウは目を丸くした。
「全てじゃない。だが、水の減り具合を見れば分かるさ。ちゃんと計算して使ってんだ、こっちは」
 男は背を向けて水を湧かしていた。
「そこに座るといい。今お茶をいれよう」
「あ、ありがとうございます。でも私、あんまり熱いのは、苦手なので……」
「なに?」
 くすり、と彼は微笑んだ。
「きみは面白いな。わかったよ。とびきりぬるくしてやる。ま、味の保証はしないがね」
 彼はお茶をいれながら尋ねた。
「あんたの話を聞きたい」
「私、ですか? あの……」
「ああ。申し遅れた。オレ――いや、私はエルンストだ。クロウ、だったかな。響きが珍しくっていいな。異国情緒があって」
 彼は木のテーブルにティーカップを置いた。そして自分の分を温め直す。
「まあ、飲めよ」
 クロウはおずおずと口をつけた。
「……おいしい」
「ハッハッハ。お世辞はいらん。と、言いたいところだが、本当においしいか、それ? まああんたの口に合ってんならいい。おっとそうだ、犬っころにも水をやるか。ほれ、名前は、ソクラテスだったか。」
「そうです。おいで、ソクラテス」
 彼は桶に水を入れて、床に置いた。
 ぴちゃぴちゃと舐め始めるソクラテスに、彼は真剣な眼差しをくれた。
「こいつ……賢そうな顔してやがる。今まで見てきた犬より一番利口そうな目つきだ。フン、こいつがこの街にいればな。少しは変わったかもしれん」
「それは?」
 クロウが聞き返すと、彼はニヤリと笑って「まずはそっちの話からだ」と言って自分の分のお茶を注いだ。
 クロウが今までの経緯を話すと、彼は物珍しいものを見るように目を大きく開いた。
「そいつは大変だったんだな、クロウ。何もない状態からスタートして、頑固ジジイとの決闘か」
「レスコーさんはいい人ですよ」
「そうだな。だが頑固だ」
 彼はティーカップを置いて、口を再び開いた。
「今度はこっちのことを話そう。どうせあそこにいる連中に尋ねても教えてくれないことだ」
 クロウは息を飲んだ。
「ここは『機械の庭』と呼ばれていてな。それはそれは大きな塔や広い道があったもんだ。クロウ。あんたは機械を知ってるかい?」
「ええ。少しは」
「不思議なもんで、あれは全部人が作り上げたものだ。間違いの所産だと言ってもいい。何てったって、あれで人間は自分の身を滅ぼしていったんだからな」
「まさか、機械が、人間を……?」
 エルンストは薄く笑って、言葉を濁らせた。
「そんなわけないさ。機械というのは意志を持たない。生物じゃないんだからな。でも、人間がまた人間らしきものを作って、そいつに人間がやる仕事をさせていく。そういった仕組みができていくとな、この世界にどこか歪みがでてくるんだよ」
 エルンストは続けた。
「せめてオレたちが人間を超える術を身に付けなければよかったかもしれないがな。動物にでもなっちまえばよかった」
「あの、」とクロウは言った。「ここで何があったんですか?」
「崩壊したのさ」
 エルンストは両手のひらを使って、建物が落ちて平たくなるジェスチャーをした。
「ある日突然、な。原因はわからなかった。機械が全て動かなくなってしまったんだ。建物の維持も機械に頼っていたからな、全部崩れてしまったんだ。残ったのは人間ばかりになった」
「その人達は」
「あいつらさ。君も会ったはずの。もっと驚くべきことがあるぜ。あいつら、怪我人のことを言っていたかい?」
「いいえ。一人もいないって……」
「そうだろう。住民は、あれで全部なんだ」
「えっ……」
 クロウは声を失った。
 もっと、他に人がいるのだと思っていた。
 クロウはエルンストに確認する。
「ちょっと待ってください。それは、全部で何人……?」
「そだな。オレの記憶が正しければ……全部で八人だ」
 クロウは即座に先程の人数と照合した。
 確かに……それは合っているように思えた。
「それは……どうして、そんな?」
 クロウは狼狽を隠せなかった。
「だってあんなに大きい街に?」
「亡くなったんだよ。自分の生活欲に飲み込まれて、な」
 エルンストは目を閉じる。
「そして人も産まれなかった。人を産まなくっても、周りには言うことを聞いて疲れを知らない機械が腐るほどいる。半永久的に自己修復をくり返す機能がついてるから、整備する人間の手もいらないんだ」
「そんな……」
