(やりたくねぇなぁ……)
 夜。いつものメンバーが集まる自室で、オレは人知れず頭を悩ませていた。
 あの女め……こんな無茶を言いやがって。一体どうしろと。
「そこでな、俺のダチのスコットが言うわけだ。ヘ〜イ、ナツ〜メ、昨日の女はどうだったんだ? タバスコ味だったろう? ってな。そこで俺は、馬鹿いっちゃいけねぇぜジョニー、もちろんあいつは……トロピカルマンゴーの味さ……って渋めに甘く答えたわけだ」
 あいつの恋に協力するってのは、前々から言っていたことだが、今回のミッションはちょっと……っていうかかなり遠慮したい……。そもそもオレはいつの間にあいつの親父になっちまったんだろう。
「いや待て、そいつの名前は確かスコットじゃなかったのか……?」
「トロピカルマンゴーの味っていうのもすごい謎だよ……。あとその外人、ヘイの部分しか英語喋ってないのも結構ポイント高いと思うよ」
「まったくわけわからんな……あと内容もすごいむかつくぞ」
 幼馴染みたちの馬鹿なやり取りを耳半分で聞き流しながら、オレは必死に話題の切り出し方を考えていた。
 しかし……オレの中で元々想定していたのは、もっとこう、まともなミッションなはずだった。
 あいつの告白する準備が整うまでに理樹をライバルの手から遠ざけたり、それまでに理樹がなんとなくあいつのことを意識するようにさり気なく話題を振っていったり、あるいは理樹のバレンタインデーの予定をさり気なく聞き出したりと……まあ、オレはオレなりにそういう「ため」になりそうなことを色々考えていたわけだ。
 なのに、一体なんなんだよこれは。
 「告白なんてやったことないから、試しに理樹君の好みの告白法を聞いてきてくれ」だと?
 やっぱアホだテメェは! しかもお前、それじゃ全然恋愛初心者だってことじゃねーかよ! 期待したオレが馬鹿だった!
「おい真人、お前なんか……今日ちょっと静かじゃねぇか?」
 ぎくっ!
「なんだ真人、もしかして悪いものでも食ったのか? まあ、あたしはその分静かに読書できるからいいんだけどな」
 鈴はそう言ってマンガのページを開く。オレは慌てて手を左右に振って、
「い、いやぁ! 今ちょっと筋肉の奴らと語り合ってたっつーかなんつーか! 色々筋肉について考えてたんだ、悪ぃな!」
 と言い訳をしてみせた。くはっ、わざとくせえ……こんなんじゃ一発でバレるかも。
「ふーん……気色悪いことこの上ないな」
 鈴はそのままマンガに目を落とした。時折、うぷぷっ……とニヤついている。うるせぇ、そんなてめぇに言われたかねえ。
「まぁ、真人が筋肉について悩むのもわかるさ。考えてみりゃ、そろそろ節分だろ?」
「あっ、そうだね。うわぁ、懐かしいなぁ……もうあの激闘から一年経っちゃったんだ」
「なんだ真人、まさかあの豆まきバトルの作戦でも考えていたのか? はっはっは、一人でずいぶんと気合いが入ってるようだが……そうやって抜け駆けしようとしているやつには大抵勝利はもたらされないものだ。ということで、これから真人のためにみんなでバトルの作戦でも練ろうじゃないか!」
 う、うわぁ! 馬鹿謙吾がきた! そんなの余計なお節介すぎる!
 まずい……このままじゃ、節分バトルの話題だけで夜が終わっちまいかねねぇ。だとしたら明日の朝あいつになんて言われるか……!
「おっ、いいな。今年はリトルバスターズのメンバーも増えたことだし、去年よりも大規模にしちまおう。俺も参加させてくれ」
 やばい、遊び魔の恭介までやって来た!
