クドが突然悲鳴を上げた。
 
 もちろんそれは、僕が机の下でなにか変態的なアプローチをしてしまったせいではなく、ましてや、ゴキブリなどの最終生物が出たわけでもない。
 ちゃぶ台を挟んで向こうにいるクドの、めずらしく大きく開かれた口から発せられた悲鳴は、ここを取り囲んでいる空気に相応しい、ゴムをぎゅ〜っと引き延ばしたような声だった。
 今にも湯気が出てきそうな頭を両の手で抱え、ぐわんぐわんと悶絶するように揺らし、クドは緩んだ悲鳴を上げ続けるのだった。
「にゅあぁぁぁぁぁ……あっ……も、もうだめでしゅ〜〜〜〜〜〜っっ!」
 僕は反応を誤魔化すように引きつった笑みを浮かべるが、けれどだんだんとその笑い声は枯れていき、最後には深いため息をつくに至った。
「……はぁ。で、今度はどこなの?」
「……」
 クドはどすんっと顔を机に突っ伏させ、無言で、ずいっと両手だけを使ってノートを差し出してくる。
 僕も同様に、無言でそのノートを受け取ると、くるりと回して問題のところを眺めてみた。
「あー……うん……単語の穴埋めに、長文読解だね……」
 僕がそう返事を返しても、突っ伏している亜麻色の小物体はぷすんとも反応を示さない。
 僕は再びため息をついてしまいたくなったが、どうにかそれをぐっと我慢して、喉の奥に飲み込んだ。
 今僕たちは、二人っきりで家庭科部室にいた。
 雨のために野球の練習がなくなった日は、いつもここでクドと二人で勉強会を開いているのだ。
 今日の科目は、もちろんクドの苦手な英語だった。
 当然……というかなんというか、この英語という科目に関してのみ、お互いを扶助する勉強会というよりは、ただの雇われ家庭教師の授業みたいな感じになってしまっている。
 もちろんそれは全然嫌でもなんでもなかったけれど、このクドの家庭教師という立場上、こうまでずっと閉塞した状況が続いてしまうと、どうするべきかわからなくなる。
 何度もわかりやすく教えているつもりだが、どうもクドにとってはそれがあんまりしっくり来ないらしい。
 頭が良すぎてクドの気持ちが理解できない来ヶ谷さんよりは上手に教えられているつもりだけど、僕だってまだまだ半人前の小僧だ。勝負所は持ち前の根性と努力、そう強く勢いづけたところだけど、結局のところはあんまり上手くいっていなかった。
 ただ僕にできるのは、本人より先に音を上げないことだけ。
 心を夜の水面に映る月のようにして、静かにいじめ抜かねば。
「うんと……ここの is はね、SとCの接続という意味じゃなくって、『いる、ある』という単純な動詞の意味で使われてるんだ。だから次は名詞や形容詞が来るんじゃなくって、ただの前置詞の in になるんだよ。繋げると、Mike is in a room where〜っていうふうになって……って、ちょっと聞いてる?」
「……」
 反応なし。
 僕は再びため息をついてしまった。
 勉強をはじめてから約一時間半。最初こそは「わふ〜……と、とっても難しいですけど、リキが一緒なので頑張れますっ!」とかなんとか、こちらを大いに赤面させるようなことをいけしゃあしゃあと洩らすほどだったけど、今となってはそんな減らず口を叩く気力すらもないらしい。さっき話した僕の講釈もちゃんと耳の中に残っているのか甚だ疑問だ。
(別に、クドをいじめて楽しんでるわけじゃないんだけどな……)
 穏やかな時計の針の音を耳に当てながら、僕はすくっと立ち上がり、お茶を淹れに行ってやる。
 無論、クドがあんなふうになってしまっているのは、お互いが真剣に勉強会に臨んだからだとわかっているが、そもそもクドは普通の女の子であって、僕は男の子なのだ。実際、僕はクドの潰れる姿を見てほんのちょっぴりの罪悪感を覚えてしまっていた。
