リトルバスターズ - ある夏の日

 

 リトルバスターズ、理樹たちが高校三年生の夏のある日のこと。

 夏休み。じりじりと灼けるような暑さが、降り注ぐある日のことだった。

 彼、リトルバスターズの中心、直枝理樹は、コンビニで買った雑誌を持って、食堂の日の当たらない、だがよく風の通る場所を陣取って、それに読み耽っていた。

(受験、ってやだなぁ……)

 彼が思っていたのはこうだった。

(いっそのこと記憶がなくなったということにしたらどうかな。馴染みの医者に嘘の検査をあげてもらって……いや、もちろん金は支払おう。障害者枠入学とかで……)

 彼は思考しながら顎をチョイチョイ、と撫でた。

 言っておくがそんな制度はない。

(それで僕は家で静養とか……おおお、これは、なかなかいい案なのではないか? バイトもできるし、みんなとも遊べる)

 彼は溜息をついた。

(って……そうそううまくいかないか。はいはい、現実逃避終わり)

 彼は机に向かって伸びながら、お菓子を頬張った。

 と、そのときだ。

 彼はよく見る人影を発見した。夏なのにわざわざ暑そうな長袖シャツを着る彼女。

 こっちが何かアクションを起こす前に彼女はこちらに気付いたようなので(なんせ食堂には人がいないから)、自分からこっちに寄ってきた。

「や。二木さん」

「おはよう。直枝理樹」

 彼女は立ったままじろじろと食卓のものを見下ろして、やや不可解な眼差しを寄越した。

「……ところで、何をしているのかしら」

「何もしてない、が正しいかな」

「ふう」

 理樹が苦笑すると、彼女は見るからに呆れて、肩をすくめた。

「秀才さんはお勉強も必要ないというわけ?」

「そりゃ、どうして?」

「見たところ遊んでいるようだから」

「遊んでいることは本当だけど、必要ないわけじゃないよ。あと秀才ってほど勉強は得意じゃないよ」

 涼しげに笑う理樹を、二木佳奈多は「下らないやつ」を見るような眼差しで見下ろした。

「あっ、そう。邪魔したわね。私も忙しかったからこれで」

「君はどこへ?」

「勉強しによ。悪いけど邪魔しないでくれる?」

 理樹はぽかんとしながら、謂われのない罵倒を、その身に受けた。

(やっぱ性格キツいなぁ……二木さん)

 去っていった彼女の後ろ姿を団扇でパタパタを首に冷風を送りながら、理樹は見送った。

(何か悪いことでも言ったっぽいな……。別にいいや。ああいう人のことは。気にしない。気にしない)

 理樹はガチャッ、と椅子を引いて、姿勢を正した。ペンを右手に持って、机に開かれた冊子を真剣な眼で見つめる。

(さあ行くぞ。えー、第一問、最近発売された人気グループ、『あ☆い☆ど☆る』のベストアルバムの名前は……)

 フッ。と一息。

(『うばっちゃうぞ! アイラヴュン!』……)

 楽勝、とニヤリ微笑み。

 理樹は暇を持てあましてクロスワードパズルをしていた。

(まっ、これで恭介に頼まれていた『ライカちゃんトレカ・ウォルフハウンドバージョン』はゲットか……。恭介、専門大まで行って何してんだろ)

 理樹は雑誌の応募欄を指でパチーン、と叩いた。

 恭介から頼まれていたクロスワードパズルはこれで四つめ。「おまえに俺からのプレゼントだ。みんながいない夏休みは暇だろ。気にせずこれで時間を潰してくれよな!」気にするってーの。クロスワード答案は後で棗宅に届けることになっている。現在帰省中の恭介はこれを理樹の欲しかったアニメ声優のサイン色紙と交換するだろう。そういう契約になっているからだ。

「ん……?」

 二木佳奈多がまたウロウロしている。

(何だろう……?)

