当面は様子見をすることになった。自分に当てはまる人がいないわけでもない。
 でも実際に会って確認する必要がある。
 本当にその人でいいのか。
 本当に、その人で大丈夫なのか。
 鈴は、暗くなった部屋の天井を見つめていた。
 
 
 一月二十八日
 
 自分から進んでやるのが嫌いだった鈴は、めずらしくも意気を上げて取り組んでいた。
 やっぱりそうだ。
 理樹が、好きだ。
「お、おい。理樹」
「ん? どうしたの?」
「あ……えっと……」
 言うべき言葉を探していると、向こうから恭介が歩いてきて声を掛ける。
「よー、理樹。はやいな」
「あ、恭介」
「ちょっと借りたゲームソフトで分からないところがあったんだが、教えてくれないか」
「あ、うん、いいけど……」
「それならちょっとこっちに来てくれ。全て箇条書きにしてある。一個でもいいから答えてくれ」
「はぁ、なんだか恭介らしいよね……」
 よし、これだ。
 鈴は顔を上げた。
「さいきんはあついな! アイスでもかいにいかないか?」
 鈴は迫り来る緊張感に耐えきって、おおいなる勇気を振り絞って、千回も試行錯誤したかと思うような素晴らしいセリフを言ったわけだったが、
「にゃっ?」
 理樹は消えていた――。
 その代わりに、向こうから歩いてきた謙吾が不思議そうにこっちを見ていた。
「一体誰に話しかけているのだ?」
「わすれろ――――っ!!」
 鈴は一目散に逃げた。

 授業中もしきりに理樹のことを眺めているのだが、やっぱり理樹はかっこいい男の子であった。
 幼馴染みとしてあまり意識してこなかったが、理樹はかなりモテるのだ。
 謙吾や恭介ほど表面化していないだけで、かなり隠れファンは多いと聞いている(葉留佳談)。
 中学の時も、何人か告白していたことがある。その時鈴はたいそうヤキモチをやいた記憶があった。
 高校に入って、さらに大人っぽさが増した感じがある。
 あの目。
 あの唇。
 まるで――、
「漫画の中に出てくる男の子じゃないか?」鈴はそう思った。
 かなり美化している面も否めないが、鈴は今まで意識してこなかっただけで、実際はかなり美少年だったことを頭の中で何度も確認した。
 こいつはいける。理樹だったら、いいかもしれない。
 そうだ、あたしは理樹のことが好きなんだ。
 そうに違いない。
「ん?」
 だったらいつまでも眺めていて、歓楽の妄想にふけりたかったのであるが、そこに何故かいつもの大男が乱入してきた。
 授業も佳境に入り、あの大男はいつも通りさっぱり理解できなくなったのだろう。いつもは寝るか寝たふりをしているか、さては寝ようとあくまで努力を忘れないかしている最高の馬鹿が、今日に限って、何故か……起きていた。
 ちょんちょん、と肩を小突く。
「ん」
 理樹が反応する。真人は嬉しそうに笑う。
「これこれ」
 真人がノートを持って、パラパラとページをめくり始める。
 左端に絵が描かれている。パラパラアニメだ。
 理樹は「またやってるよ……」と呆れた眼差しで真人を見つめていたが、最後の最後で精巧な筋肉もりもりの自分の似顔絵を見せられて、盛大に吹き出してしまった。
 理樹は自分が発してしまった異音にもかかわらず、数瞬後にはむっつりとした顔を取り戻して先生の疑惑の眼差しを受け流し切っていた。
 鈴からはこのやり取りの内実が見えなかったのだが、なんか真人が理樹に見せたらしい、そのせいで、理樹が危うく先生に注意されそうになった。
 ンのやろ〜。
 鈴は、消しゴムのかすを丸めて、ゴム弾にして、ぱちんこ発射機(作成:三枝葉留佳)を使い、ゴム弾を真人の頭めがけて発射した。
 真人の頭に見事命中し、真人はこちらに振り向いて、反撃に出た。
 それからは両者の机の間にいろいろなものが交換された。ゴム弾、えんぴつ、シャーペンの芯、ノートの切れ端を丸めたもの、ノート、教科書、果ては筆入れまで……。
「コラァッ!」
 まるで一大決戦場のようになっていたお互いの机の間は、ゴミでさんざんな有り様だった。
「何やっとるか! 貴様ら!」
「「こいつが悪いんです!」」
「ほぉー……よぅくわかった。貴様ら授業終わったら職員室に来い!」
 
