一月。冬も深まる頃。

 真人と来ヶ谷は朝早く学校を出た。

 雪が降っている。しかし外は明るい。晴れたままなのに、粉みたいな雪が降っている、幻想的で、不思議な天気だった。

 光は早朝らしく黄金色を帯びている。

 雲間から注がれる太陽の輝きに照らされて、雪はキラキラと輝く。

「こりゃ、いつかやむのかもな」

 真人が空を見上げながら言った。

「綺麗だな……」

 ふわふわと風に舞っている雪。非常に小さい雪で、手にすくっても冷たさは不思議となかった。

「寒くねぇか?」

「特に問題ない」

 来ヶ谷と真人はセンター試験に受けに行くのだった。

 リトルバスターズ全員が受けることになっているが、来ヶ谷と真人は先に行って勉強するため、朝食を早めに取って、皆よりも一時間早く出ることにした。当然ながら、土曜日の早朝は人が少ない。

「何か不思議だな……いつも、この時間学校に行く準備してんのによ。オレ、休みの時はほとんど寝てるし。この時間に街歩いたことほとんどねぇや」

 来ヶ谷は携帯で試験会場へのアクセスを確認しながら、駅の運賃表を眺め、見比べていた。

「ふむ……250円だな。切付を買ってくるよ」

「オレも買うって」

 真人が笑いながら付いていった。

 駅には、来ヶ谷らと同じように早くに来ている学生たちや、先生たちがいた。彼らは見送りをするらしい。一応他校の生徒だった。

「あー……変に思われねぇかな……この格好」

「私からしたら違和感がすごいな」

「もう一生着ねぇもんだと思ってたよ……」

 真人は学校の制服を着ていた。言うまでもなく、いつもの格好では試験が受けられないので、みんなと同じブレザーを着ている。

 ただすごく窮屈そうだった。

「オレがこの制服着ると、ものすごく馬鹿だと思われるんだ……」

「そうしてあんな武闘派みたいな格好になったのか?」

「ああそうだよ。ま、あの格好は中学からしてたけどさ。学ランの方が好きだったんだ。まっ、理樹はどっちも似合ってたけどさ」

 真人がネクタイをいじりながら笑った。

 来ヶ谷はそんな真人のことをおかしく思いながらも、どこか似合っていると思っていた。そして同じ制服を着ていることがこんなに気分が落ち着くものなのだと感じて、そんな少女のようなことを考える自分におかしくなった。

 電車がやって来て、乗り込む。

 中は暖房が効いていて、温かかった。

 土曜日にも出勤するサラリーマンやOLがいて、来ヶ谷たちは吊革に掴まらねばならなかった。真人と隣合ってドアの窓から外の景色を眺める。電車はどんどん動き出して、高架線へと昇っていく。景色が綺麗だった。朝もやが素敵に晴れて、青空と輝かしい光がこれから何かを成し遂げにいく人々を祝福していた。

 雪がまるで花びらのように舞い上がり、渦巻いていた。

「もうああやって、学校の中だけで過ごすこともねぇんかな」

「ああ。私たちはこれからこのようにして、学校に電車で通うようになるのだ。サラリーマンや他の別の大学生と同じ電車でな」

「寂しいか?」

「少し、複雑な気持ちさ……」

「オレもだな」

「飴でも舐めるか?」

「オレ、一つもらうよ。後これしとけ。ホカロン」

「ありがとう」

 バッグからそれぞれ取り出して、交換する。

 真人のマフラーが目に付いた。

 白と黒のチェックのカシミヤ製。来ヶ谷が正月のお祝いに贈ったものだ。心地よさそうに着けている。

 来ヶ谷の手にはピンクの毛糸の手袋が収まっていた。こちらは真人からもらったもの。

 お互い示し合わせていたのでもない。

 ただお正月が来て、記念品を渡したかった。付き合ってから初めての正月。記念品を贈るのは、自分を忘れて欲しくないという思いが込められているようにも感じられた。真人のほうはそうでもなく、単なるお正月のお祝いとして持って来たものだった。着けるか着けないか考えたが、来ヶ谷は着けることにした。このように、どんどん使っていこう、そうすると願いが――いつまでも一緒にいようという願いが――どんどん当たり前のことになっていくような気がした。