「自分達で招いたことなんだ。ほとんど、な。唯一の例外は謎の機械停止事件。だが、あれはむしろ良かったことだとオレは思ってる。人間の滅亡を止めてくれたんだからな」
 クロウは言うべき言葉が見つからなかった。
「そろそろ行くといい」とエルンストは言った。「ずいぶん時間を取らせてしまって悪かった。あまり遅くならないほうがいい。それと……これはクロウ、あんたのためを思って言うんだが、このことをあいつらに話すことはないぜ。さっさとここを出るんだ。あんたの両親はここにいないだろう。列車の切付だったらほら、ここにある」
 彼は立ち上がって、木の机の引き出しの中から切付を取り出した。
「プレゼントするよ。その回数券を持って、すぐここを離れな。そして、なるべく早く忘れるんだ。大丈夫。心配することはない」
 クロウはただ黙って受け取ることしかできなかった。
「じゃあ」と言って扉を開けるクロウに、「ん」とエルンストは微笑を広角に浮かべて見送るのだった。その微笑が、クロウに取り敢えず列車には乗らない決意をさせた。
 クロウは、エルンスト邸を後にして歩いて帰る間、思考を繰り返していた。
(まさか機械が生き物を圧迫するなんてことが起こるなんて……でも、なんで、突然崩れてしまったのかしら?)
 森を抜けて、またあの無機質な廃墟に帰る。
(エルンストさんは放っておけと言っていたけれど……どうしてかしら? わからない。もう昔のことなんでしょう? どうして彼はまだ怒っているのかしら?)
 空は希望を感じさせる青色だった。雲がところどころ散らばっていて心安らかになる。動くものがほとんどいなくなった廃虚は静かで、一種の清々しさがあった。
(なんとか仲直りさせる方法はないかしら? それに、とにかく、黙って水を持っていってしまうのはよくないと思う)
 クロウは先程の、住人全てが集まっている広場を見つけ出すのに苦労した。
 見つけるのと、相手がこっちに気付くのは同時だったようで、向こうは「クロウさーん」と手を振る。
「はーい」
「遅かったわねぇ。誰かに会わなかった?」
「会いましたよ」
「そお」
 と、女性は目を伏せた。
「何か私達のことを言ってなかったかしら?」
「めためたに悪く言ってましたよ。取り敢えず、水を黙って持っていくことはこちらが悪いんじゃないでしょうか? 謝りに行くべきですよ」
「でもねぇ……」
 彼女は言葉を濁らせた。
「会ってくれるかどうか、わからないのよ」
「と、いうのは?」
「色々と因縁がある人でね……ハッ、いけないいけない。お水、ありがとうね。ご飯があるわ。お礼に食べていってくださいと、ハンネスさんが言っているわ」
「ハンネスさん? それでは、その人に伺いましょう」
 彼女の話で、ハンネスというのは先程会ったリーダー格の男であるということがわかった。
 クロウとソクラテスがハンネスの元へ行くと、彼は火でしいたけをって、食べていた。
「おぉクロウさん」と彼は皿にしいたけを乗せてさし出した。「ご苦労さま。さっ、どうだい。森の奥へ行って取ってきたんだ。おいしいよ」
 クロウは不思議になりながら、それを受け取って食べた。
「熱ッ!」
 舌に刺激を受けて、吐き出してしまう。
「ハッハッハッハッハ!」
 クロウの様子が可笑しかったらしい。クロウの舌は非常にヒリヒリしている。
「注意しないとヤケドするよ。ゆっくりどうぞ」
「す、すみません……」
「このしいたけはとってもうまいんだ。オレたちは滅多にこういう野蛮なものは食べなくてね、街が崩壊して困ってから、遠くの森へ行ったんだ。ちょうどオレが細菌学専門に大学で勉強していたからさ。うろ覚えだったけど野生のを見つけられたんだなこれが。それが食ったら頬が落ちるほどうまいんだ! いやしかし、栄養バランスは決して良くないがね。胃に負担が来る可能性もある。でもうまいんだな、これが」
「あ、熱い……」
「君は猫舌、ってヤツだね! 久し振りに見たよ」
「少し時間を置いてから食べましょう」
「それがいいだろうね!」
 彼、ハンネスは仲間と共に豪快に笑った。
 クロウが端っこを細かく囓っていると、ハンネスはこんなことを言った。
「不思議に思ったことだろう」
「はい?」
「彼とオレたちのことさ」
「エルンストさん……のことですか?」
「そうさ」
 彼はうすく笑った。
「オレたちは友達だったんだ」
