オレたちは幼稚園の建物の端っこに、まるで隠密者のように集まった。

「よし。みんな、忘れ物はしてきないか」

「は〜い」

「うん。大丈夫だよ」

「オッケーです!」

 小毬、理樹、クー公がそれぞれ返事をする。オレたちも持ち物を確認する。

 もっとも、持ち物といえばぬいぐるみと財布、念のためのぼろぼろに擦り込まれた台本くらいだったが。

「それでは、これより点呼確認を取る! 番号!」

「……」

「……?」

「……だれが一だ?」

「おいおいおいオイ!」

 恭介が脱力して、妙な憤りを見せる。

「だれか勇士のある一番はいないのか! ほら、どうしてこんな時になっておれたちって結束力低いんだろうな!? 誰かそんなのは間違いだってこと、おれに証明してくれるやつは!?」

「一」

 すっ、と、したたかで清らかなる水の落ちる音のような、そんな声が聞こえた。

「来ヶ谷」

「私はすこし考えが変わった。今までは自分が一番などとは考えたことがなかったがね。誰もやらないなら志願することにしよう。たったこれだけで恭介氏のやる気に添えるなら」

「ははっ」

 恭介は嬉しそうに笑った。手を振り上げて、「次!」と声をかける。

「二!」

 理樹がいった。

「三、じゃ」

 隣の鈴がいった。

「四!」

 クー公。

「五、だ! ヒャッホォォ――――ッ!」

 暑苦しいジャンパーを着込んだウサギ馬鹿がいった。

「ろく!」

 オレがいった。

「ナナっ!」

 三枝がいった。

「八です。……」

 西園がすこし嬉しそうに。

「……よーしっ! 九だよ〜!」

 最後に、小毬が、勢いをつけて、いった。

「よっしゃぁ――――っ! いくぞっ!」

『おーっ!』

 みんなのやる気が、一つになった。

 これがもし、幼稚園児が待ちかまえているほんわかしたたんぽぽ幼稚園でなければ、キマっていた。

 ここでにわかに、恭介が振り返った。

「あ、言い忘れてたけど、」

 なにか、昨日の買い物で買い忘れてきた、牛乳と食パン買ってきてくれない、とでも言い出しかねんほど間の抜けた言い方だった。

「おれ、就職先決まったから」

 各々、沈黙した。

 一秒、二秒。

 沈黙が続き、やがて、破裂する。

 轟々と音を立ててやってきた津波のように。

『え、ええぇぇぇぇぇ――――――――っ!?』

 幼稚園内で騒がしい迷惑集団、ここに推参。

 

 幼稚園の遊技場では、ちょうど幼稚園児たちのそれぞれの劇が始まったところだった。

 演目は、ピーター・パン、かちかち山、シンデレラ、うらしま太郎の四つ。

 和洋入り乱れたる、ことごとくオレたちに馴染みの深い、有名なおとぎ話だった。

 暗幕をくぐり、俺たちは入り口付近にたたずむ。

 理樹がこそこそと声をかけてくる。

「そういえば、ぼくらも小学生のときピーター・パンやったよね」

「ああ。あんときは五年で、キャストもめちゃくちゃ多くて、かなり真面目なピーター・パンになったよな」

「真人フック船長だった」

「ちっ……思いだしてみると、オレってばここでもやられ役かよ」

「もしかちかち山だったらたぬきさんだね」

「なぜだ……」

 理樹はくすくすと口に手を当てて笑った。

「そういえば真人、今日は絶好のチャンスじゃない。小毬さんと、きちんと話はしてきたの」

「話?」

 んー、と、オレは腕を組む。

「話をしてきたといえばしてきたが、べつにたいした発展はなかったぜ?」

「なんだ、それ」

 理樹はあからさまに失望したというような顔をした。

「せっかく一大チャンスなのに」

「おまえ、自分のことは棚に上げて、そうやって他人に構いまくる癖、すこし直したほうがいいと思うぜ」

「そんなぁ……それは言わないお約束」

「ケッ」

 オレはそっぽを向いた。

 理樹は……こんなことを言っているが、案外うまくやっているのだろう。性格は悪くないし、女性をしっかり大事にする男だ。生来がひ弱だからか。その分女性への忠誠心は高いのかもしれない。しかし精神は強い。案外、理樹は、一度付き合いだしたら、一気に鈴と結婚まで行ってしまうのではないだろうか。

 それは鈴の性格を埒外に置いた、単なる妄想というべきか。

 どっちにしろ、また理樹に泣き付かれたら、世話してやりゃあいいだけの話だ。

「ピーター・パンは、全編のシーンをやると思ったら、一部だけなんだね。まるで歌舞伎みたいだ」

「ピーター・パンのクライマックスシーンだったな。次はかちかち山のたぬきがうさぎの策略に乗るところか」

「こうなると順番はすぐ回ってきそうだなぁ。ぼく、恭介のところへ行って準備してくるよ」

「あ、待てよ。オレもいくぜ」

 理樹をちょいと引き止めて、オレも一緒に恭介のところへ行った。

 恭介は舞台裏で演出係をやっている。

 なにやら様々な配線がくくりつけられた、小さな機械を操作している。なんだこいつ。まさか、ほかのガキどもの劇の演出係も任せられていたのか。

 恭介は機械のボタンを操作していき、舞台の照明や効果音などを実際に動かしている。

「理樹。真人。来たか」

「おうおまえ、まさか、こんなガキどもの演出係もやらされてたのかよ」

「これはボランティアさ」

 恭介は、片目でばちんとウィンクを飛ばしてくる。

 どう反応していいかわからなかった。

「だって考えてもみてくれよ。おれたちの劇だけ異様に豪華にしたってしょうがないじゃないか。こっちがすでに持ってる技術は、どんどん分けていかないとな」

 なるほど。と、オレは合点した。

 恭介は恭介で、とてもよく人間のできたやつだった。

「よし。かちかち山が終わったな。どんどん出番が近づいてくるぜ。台本のチェックはいいか? 各自、アドリブを入れるんならちゃんと入れろよ。情けねぇとこ見せられねぇぞ。この後、ガキどもとの懇親会もあるんだからな。――順番としては、うらしま太郎の次にちょっとした休憩があって、それからおれたちのボランティア人形劇、その後に先生方の演劇がある。それで締めだ」

「よく把握してんなぁ」

「おまえらの中にもこういう人間を一人作っておけよ。おれはもうあと半年足らずで、卒業しちまうんだからな」

 恭介の視線は理樹に向いた。そしてそれから、オレに向いた。

 その後ろにいる来ヶ谷、鈴、西園にも向けられた。

 くすり、と小さく微笑む。

「まぁ、一人で背負う意味もない……か」

「恭介?」

「まぁいい。おれが抜けた後のチームがどうなるか楽しみだ。さっ、ちょっとこれから集中するから、少しの間話しかけないでくれ」

 恭介は機械の操作に集中しだしたので、オレたちはその場から下がることにした。

 アドリブ、かぁ。

 オレはすこし悩んだ。

 来ヶ谷と視線が合う。

 来ヶ谷には婉然とした微笑みを返された。

 オレは反応に困った。

 えーい。役になり切れればいいんだよな……セリフはなんとなく覚えてるし、ちっとぐれぇ節回しが違ったっていいだろ。

 理樹は真剣に台本をチェックして、一つもアドリブを使わない方針だ。まぁ、こいつらしいというか。理樹っぽくて構わんか。

 鈴と小毬はぬいぐるみを媒介にして頭突き遊びをしている。

 大丈夫か?

 オレの疑念が一瞬頭をよぎるのだった。

 

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