7
 
 鈴と真人は、鈴の実家に近いマンションの二階に部屋を借りることになった。
 真人と鈴が一緒に暮らすようになって、変わったことといえば、たいしたものはない、二人の生活はほとんど変わらなかった。
 洗濯が男のものだけでなく女のものも追加されたこととか、洗面台にもう一つ歯ブラシが追加されただけのこと。
 二人で住むにはやや広いそのマンションは、お互いに、真太郎だけでない、もう一人の人物の到来を、言葉でない、予感のようなもので感じさせていた。
 それは、鈴にも、真人にも、結婚についてじっくり考えるスペースを与えてくれたように見えた。
 鈴は保母さんになるために大学で真剣に勉強し始めたし、真人は真人で勉強の量をもっと増やした。遅くまで事務所で先輩たちから教えを請うようになって、現場の指示のことについて、設計図の上に赤ペンで様々なメモが描かれるようになった。真太郎はどんどん大きくなる。二人とも遅くまで帰ってこないときは、実家にいる鈴の母が世話することになっていた。
 
 そんなある日。
 鈴はある人物に手紙を書いていた。
 その手紙は、もう何日にも渡って、少しずつ加筆され、見直され、考えを練り上げられ、このたびようやく完成したものだった。
 鈴の個人的な友人――大学でお世話になった女教授――に宛てたものだった。
 以下はその末尾に書かれた一部分である。
 ここに今の心境を鈴は書いたのだった。

 
 川です。

 川があります。あたしたちの住まいの近くに。

 あたしは、その川を見ていると、前あたしの彼氏(真人といいます)が告白した場面を思い出します。そんな話をここでしたいんじゃないんです。時間が経つのは早いな。と思うのです。
 
 時間や月日というのは、日々過ぎていきます。
 
 ちょうどこの川の流れのようだと思いました。
 
 そのとき先生が教えてくれたことが頭の中にぽっと湧いて出てきました。常ない川の流れのように、と。意味が正直よくわからなかったんですが、当時は。
 
 物事はいつも変化してとどまることがない。という日本の昔の考えです。
 
 あたしは川を見ていて思いました。いつも買い物から帰るとそこを通るからです。ここでこうして、川を見て、真人にご飯を作ってやったり、作ってもらったり、あるいは一緒にひなたぼっこしたり、仕事の勉強したり、そしてたまにセックスしたり、ぼんやり空を見上げたり、猫になったつもりで、日々何の変わりばえもなく過ごしているように考えられるときがあります。
 
 あたしはでも、その変わりばえのしない日々を、これから、おばあちゃんになるまでここで過ごしていく決心がつきました。
 
 というか、そうなる展望というか、ビジョンというか、そんなものが自然に目の前に開けてきたように思えます。そしてそれは全然いやじゃなく、むしろ、変わりばえのない毎日なのに楽しみであるのです。
 
 それは、愛があるからです。
 
 先生が言ったように、好きなことをするのもいい、知識を溜め込むのもいい、お金を稼ぐのもいい、名誉を得るのもいい、でも、一番偉大なのは、愛する人を作って尽くす女だというのを、まさに今あたしが実感しています。
 
 愛があればどんな退屈だって感じません。
 
 愛する人のために尽くすのはとても楽しいことです。
 
 なのに、たとえば真人が夜遅くまで帰って来ないときや、事務所に泊まり込みになったとき、あたしは何だか世の中がとてもつまらなくなったように感じます。空の色も何だかうすっぺらく、川の響きはかなり冷たく感じられます。愛する人がいないからです。
 
 でも、あたしは考えました。真人がいなくてつまらん時は、真人が帰った時のために何かしようと。たとえば部屋の掃除をすみずみまでやったり、服にアイロンをかけてやったり、料理がうまい人に料理を教わったり。彼がいない時でも彼のために何かしている時は、ちょうどあたしは、川に流されていくただの人間だったところ、船を編んでこの速い川の流れを舵きって進んでいく、意味のあることをしているような気持ちになってきます。
 
