先ほどの森林のシーンに舞台が変わり、今度はオレと謙吾が登場する。

 向かい合って、睨み合っているシーンだ。

 オレからまず話す。

「『てめぇは……』」

「『ふははははははははっ! はぁ――――――っはっはっはっはっはっは!』」

 やたらとハイテンションな謙吾だ。こんな笑い方、台本になかったが。

「『誰が知ろう! 我こそは白夜の剣士、勇気凛々、百戦錬磨、とある通りすがりの愛の先導者、その名も、リトルバスターズレンジャー、宮沢謙吾!』」

 セリフ長ぇよ! あとお前のセリフほとんどアドリブだろ!

「『とうっ!』」

 謙吾は木の上から着地し、剣を抜く。

 その姿はどう見てもつぶらな瞳が愛らしいうさぎちゃんだ。

「『ここで遭ったが運の尽きだぞ! ブサイク王、ブサイキスト、クマッチャビン!』」

「『うるせぇよこの野郎!』」

 幼稚園児の前で、汚い言葉を連呼するのはいかがなものか。あとで先生方の前でこいつを謝らせなければ。

「『けっ……てめぇは、どこの誰かと思えば、この前オレに挑んでかっこ悪く負けていったやつじゃねぇか』」

「『ふん』」

 その剣士は、肩に剣を乗せて、気取った。

「『過去の事実に固執するなど、見苦しいぞ。クマッチャビン』」

 あんまり難しい言葉を使うなと言いたい。これは幼稚園児が見ているんだぞ。

 あとおまえ、台本から脱却しすぎだ。やる気あんのか。

「『もう終わったことは掘り返すなと、先生に教わらなかったのかな?』」

「『ちっ……ぐるるるるるる……』」

 なんだか素で謙吾の野郎に腹が立ってきた。こんちきしょう……かっこいいセリフ目白押しで、ガキどもの人気をかっさらおうってか!

 こんな不気味でうざってぇうさぎ野郎に、負けたくねぇ!

「『……で、どうすんだ? あ? てめぇはまたこのオレを倒しに来たのか? 知ってるぜぇ……もうおまえと、あのたぬきちの他には、この森に住人は住んでないってことをな』」

「『ふん。それがどうしたという。ここでおまえを倒してしまえば、この森の繁栄は戻ってくる!  ゆくぞっ! 走れ! 我が天叢雲剣!』」

 なんでおまえが古代神話の剣を持っている。いいかげん台本しゃべれ。

 謙吾は(あまの)(むら)(くもの)(つるぎ)を構えて、走り寄ってくる。

 あいつの人形捌きは、馬鹿だが、なかなかやりやがる。本当にうさぎの剣士がいて、型をよく知っていて、的確に急所に剣を振るってくるかのようだ。オレも日頃のあいつとの喧嘩を思い出して、ファイティングポーズを取った。

「『うらぁ!』」

「『でりゃぁぁぁ――――っ!』」

 少しの間戦ったころだろう。舞台の端から、たぬきちやりんたろうたちが駆けつけてくる。

「『あっ、あれは!』」

 たぬきちは戦闘の場に走り寄ってくる。

「『謙吾くん! いったいなにしてるのぉー!』」

「『あ、小毬! ……じゃなかった、たぬきち! おまえこそどうしたんだ! ……くっ、こっちに来るな! 来てはならん!』」

 油断したところを、オレの拳が捉える。

「『うらぁ――!』」

「『うわぁっ!?』」

 やっべー……。

 台本ガチ無視だよ。どうすんだよ、これ……。

「『謙吾くん!?』」

「『くっ……馬鹿もの。はやくここから去れと、言ったじゃないか……。ここは、もうくまくま山賊団の巣と化しているんだぞ……』」

「『でも〜っ』」

「『ふん……。せっかく、おまえたちを逃がすために、ここで一人で懸命に戦ったというのになぁ……その苦労が、おまえがこうしてのこのこと来てしまっては、水の泡だ』」

「『えっ……?』」

 じゃーんっ、という、赤い荒野を思わせる、すこし悲しげなギターの音楽が流れてくる。

 謙吾の独り語りが始まる。

「『友のためを思えば……おれは、一人で勝ち目のない戦いもするのだ。すべてはこの森のみんなのため……。おれは、みんながこの森を出ていってくれるまで、ずっと待っていた……』」

