小毬。どうしているだろう。

 あれからオレはさっぱり小毬と二人で会話することができなかった。

 西園や来ヶ谷たちに、なんとなくガードされているような気がするし、……こう言っちゃなんだが、正直に言うと、小毬からも避けられているような気がした。

 オレも、別にそこまで、発情的に小毬のことを追っかける意志も目的も勇気もなかったので、問題になりそーだなとわかると、取りあえずは放っておいた。

 しばらくまた、元のような暮らしに戻る。

 オレは理樹の恋愛問題のほうに、よく時間を割いていた。

 理樹の恋は、順調なんだか、順調じゃないんだか、とくになんの問題もないが、なんの進展もしていないように思われた。

 しかし、なんともうまくいかずに、部屋へ帰ってきてから落ち込んでいる様子を見ると、いとも不憫である。

 親友という事実を抜きにしても、そうだ。

 オレは理樹のために、ほとんど無知同然の頭を働かせた。

「どうすりゃいいんだろうなぁ……」

「……」

 当の理樹は、ベッドに横になって、暗のオーラを怨々と放出させている。

「鈴。見極めが難しいかんな」

「……」

「脈ありなのか、脈なしなのか、まるでわからねー……」

「……」

「かといってこっちが行動に出ようとすると、まず逃げんだろ? どうすりゃいいんだっつー話だよな……」

「……うん」

 理樹がやっと言った言葉は、たったそれだけであった。

 オレはまた不憫になった。

「でもよ、」

 ぱん、と膝を叩く。

「あからさまに拒否反応が出てねーってことは、ひょっとすっと、脈ありなんじゃねーのかな?」

「……ほんと?」

「脈ありじゃなくっとも、少なくとも脈なしじゃねーだろ。……向こうも困ってんじゃねぇか」

「……う〜ん」

 理樹はやっと起き出した。

 暗い面持ちを携えて、ベッドの上に体育座りをする。

「それだと、ぼくのほうが困ったな……」

「なんでだよ? しばらくこの微妙な距離感のままでいいんじゃねぇの? 友だち以上、こっそり恋人未満、ってやつか? 実際どう言ったらいいのかわからねぇけどよ。あんま焦りすぎると痛い目見るぜ。ことに、狙ってるのが上玉だからよぉ。上玉は警戒心も強いからな」

「……真人は、面白い言い方をするね」

 理樹は、疲れた表情に、ほんの少しの笑みを灯した。

「感心したろ?」

 オレは笑って胸を叩いた。

「感心……したよ。ちょっと」

 理樹は言葉を若干選ぶようにして、いった。

「鈴のことをそんなに高く評価していたのは、驚きだったな」

「んなの、今さらだろ? リトルバスターズにいるのは基本レベル高ぇからな。友だちだからよ、あんま意識してねーけど、性格もいいし顔もいい。……そういうのはよ、きっと難しいからよ。ほんとに真面目な恋愛してぇと思うんなら」

「真面目?」

 理樹は聞き返した。

「あー、いや……」

 オレは説明の言葉に窮した。まったくオレの抽象的概念であったため、それを具体化するのはちょっと努力がいった。

「相手にも、真面目に好きになってもらうって、実際かなり大変なことだと思うわけよ」

「う、うん……」

「そんなの奇跡に近ぇんじゃねぇかな」

 理樹は黙って聞いていた。

 なにも言い返さなかった。

「だから、もしおまえもそういうのを望むんだったらよ、きっと周りにゃおまえを馬鹿にするようなやつもいるかもしんねーけどよ、」

 オレはいった。

 真面目に、いった。

「おまえから、まず真面目に相手に奉仕しなきゃいけねーわけよ」

「……」

「だから、焦るなって言ったのさ。鈴がなにを望んでんのか、おまえは頭が死んじまうくれぇ考えなきゃいけねぇ。まぁ、どーせわからねぇことだろうぜ。けれど、女を大切にするって、ぜってぇ諦めねぇってことじゃねぇのかな」