 そうして川の流れに流されるままにならなくなったあたしは、もはや泥にまみれたり、ゴミにぶつかったり、岩に乗り上げたり、草に絡み取られることもありません。安全なところをすいすい流れていきます。
 
 それが愛することなんだなあ、と思いました。常日頃変わりばえのしない生活を続けているように見えながら、実は愛する人のために無償で奉仕している時は、新鮮な毎日の連続で、進化であり、自分の大切にしている愛の木の成長でもあります。
 
 こんなことを書いて生意気だと思わないでください。笑われるのは分かっています。真人には死んでも見せるつもりはありません。きっと怒るでしょう。だから先生の手に渡ったら極秘書類扱いにしてください。
 
 木は生長して花をつけて、実をなします。
 
 あたしはただ収穫を待っている女のように思えます。
 
 ただ育てていくのが楽しいのです。
 
 結婚のことを考えています。正直、真人がその気になったらいつでも応じてやるつもりでいます。でも先生が言ったとおり、結婚は早すぎてもいけなく、遅すぎてもいけない。それは分かっています。ちょうど実が青くても、熟れすぎてもいけないのと同じだと。
 
 ちょうどいい時が真人には分かっています。あたしにとやかくいう勇気はありません。ただあたしは実が熟れすぎないように黙って監視している管理人でしかありません。しかし育てるのはあたしも参加しています。一緒に見守るのは楽しいです。それはいつかちょうどいい時に収穫されるでしょう。
 
 結婚したら、恋人という関係は変わり、なんだか友達みたいな、中学校や小学校の時みたいな間柄に戻るような気がします。それは前と決して同じというわけでもありませんが、前よりもずっといい関係であることは確信しています。穏やかな関係であることは言うまでもないことです。
 
 真人と一緒に住んでみて、お互いまだまだ知らなかったことがあったのに気付きました。喧嘩もしたし、憎く思ったことも少なからずありました。でもあたしは、いや、お互いは、いい成長の仕方をしていると思います。
 
 お互い、いろいろ自分の要求を伝えることをしなくなりました。お互い距離を取って、自分を抑えることを学んだのです。その上で真人を愛することができれば、一緒に住むということは非常に簡単になるのです。これは簡単なことでした。お互い、自分勝手な所は解けて、相手を思いやることが、前よりも楽にできるようになりました。真人のことは、昔から、悪いところ、良いところ、たくさん知っています。でも、あたしたちは、全部を知りすぎないようにしています。お互いちょっぴり秘密を抱えていた方がいいのです。何にもかも打ち明けることはありません。ただお互い無償の愛で、相手に接することを覚えてきています。
 
 それはすごく楽しい生活です。
 
 自分が日々新たにされていくことが感じられます。
 
 最後に、あたしたちは近い内きっと結婚します。しかしあたしはそれがいつ来るのか知りません。川の流れの神様と、真人だけがそれがいつ来るのか、知っているでしょう。
 
 またお手紙書きます。
 
 棗鈴 
 
 追伸
 
 今度リトルバスターズのみんなが会いたいそうです。こまりちゃんたちを連れて会いにいきます。今の話は絶対に秘密にしておいてください。あたしは口下手なので、思ったとおりのことを、口には絶対出せません。
 
 ではお元気で  

 