 彼女はまたさっきと同じように教材を抱えて食堂をうろついている。

(勉強したいんだな。きっと)

 ようやくベストポジションを見つけたらしい。席について、汗をハンカチで拭っている。理樹がそれをずっと見ていると、目が合い、ぎろっと睨まれた。

(え、ええー……)

 ぷいっ、と目を逸らして、ノートを開いてペンを動かしている。

(どうして、まだ怒ってるわけ? 理解できない……)

 理樹は雑誌を読みながら、佳奈多のことを考えた。妹と違って、理性的で、常識のある彼女。双子の姉妹と知れ渡ったのは昨年の夏からだ。ちょうど、事故が回避された後、真人や理樹が、三枝葉留佳の病室に見舞いに来たとき、むすっとした顔で葉留佳と話していたのが彼女だった。

 真人が、

「誰だ?」

 と聞くのを遮って理樹が、

「二木さん何でここに!」

 と驚くと、

「別にいいでしょう。この子の姉なんだから」

 と存外平気な口調で言ったのだった。

 それ以来何度か衝突を繰り返してリトルバスターズと風紀委員会だが、彼女とはちょっと距離が近付いた。自分たちを追っかけてくる風紀委員会の中心にあの二木佳奈多がいると、理樹はこっそり安堵したものだった。

 しかし本心には似てない双子だった。なるほど、外見はそっくりらしいが、性格も仕草も全く違う。姉は気難し屋で、妹は脳天気。葉留佳がお気楽にお昼寝でもしていれば、佳奈多はいまだに小毬の制服を直すように言ってきたり、謙吾と真人に制服を着用しろと言ってきたり(当然だが)、何かと厳しく理樹たちに当たってくる。理樹もこの前真人と謙吾と廊下で遊んでいたら、佳奈多に捕まえられて反省文を書かされた。

 学校の成績も優秀で、常に三番以内に彼女の名がある。家族がどういう感じなのかは、知らない。葉留佳とどうして別姓を名乗っているのかどうかも、詳しい事情はわからない。

 そのため、理樹は、佳奈多とはまだ打ち解けにくかった。恭介が卒業して三年生になった今でも、まだ仲が良いとは言えない。

 彼女の皮肉にいちいち返事してしまう自分もいけないと理樹は思っていた。

「ん?」

 見ると、二木佳奈多がまた移動している。食堂には夏の真っ昼間、理樹以外に人がいないので、足音が意外と響くのだ。

 彼女の顔は紅くなっている。暑いのだろう、かく言う理樹も風の通る場所を確保しておきながら結構暑い。対して向こうはどれほどだろうと思ったとき、理樹は、

「あっ、そうか!」

 と思って、「二木さん!」と呼んだ。

 彼女はふとこちらを見て、暑いのだろう、首先をぱたぱたとさせながら、だけど上品に姿勢を正して、こちらに歩いてきた。

「何かしら」

 すごい形相だ。こちらへの恨みが積もり積もっているかのようだった・

「よかったら、ここの場所を使って」

「あぁそう」

 と言うなりなんなり、よほど暑かったのだろう、理樹の座っていた椅子を引っ張り、彼を立たせて自分がそこに座ると、いい具合に吹いてくる風に「はあー……」と気持ちよさそうに息をついた。

「団扇、借りるわね」

「どうぞどうぞ」

「ふう」

 ぱたぱたと扇いでいる間に、理樹は自動販売機でアクエリアスを買ってきてやる。代金はいらない。そこは紳士らしく通した理樹であった。

「ありがとう」

「どういたしまして」

「あなた、クロスワードパズルなんてやってるの? 受験なめてるでしょう」

 と、心底呆れた口調で言うもんだから、理樹もムッとしてしまった。

「別になめてはいやしないよ。ただ、勉強だけだと煮詰まると思って」

「ム……」理樹が鞄から勉強道具を出そうとすると、佳奈多も感心したのか、「それもそうね」と素直に認めた。

「あっ、よかったらチョコレート食べる? 僕疲れた時用に持ってきてたんだよね」

「いらない。私チョコレート嫌いだから」

「あっ、じゃあ飴なめる?」

「あなたどんだけお菓子入れてんのっ?」

 と、佳奈多は理樹の鞄を指差す。

「ん……」と理樹は苦笑い、頬をかきながら、鞄のものを次々と取り出した。

「ベルギーワッフルに板チョコ、ハイチュウにガム、スナック菓子……」

「はあ……」彼女は目を伏せた。

「呆れて物も言えないわ」

「勉強だけじゃ疲れるじゃない」

「だからってこれはひどすぎよ。なに、雑誌がこんなにあるじゃない。ファッション誌に占い誌、あら、これは時事誌……これくらいは感心してやるわ。これはなに、小説本?」と次々と佳奈多は理樹の持ち物について駄目だしをくれていた。