 立ち上がり際に、ぴくりと耳が犬っぽく反応したのを見て、僕はいっそう複雑な思いに囚われ、苦笑した。
「もういいよ、クド。少し休憩にしよう。お菓子もちょっと持ってくるね」
 そう声をかけるとクドは、がばりと弾けるように顔を上げ、
「わ、わぁぁ……や、やっと終わりなのですーっ! わふー♪」
 なんて感極まったふうに、喜色満面でガッツポーズをしてみせるのだった。そんなに嫌だったのか。
 お姫様のご機嫌取りも大変だ、などと心の中で苦笑をもらしながら、僕は畳の床を歩いていく。
 この数回の勉強会で、僕はだいぶ生徒と教師の付き合い方を学んだ気がした。
 教師は、生徒に対して無理をきかせすぎてもだめだし、甘やかしすぎてもだめだ。
 けれどクドの場合は、言葉や顔の至るところに心情が顕著に表れてきてくれるので、とても調整や加減をきかせやすかった。
「なにがいい? おせんべいとチョコがあるよ」
「あ、チョコーっ! あ……え、えーっと、あい、ぎぶみーあ、ちょこーれーとです〜! ぷりーずっ!」
「はいはい」
 心の抑圧が解放されたことからくる意味不明なクド語にも、ちょっとした可愛らしさを感じてしまう。
 こんなふうになってしまっては、クドもまるで小学生のようだ。
 浮き浮きとはしゃぎながら勉強道具を片づけはじめるクドを見て、僕は唐突に妹ができたような気になって、微笑んだ。
 手に急須を持って、静かにお茶を注いでいく。そして、端っこに控えてあったチョコのお菓子袋もお盆に乗せ、僕は再び立ち上がった。
 振り返ってみれば、クドは「頭脳労働の後はやっぱり甘いものに限るですっ」と偉そうに息巻いて、ぺったんこな胸を張っていた。思わず声に出して笑ってしまう。
 すると今度はぎょっと目を丸くし、おろおろと困惑しだした。
「な、なんなのですかっ? どこか私におかしいところがあったですか!?」
「ぷくっ……ううん、なんにも」
 僕は口元に笑みを残したまま、机にお盆を置き、座布団に座る。
 一方クドはなにか別のことと勘違いしたのか、カァァァァ、と顔を真っ赤にし、手を大きく振って反論した。
「ほ、ほんとなのですよ!? 脳の活性化に役立つ栄養素が、この甘いものにはふんだんに含まれているってこの前テレビでやってたのです。ぶどう塘です!」
「へぇ……」
 そしてクドは、だからこれは仕方がないのです! と意気込んで、ずばっとチョコの袋に手を伸ばしていった。
 僕は思わず噴き出しそうになりながらも、自分もチョコを取って口に入れた。
「ふーん……ぶどう塘なんだねー」
「あーっ、ぜ、全然信用してやがらねぇのですっ!? もぉっ――リキはおせんべいでも食べててください! これは全部私がいただきます!」
「あ、ちょっとっ」
 ぷりぷりと頬を膨らませたクドに、勢いよくチョコの袋を奪い取られる。
 一方僕は、そのせいでクドが自分の湯飲みを倒してしまわないかと心配になって、慌てて湯飲みを安全地帯へと遠ざけていた。
 今、クドがやけどを起こさずに済んだのはもしかしたら僕のおかげだなんて、このお姫様は知るよしもないだろう。
 っていうかクド、そんなにお菓子食べるつもりなの……?
「そんなに食べちゃったら、ちょっと太っちゃうんじゃないの?」
 ぴしっ。
 何気ない心配の言葉だったが、クドはそれで石像のように固まってしまった。
 ちょうどチョコを口に入れようとしていたところで、クドは目を見開いたまま、変な顔で硬直している。
「ぁ、ぅ……」
 やがて、怖ず怖ずと歯に当て、ちょこっとずつかじり始める。そして、もにゅもにゅと咀嚼した。
 生ぬるい沈黙が続く中、クドはそっと袋の裏の成分表を見つめ、ぎこちない笑みを作って答えた。
「ちょ……ちょっとくらいなら、平気ですよ?」
 ちょっと……? これが?