「真人……」

「諦めちまうのは簡単だからよ。誰にもできんだよ。けどそーすっと、相手もおまえに同じことしか求めないぜ? 簡単に諦められるぜ? それってどうよ?」

「いやだ……」

「なら、答は決まってんだろ」

 オレは、にかっ、と笑った。

 理樹は、しばらく、長いこと考えていたが、その後唐突に、

「うん」

 と言うと、微笑んだ。

 理樹は鈴の望んでいることを考えるようになった。

 それは、進歩であるだろうか。

 退歩であると決める者もいるだろう。

 それは道の分かれ目なのだ。

 そいつ自身が、なにを望んでいるのか、どんなことを経験して、そこからどんな自分の理想像を導き出すのかで、変わってしまうのだ。

 進歩か、退歩か。

 ただ理樹は自分の理想像を掴み出すだろう。

 そこで失敗してしまったら、理樹はよくよく悲しむだろうけど、

「ありがとう、真人」

 また、笑うことができるだろう。

 このように。

 希望というのは、尽きることがないからな。

「真人のおかげですっきりしたよ」

「よせやい。オレは、オレの思うままのことを言っただけだよ。決めたのはおまえだ」

「でも、ありがとう」

 理樹はささやかな笑みを隠さずに、礼を再びいった。

 オレはそっぽを向いた。

「よせっつーの」

「あはは」

 理樹はオレの格好を見ておかしそうに笑い、ベッドから降りた。

 鞄から今日の宿題を出して、みかん箱の上に載せる。

 取り掛かるようだ。

 オレも自分の鞄から課題を出して、理樹のノートに並べた。

「写させてもらうぜ」

「……ねぇ、今とても立派なこと言ったんだから、ちょっとは自分でやったら?」

「あのな理樹。それとこれとはいったいなんの関係があるってぇんだ?」

「……大いにあると思うけど」

「主に、どこだ」

「真人の尊敬度……」

 オレはそれでもあえて理樹の答を書き写した。断固書き写す所存であった。

「へぇー……なるほどねぇ」

「真人。問題見てないでしょ? さも頭使ってるっていうふうな言い方はやめようよ」

「んだよ。面白みのねぇやつ」

「……あはは」

 理樹は半ば呆れながらも、半ば、オレのことを見ていつもの理樹を取り戻しているようであった。

 それからしばらくオレらは無言で課題に取り掛かる。

 唐突に、理樹がいった。

「そういえば、劇までもうちょっとで一週間だね」

「そーだな」

「脚本、決まったみたいだよ」

「へー。やっとか」

「ちょっと来ヶ谷さんはのんびりしすぎたかもね。まぁ、その分かなりましなのが出来上がっていると思うけど」

「どうだかな……どーせあの変態のことだろ」

「ははは」

 理樹はおかしそうに笑っていた。

「脚本……明日に配られるんだってさ」

「明日かぁ……そういや明日、日曜だな」

「うん。ずっと練習できるよ」

 理樹はカリカリ、とペンを動かしつつ言った。

「小毬さんとも、仲直りできるんじゃないかな」

「ぐむ」

 オレは顔をしかめた。

 そのことを話題にされるのは、すこし辟易だったのである。

「べつに喧嘩なんかしてねーし……」

 オレはそっぽを向く。

「でも、あれから真人たち、全然ちゃんと話してないんでしょ?」

「お、おう……」

「また元の関係に戻すチャンスじゃないの」

「そ、そうかなぁ……」

「しっかりしようよ。真人は、ぼくの場合と違って、もっと普通な恋愛ができるはずだから。小毬さんとはまだ知り合ってそんなに月日が経ってないし」

「わ、わかってらい」

 オレは、そう言うのがやっとであった。

 小毬、かぁ……。

 鈴以上に、なに考えてんのかわかんねーんだ、これが……。

 以前までは、事あるごとに会話していたし、二人っきりになるのもどうってことねー、って関係だったのに……今じゃなんとなく、やんわりと拒絶されているように感じるし。

 普段通りの会話もできねー。

 嫌われちまったのかなぁ……。

 いや、でも、まてよ。嫌われることはべつになにもしていない。

 なんなんだろうなぁ……。

「真人、大丈夫?」

「お? お、おう……」

「筋トレでもしたら?」

「……いや、うーん……」

 オレは腕を組んで悩んだ。

「今日は筋トレお休みの日なんだよ。昨日気合い入れてやっちまったから」

「じゃあ、ストレッチでもしなよ」

「おお、そいつはいい案だぜ理樹! ストレッチしまくろう!」

「暑苦しくないようにしてね」

 オレは小難しい宿題をほっぽり出して、床に寝そべってストレッチを開始した。

 しかし、なんとなく胸に残った不安は、消えることがなかった。

 今までは、小毬のことは、筋トレに没頭すれば、頭の中から消すことができたのに。

 そうか……もう、先送りできねーところに来ちまったからだ……。

 明日。

 明日かぁ……。

 なにも起きなかったら、今度こそ、終わりかもな。

 そうしたら告白して玉砕して潔くバラバラになっとこう。

 それっきゃねー……っ!

 

 次へ……

 

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