 寂しそうに笑うのだった。
「不思議なことだらけだろう。機械が止まってしまったことも、我々が機械に殺されかけていたことも……そして、この有り様も」
 彼は崩壊した廃虚を見た。
「機械が止まった後に、何故かこうなってしまったんだ。地震か、竜巻か、全くわからない。計測する機械も壊れてしまったからね」
「ところで、住んでいる人がこれだけしかいないというのは本当ですか?」
「ああ。……そのとおりさ。我々は絶滅に瀕していたわけだ。エルンストは、それから抜け出した希有な例さ」
 クロウは冷ましたしいたけをソクラテスにちぎって分けながら聞いた。
「以前は、エルンストさんも……」
「そうさ」
 風が流れ、時が流れ、クロウはちょうどエルンストが働いているさまをかいま見た気がした。
「でも考えが合わなかったんだ。それで、あいつとは別れちまった」
「……」
 徐々に夕陽が射してきた。
 クロウは寝るところをどうするか迷った。
「クロウさん。どうするんだい? 列車、乗るの?」
「いいえ。もう少し、ここに残ろうと思います」
「そうかい? なんにも見ていくものはないと思うけどね、そいつは嬉しいな。ゆっくりしていってくれ」
 クロウはハンネスにいつもはどこで寝ているのかと聞いた。
「駅の中さ。あそこだけは、崩れなかったんだ。そうだ。あんたの話を聞かせてくれよ。どんな話だか、楽しみにしていたんだ」
「わかりました」
 と、答えた。ハンネスや周りの男たちは子供のように笑っていた。クロウは、エルンストが言っていた話とはどうも違うようだと思った。
 その日は駅舎で毛布にくるまって寝た。ソクラテスと一緒に寝れば、暖かかった。

 翌朝起きると、街の人達はみんな起きていた。まったく、いつも好きなときに寝て好きなときに起きていたクロウの悪い癖がまだ残っている。
 水で顔を洗い、髪を梳かしてから、クロウはいつものように黒い細身のスーツにロングスカート、簡素なハットをつけて出た。
 また外は温かい青空だった。
 人々を探して歩いて行くと、彼らは昨日とはだいぶ離れたところにいた。
「みなさん」
「やあ、おはよう!」
 みんなからそれぞれ「おはよう!」と返される。
 瓦礫は昨日と同じように取り去られてないままだった。しかし、男の人たちはせっせと瓦礫を取りだして運んでいた。
「何をやっているんですか?」
「こいつかい? んぅ〜、よいしょぉっと! ふぅ〜」
 男性の一人が、肩に担いでいた瓦礫を下ろして、汗を拭いた。
「瓦礫をどかしているのさ。建物を直すためにね!」
「ここにある瓦礫を、全部、ですか!」
 彼は頷いた。
「なに。いつかは終わるさ。僕たちには、これしかやることが見つからない。働くのさ、クロウさん」
 彼は微笑んで、もう一度瓦礫を持ち上げた。
「わっ、と、と」
 よろけたので、慌ててクロウが駆け寄った。
「大丈夫ですか!」
「なに。大丈夫さ。いやー、ははは。ここが、こうじゃなくなる前は、自堕落した生活を送っていたもんだから、未だ筋肉がなくってね。あらよっと」
 彼は姿勢を整えた。
 もう大丈夫だ、と笑って、彼は歩いて行った。彼らは後何年、この作業を続けなければならないのだろう。その「分」を、今までのつけだと評するのは、いささか苛酷すぎると思う。
 クロウは、さらに進んで行くと、ソクラテスを見つけた。彼は一人の男を励ますように、ワン、ワン、と隣で吠えていた。
 男は筋肉がまるでなく、クロウよりもこの仕事に向かなさそうな様子だった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
「ワン! ワンッ!」
「大丈夫ですかぁー?」
「だっ、だっ……」
 彼は汗をだらだら流しながら、足を危なげにふらつかせながら、こちらを見た。
「だい、じょうぶ……で、す……」
 ソクラテスは吠え続けた。まるで「馬鹿言うな!」と叱り飛ばすかのように。
 クロウは寄って、彼の横で瓦礫を支えた。
「手袋しないと、け、怪我しますよ」
「大丈夫……」
 すぐ汗がぶわっ、と吹き出た。なんて重いんだろう。尋常じゃない。けど決して手は離さなかった。
 彼と一緒に目的の所まで運び終えて、瓦礫を降ろし、クロウは重い息をついた。自分はなんて力無しなんだろう。
「あ、ありがとうございました」