「ほら、今私たくさん頭使いましたよね? きっとその分のカロリーは消費されてると思うのです」
「そうなの?」
「はいです。だからその分は食べても平気ですよね? むしろ、こうやって消費したものを後で補給しておかないと、きっといつか体に悪いことが起きますのです」
 クドはしどろもどろになりながらも、そう回答するのだった。
 一見もっともらしいことを言っているように見えるが、その裏側で不安そうに揺らいでいる瞳と、うっすらと顔に浮かんだ冷や汗はまったく隠せていない。
 食べたければ素直に食べたいって言えばいいのに……。
 僕は続けて聞いた。
「悪いことって、一体どんなことが起きるの?」
 クドは目線を少し逸らして答えた。
「ほ……ホルモンバランスが崩れますのです。とっても危険なのです」
「ホルモンバランス……? うわぁ……それはとっても危険そうだね。あとは、ストレスが溜まっちゃうとか?」
「そ、そうですっ。主にそれが一番の原因なのです。身体にかかるストレスは主に脳組織に過剰な影響を及ぼし、ホルモンバランスをぐっちゃぐちゃにしちゃうのです」
「へえ……」
 僕が反応を返すたび、クドの目線はだんだんと壁のほうにずれていく。っていうか、ホルモンバランスって?
「あ、それ食べたら?」
「言われなくともですっ!」
 僕が指差すと、クドはもしゃもしゃと残りのチョコを咀嚼しはじめた。
 辺りにはどこか哀愁が漂っており、全然おいしくなさそうだった。
「えーっと、クドのそれ、健康のためなんだよね?」
「当たり前です」
 きっぱりと返事を返すが、眉はだんだんと悲しそうに下がっていく。
 ぴりぴりと次の袋を開け、歯でかじっている。
 僕はまったりとお茶をすすりながら聞いた。
「ちなみに、さっきの勉強で消費したクドのカロリーって一体どのくらいなの?」
 クドはびくんっ、と体を反応させ、恐る恐るこっちを振り向いた。
 そして、チョコがたくさん入ったお菓子袋を手に取り、ばんっと掲げてみせる。
「それは、ちょうどこのチョコ一袋分くらいなのです!」
「へー……」
「……」
「……」
「……く、くぅん……」
 クドは構ってもらえない犬みたいに切なそうな声を上げ、持っている袋で顔を隠し、上目遣いのままこちらを見つめるのだった。
 やがて、おずおずと口を開く。
「や、やっぱり、リキもどうぞ……」
「うん、ありがとう」
 僕は満面の笑みで、差し出されるチョコを受け取るのだった。
 それからクドは半べそになり、「たくさんお茶を飲んでお腹を誤魔化すのですっ!」とわけのわからないことを言っていた。ああ、可愛いなぁ……。

 
 それから僕たちは、お茶をすすりながら取り留めのない世間話を繰り返し、ふと、壁に立てかけられた時計の音を聞くのだった。
 もう夕方の五時か。
 けれどまだ、下校時間までにはちょっぴり余裕があるな。
 空気の入れ換えのために開いた扉の先から響いてくる、しめやかな小雨の音をなんとなく耳にしながら、僕は話を切り出した。
「クド、チョコは英語でなんて言う?」
 クドは突然の出題に目を丸くした後、フンッ、とまるで自分を馬鹿にするなと言うように鼻で笑って答えた。
「当然、『ちょこれーと』ですっ!」
「……あ、うん。そうなんだけどね……」
「?」
 僕は思わず頭を抱えてしまった。
 というのも、クドの英語の酷さの原因は、全部ここにあるんじゃないかと思ったからだ。
 単語力だけはめっぽうあるくせに、発音の仕方がとにかくめちゃくちゃなんだ……。
「クド、もう一回言ってみて。chocolate」
「ちょこれーと?」
 え、ええっと……素で今聞いたのを間違えている……。一瞬、耳が遠いお婆ちゃんを相手しているような気になった。あんたは西洋かぶれの大正人か。
「I take a chocolate cake」
「あいていく、あ、ちょこれーと、けーき♪」
「……」
 なにやら得意そうにしているのを見て、僕は絶句する。
 言えている……確かに言えているんだけど……どうしてここまでイントネーションの崩壊が起きていることに気づかないんだろう。リズムや韻なんかくそくらえって感じだ。
 わざとやってるわけじゃないよね?