「「はぁ……」」
 授業後、職員室でめっきりしぼられた二人はそろって溜息をついた。
 物理の非常に厳しい先生だったので、うっすらと鈴の目には涙が浮かんでいるほどだった。
 代わりに、真人の頭には盛大なたんこぶが出来ていたが。
「テメーのせいだかんな」
 は? と鈴はやり返した。
「おまえには状況判断ができんのか? どうしてあたしのせいになってるんじゃ?」
「どう考えたってお前が最初にやって来たのがいけないんだろうが! 最初にやったやつが悪ぃんだかんな!」
 鈴は取り合わないことにした。どうせこの馬鹿には自分が何をしたかわかるまい。
「おおい。待てよ」
「うっさいな。あたしは喉がかわいとるんじゃ」
「オレもかわいてんだよ。ほらっ、行くぞ」
「何であたしまで――」
 数分後。
 食堂の自販機の前で、一人はコカコーラ、一人はアクエリアスを持って溜息をついていた。
「なんちゅーか……悪かった」
「いいよ、別に」
 真人はぽんぽんと鈴の頭をなでた。鈴はぐいぐいアクエリアスを飲んだ。

 理樹は、向こうにいる鈴と真人を見て、不思議に思っている。
 不思議と仲が良さそうなのを見て、あることを思う。
 理樹は挨拶もせず、足を早くして立ち去った。
 心の中では、鈴と同じことを考えていた。

「りきっ!」
「え?」
 野球の練習後――鈴は理樹に思い切って話しかけた。
 汗をだらだら流しながら、頬を紅く染めて話すので、理樹は何事かと思った。
「ど、どうしたの、鈴?」
「りき――りき――……」
 鈴の頭は数百の言葉でいっぱいだった。伝えたいことが多すぎて、言葉にならないのだった。
「ど、どうしたの、鈴! 大丈夫!?」
「だ、だだだだ、大丈夫……へーきだから。その……聞いてほしいことがあるんだ」
「う、うん」
 鈴は額の汗をぬぐって、深呼吸した。
 落ち着け、落ち着け……。
「たこやきって、たこが入ってないのもあるって、知ってるか?」
「はい?」
「ちっ、ちちちちち、違う! そうじゃなくって! えぇぇと……んぅと……」
「鈴?」
「たこやき食べ放題イベントがあるって、この前雑誌で――……うひゃあっ! 全然違う!」
「僕には全然さっぱりなんだけど。鈴」
「こ――……」
 こんど、デートしないか? そう言いたいだけなのに!
 なんで映画館とかレストランって言えないんだ!? 
 り、理樹は何が好きなんだろう!
「り、理樹は何が食べたいんだ!?」
「え、食べ物の話?」
「そ、そう――」
 そうじゃない――と言おうとしたところで、息がつげなくなった。
「夕食にはコロッケ定食がいいよね」
 そ、そうじゃないのに!
 ってか、夕食の話?
「夕食には何を食べたいの、鈴?」
「もがっ――もがもが! げほげほ!」
 そんな話だれがするかっ! 
 そう言いたかったが――……こんなときに限ってむせる。
「そう。そんなにたこやきが食べたいんだね」
「!?」
「でもだめだよ――たこやきなんて学食にさすがにないんじゃないかな」
「〜っ!」
「あ、鈴!?」
 鈴は逃げた。
 振り返って――……こんな叫び声を上げながら。
「りきのあほ――――っ!」