「『そんなっ、謙吾くん……。じゃあ、きみは、どうするつもりだったの?』」

「『決まっている……』」

 いよいよ謙吾のかっこよさが際だつ場面だ。

「『おれは、悔しいのだ。おれは、たとえみんなが逃げたとしても、みんないなくなったとしても、一人で戦うつもりでいた。知っているか? うさぎ族の者は、みんな勇敢なのだ。かわいい顔をしているが、牙だって鋭いのを持っているし、殴れば結構相手を痛がらせられるのだ。おれは、うさぎ族の者として、最後まで勇敢に戦ってみせるつもりだ!』」

「『そんなぁ……謙吾くん〜……』」

「『だから、逃げたまえ。たぬきちよ。……むっ、そちらにも誰かいるな。これはこれは、新しい花の森の住人かな。初めまして、これからよろしく、と言いたいところだが、残念だ。はやく逃げなさい。もうすぐここは男の戦場と化すのです。そこの麗しいお嬢さんを連れて、逃げるのです。どこか遠い異国へ……』」

 いよいよ謙吾の独り語りは情緒を帯びる。難しいけれども勇敢な謙吾の言葉に、男の子は惚れ惚れとし、女の子も悲しくなって涙を流す。……音楽の効果も絶大だ。

 けれどここで、謙吾の思惑通りにいかない何かが起こるのだ。

 これが、作品全体のテーマであり、オレたちのきっと伝えたいことだった。

「『ううん……。それは、できないよ。謙吾くん』」

「『たぬきちよ……』」

「『だってぼくも、ほんとうは、きみのために残っていたんだから……』」

 ええーっ。なにぃーっ。

 子どもたちがざわめいた。

「『えへへ……なんだかんだ言ったけどね、結局、ぼくも、みんなのことが好きなんだ』」

「『……』」

「『だから……みんなが逃げるまで、ぼくもここから逃げないんだ。やっぱり、どれだけ考えても、できないの。けれどそれ以上に、ぼくは、きみと同じでここの場所が好きなのです……』」

 子どもたちは息を飲んでいる。

 おそらくここが作品の見せ場の一つだ。

オレは黙って聞いている。

「……どうやら、たぬきちは、ただ怖がっていたのとは、違ったようです。かれは、謙吾くんに負けないくらいに勇敢でした。みんなのためを思って残り続ける……。自らの住む森を大切にする。その心が、謙吾くんの心にも響いたのです」

 謙吾はいう。

「『わかった……。それなら、いい方法がある!』」

「『なに?』」

「『戦おう!』」

 おぉーっ! 