 オレは慌てて身を乗り出し、とにかくこの危うい流れをぶっちぎることにした。
「あ、あのさほら、恭介は受験勉強があったじゃねーかよ! だったらこんなことで遊んでねーで、はやく部屋に戻って試験の対策でも練った方がいいんじゃねぇのか!?」
 そんな言葉を聞くなり、恭介は驚いて眉をひそめた。
「? なんでお前なんかにそんな心配されなきゃなんねーんだ? 別に俺の成績はそこまで落ちぶれちゃいないぜ? ほら見ろよ、全てA判定だ」
 恭介が自慢げに、携帯の写真機能で撮ったこの前の成績表を見せつけてくる。
 その表の一覧には有名校の名前がずらりと並んでいた。確かにどれもA判定だが、もう嫌ってほど自慢されて見せつけられたものなので、今になってもせいぜい苛立ちぐらいしか沸いてこない。ちっくしょう、いいなぁ……。
「っていうか、そもそも俺よりお前の方がまずいんじゃないのか? まだまだ二年だからってナメてっと、本気で受験落とすぜ?」
「うぐっ……」
 いけしゃあしゃあと反論を返される。いや、もちろん正論だが……。
 くそっ、やべえ……今気づいたが、オレってやつは本当に馬鹿かもしんねえ。話題を切り出すどころか逆に窮地に立たされちまった。ちっくしょう、どうすれば……。
「ふむ……やはり、ちょっと今日は真人の様子がおかしくないか? いつもより挙動不審だ」
 ぎくっ……馬鹿になったテメェよりマシだと言いたいが、反論できない。
「うーん、それだけ節分バトルのことが気になってるんじゃない? 毎年真人と謙吾のバトルはすごいし」
「うみゅ。つか、あたしもうそろそろあれ飽きてきたんだが。掃除するのがめんどくさいし、落ちてる豆を猫が食べちゃうし。今年はゆっくりこまりちゃんたちとお豆を食べるだけにしたい」
「ええー……意外と鈴、ばばくさい……」
「なんじゃとこらぁ――――っ!」
「いいっ、いたいいたいたいたい!? 聞こえてたのっ!?」
 理樹が鈴にぎゅんぎゅん髪を引っ張られている。
 ふう……なんとか窮地を脱することができたみたいだな。ありがとよ、理樹。
 だが、このままじゃ節分の話がいつまでも終わってくれねぇ……ええい、もうこうなったらなんとかやるしかねえ……!
「り、鈴の言うとおりだぜっ!」
「へっ?」
 上擦った声を出して、びっ、と人差し指を手前にかざす。みんなは茫然とこっちを見ているが、オレは無我夢中のまま言葉を続けていった。
「せっ、節分バトルだのなんだの、そんなの中学生までのガキのすることだと思わねぇか!? あ、あんなのただ豆を投げ合うだけだろ? オレらはもういくつだ? 十七だ! 二月と言ったら、もっとそれより重要なイベントがあるんじゃねぇか……? そ、そそそう、それはすなわち――」
 あーっ、もうわっけがわからねぇ! オレは真っ白になった頭で、勢いよく立ち上がって言った。
「――バ、バレンタインさ!」
 バックに波飛沫がかかるように、オレは半分背を向けて大きく宣言してやった。これぞまさに『漢』スタイル。意外にばっちりと決まってくれた。
 おや……? もしかしてオレ、実は意外と本番に強い男だったりするんじゃ――。
「……き、きしょ……」
「えー……?」
 あれ? 鈴と理樹に思いっきり引かれてる。
「おい真人……お前、いつからそんなことに興味を持つようになった……?」
「うむ……鈴ではないが、確かに気色悪いな……そもそもお前は、どうせ義理でしかチョコをもらえんだろう。しかも、去年は鈴からの十円チョコだけだったじゃないか」
 う……なんか雲行きが怪しくなってきた。今すぐ土下座して全てを白状してしまいたい気持ちに駆られる。
「あ、あれはあたしの黒歴史だ! もうやんない。絶対やんないっ。こんな早い内からこいつが楽しみにしてるなんかと思うと、きしょすぎて寒気がしてくるっ!」
 顔を嫌悪にしかめて、いやいやとされた。ちょ、別にお前のを楽しみにしてるってわけじゃ! いや、ちょっとは楽しみにしてたけど! 
「真人……お前の漢魂は一体どこにいっちまったんだよ……そんな軟派なことを平気で話題に出すなんて、本当に見損なったぜ……」
「同感だな。謙吾君、がっかりだ」
 のおおおぉぉぉ――――――っ!?