「それは西園さんから勧められて借りてる本。ミステリーだね」

「受験やる気あるの、あなた?」

「もちろんあるけど」

「そうだというなら模試の結果見せなさい」

 ほとんど脅迫ともいうべき佳奈多の要求に、理樹は渋々ながら私見結果表を探した。

「う〜んと……どこだったかなあ……」

 理樹の鞄の中には色々なものが入っている。コンパス、定規、週刊誌、コミック単行本(真人から借りているやつだ)、小説本(これは美魚から)、ビー玉(葉留佳がまき散らしたものを仕方なく拾った)、お菓子(小毬からもらった)、佐々美のオーデコロン(何故か鈴からもらった)、その他教科書参考書、プリント類、秘密の写真集……口に出しては言えないものまである。その中からたった一枚きりの模試結果表を探せと佳奈多は言う。

(そもそも僕は模試結果を鞄の中に入れていたであろうか)

 探すのがどんどん面倒くさくなってきた理樹はそんなことを考えてこの場を脱出しようと試みた。

 ところが、

「あっ」

「なによ。あるじゃない」

 ぽろりと出てきたそれを、理樹が手に取る前に佳奈多に奪い取られた。

 せめて「紙クズです」「ちなみに僕、それでこの前鼻水拭いたんだ」とでも理由付けたかった。彼女がそれを見て眉をどんどんつり上げるまでは……。

「何、これ……。ほとんどCとDしかないじゃないの! あなたねぇ……」

 ドンッ、と彼女は机を叩く。

「前は結構成績良かったじゃないの! それが何? 最近はすっかり成績上位チームに蹴り落とされちゃって……ちなみに直枝理樹、あなた予備校は通っているの?」

「いや」

 忙しかった、と言えば聞こえはいいだろうが、その内実はリトルバスターズの面々と遊んだり、友情と恋のさじ加減に悩んだり時めいたり、落ち込んだり、そうすると真人とマック食べに行ったりと、主に青春を謳歌するために使われていた。

「塾は?」

「いや」

 そんなこと言っても怒られるだけだろうなぁ……というか、ぶち切れられるかもしれない。

 理樹は彼女の短気な所を知っていた。

「あら……そう」

「え、っと……」

 冷たい怒気がひしひしと伝わってくる。寒いのに嫌な汗がじっとりと背中に垂れてくる。

「それじゃあ、なんですか、あなたは? 勉強をサボって、悠々と貴族生活? 占いやクロスワードパズルなんてやって、ほんっといいご身分ね」

 ぐさり。

「それも内実を見てみれば本当にもう情けないわね。表面を着飾っているのもそのひ弱な内面を隠すため? 本当見下げ果てたわ直枝理樹、リトルバスターズのリーダーを任されているから私はさほどの人物かと思ったけどそうでもないようね。みんなが頑張っているのをあなたは知らないのかしら?」

 意訳すれば、何よ、ちょっとすごいやつかもって思った私が馬鹿みたいじゃない。冷静に考えればこんなやつ、ただ勉強する時間使って遊んでるだけじゃない。私だって葉留佳と家でゆっくりくつろぎたいし、一緒にお出かけしたいのにこの男は……ムカつくムカつくムカつく。

 にしても何なのよこいつは。前は私といい勝負をしてた成績だったのに、今は下の方に埋もれてしまって見えてきやしない。努力が足りないからだわ。

 彼女は努力をしない人間が本当に嫌いだった。

「まあ、返す言葉もないよね」

 だって言うのに何でへらへら笑っているかこの男! と佳奈多は内心プッツンしていたが、理樹はただ自身の内面で佳奈多の罵倒をそんなふうに変換していたので、まさにその通りである自分の状態と彼女の本心とを対置して、苦笑いしていただけである。