 真人は当たり前のようにマフラーを毎日着けている。子供のように当時は喜んでくれた。

「なんか、あまり楽しくなさそうだな。センターって」

「テストはこれから本番になるからな……今まで気楽にやっていたのとは、ね、違うんだよ」

「ふーん。ところでよ、その格好寒くねぇか?」

「今日のところは少し寒いな。朝でもあるし」

 席が途中の駅で空いたので、誰も座ることのない席を二人で埋めた。くっつき合って座らねばならなかったが、特に二人の間では問題がなかった。来ヶ谷は問題を出してやった。小声で。真人は応えるわけでもなく、その問題について色々思ったことを口に出していた。質問が上手になったと来ヶ谷は思っていた。楽しくなって、またいつものように授業を楽しんだ。

 そうこうするうちに、問題の駅へと到着し、来ヶ谷たちは電車を降りた。初めて来る駅に若干戸惑いながらも、来ヶ谷たちはゆっくりと足並みを揃えて出口へと行った。会場は駅からしばらく歩いたところにあり、そこまで歩きで行ってみることにした。

「色んなやつがいるんだな……」

「ああ。ここ一帯の学生たちが受けに来る」

「結構都会だよな。ここ」

「今度遊びに来ようか」

「おまえ、何か食いたいもんあるか?」

「甘いものがいい。チョコレートは脳の働きを良くするからね」

 来ヶ谷たちは近くのコンビニに入って、キットカットの箱を1つ買った。中のチョコを二人で分け合って、車が大通りを何台も走っていくところを横目で見ながら、狭い歩道をガードレール越しに歩いていった。真人は物珍しそうに周りを眺めていた。来ヶ谷は一心に地図を見ながら、少しずつ学校へ近付いていった。

「うお! すげぇ坂!」

「地図によると、こっちだ」

 他にも様々な学生たちが隣を歩いていく。参考書を片手に歩いているのもいる。ウォークマンにヘッドフォンジャックを差して、音楽を聴いているのもいる。みな一人で、顔は不安と面倒さを合わせた不思議なものだった。来ヶ谷と真人ぐらいが二人で歩き、地図を片手にあれやこれや面白い会話をし、未来のデートコースを選んだり、雪が舞っているのを面白そうに、また興味深げに眺めたりしていた。

 やがて並木道の坂を上り終えると、広い大学のキャンパスが見えてきた。ここがセンター試験の会場か、と真人は圧倒される気がした。来ヶ谷はほとんど緊張なんかないようで、地図を見ながら、あっちだ、いや、あっち、と指示を出すのがちょっと面白くなっているようであった。ここの大学を志望しているわけではないので、特に感慨深いものはなかったが、大学というところにあまり来たことも(また見たことも)なかった真人は、今後新しく変わっていくであろう世界をかいま見た気がして、胸が躍った。来ヶ谷も時おり地図から目を上げて、高いキャンパスの時計塔を見て、感情を込めた眼差しを浮かべていた。

 風の吹き抜ける連絡道を通って、温かいキャンパスへと入る。

 講堂へ行こうと思ったが、そこにはピリピリとした空気が流れ、誰もが勉強に熱心だったので、来ヶ谷は真人に悪い影響を与えるだろうと思ったので、ラウンジへと移動した。そこはガラス張りになっている明るい、また白い壁で出来た部屋で、自販機が置いてあり、また誰もいなかった。

 そこにあるすべすべとした白い丸テーブルに座り、来ヶ谷は自販機で買った缶コーヒーで喉を潤した。

「ボスブラックかよ」

「悪いか?」

「緊張してねぇか?」

「緊張……なんかしてないよ」

 来ヶ谷はいそいそと勉強用具を出す。

 真人も勉強用具を出したが、そこに来て、早起きした影響が出たのか、大きくあくびをした。

「眠ぃ……」

「ちょうどいい。試験本番で寝てはいけないからな。今寝るといい。20分くらいしたら起こしてやろう」

「頼んだ……」

 真人は机に腕で枕を作って、そこに頭を乗っけて小さくいびきをかき始めた。

 来ヶ谷はしばらく参考書を睨んでいたが、ふとあることに気が付いて、席を移動する。真人のすぐ隣にやって来て、自分のコートを彼の背中にかけてやる。

「ふ」

 寝顔を見て微笑むと、自分はその隣にくっついて、彼の体温を感じながら、さらさらとノートにメモを走らせた。

 横目で彼の寝顔を見るたびに、幸せそうな笑顔が来ヶ谷の表情に浮かんだ。

 