「阿呆はあたしだ……」
 理樹の部屋。さっきのことを謝ろうと思い、鈴は正座して待っていた。
「謝るったって……何て言えばいいんだ?」
 伝えたい。
 なのに、伝えられない。
 むちゃくちゃになってる、自分の心。
「伝えたい……りきが好きなのに」
 がちゃり、とドアノブが回る音。
 はっ、と鈴は顔を上げた。
「お?」
 だが――、
「なんだ、鈴? 一人かよ?」
 湯気をたてながら入ってきたのは真人だった――。シャワー上がりなんだろう。
「なんだ、真人か」
「……まるで、俺じゃなきゃよかったとも言いたげだな!」
「なんでおまえなんかがこの部屋にいるんだ?」
「俺の部屋ですよ! なんでおまえがいるんだって俺が聞きてーよっ!」
「なんだ、そうだったのか」
「お?」
 鈴はなんだか落ち込んでいるようである。
 髪をタオルで拭きながら、真人はスポーツドリンクを手にとって、鈴の隣に腰かけた。
「か〜っ! うめぇ!」
「……」
「おーい、鈴」
「なんじゃ」
「おまえ、腹減ってんの?」
「べつに減ってない」
「そうかそうか。ここにたこやきがあるんだけどな〜」
「なんでそれがここにっ!」
「? べつに、俺が街行って買ってきただけだが……そんなに驚くか? フツー……まっ、みんな来ねぇうちに食っちまおうぜ」
 実は鈴は腹が減っていた。
 真人と半分ずつ分け合って、もしゃもしゃと食べた。
「で、理樹でも待ってたんかよ?」
「!」
 突然顔が赤くなる鈴。
「けほっ、けほ」
「あれ?」
 真人はじっと見ている。
「ん、ん、んなわけあるか!」
「はあ。まぁ、そんなら別にいいけどよ。んじゃここで一体何してたんだ?」
 鈴は腕を組んだ。
「うーんと……その、おまえを待ってたんだ」
「は?」
 真人は思考を停止した。まさか、自分を待つ用事など……。
 はっ。
「借金なんかないかんな!? 俺には身の潔白を証明する書類が……」
「相談があるんだ」
「そうだん?」
「そうだ」
 もちろん金を借りに来たわけではあるまい――……今真人の手元には300円しかないのだから。
「うーんと……その……あたしじゃないんだが、そうだ、あたしじゃないんだぞ! 別の女の子の話だ――」
「なんだそりゃ」
 鈴が改まって正座などしているので、何のことかと思ったが、これほど奇妙な相談もない。
「悩みでもあんのか。そいつぁ」
「ある」
 鈴はきっぱりと言った。
 真剣な眼差しだ……。
「あたしが相談を受けたのは昨日のことだ。その女の子には好きな男の子がいる――」
「だれ?」
「い、いい言えるわけないだろぼけーっ!」
 真人は思った。なるほど、守秘義務なんだな。
 でもなんでこんなに動揺しているんだろう。
「で」
「ああ」
「その男の子とどーしても仲良くなりたいんだが……方法がわからないと言っていてな」
「うーん……」
 真人は腕を組んで目を閉じた。
 これはもう、明らかに……。
「で、あたしとしては可愛いやつのために答えてやるのはやぶさかではない」
「……なんか、すっげー偉そうだよな。おまえ……」
「え、そうか?」
「いや、まあいい。で、おまえは何て言ったんだ」
「ん」
 その言葉で鈴は固まってしまう。
「……しょーしょーおまちいただけますか、と答えた」
「おまえ、どこのコンビニの店員だよ」
「それで、その女の子は“待ってます”と言った」
「で?」
「おわり」
 おわり? と真人は尋ねた。
 こくんと鈴はうなずいた。
 丸投げだった。
「んなの告白すりゃいいじゃねーか」
「こっ、告白!?」
「な、なんでそんな豪快にきょどるんだよ」
「だっておまえ、告白だぞ!?」
「そんな核爆弾みてぇに語気強くしねぇでいいから」
「うみゅ」
 その発想は、なかった……。
 鈴がそう呟くと、わりと本気な顔で、真人は「マジで?」と答えた。
「だっておまえ、と、とと、唐突すぎるじゃないか!?」
 真人はそうか? と涼しげだ。
「だっておまえ――……はぁ……やっぱりアホだな。おまえは」
 何故か見下しはじめる鈴だった。
「ホワイ?」
「だいたいだなー……告白だぞ、告白! 終わってしまうじゃないか! 振られたら!」
「ん、まぁな」
 鈴は盛大に溜息をついた。
 肩をすくめる。
「そんなこともわからないとは……おまえ、バカだろ?」
「アホバカうるせーよ! じゃあおまえは何なんだよ!?」
「うっさいわぼけ! 話の途中で邪魔すんな!」
「途中だったのかよ!?」
「えほん……しゃーないな。おまえに教えてやる。その女の子が、どれだけ男の子のこと好きなのかを……」
「いや別に聞きたくないし」
「なんでだっ!」
「だっておまえ……いや、もういいよ。もちっと真剣に答えてやっから。えー、なになに?」
 真人はあぐらをかいて、もう一度話を思い出そうと頑張った。
「告白って……そりゃおめぇさ、話は簡単なわけだよ。一発で関係作れちまうんだからよ」
「だから、」
「まーまー」
 熱くなる鈴を押さえて10円チョコをやった。机に乗っていた、誰のものかもしれないやつである。
 鈴は怒りに燃えた瞳でもぐもぐチョコを食べている。
「ようは、簡単に嫌われたくねぇんだろ? だったら、まずはそいつのこと知ることから始めなきゃなんねーんじゃねぇ?」
「ん」
「ようはこうだ。まずそいつは男の子と親しくなりたい……でもそいつのこと知らなきゃ何も始まらない……スタート切れねぇんだ。だってそいつにもう好きなやつがいたらどうする? そいつのことまだ好きでいられるのか、分かりもしねぇじゃねぇか」
「そうだ……」
 鈴はチョコを食べるのをやめて、呆然とした。
 そうだった。
 その通りだ。
 あたしは何よりもそこを見落としていた。
 暗い影が心をよぎる。
「そんで、もしそいつの趣味が一つでもわかったとしてみろ。例えば同じ趣味を持っていたとする――そんなら、話は簡単じゃねぇか。それで近づきになりゃあいいんだ」
 鈴は立ち上がる。
 燃える瞳で、真人の両手をつかんだ。
「ありがとう! バカ!」
「バカは余計だ!」
「これで参考になる回答ができる――助かったぞ! バカ!」
「バカバカうるせぇーよっ! まるで俺の代名詞みてぇだろうが! 話聞いたからにゃ――おまえももっと俺のことを崇めろよ。そんなギャグ漫画みてぇな呼び名はよして、明日からオレ様のことを最高天才真人様と呼ぶがいい……」
 鈴は真人のセリフが言い終わる前に姿を消していた。

 3話

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