 
 8
 
 鈴はスーパーで買い物をしている。
 鼻唄を歌いながら。
「ね〜こ〜ね〜こ〜う〜た〜う〜……にゃんごろごろにゃんころころころころ」
 それはよく自分の子供たちと歌っている歌である。真太郎はおじいちゃん猫になった。また真人が猫をもらってきたり、娘たちと散歩している途中で捨て猫を拾ったりして、鈴の家は猫がもう六匹もいた。
 二人の子供も猫が大好きだ。
 猫から遊びを教わり、ひなたぼっこの仕方を教わり、気楽さを教わっているようだ。
 そんな中で自然とこんな歌が歌われるようになった。
「あっつー……」
 スーパーを出ると、夏の充満した空気が全身にかかってきた。鈴は手で廂を作る。
 買い物袋を抱えながら河川敷へ。
 そこに行くと、
「あ、ママ来た!」
 真人と二人の子供が遊んでいる。ボール遊び。上の娘が先に気付いて駆けてきた。
「おーう。お疲れさん!」
 真人が笑っている。
 真人は鈴の手から買い物袋を受け取ると、足でボールを下の息子――理喜(りき)――に渡した。
「ママ、一緒に遊ぼうよ!」
「えー」
「理喜とじゃ面白くないんだもん」
「わかったわかった」
 娘の恭子(きょうこ)は、ママが好きだ。
 しかし弟ができてから、ママが奪われがちなので、パパの方ばかりじゃれている。しかしママの方も理喜から先んじて独占しようという腹だ。
「あっついなー。ほれ、理喜パス」
 理喜は無口な男の子。
 喋り下手なのは鈴らしい。しかしママから離れることができない。ボールを蹴るのはいいものの、そのボールと一緒にママにくっついてしまった。
「も〜。理喜ゲームになんないじゃん」
「だって」
 憤慨する姉の恭子の方は、パパと仲良し。
 憤慨するのもパパに頭を撫でられれば、すぐ一緒に遊んでしまう。機嫌を直すのが早いのは真人と同じ性格。運動能力が高いのも。黒髪も。開けっぴろげな性格も。
 鈴は、真人たちにボールを蹴って、理喜のことを撫でた。
「ほら、おいで。……よしよし。これで捕まえたぞ。もうあたしのだ」
「ママ」
「ん? ちゅーしていいか」
「ちゅーいや。お姉ちゃんとパパと一緒に遊んだよ。とっても楽しかったよ。でもお姉ちゃんに怒られちゃった」
「あいつはな、」
 ちゅーはいやだと言ってるのに鈴は頬にキスをした。
「おまえのお姉ちゃんなのに、ちょっと意地悪だなあ。たまには本気で怒ってもいいんだぞ。でないと馬鹿だからわからないんだ」
「できないよ。怖いもん」
「ったく……ママと一緒にいような。そうしたら、理喜も安心するだろ」
「ママ……のどかわいた」
「はいはい。じゃ、帰ろう。もうお昼だ」
 鈴は立ち上がって、真人たちのことを呼んだ。真人はベンチに置いておいた買い物袋を取って、川辺を家に向かって歩き出した。
 喉がかわいたと言ったくせに、理喜は勇気を出したのか、よたよたと姉に近付いてボールを蹴らせてもらおうとした。姉はふざけてボールを前へ蹴り出す。競争が始まるが、いつも弟の方は負けてしまう。
「なんだかなぁ……あいつ、どんどんお転婆になっていくぞ」
「おまえにそっくりだ」
「え? マジ」
「小さいころの」
「ああ……そういやぁ、そうだったかな」
「真人は運動が一番できたから、謙吾と恭介以外誰も付いていけなかった。そんでもってあたしや理樹を馬鹿にしてたんだ」
「おいおい、あれがオレにそっくりだと言うのか?」
 ついに弟の方が泣き出すので、溜息をついて恭子はボールを蹴り返す。そうすると泣きやむけれど、涙がついたままなのを放っておけないようで、何かと文句を言いながら涙を拭いてやっている。
「教育的指導が必要だな……」
「出た。教育ママ鈴……」
「うっさいぞ。あたしに似て理喜は繊細なんだ。おまえみたいな馬鹿さ加減で当たられたら死んでしまう」
「おまえって……親馬鹿だよな」
「聞こえない。全然聞こえないぞ」
 恥ずかしくなった鈴はすたすたと歩いて行ってしまう。
 川辺には夏の光が燦々と降り注いでいる。
 さらさらとせせらぎが鳴っていた。
 