 場が盛り上がってきた。

 どん、どん、どん、とBGMに太鼓の音が織り込まれてくる。

 照明の度合いがマックスになり、おまけにストロボまでついて、明確な戦闘シーンになる。

 オレはいった。

「『茶番はもういいぜ……。オレは、今、カンカンに怒っている。わかるか? なんでか』」

「『……クマッチャビンよ。おまえの怒りもわかろう』」

「『るせぇっ! 黙れ!』」

 オレは殴りかかるのだ。

「『オレの気持ちなど、てめぇらみてぇな雑魚にわかってたまるかぁ――っ!』」

「『謙吾くん!?』」

 くまきちの悲鳴。

 しかし、オレの拳は、この段階では、何者かに受け止められるのだ。

 なんとそれは、エイリアンこと、ジェーンであった。

「『あっ、ジェーン!』」

「『黙って聞いていたら……なんだか泣ける話じゃないですかぁ……』」

 最近のエイリアンはちょっと丁寧語をしゃべる。こっちが涙したくなるほどだ。

「『あたしっ、感動しました!』」

 感動して放つのはレーザーという最新性だ。

「『食らいなさいっ! 私のアルキメデス・レーザー・ビーム!』」

 ここでいよいよ理樹のテンションもハイになってくる。

「『うぎゃおぉぉぉ!』」

 オレは緋色の光線に焼かれてしまう。

 しかしそうたいしたダメージにはなっていない。

 それもそうだろう。このオレがエイリアン・ジェーンとかいう謎の年齢不詳女にやられてしまったら物語は破綻してしまう。

「『すっ、すごいよ! え、えーっと……ジェシーさん!』」

「『じつはわたし、ジェーンっていうんです』」

「『あっ、ごめん理樹君。ジェーン!』」

 もう劇もなにもあったものではない。

「『おうおうおうおう! このおれさま、りすのりんたろうを差し置いといて、勝手に盛り上がってくれちゃってるとは、どういう料簡じゃこのやろー!』」

「『はっはっは! あなたももしや、私たちと一緒に戦ってくれるのですかな? よろしいっ! 一緒にこの森に平和を取り戻しましょう! リトルバスタァァァ――ズ!』」

「『ゴウ!』」

「『ゴー、ゴー!』」

 いよいよ舞台が熱気を帯びてくる。

 一対四という構成。

 もともと「くまくま山賊団」という建前だが、オレの部下は背景に申し訳程度にすりこまされてある程度なので、戦える人員はすなわちオレだけなわけだ。

 しかし、台本によると、しばらくオレは互角に戦っていなければならない、とある。

 すなわち、速攻でやられてしまうことは、来ヶ谷先生の望むところではない、ということになる。

「『オラオラァ! 雑魚がそろってオレ様に挑戦かぁ!? よえぇ! よえぇやつが群がってるとイラつくんだよ! くたばりやがれ!』」

 オレは、よく、この演技で、昔の、小学生のころのオレを思い出していた。

 オレの過去とこのクマッチャビンとが、重なったからだ。

「『わたしは正面に回ろう! りんたろうどのは、背後へ!』」

「『あむろ、いきまーす!』」

 エイリアンの名前がいつの間にかあむろになっている。やたらとレーザー光線を打ってくる。うざっ。

「『うらうらうらうらうら!』」

 殴りまくる。

 西園の爽やかな風のようなナレーションが入る。

「さて、敵味方入り乱れる混戦となりました。森の主、クマッチャビンですが、勇名を馳せた剣豪、宮沢謙吾と、りんたろうくんの両名、それと謎のエイリアン、アムロ(?)の三人の強者による攻勢には、やはりそう長くは耐えられないのでした」

 いよいよオレは怪我に耐えきれなくなり、倒れ伏す。

 まるで、寄ってたかって、いじめみてぇだ。

 悲壮な曲が流れる。

「『うがぁ! ……くっ、くっそぉー……まさか、このオレが、敗れるとはぁ……がくっ』」

「『さきざき犯していた、罪の報いが今やってきたのだ!』」

「『観念しろ、馬鹿筋肉野郎』」

 オレは倒れたまま、りんたろうたちを見上げる。

 不幸だな、オレ。

 やられ役って、いっつも不幸なんだ。不幸なやつなんだ。

 それがすこしだけ心地良い……。

「『クマッチャビン……』」

 たぬきちがこちらを見つめる。

「『へっ……なんだよ』」

「たぬきのたぬきちは、ここで奇妙な問いかけを投げるのです」

「『きみは……どうして……こんなことをしたの?』」

 会場は静まり返った。

 オレは息も絶え絶え、言う。

「『へっ……決まってんだろ。オレの強さを照明するためだ。オレは、誰よりも強い。それを頭の悪いおまえらに教えてやるために、山賊団を使って、荒らしまくったのさ』」

「『なんじゃと、こらー!』」

「『おまえは今強いと言ったが、わたしたちにやられているではないか』」

「『……』」

 それぞれから、非難をもらう。

 けれどオレは、怒って反論する体力すらないのだ……。

「『けっ……好き勝手、言やぁいい。オレ様は……ここを、抜けるぜ』」

「『どこに行くの?』」

「『……ここじゃねぇどこかさ』」

「『そうやって、きみは、また新しい場所でも、そこのみんなをいじめて回るの?』」

「『……』」

 オレは黙る。

 たぬきのたぬきちは、とことこと、――殴られるかもしれないという危険があるのに、――謙吾たちの前に出て、オレと相向かう。

「『ねぇ、クマッチャビン』」

「『んだよ』」

「『きみは……一人で行くのかい?』」

「『そうだよ』」

 オレは答えた。

「『オレみてぇな乱暴者と、一緒に行きてぇやつなんて、いねぇだろ。……だから、一人さ』」

「『いつか、安心して暮らせる場所が見つかるまで?』」

「『その通りさ。ぐっはははははは。……よく、わかったな』」

 オレは、傷を押さえながら、のっし、のっし、と緩慢な足取りで、舞台を去っていく。

「『それじゃあよ……』」

「『待って!』」

 とことこと、たぬきちが駆け寄ってくる。

 ぽんぽことお腹を鳴らしながら。

「『待つんだ、クマッチャビン!』」

「『なんだ? オレを止めるな』」

「『ぼくら……、友だちになろう!』」

 えぇぇ――っ!