 彼はズレだ眼鏡を直しながら、礼を言った。
「あなたのおかげでこいつを一気に運べました。いつもだったら二回は休憩を挟んで持ってくるのです」
「い……いつも、こんな辛い仕事を?」
「私も最初はあなたのように参りました。ええ。頭を使うのが本職でしたから。細枝のような腕が、ぶち折れるかと思いましたよ。でもだんだん辛くなくなってきては、います」
「どうして……こんな作業を?」
 彼は誇らしげに笑った。
 まず自己紹介しましょう。私の名前はパンデモ。二十八歳。独身。
 つられてクロウも挨拶した。
「私達は大いなる反省をしたのです。今までの所行を、悔やんだのです」
 彼は日光で汗をキラキラ輝かせながら話した。
「私達は崩壊が終わってから、全員で話し合いました。びっくりしました。残っている人々が、もうこれだけしかいなかったこと。私達は全然知らなかったのです。知らなかったということですが、私達はそれぞれの顔も名前も知らなかったのです。会ったこともありませんでした。全員それぞれ好きに暮らしていたのです。多くの機械に囲まれながら」
 彼は身ぶり手ぶりをつけて話した。
「機械たちが作る栄養サプリメントを食べて、私達は死人のように暮らしていました。なぜそう思ったのかというと、私達はまさに一歩も動かないで生活できていたからです」
 彼は再び歩き出しながら、クロウに向かって言った。
「私達は、自分たちの罪を悔いたのです。罪というのは、何もしなかったことです。何もしない環境を作り上げて、その中でふんぞり返っていた。そんな自堕落な環境は、人を殺すのです」
「まさか」
「嘘じゃありません」
 彼は真面目な顔をして言った。
「我々は大勢で仲間の内から徐々に食らい尽くされていく仕組みを作り上げたのです。仕組みというのはすごい。人を殺しても知らんぷりしている。でも結局招いたのはこんな有り様です。私達はね、償いをしなければならないんですよ」
 彼は日光を横に受けながら、まるで自分の愛娘に聞かせるように話した。
 クロウは、黙っていたが、ふと顔を上げた。
「パンデモさん。エルンストさんのことを、教えてくれませんか?」
「エルンストさん?」
 彼は目を丸くした。そしてそれから、「ああ」と微苦笑を浮かべ、頭をかいた。
「私は、お恥ずかしながら、彼のことについてはほとんど何も知らないんですよ。ただ知っていることといえば、彼は元ここの首長の秘書だったというぐらいしか」
「秘書?」
「お付きさん、ということですよ。偉い人の」
 クロウは目を瞬かせた。
「へええ」
「ごめんなさい。それくらいしか知りません。でもどうしてあんなに僕らのことを怒ってるんでしょうね」
「それは……」
 パンデモは不思議そうな顔をした。でも彼の目はある意識を宿していた。
「僕らは、彼に何か酷いことをしたでしょうか?」
「パンデモさん」
「見ているんなら、出て来て欲しい。そう思っているんです。みんな彼と話したがっているんです」
 クロウはまた目を瞬かせた。
「私、彼のことに興味があります」
 パンデモは困った顔をした。
「や。や。そうじゃないんですよ。クロウさん、ありがたいけど、あなたの旅はいいんです? そのためにここに来たんじゃなかったんですか? パパとママはここにいましたか?」
 彼女は首を横に振った。
「いいえ。元々、探すつもりはなかったのです。ここには来たことがありませんから」
「でも、あなたのパパとママはここにいるかもしれない」
 クロウは思い出した。
 プラトーンの、あの好青年の、「最初の君の決定を守るんだ」という言葉。
「ここの住んでいる人の顔は夜に全て見させていただきました」
「なら、」と彼は言おうとした。
 クロウは目を丸く開き、おごそかな笑みを灯し、口を開いた。
「いいんです。私、自分のやりたいこと、見つかったんです」
 そうして走り出す。
「行きましょう、ソクラテス!」
 ソクラテスは返事をし、エルンストの家のある方、あの高い塔のある方へ駆けて行った。
 パンデモは、駆け去って行く彼女の背後に、笑顔の余韻を感じていた。
「目の細かった彼女が、静かだった彼女が、あんなふうに笑うとは……」
 彼は首を横に振った。
「バーチャルより、ずっと可愛かったな……」
 
「何しに来た」
 彼は怒りながらそう言った。