「クド……どーして自分がまったく英語できないか、わかる?」
「わふー……それは今、私の中ですっごい問題とされている事件なのです」
 しょんぼりとうつむいて呟く。
 当たり前だ。少しでも問題にされてなかったら僕でも怒る。クドの教師として、親友として。
 クドは、ぴりぴりと次のチョコの袋を破りながら、続けて聞いた。
「リキにはわかるのですか? 私が英語できない理由」
「うん」
 きっぱりと答えてみせる。その後、がくっと項垂れる音が聞こえてきた。
 しかし影でチョコはぱくぱくと食べ続けている。くそっ、卑しいやつめ。
「もにゅもにゅ……なんだって、もにゅ……言うんですかー」
「えっと、ちゃんと食べてるものを飲み込んでから喋ろうね」
「わふっ」
 こくり、と喉を震わせる音を聞いてから、僕はまた深くため息をついて答えた。
「クドはさ……今までネイティブの人の英語とかを聞く機会はあった?」
「へ? ねいてぃぶいんぐりっしゅすぴーかーですか?」
「うん」
 僕が頷くと、クドは「馬鹿にしないでくださいっ」と息巻いて、指を折って数え始めた。あ……指使うんだ……。
 それからだんだんと悲しそうに目を細めていき、やがて僕と目が合うと、にっこりと嘘っぽく微笑んだ。
「ごめんなさい。数え切れないみたいです」
 いや、嘘でしょそれ。
「嘘じゃないですっ。現に、リキたちと毎日授業で聞いてます!」
「いや、あの先生はめちゃくちゃ日本人じゃない。この前、ホームステイにも行ったことないって言ってたよ」
「で、でもでもっ、音声CDでなら、よく外国の人の声を聞いてますっ!」
「まぁ、リスニング試験のときだけはね。僕も聞いてるよ」
「うっ……」
 それからクドは黙り込み、またうつむき加減になって、上目遣いで「う〜」とも「ん〜」ともつかない切なげな声を上げはじめた。
 う……そのご主人様に構ってもらえないわんこみたいな鳴き声を聞いてしまうと、なんだか背中がむずむずとかゆくなってくる。
 つい寛大になって許してしまいたくなるが、僕はどうにかそれを我慢して言葉を続けた。
「授業に出ているだけで英語が話せるようになれたら、もう今ごろみんながネイティブスピーカー並になってるよ。だったら発音の問題なんて必要なくなるでしょ」
「でも、リキや来ヶ谷さんは発音結構上手ですよ?」
「それは……まぁ、ありがとう。僕も英語は結構得意だから。あれだけ聞いていれば少しは喋れるようになるよ。でも、今問題なのはそこじゃないでしょ、クド?」
 そう言うと、クドは大人に怒られたみたくしょんぼりとしてしまった。口を尖らせて精一杯不満の意を表わしているが、眉は弱々しげに下がっている。遠回しにおまえに英語の才能はないと指摘されているみたいで、あんまり納得がいかないんだろう。
 でも、努力というのは、自分に力がないことを認めたときから始まるんだ。
 それに僕は、ここまでクドのことを酷く言ったからには、そこからのサポートは最大限にしていくつもりだ。
「クドに読解力とかがうまく身に付かないのは、日頃から正しい英語に触れる機会が少ないからだと思うよ。その習慣をどうにか改善して、リズムや発音をマスターして英語をすらすらと喋れるようになれば、文法上、次にどんな単語が来るかなんてすぐに想像がつくもんだよ」
 こう言うと胡散臭く思われるかもしれないが、これは実際、本当にあり得ることだ。
 日本語でも英語でも、言葉を発するときに重要になってくるのはリズムと韻だ。それを踏まえた上で、ある程度会話パターンを記憶すれば、英語の力は自然と上達していく。
 現に僕も中学生のとき、そうやって先生に「音」の勉強法を教わって、飛躍的に英語力を伸ばすことができた。
 そして僕は言葉を続けた。
「だからクド、堅苦しい文法や長文読解の練習なんかは取りあえず後回しにして、まずは英語の音にたくさん触れることから始めようよ。僕や小毬さんみたいにスラスラ言えるようになったら、そのときはきっとクドの英語力もかなり上がってるはずだよ」
 僕はそう溌剌と答えたけれど、なぜかクドの表情は晴れないままだった。
 あれ……僕、なにか変なことを言ってしまっただろうか。
「それは……具体的にどうすることなのですか?」
 思いがけぬ固い声に、僕は少しどぎまぎしながら答える。
「ん……例えば、字幕の映画を見に行ったり、音声CDが付いた参考書を買ってきたり、洋楽を聴いて歌ってみたり……その、色々だよ」
 僕は不思議になって、首を傾げながら答えてみせたが、そうすると今度はクドはふっと頬を赤く染め、それからまた面白くなさそうに表情を固くした。
 え、なに……?