「え? これ、おまえもやるの?」
 理喜は頷いた。
 昼食を作っている間、真人は暇なので、雑誌を読みながらダンベルを動かしていた。
 それを興味深そうに眺めていた理喜がズボンの裾を引っ張る。
「どれ……さすがに五歳には五キロは無理だな……じゃあ、一キロでいってみるか?」
「もてない……」
「両手を使うんだ。そう、そう! よし、そのまま上と下に、順番順番、はい、いっちに、いっちに!」
「つかれた……」
「おまえにゃまだ早かったかぁ……だけどなぁ、オレが五歳のころはこれくらい楽々できてたぜ」
「そうなの?」
「ああ……こうしろ。腕立て伏せという。ふんっ、ふん! まぁ……一回できりゃいいかな」
「う〜ん……」
 ぷるぷる腕が震えている。
「できない……」
「はっはっは! まぁ、いいよ! おまえなら恭介ぐらいにゃなるだろ」
「おじちゃん?」
「そうそう。あのたまにやってくる叔父さんだ。言っておくが、心はあんなふうになるんじゃねぇぜ……」
「よくわかんない。おじちゃん好きだもん」
「おまえによくねぇ悪戯教えっからやなんだよ。キャットフードが実はうまいとか、教えられても試そうとすんなよ」
「だめなの? おいしそうなのに……ゲーテはあんなにおいしそうに食べてるのに、どうして僕はだめなの?」
「どうしてって言われてもだなぁ……ゲーテは猫だからな」
「たまに僕のお菓子食べるよ。何で?」
「うう……」
「僕、大人になったら猫の王国を見つけるの。そこでたくさん猫はおいしいものを食べてるから、おいしいものを僕、全部研究してくるんだ。きっと猫は僕らよりもずっとおいしいものを知ってるんだ」
「そうか。動物博士になるんだなぁ」
「ちょっと違うよ。博士じゃなくて、僕はコックさんになりたいんだよ」
「猫の?」
「そう」
「ええー……」
「猫はなんで僕らのお菓子を食べるのに、僕は猫のお菓子を食べるのがだめって言われるんだろう」
 真人が救援を呼ぼうと、台所を振り返ったとき、恭子が手伝いを放棄してパパに駆け寄ってきていた。
「パパ! あ〜そぼ!」
「恭子! おまえママの手伝いは?」
「もうすることほとんどないよ。あ、ダンベルだ。う〜ん……重すぎ……女の子だから筋トレなんてしなくていいんだよねえ」
「いやおまえ、筋トレは大事だよ」
「だって誰もやってないよ?」
「だって、って。おまえは本当にそんなことを信じているのか?」
「パパだけが知らないんだよ。だって友達のパパは筋トレなんてやってないよ……」
「なに。けしからん親父だな。よし。恭子、筋トレはいいから、何して遊ぶ?」
 恭子はくりくりした瞳を輝かせて、「じゃーん!」とポケットから光る石を出した。
「おお!」
「どう? 綺麗だよねー……わたしこれ学校に着けていきたい」
「お姉ちゃん、僕のは?」
「これ一個しかないの」
「ええー……」
「ねね、パパの道具で穴開けて、ネックレスみたいにしてよ。お願い!」
「う〜ん」
 真人は手に取った。光に透かしてみる。
 ガラス玉みたいだ。
「汚れ、取ってから考える。まずはメシにしようぜ」
「あ、あとこれ見て見て!」
「あ?」
「お花、付けてみたの! わたしこれずっと付けてようかなぁ」
 真人が似合ってるな、と言うと、恭子は嬉しそうに微笑んだ。白い花がコサージュのようになっている。
「いいなぁ。欲しいなぁ」
「あーもう理喜は黙ってて。どうせすぐ貸したってボロボロにしちゃうんだから。男なのにオシャレなんかしたいの? だめだめ」
 真人は、鈴のお下がりを改良して花柄を可愛くした、恭子の注文の品を棚から出した。
「ほら。おまえが欲しがってた髪飾り」
「あーっ! ありがとうパパ! これか〜わいい〜!」
「だからな、理喜にその花あげてやれ。な?」
「え〜」
 理喜がまた泣きそうになってたので、恭子は仕方なく頭から花を取って渡す。
「仕方ないなぁ……ま、いいや。これあるし。本当にありがとうパパ! 大好き!」
「それもいいけどさぁ……おまえも、もうちょい理喜に優しくしてやんな?」