「い、いや! ちょっと待ってみようよ、みんな!」
 だがそこで差し込んだ、一筋の明るい光。
 理樹……まさか、お前……?
「真人はきっと、別の意味で言ったんじゃないかな? 今年のバレンタインはちょっと違った意味になると思ったんだよ。ほら、リトルバスターズは今年で女の子がたくさん増えたし、秋の学祭ライブもすごく評判良かったし……だからその、真人がそういうことに期待しちゃうのも、ちょっとは無理ないんじゃないかな……?」 
 最後の方は少し自信なさげに、オレの方をおずおずと窺いながらだった。
 オレは……まさにこの時、理樹が天から舞い降りてきた神の使いに見えた。
 ああ……なんて幸福だ! やっぱ持つべき者は心の友だったぜ! オレはゆっくりと理樹に向かってサムズアップをする。
 理樹は安心したように、はにかみながら笑っていた。サンキュー、理樹!
「……なるほどな」
 恭介が顎に手を置いて、真剣そうな表情で呟く。
「すまん真人。どうやら俺はそのことを完璧に失念していたようだ。今年のバレンタインは、確かにお前の言うとおり、去年までとはまったく違う……まさに予想もつかないイベントとなるっっ!」
「えっ……そうなのか?」
 一人、完全に置いてきぼりを食らったように返すのは謙吾。
 恭介は頷いて、言葉を続ける。
「ああ。考えてもみろ。いくら今年から加入したって言ったって、もう俺たちと新メンバーたちとの絆はとても深くなっている。ここはなにか一波乱……いや、二波乱も三波乱もあって、もしかしたら一気に関係が進んでしまうことだって十分考えられるぜ!」
 恭介が猛烈に熱く語っているところで悪いが、別にオレの目的は理樹と来ヶ谷のことだけなんだよなぁ……そもそも、こいつ自身、気になっている女子なんているのか?
「だったらそれまでに、今の内から作戦の一つや二つぐらい立てておかなきゃまずいだろう? 気になるあの子と関係が進展するように、好感度を高めたり、イベントフラグをゲットしていったり……やることはたくさんあるぜ」
 フラグってオイ……ゲームかよ。それとお前、絶対気になる女子とかいねーだろ。
「ええぇ……そんな……俺、今日は節分バトルの話をしたかったのに……」
 謙吾がわりと本気めにがっかりと顔を俯ける。理樹が溜息をついて答えた。
「謙吾の気持ちもわかるけど……そこはもーちょっと、バレンタインとか、青春っぽいなにかに興味を持ってあげるべきだと思うよ……」
「てか、あたし的には節分とかもうどーでもいいんだが」
「うおおおぉぉぉぉ――――っ!?」
 泣き叫びながら頭を抱える謙吾だった。
 いや、その気持ちはわかるぜ、謙吾……。オレが今こんな状態じゃなけりゃ、一緒に反論してやれるんだが……。
「とにかく、今日の話題は『バレンタインについて』に変更だ。ぶっちゃけ、そっちの方が面白そうだからな」
「くっ……!」
「そう悔しがるなよ謙吾。お前には、気になる女子とかいねーのかよ?」
 恭介が言って、一同の視線が謙吾へと集まる。
 謙吾は、腕を組んでむっつりと考え込んでいるが……。
 ふと最後に、その頬に僅かな赤みが差したような気がした。
 うお、キメェ……。
「……いないな」
「おいおい、いないわけねぇだろう。こんな時だけむっつりで隠し通そうったってそうはいかねぇぜ」
「そうだよ謙吾、きっと謙吾のことが気になってる女の子たちはたくさんいるよ?」
「う、うるさいわっ! いいから俺のことは放っておけ! それよりお前だ、真人! お前が一番この話をしたがってたんじゃないのか!? ならっ、お前からなにか話すべきだろう!」
 謙吾から指を突きつけられ、今度はオレの方にみんなの視線が集まってくる。
 むぐ……別にオレは、理樹の好きな告白パターンを知れればそれでいいんだが……どうしたもんかな、いきなりそんな話題振ったらまた不審がられるか……。
 ええい、いつまでもそんなこと悩んでいられねえ。適当に答えるぜ。