 りんたろうや謙吾、ジェーンすなわちアムロは驚きの声を上げるが、観衆の子どもたちはいたって静かなものだった。

 聞き入っているのだ。

「『なんでだ? オレは、乱暴者だぞ?』」

「『そうだよ、乱暴者だよ。でも、きみは、本当は乱暴者になんかなりたくなくて、ただ友だちの作り方がわからなかっただけじゃないのかな?』」

「『な、なんだって!』」

 たぬきのたぬきちは、ぽんぽこと踊っている。

「『友だちになりたいからといって、強い力で相手を抑えつけても、それは本当の友情じゃない。きみは、そんなことをして、つらかったんじゃないかな?』」

「『……』」

 オレは、がっくりと、頭を下げる。

 気持ちを言い当てられてしまったからだ。

「『……そうだ』」

「なんと、クマッチャビンは認めるのでした」

「『すげぇ、つらかった……』」

 ここからオレの独り語りが始まる。

 それを受け止めてくれるのは、小毬が演じる、たぬきちだった。

「『まず……さ、みんなと友だちになろうとしたら、オレのこと、みんな馬鹿だって言って、笑った。それからはどうしようもなかった。ただ木を思いっきり叩いたら、みんなびっくりして、オレのことを笑わなくなった。ああ、こうすればいいんだ、って思った。そうすれば、みんなオレのことをもう馬鹿にしないから……。でもたくさん人の家とかを荒らすのは大変だし、強さを維持するのはもっと大変だ』」

「『疲れ果てているでしょう、クマッチャビン?』」

「『ああ……。そうだな……』」

悲壮な曲はいよいよ悲しみを帯びてくる。

「『……たぬきちよ、聞いてくれねぇか……』」

 オレは、元々あるセリフの上に多少のアドリブを付け加えた。

「『オレは……森の中で、一番おまえが好きだった。とても優しいやつだったな……おまえは弱いが、ただの弱いやつじゃなかった。オレの記憶が正しければ、一番オレと長い時間付き合ってくれたのは、おまえだった。オレは……だんだんおまえと一緒にいるのが楽しくなった。でも、な……』」

 オレはつづけた。

「『どうやっておまえと友だちになればいいのか、わからなかったんだ……。どうやったら、変に思われず、対等な友だちとして、おまえと付き合えるのか、ぜんぜんわからなかったんだ……。でも、おまえのことは大好きだ。ずっとずっと好きだった。でもそれをどう伝えればいいのかわからなくて、つい、好きじゃねぇってふうに振る舞っちまった……許しておくれ。口下手で、ひねくれ者なんだ。ああ、たぬきちよ、……さよならさ……』」

 オレは背を向けて、なおも去ろうとする。

 たぬきちは仲間と相談して、なおもオレを引き止める。

「『待って、クマッチャビン!』」

「『いい。いい。オレに同情するな。嬉しくなんかねぇ……』」

「『そんなこと言ってはいけないよ!』」

 ぴょん、ぴょん、と跳びはねて、オレの前に回ってくる。

 りすのりんたろうと、エイリアンのジェーンと、うさぎの謙吾も一緒だった。

「『それは嘘です。きみは森のみんなとただ友だちになりたかったんでしょう。だったら、ここから去らなくってもいいんだよ。ほら、こっちの謙吾くんも、りんたろうくんも、ジェーンちゃんも、みんな許してやってもいい、と言ってるよ』」

「『……オレは、悪者だ。悪事を働いたのだ。そんなオレ様が、どうしてまたおまえたちと仲良くできるんだ? くだらん見せかけはいい。おまえらが望むとおり、すぐにここから出ていくから、そこの道をどけてくれ』」

 りんたろうも、謙吾も、ジェーンもそこはどかなかった。

 ただ誰もなにも喋らず、オレを見つめていた。

「『クマッチャビンくん。きみの名前は、本当はなんというの?』」

「『くまたろう……』」

「『そうか。くまたろう!』」

 たぬきちは喜んで跳び上がった。

「『いつの間にそんな名前になっちゃったんだろう! そういえばぼくは聞いたことがあるよ。昔、この森にくまの体が大きいくまたろうというやつが来たって。でも、みんなはその子のことが怖くて、ためしにからかってみたら、喧嘩になって、そのくまたろうは悲しそうに去っていって、どこか遠い森の奥へ入って行ってしまったって。そうか。きみがあのくまたろうだったんだね!』」

「『昔の話さぁ……』」

 オレは、なおも首を横に振った。

「『今すぐ出ていこう。それがおまえらの望みだろ』」

「『そうではないよ! くまたろう!』」

「『そうかな』」

 オレは嘆息をついた。

「『いいですか? くまたろうくん』」

 小毬は、オレに向かって真剣な言葉を述べる。

「『ぼくは、嬉しかったのです。くまたろうに大好きだって言ってもらえて。ずっときみからその言葉を聞きたいと思っていたの。きみのことを馬鹿になんて、誰がするでしょう? きみは、とっても純粋なやつだ、くまたろう。ぼくも、きみのことがとっても大好きだ』」