 クロウが来ても彼は留守で、それなら入り口のところで待たせてもらおうと玄関に座り込んでいたからである。
 彼は目をぎょろつかせながら言った。
「ここから出て行けと言ったじゃないか。まさか切付を無くしたとか言うんじゃないだろうな」
「いいえ。それなら、ここにあります」
「そうかい。よかったよ。そんな間抜けに切付をくれてやったんじゃなくって。さあ、いいかげんどいてくれないか。植物を取ってきたんだ。ちょうど中で一服やりたい気分なんだがね」
「ご一緒させていただけませんか」
「いいだろう」
 と彼は言った。
 彼は昨日と同じ種類のお茶を出した。
「……あんた、ほんとにクロウか?」
「はい?」
「いや、」と彼は口ごもった。「オレの勘違いだった。気にしないでくれ。……で、まだ列車には乗らないのかい。ここは間違いなくあんたの故郷じゃないと思うぜ。オレは長い間街であんたを見たことがない」
「はい。私も、そう思います」
「チッ」
 彼はやりにくそうにした。
「話が見えてこないな。で、なんの用なんだい? 嬢さん。まさかオレの茶を飲みたいがために残ってたわけじゃぁねぇよなぁ?」
「エルンストさん。私は、聞きたいのです」
「あぁん?」
「この街のこと。皆さんのこと。そして、あなたのことも。……ただ聞いてみたいのです」
 エルンストは目を細めた。
 今までの粗野な空気がなりを潜め、ただならぬ空気が漂い出す。
「そんなに聞きたいか」
「はい」
「聞いて何になる」
「別に。何にもならないかもしれません」
「じゃ、何でだ」
「聞いてあげて、重みを分けてもらいたいからです」
「あぁ?」
 エルンストはしかめっ面をした。
「私は、見てみぬ振りをして、列車に乗りたくはないのです。私は、あるとき、大切な友人に、『よく風景を見ておけ』と言われました。見逃さないように。それは、こういうことだったんじゃないでしょうか」
「どういうことだったかまるでわからんがな」
 エルンストは声を低くして言う。
「嬢さん、あんたに、何かできるのかい? それとも、何かまだすべきことがオレ達の間に残っているとでも言うつもりかい」
 クロウは頷いた。
「はい。そうです。あなた方は、そうすべきでありながら、そうしてないことがあります」
 彼は、重く溜息をついた。その溜息と一緒に、力までも全て抜けていってしまうような様子だった。
「はぁ……なんだかな」
 彼は薄く笑った。
「あんた、不思議だよ。人間のことが怖くないのかい? 秘密を問い質して、しっぺ返しを食うとは思わないのかい」
「思いません」
「どうして」
 彼は真剣な眼をした。
「仕返しをするような人には見えませんから」
「そりゃあ……オレを信頼しすぎるぜ」
 エルンストは目頭を押さえた。そして口から軽い溜息を吐いた。
「……オレは、あそこの街の役人だったんだ。役人って知ってるか? みんなをまとめる人がたくさんいたときは、『組織』ってもんができるんだが、その中の一人が役人だ」
「……何でしょうか?」
 クロウはさっぱり理解できてないようだった。
「つまり、」彼は手振りで説明する。「みんなをまとめるみんなの中の一人、ってわけだ。これでわからなかったらこれ以上わかりやすい言葉はオレは知らない」
「……言っていることは、わかります。でもなんとなく変てこだと思います」
「まぁな」
 彼は言った。
「まぁ、オレはみんなをまとめる側の人間だったってわけだ。それが街がいやになって逃げた……なんてお笑い草だよな」
「そうでしょうか。私にはわかりません。何が嫌でエルンストさんはお嫌になったんですか?」
 エルンストは話すのに若干躊躇しているようだった。深く目を閉じ、それが再び開かれたときには、もう決断が終了しているようだった。
「オレは――、いや、私は、街の雰囲気が嫌になったんだ」
「雰囲気?」
 オレ、から私に称を変えたエルンストは、姿形は変わっていないけれども、声や纏う空気は明らかに変わっていて、品のある様子になった。
「私はこの街にある希望を抱いていた。一番、この街が好きだったんだ。町長さんを手伝って、少しでもこの街で暮らしやすくなるように骨折っていた」
 彼は続けた。
「ところが町長さんが死んでしまった。理由は、わからなかった。けれど、私は、この街が町長さんを殺したんじゃなかろうかと思えた。ははは。それでな、逃げ出してしまったんだよ。もう何もかもわからなくて。何も持ってないところから始めようと思ったんだ。何の希望も持てなかった」