「だいたいあなたはねぇ! ――」

「おーい、理樹!」

 天の助けだ。真人の声がした。ちょうど帰省していたはずだったが、真人は帰ってきたのだ。

 振り返ると本人が。いつもと変わらない学ランとジーンズ、赤いティーシャツ姿で登場だ。

「なにやってんだよ、理樹、メールしたろ。校門のところに来てくれってよ」

 真人は笑いながら文句を言い、理樹と佳奈多のテーブルに近付いてくる。

「あっ、ごめん!」

 佳奈多に問いつめられていたせいで、メールの着信に気付かなかったのだ。バイブでポケットに入れていたから。

「ったくよー、おー、アチアチ。団扇借りるぜー」

 半ば無理矢理団扇を引ったくり、扇ぎ出す。佳奈多のことなど目に入ってない様子だ。

「ところで、理樹、何やってんだ?」

 机を覗き込む真人。

「うおっ、アイドルテレカ全種応募者サービスじゃん! なぁ理樹、クロスワードは解けたのか? 解けたらくれよな? 一枚、いらねぇ奴でいいからよ」

「ちょ、ちょっと真人……」

 いちいちまとわりついてくる真人を、押しのけて、相手に気を配る。佳奈多は怒りを眼に宿していた。

「ん? 何だよ?」

「ちょっと真人、暑いよ」

「へっ。夏だから決まってんだろ? うおっしゃ、オレ様の筋肉扇風機で理樹を涼しくしてやるぜ! うおおりゃあああ!」

「痛いよ! 逆に!」

「やめなさい!」

 団扇を持って思い切り扇ぎ出す真人に、初めて佳奈多の声が飛んだ。初めてそこに佳奈多がいることに気が付いたみたいに、きょとんとする真人。

「あれ? お? えーっと……どちら様でしたっけ?」

「あなたの方こそどちら様かしら?」血管マークが額に浮き出た佳奈多は滔々と語り出す。

「こんなにもよく喋る動物がいたとはね。飼育委員は何をやっているのかしら? ちゃんと動物は管理してもらわないと困るわ」

「あ?」

 真人にも血管マークが浮かぶ。

 どうやら真人も今のが自分を馬鹿にしたものだとわかったらしい。

「オレが何だって? テメェこそ飼育小屋に行けばいいんじゃねぇのか? なぁ、ウサギちゃんよぉ」

「何ですって?」

 どうしてこんなことになるのだろう、理樹は煩悶する。

「直枝理樹! ちょっとどういうこと! こんな下品で粗野なテナガザル、学校にいるなんて聞いたことがないわよ!」

「へっ! 最初にふっかけてきやがったのはテメェの方じゃねぇかよォ! なんだ、このラビットちゃんはよぉ!」

 真人は格好付けたつもりらしいがただの英語に過ぎない。

「さっきからいちいち癪に障る男ね……井ノ原真人! ここから退去することを命じます!」

「ちょ、ちょっと二木さん!」

「なんだ? テメー、オレの名前知ってんのか? ちょうどいい。そうさ、筋肉百%以上の怪物と謳われた男、井ノ原真人、それがオレさ」

 誰もそんなこと謳ってない。というか、人の話をまったく聞いてない。

「井ノ原真人! ここから退去しなさい! 風紀委員長として命じます!」

 対する真人は頭がかゆそうにぼりぼりと掻いている。

「いってぇ何なんだよ、このキャンキャンやかましい女は。何か、怒らせるようなこと言ったかな。オレ」

「多分、その挙動全てが二木さんを怒らせてるんだと思うよ……」

 真人は、えぇ、と困った顔をした。

「井ノ原真人! 命令に――」

「ほらほら二木さんも、いい加減冷静になりなよ。真人相手にどれだけ怒っても無駄なんだって」

「なによ! 私は冷静だわ! フ、フン……確かに、この脳みそ筋肉満点男には、何を言っても無駄なようね……」

「理樹よぅ……オレ、何か悪いこと言ったかなぁ?」