「えー? なんで?」
「いやなんでっておめぇ、おめぇ姉ちゃんだろ?」
「だって理喜にはママがいるよ」
「はぁ……ったく」
 真人は立ち上がる。
 鈴から「ご飯だぞガキどもー!」と号令がかかる。飛び出していく二人を真人は眺めやって、どうしたもんかと思う。
 恭子だけがこそこそと帰ってきて、
「ねね、じゃあさ、優しくするから、今度パパ遊園地連れてって」
「えぇ……」
「お願い!」
「この歳で交換条件出すことを覚えたか……う〜ん、あのな、もうちょっと真面目な気持ちであいつに接してやんな。そりゃあ、あいつがママを取っちまったのは腹が立つだろうけどさ」
「ママは別にいいんだよ。パパが好きなんだもん。ねぇ、じゃあ優しくしないと、だめ?」
「だめとかじゃなくお姉ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんとか意味わかんない。だってあいつ鈍いんだもん」
 はぁ、と溜息をつく。
「オレは、遊園地連れていってやってもいいけど、おまえが、ちゃんとお姉ちゃんとしてあいつのこと見てやったらいいよ」
「どういう意味? ……」
「考えてみろ。あいつは、ママだけじゃなく、おまえの助けだって必要としてる。頼りにしてんだよ。だから、助けてやりな。オレらいないところじゃ助けてやれるのおまえだけなんだから」
「わたし、パパもママもいないときは理喜のことちゃんと世話してるよ。喧嘩したときだって、あいつのこといじめる悪いやつらなんか、あたしがぶっ飛ばしてやったんだから!」
「お? そうだったのか? だったら、まあ、いいかな……」
「いいの!?」
「あぁあぁ。いいよ。……って、オイ!?」
 言質を得た、とばかりに飛び出して行って、ダイニングまで行ってしまう。そこでもう早速鈴にそのことを喋っている。
 鈴の冷たい視線が真人に向けられる。
 真人がテーブルにつくと、四人全員でいただきます。と言う。
 その後、
「また甘やかすな。おまえ」
「ええー……女って怖ぇよ。あっちで味方すりゃ、こっちには敵が……」
「だいたい、そんなの勝手に決めることじゃない」
「もう決まってるんだよママ。あたしはパパと二人で遊園地行くんだもん! ねー?」
 鈴の冷たい視線がさらに冷たくなる。
 何かをぐっとこらえている様子だ。
「ママ、僕も行きたい」
「理喜はママと行って来たら? あいてっ!」
「バカ。優しくしろって言ったろ」
「ごめんって……じゃあ、四人で行く?」
「いつになるんだ?」
「えっと――」
 カレンダーで日付を追っていく。
 一家の話は膨らむ遠足に。
 真人は笑って理喜の頭を撫で、恭子と鈴は遠足について詳しく計画を立てる。
 食事を終えると、真人は車のエンジンを掛けに行く。四人で午後はお出かけなのだ。鈴は汗をかいた二人の子供の服を脱がせ、新しいのに着替えさせる。
 そうしてバッグを持って、戸締まり確認して、子供たちの背中を押しながら家から出て行く。一軒家の庭からは大きな車がエンジン音を立てて待っている。
 鈴や子供たち二人のさんざめく高い声の中で、リビングの棚に立てかけられた写真立てが光る。
 リトルバスターズの写真。
 十人で撮り直した、河原での写真。
 十年経った今でも変わらない。ある人は子供を産んで、ある人は失恋して、ある人は夢を叶えた。
 経験を積んだ後も、そのみんなの輝かしい魅力はいささかも変わらなかった。前よりもどこか幸せそうに見える。
 その中で隣合って肩を組んでいる、夫婦も――。
 
 扉は閉じて、高い声を上げながら楽しそうに子供たちは車へ乗り込んでいく。
 乾いた音を響かせ、車はどこかへ去っていく。
 このように、時代は去っていくもの。
 でもその中に芽生える輝きは、
 愛の光だ。
 幸せの輝きこそ、永遠なるもの。
 それをこの時代の流れは、ひそかに認知しているのだ。
 
 Fin.

 

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