 僕が当惑する様子を見せると、クドはいっそう不機嫌そうに顔をしかめ、僕を品定めするかのように冷たい声で言葉を投げかけるのだった。
「それは、私一人でしなきゃいけないことなのですか?」
「え――いや、それはもちろん……ルームメイトの二木さんとかにはなるべく迷惑をかけないように――」
 と、そこまで言って、僕はすぐに口を噤むことになった。
 クドの口元から、ちょろっとした八重歯が見えていたのだ……。
 この偽善者野郎め……それ以上適当な正論振りかざしやがったらこの場ですぐに噛み付くぞ――とでも言わんばかりの眼光に、僕は身震いして、ようやっとクドの考えていることに察しがついた。
 あるいはそれは、ただの僕の素敵な勘違いだったかもしれないけれど……もしそれが本当だったのなら、確かにクドのそんな僕に対する態度ももっともだと思った。
 両頬がじわじわと熱くなっていき、月が映る水面には大きな波紋が広がっていった。
 僕はおずおずと口を開いて、クドにある一つの提案を投げかける。
「じゃあさクド……今度の土曜日、予定は空いてるかな?」
 それでもまだまだ許さないぞ、とばかりに、クドは不機嫌面のまま、大きく頭を縦に振った。
 やっぱり、そういうことだったか……。
 僕は照れ隠しのために、やれやれと苦笑してみせて、ぬるくなったお茶を飲むのだった。
 お姫様のご機嫌取りは、やっぱり大変だ。
「それじゃあ、さ……今度の土曜日、一緒に出かけてみない? 映画と、本屋さんと、あと……CD屋さん……に行くんだよね? クドは、それでいい?」
 すると、ようやっとその小さなの顔から険が取れ、クドは満面の笑みで頷いてみせた。
 ううっ……やっぱり恥ずかしいな。
 それからクドはこっちまで膝立ちで歩いてきて、ちょこんと僕の隣に座り、ぎゅ〜っと腕に抱きついて、
「わふ〜……リキとデートです、やったです♪」
 なんて嬉しそうに笑って、無邪気なままに、僕の面を大いに赤くさせるのだった。
 僕が精一杯の照れ隠しのために、その亜麻色の髪をサラサラとなでてやると、「やっぱりリキは優しいのです♪」とかなんとか無責任に言いながら、子犬みたく頭を胸にぐりぐりと押しつけてきて、僕はいっそう胸の動悸を押さえるのに必死になった。
 しとしとと外に降り注いでいるしめやかな雨音が、まるで僕らを守ってくれている揺りかごのように耳に優しく響いて、僕らは安らぎを感じていて、少しだけ眠くなった。
 
 そうして、僕らはその後約束通り二人っきりで街へと出かけ、今流行りとなってるらしい映画を見て、本屋さんに立ち寄り、CD屋さんで有名な洋楽アーティストのCDを買い、果ては、せっかくですからとカラオケにまで連行されてたくさん関係ない歌を歌わされた。
 クドの英語力はこれで確実に上がったようだけれど、僕の財布の中身はそれで確実に寂しくなった、そんな嬉しくもあり、物寂しくもある、不思議な週末の出来事だった。

 

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