「とりあえず、何も言ってないから安心して。真人の登場インパクトが強すぎたんだよ」

 真人は照れている。「いや、それほどでも」褒めてねぇよ、と理樹と佳奈多は思った。

「井ノ原真人、取りあえずそこに座りなさい」

「おっ。もう怒ってねぇのか?」

「あなた相手に大声張り上げた私が馬鹿だったようね。ただ立っていられるとすごく暑苦しいから、そこに座ってじっとしててもらえるかしら」

 佳奈多は立ち上がった。

「どうしたの?」

「暑くなったから飲み物買ってくるわ」

「あ、うん」

 佳奈多はすたすたと歩いて自動販売機まで行ってしまった。

「理樹、ありゃ誰だ?」

「知らないとかありえないでしょ真人……何度も顔合わせてるじゃない。葉留佳さんのお姉さんの二木佳奈多さんだよ」

「ああ!」

 ポン、と手を打つ真人。

「思い出した! そういやどっかで見たことあるツラだなーって思ってよ。三枝の姉貴か。どおりで……」

「聞こえてるわよ」

 佳奈多がスポーツドリンクを片手に立っていた。

「人の噂話が好きなようね。そんなに好きなら壁とでもすればいいじゃない」

「かたいこと言うなよー。三枝の姉ちゃんならオレと友達だ。ほらよっ、」

 佳奈多は、固まった。

「……これはなに?」

「ん。握手だよ握手」

 差し出された手に、戸惑う佳奈多。

「ま、よろしく頼むぜ」

「……」

 されるがまま握手する佳奈多。そのあと、「うっ」と短い悲鳴。手を離すと、ひらひらと振った。

「ゴツゴツしすぎ……まるで工事現場の人みたい」

「筋肉に満たされてたろ?」

「馬鹿ね。こっちの手が砕けそうになったわ」

「ひょろひょろしてっからさ」

 佳奈多はフン、と取り合うことをやめ、席についた。

 真人は、

「ところでおまえら、何してたんだ?」

 え? と顔を見合わせる理樹と佳奈多。

 何をしていた、というほどでもない、ただぺらぺら話をしていたのである。

「彼に勉強を教えるところだったのよ」

 ええっ! と理樹は困った顔。なによ、と佳奈多は半眼。

「あなたがどうしようもなく駄目で怠惰だから、この私が勉強教えようとしてあげてたんじゃないの」

「そんなこと聞いてないよ。……そりゃ、勉強は必要だけど」

「そんなレベルの話じゃないのよ!」机をドン、と叩く佳奈多。「今すぐにでもスケジュール作成をしないとまずいわ。あのうるさいリトルバスターズのメンバーがいない今だからこそチャンスじゃないの。まあ、今は厄介なのが一人来てしまったけれど」佳奈多は目を細める。

「あ?」

 と再び血管マークを浮かべる真人。謙吾以上に相性が悪いかもしれない、この二人。真人は腕に筋肉を浮き立たせて言った。

「何だか聞き捨てならねぇセリフが一個あったぞテメェ……。テメェはオレと理樹の友情を知らねーだろうがよ! 理樹はオレと一緒に筋肉体操する予定なんだよ! 邪魔すんな!」

「なに? 筋肉体操って。くだらない遊び」

 佳奈多の額にも血管マークが浮かび上がった。冷ややかに笑っていながらも、真人のことがうざったくて仕方ないようだ。「そんな程度の低い徒労より学業を優先した方が何倍も有意義よ。それに何、お仲間のあの宮沢謙吾や棗鈴はどうしたの? お仲間からも見放されて一人ぼっちだなんて寂しいわね。同情するわ。でも勉強が必要な私たちに突っかかってくるなんて迷惑以外の何物でもないわ」「へっ! 別に謙吾は部活の合宿行ってるだけだもんね! 見放すとかそんなもん気色悪くてしょうがねぇや! 鈴はクー公たちと女の付き合いとかそういうのに出かけちまってるだけだよ! わかったかコノヤロウめが!」