「『……』」

 オレは、頭を下げるのだ。

 なにも言えないのだ。

 罪を犯した者に対して、こうまで温かみのある言葉を吐けるやつが他にいるだろうか。

 嘘偽りなく、または衒いもなく、こうまで相手の心情に与した言葉を吐けるやつが他にいるのか。

 くまたろうは涙を流すのだ。

「『うっ……。すまん……たぬきち……』」

「『泣かないで。くまたろう。泣かなくってもいいのです。笑おう。くまたろう。さぁ、笑って、気分が落ち着いたら、この子たちに謝ろう』」

「『……ああ……っ』」

 オレは、涙を拭いて、元気が出てきたと言う代わりに、ぴょんぴょん跳びはねてみせると、りんたろうや謙吾たちに向き直って、頭を下げた。

 かれらは口々にこういった。

「『なかなか面白い戦だったぞ! くまたろうよ!』」

「『おれさまの西乃・村正を破れたのはおまえが初めてだったぞ。すごい馬鹿力だな』」

「『まぁ〜♪ くまたろうさんも、いつか私のおうちにいらしてねぇ〜♪』」

 こうしてくまたろうは、みんなに受け入れられる。

 台本においては、こんなに感動的ではなかったはずだが。

 これが演劇というものか。

「『すまねぇ』」

 オレは、自ら申し出た。

「『荒らした分の森は、オレの力できちんと直すことにしよう。森の出ていったみんなには、至急手紙を書いてくれ。オレの家の中にある木の実をすべて返すことにしよう。……食ってなかったんだ。一人じゃ全然食い切れねぇから』」

 わっはっはっは! なかなか粋のいいやつ!

 と、こうして、謙吾の気持ちのいい笑みによって、舞台は締められるのだ。

 しかし最後に、オレは、たぬきちに向かって言っておきたかったのだ。

「ありがとな……たぬきち」

 舞台の下の、小毬は、かわいく微笑むのであった。

「……どういたしまして」

 しかしその笑顔の奥に、ちょっとした親密な情を思い浮かべざるを得なかったのは、オレの錯覚というべきだろうか。

 

 人形劇の結果は、予想以上の成功だったと言っていいだろう。

 幼稚園の園児たちの中には、感情移入して泣き出してしまう者が続出。中でもくまたろうに惚れ込んだやつが多くて、くまたろうは男女問わず大人気の的となった。

 幼稚園の先生たちからは、話の寓話的意味を、教育の参考にさせてもらいます、と大絶賛。脚本を書いた来ヶ谷に、園長先生から直々の賞賛の言葉があった。

 その後の懇親会では、小毬が一番の人気だった。たぬきちの声を担当していたと、声の様子で一発でわかると、子どもたちは小毬の近くに群がり集まった。オレのほうは、体が大きかったからか、あまり近寄られなかった。ただ「おれはくまたろうが一番好きだった」と感想を改まって寄せられることがものすごく多かった。オレはなんだか照れた。

 幼稚園生の数は、オレたち十人という数に比してものすごく多い。加えて高校生という、自分たちよりはるかに大人な連中が、珍しくも自分たちの城にお客さんとして遊びに来ているわけだから、園児たちの顔は楽しそうなことこの上なかった。オレたちはそれぞれ一人ずつ分かれて、子どもたちの相手をした。みんなと様々な遊具を使って遊んだ。父母さんたちとも色々な話をした。非常に多くの人からお褒めの言葉をいただけて、オレは照れくさくなるところを通り越して、純粋に嬉しいばかりであった。

 秋の末の人形劇企画は、この上ないほど良い形で終結した。

 とてもいい思い出になった。

 あれから数日。

 また微妙な距離感となりつつあったオレと小毬だったが、オレは、ついに、意を決して、小毬にメールを送ることにした。

「『今日の放課後、屋上に来てくれよ。話したいことがある』」――。

 好きだという気持ち。

 それは、自分の中にいる不完全な自分が、欠けているところを、そのまま相手の精神に求めることと似ている。

 オレは相手の姿に理想的なものを求める。

 それは自然に惹き付けられる。

 すなわち、乱暴者のくまさんを、優しく包んでくれる、影のところに咲く、可愛い花として――。

「あのよ、小毬――」

 オレは小毬に向かって、赤い夕焼けがしんみりと光る中、自らの気持ちを話し出すのだった――。

 

 fin.

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