 しばらくすると、真人が動き出して、目を覚ます。起き上がって、背筋を伸ばしながら大きく欠伸をした。

「ふわぁ……あー! すっきりした! さて、オレはどれくらい寝てたんだ……って、おい! 大丈夫か!」

「すまん……私もどうやら睡眠不足だったかもしれん……少し、寝かせてくれないか」

「……とと、悪い。オレが起きるまで我慢してたみたいだな」

 来ヶ谷は目を細くして、うつらうつらしていた。

「たんと寝ろ。後三十分以上時間あっから」

「……すまない」

 来ヶ谷は真人の肩に寄りかかって、溜息をついた。その後ですやすやと可愛い寝息を立てて寝てしまった。

 真人は、自分の背中にかかっていたコートを彼女にかけてやった。

 彼女は真人の肩に寄りかかりながら、すやすやと眠った。

 

 またしばらくすると、廊下やラウンジが騒がしくなる。

 どうやらどんどん学生が増えて来たみたいだ。

 新しくキャンパスに入ってきた学生たちの中に、理樹や美魚、クドたちの姿もあった。

「あ! 真人! 勉強してたの?」

「おーう。理樹じゃねぇか。悪ぃな。先に来ちまってよ」

「ううん。みんな自由に来てるよ。僕たちは一緒に行こうって言ってたけどね。……あれ? 来ヶ谷さん?」

 来ヶ谷は起きなかった。どうやら結構疲れていたようだ。ますます深く眠っている。

「……なんか、寝ちまったんだ」

「なんか……ものすごい珍しい光景だね。来ヶ谷さんが寝ているって、初めて見たかも」

「ゆ、ゆいちゃんっ……か、かか、かわいすぎ……」

「小毬さん、興奮してるの?」

「ここ、興奮なんかしてないよ……でも、ゆいちゃんの寝顔はダイナマイトです……」

「意味わからないよ……」

「オゥ! だいなまいと〜ですか? わふ〜……爆発物です」

「いや、絶対意味違うからね?」

「しゃ、しゃしゃしゃ、写真……えーと、携帯携帯」

 来ヶ谷はまるで少女のようにあどけない顔で寝ていたので、理樹までもが何だか赤くなってしまった。可愛いのである。

「ふぅ〜……ばっちり」

「うわ、これ見たら怒るだろうなぁ……」

「もう。ゆいちゃんは怒ったりしません……でも、これ見ると、改めてゆいちゃんは年下なんだなぁ、って、しみじみするね」

「あ。一応小毬さんより年下なんだよね」

「そうだよ〜」

「人類の神秘ですね」

 美魚が知ったかのようなことを言っている間に、周りが騒がしいことに気が付いた来ヶ谷は目元を動かした。

「んん」

「はわっ。起きた!」

「真人君……今、何時だ?」

 とろけるような甘い声だったので、小毬や理樹たちは真っ赤になった。

「ん。10分寝てたな」

「そうか……ん? 10分? しまった! もうそんなに時間が!」

 飛び起きたところに理樹たちが待っていたので、来ヶ谷はあどけない顔を残したまま、目をぱちぱちと瞬かせた。

「なっ! 理樹君!」

 慌てて髪のほつれを直す来ヶ谷。

「や……やあ。おはよう」

「いつから来ていたのかね! コマリマックス! 美魚君! クドリャフカ君! 人が寝ていたら起こせ! 貴様もなに私でぬくぬくとしているか……あ。これかけておいてくれたのか。すまない」

「いいんだよ」

 真人も理樹もにやにやとしていたので、来ヶ谷は真っ赤になった。

 来ヶ谷は小毬や美魚、クドと談笑し始め、その内謙吾、そして葉留佳、鈴たちがやって来て、それらとも会話を始めた。

 試験監督がやって来たので、真人たちはそれぞれ指定された席へと向かう。そこで10分程度だろうか、簡単に参考書やノートをチェックして待った。時間が過ぎると、試験監督から挨拶と説明があって、問題用紙が配られる。

 来ヶ谷はずっと前方の真人の席を見つめていた。真人は気後れしてないように見える。というか、多分すごく落ち着いているように見える。来ヶ谷はそうするように指導してきたのだ。

 さて、と来ヶ谷は腕を組んで目を閉じた。自分が落っこちてしまっては元も子もない。頭脳がかちり、かちり、と歯車音を立てて回り出した。

「始めてください」

 来ヶ谷はさっと紙をめくって、問題を解き始める。

 

 一日目、そして二日目が問題なく過ぎた。

 来ヶ谷は、二日目は女子たちと行き、今度のセンター試験の問題について笑いながら語り合った。

 真人の方もたいした問題などなさそうであった。わりと簡単だったことに驚いているようである。これなら大丈夫そうだと、後日答え合わせをしなくても済みそうだと思った。

 

 つづく

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