「ぎゃんぎゃんうるさい犬ね。だから何? 勉強の邪魔するだけならほっといてくれる?」

 くぅ〜、と何も言えない悔しさが真人に募る。

「理樹よぅ〜……」

「真人……」

 確かに真人は受験がなかった。すぐ就職する予定だ。

 それに真人は気に入られやすいタイプだから、幸運にももうほぼ内定しており、今はもうその職場でアルバイトをしている。

 理樹は、佳奈多にこうお願いした。

「二木さん、お願いだから、真人のこといじめないでやってよ。確かに真人は勉強する必要はないけど、真人のこと仲間に入れてあげてよ」

「……あなたがそんなこと私にお願いする理由がわからないわ」

「仲間なんだもん。当然だ」

 佳奈多は面倒そうに真人のことを見た。

「……この馬鹿にも勉強を教えろというの?」

「っていうか、そもそも僕は何で二木さんが僕に勉強教えてくれることになったのかわからないんだけど」

「あら。わからないの? あまりにも酷い成績に見ていられなくなったからよ。それと、いつも妹がお世話になってるから、そのお返しにね」

「いちいち偉そうだなコイツは……」

「あら。あなたは勉強できるのかしら? じゃあ一人でやっててくれる?」

「……りぃきぃ〜……」

 真人が涙ぐんでいる。

 理樹は苦笑した。佳奈多にもう一度頼み込む。

「二木さん、僕らはリトルバスターズだよ。お世話になってるとか、そういうことは全く気にしないんだ。ねぇ、だからさ、今日だけ二木さんもリトルバスターズに入ってみるっていうのはどうかな?」

「はあ?」

 佳奈多はきょとんとしている。

「意味が繋がってないわよ、直枝理樹。私があなたたちと葉留佳が気のおけない仲だっていうのを知らなかったのはわかったけど、それがどうして私もリトルバスターズに加入することに繋がるのかしら?」

 理樹は微笑んで言った。

「僕はよく考えてみたんだ。僕は真人と遊びたい。それに勉強も大事だ。二木さんに二人で教えてもらえば早く終わる。その代わりに、今度は真人や僕と一緒に遊んでほしいんだ。僕らのこと、もっとよく知ってほしいんだ」

 佳奈多は呆れて物も言えない様子だった。

「……わけがわからないわ。私がそれをする意味があるの? 私はそれをして楽しいの?」

「きっと楽しいよ」

 理樹がそう言って微笑むと、佳奈多はわずかに笑い、まんざらでもなさそうな顔になった。

「そうかしら。信用できないけど」

「僕たち、二木さんとも仲良くしたいんだ。ほら、もし他人の目が気になるんなら、今日は絶好の機会だよ。僕ら以外に生徒はもうほとんど残ってないし、いたとしても、」

「あなたのような暇人……ということね」

「……そういうんじゃないんだけどなぁ……まぁいいけどね」

 理樹は苦笑しながら、「真人、一度勉強道具取りに帰ろうよ」と言った。

 あまり乗り気でない真人は、

「ええー。勉強道具かよ。んなもんあったかな、オレの部屋に」

「いやいや、学生ならないとおかしいでしょ……」

「ちっ」

 真人は面白くなさそうな顔をして立ちながら、佳奈多の顔を睨んだ。

 それには佳奈多も気が付いたようだった。ふん、と面白くなさそうな顔を浮かべながら、そっぽを向く。

 お互いに、「おまえは所詮おまけなんだよ」と思っているのが伝わっているかのようだった。

 

 不満だらけの真人を引っ張って、理樹は食堂の佳奈多のところへ戻ってくる。

「遅いわよ。直枝」

「ごめんごめん」

 あ、呼び方変えたの? と顔で尋ねると、佳奈多はすました態度でそっぽを向いた。

「あなたもよ。井ノ原」

「うっせぇな」

 もうすでに臨戦態勢に入っているお互いだが、理樹はただ勉強道具を取り出すぐらいしかできることがない。

「さっ」

 パン、と軽く両手を合わせて、言った。

「始めよっか、二人とも」

 つづく 

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