「オレか? うーん……そうだなぁ、クー公とかかな」
 うん。あいつは別に、オレの妹って感じだから、この場合は問題なしだろう。
 実を言うと、本当はまったく別の奴が頭に浮かんできてたんだが……オレはそれをすぐにかき消すことにした。
 それは絶対考えちゃいけねぇことだった。オレは、それより誰か他の奴を好きになっておかねぇと……ってそうなりゃぁ、クー公でもいいのかな。
 いや、んなのダメに決まってるか……。
「ん……おまえは、くどのことが好きなのか?」
「ん? あ、あぁ……」
 ふと急に隣の鈴から話しかけられて、オレは思わず肯定するように返事をしちまった。
 そのとき胸が、まるでカッターで傷つけられたみたいに、ずきっと痛む。
 なんか、間違ったことを言っちまった気がするが……よくわからねえ。
「ふーん……」
 鈴はつまらなさそうに、オレから視線を逸らした。
「……真人」
「な、なんだよ……」
 正面にいた恭介はオレの名前を呟き、哀愁漂うように目を細めた。
「今度からお前に、『ロリロリハンターズ』の称号を与えよう」
「いらねぇよ、んなもん! テメェがずっと保持しとけ!」
「だっ、だから俺はロリじゃねぇっつってんだろ!」
 そんなこと一言も言ってねぇのに必死になって抗議してくる。理樹は呆れたように溜息をついていた。
 そうだ、オレが本当に聞きたかったのは理樹だ。この流れを利用して、一気に理樹に詰め寄るぜ。
「そ、そうだよ理樹! 理樹の方はどうなんだよ? もし、仮にバレンタインに誰かから告白されたりしたらどうすんだ? それでその……理樹的に弱い告白パターンとかあるのか?」
 くはっ、馬鹿かオレは。なにストレートに聞いてんだ。
 理樹は一瞬ぽかんとした後、すぐに炎が灯ったように、かぁぁぁぁ、と顔を赤くした。
「え、ええーっ!? こ、ここ、告白!? なんでいきなりそういう話になるのさ! ……ええ……でも、僕……告白……。うーん……」
 真っ赤な顔で俯いてしまう。
 それを見て謙吾が、なにか思いついたように口を開いた。
「というより、本命のチョコだったら、もうそれで告白されてしまったのと同じことになるんじゃないのか?」
 恭介が、真剣な表情でそれに答える。
「いや、違うな謙吾。本命のチョコと義理チョコっていう区別は、告白のありなしによって片づけられるはずだ。告白っぽいなにかがそこにねぇと本命のチョコだってわからねぇぜ。素っ気ない告白、ガチガチストレートの告白、もしくはチョコと一緒のラブレターで……など、色々なパターンが考えられるぜ」
「ちょ、なんで僕がもう本命チョコをもらうような流れになっちゃってるんだよ!? 僕なんて全然モテないでしょ!?」
 理樹の反論に、恭介が面白そうに笑って答えた。
「いや、理樹は意外と結構モテるはずだぜ? それに、リトルバスターズの子たちとはみんな仲いいじゃねぇかよ。もしかしたらこの機に乗じて、誰かがぽろっ……と言っちまうかもしれねぇぜ?」
 そのぽろっと言っちまうかもしれねぇ奴を、オレは一人よく知ってるわけだが。
 理樹は首筋まで真っ赤にして、目を見開いて細々と答えた。
「や、止めてよ……。そんな、あることないこと……」
「そうだ、理樹なんかがモテるわけがない。こんなひんじゃくで、へろへろしてて、優柔不断なやつがモテるわけがないわ!」
「え……ちょ、鈴……それは……」
 鈴もなぜかちょっと赤くなったまま反論して、逆に理樹を落ち込ませてしまっている。
 ん? っつーことはもしかして、あいつもライバルってことか……? はっ、別に予想の範囲内だ。雑魚だな。
 来ヶ谷と比べてみりゃ、鈴は女の魅力も度胸も全然足りてねえ。特に警戒することもねぇだろ。
「なー理樹。っつーことで、お前の好みの告白パターンを知りてぇんだけどよ」
「え、ええ!? なんでそんなことを真人に答えなくちゃいけないんだよっ!? わけわかんないよ!」