 彼は声を変えて言う。
「ところが、信じられるか? 街はまだ動き続けていたんだ。住民の誰一人、町長が彼らのために果てたことを知らなかったんだ。そして、住民といってももう機械が大半を占めていた。人が一人死んでもそれに気付かない仕組みが出来上がってしまってたんだ。私は……初めてそこで、私や、町長が、間違っていたのだと悟った。生活をどれだけ良くするといっても、ちっとも良くならなかった。それはもっと別のところにあったのだ。それは、我々が我々らしくあるということだ」
 不意に耳に残った、その一言。クロウはプラトーンの無邪気な笑顔を思い浮かべた。
「私達の生活は確かに楽になった。だが我々人間の暮らしやすさというのは、もっと違う所にあったのではないだろうか……」
 クロウは、彼――エルンストの「現在」の部屋の様子を見回した。
 明るさはなく、ちょっと暗かった。全体的に黒い色の木材が使われている。しかしクロウはこの小屋が好きだった。とても簡素で、機械の庭にあったような物珍しさはないが、謙虚で、人の温かさがある。窓からは草と太陽の匂いが入り込み、それは果物の匂いも混じっていた。
「私は、絶望したんだよ。それで、無関心になったのさ」
 クロウは黙った。目を落として考えて、それから、ばっと頭を下げた。
「お願いします。街の皆さんに会って下さい」
「はあ?」
 彼は訝しがる。
「おいおい。どうしたんだ。どうしてそうなる? オレはもう関係ないだろ? あ、そうだ。これはいいチャンスかもしれん。オレも君と一緒に行こう。これを機にここを離れるんだ。いい案じゃないか」
「よくありません! 何を言っておられるんですか! 自暴自棄です! ……私は、エルンストさんは街の皆さんと仲直りすべきだと思います」
「オレには必要ないと思うがね。別に連れて行ってもらえなくても勝手に出てくさ」
「エルンストさん……」
「あんたもそろそろ出て行くんだ。そしてこの街のことは忘れろ。それがいいんだ。幸せなんだ」
「わからずやっ!」
 エルンストは驚いて目を剥いてしまった。と言っても、見るものがあったわけでもない。クロウは席を立って出て行ってしまったから。
「何なんだ……あいつ。あんなこと言うやつだったっけか」
 クロウは、けれど立ち去らなかった。森の茂みに隠れて、エルンストの様子を窺っていた。
「シッ、ソクラテス。吠えないでくれますか。あの人がどうするのか見ておきたいですから」
 ソクラテスは「了解した」とでも言わんばかりに腰をつけた。
 エルンストは、なかなか出て来なかった。でもクロウは待ち続けた。何度か、出て行ってもう一度説得しようか迷ったが、いろいろ考えたあげく、行かなかった。
 クロウは疲れてへなへなと座り込んでしまった。
「疲れましたね……ソクラテス」
 ソクラテスは座ったまま尻尾を左右に振っている。
「私、今までで初めて、こんなにも考えました。それで、わかったことがあるのです」
 クロウは徐々に暗くなりつつある森を見つめて言った。
「考えられると言うことは、こんなにも辛いことなんですね……」
 クロウは、だんだんと自分が変わっていくのを感じていた。
 だんだん歪な形になっていっている感じがしてならなかった。
 そのとき、ソクラテスがクロウの顔に口を近付けて、ペロペロと舐めるのだった。クロウは瞬きして、顔を振った。
「うわ。やめてください。ソクラテス!」
 ソクラテスは尻尾を振る。
 クロウは、ソクラテスの体を抱きしめながら、こんなことを考えた。
(私はどうして人間のことを考えているんだろう……)
 そして微笑むのだった。
(自分の心が変わっていくって素敵だね、ソクラテス)
 クロウは笑うのだった。
「今日くらいは、ここで過ごしませんか、ソクラテス。夜空が綺麗ですよ」
 いいよ、と言わんばかりに尻尾を二振りする。舌を出して喘いでいる。
 クロウはそこで何時間も過ごすことになった。
 けれどどうしてもエルンストが出て行くところを確認できなくて、クロウは夜明けに一番の列車に乗って、「機械の庭」を出て行った。
 

 続く……

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