「別にいいじゃねーかよ。ちょっとあいつのことで……じゃなくって、誰が誰を好きかとかそういう話題より、そっちの方が話が盛り上がるかと思ってよ。オレはそういう系の話題を探してたんだよ」
 まだちょっと恥ずかしそうにモゴモゴ言っている理樹に、恭介が興味津々といった表情で、オレの後に続けて言った。
「そうだな。理樹の性格診断テストみてーで面白いと思うぜ。ほら、ちょっと考えてみろよ理樹。理樹の胸にずぎゅんっ、と思いっきりくるような告白法ってのは、どんな感じなんだ?」
 よしっ。恭介を味方に引き込めたぜ。理樹も恭介からの頼みなら、断れねぇはず。
「う、うーん……そうだね……」
 理樹は鈴の方をちらりと見た後、口に手を当てて真剣に考え込む。
 オレはこそこそとメモ用紙を用意した。
「うーん……やっぱり、ストレートに『好きです』って言ってもらえた方が、すごく伝わるし、嬉しいかも……」
「ふむふむ……どんな相手でもくらっときちまうか?」
「い、いやっ、そんなことはきっとないよ。でも……シチュエーションとか、告白のセリフとか、普段からあんまり見せないような可愛いところをそこで見せられて、それで思いっきり『好きです』って言ってもらえたら……多分、ほとんどの人は、相当ガツンときちゃうかも……」
 理樹は、真っ赤な顔で細々と話していた。オレはそんな理樹には見えねぇように、スラスラスラっ――とミカン箱の影でその内容をメモった。
 ふーん……やっぱ理樹も純情なんだな。だったらあいつとは結構相性がいいかもしんねえ。
 これじゃあんまりオレが心配する必要もねーか。
 すると、ふいに横からにゅっと鈴の頭が伸びてきて、オレのメモ用紙をじっと覗き込んだ。
 怪訝そうな顔で睨まれる。んだよ、これはやんねーぞ。
「真人?」
「あっ、いやいや! なんでもねぇよ、ありがとな理樹! とっても参考に……じゃなくって、すげぇ面白かったぜ!」
「よし、じゃあ次は謙吾のほうに行ってみようか。ほれ、さっきの質問もまだ残ってるし、今日はとことん答えてもらうからな」
「な、なにぃっ!? いや、オレは別にだな――」
 矛先が向こうの謙吾に変わって、オレはやっと一息つくことができた。
 ふぅ……これでミッション完了、っと。
 にしても、とんでもなくあり得ねぇミッションだったぜ……予想以上に疲れちまった。だが、これであいつも少しはやりやすくなったはず。
 けれど、本当にこれでうまくいくのかね。
 あいつは……何故かオレだけにしか見せようとしねぇが……本当はとっても根本的に臆病なやつで、馬鹿で間抜けで泣き虫のくせに、なのに周りには自分を保つために『強さ』ってやつを示さざるを得なくて――、まぁ、色々と心配なやつなんだ。
 理樹は昔、あいつのことを『かっこよくて、可愛い』と崇拝しちまっていた。
 だったら今度の理樹は、ちゃんとあいつの仮面の裏を本当に知ってやれんのか……?
 それを最後まで受け止めきれんのか? それだけの力と勇気があんのか?
 オレだったら、もう知ってるってのによ。
 受け止めきれる力も、ちゃんと持ってるってのに――。
 ああ、やめだやめ。
 オレの方も、なんだかだんだんあいつの親父みてぇになってきちまってるじゃねぇかよ。理樹がちゃんとあの女を幸せにしてやれるか心配だなんて。
 辛気くせぇのはオレには似合わねぇ。今はとにかく理樹のことを信じよう。
 取りあえずこのメモは、明日来ヶ谷のやつに渡して……っと……ん?
 ふと横を見ると、鈴がこちらを不安そうな顔でじっと見つめていた。
「……お前って、まさか、」
「ん?」
 さくらんぼみたいな、小さな口がもぞもぞと動く。
「まさか……お前も理樹のことがっ!」
「別に」
 こうして、今日の夜も更けていった。

 

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