麗らかな五月の日和、鈴ちゃんはとある手紙を見つけます。

「ん、なんだ、これ」

 この前新入りとなった、白猫レノンの尻尾に、紙が巻き付けられています。

 外してみます。

「ん〜」

 そのとき、後ろから男の子の声がします。

「お〜い、鈴!」

「あ、理樹」

 鈴ちゃんは振り返ります。

 そして、ちょっとだけぼけっとなって、慌てて猫たちを追い払います。

「逃げろ!」

「逃げないでよ!? 鈴まで!」

 理樹くんが悲しそうな顔をしながら、こちらに駆け寄ってきます。

「なんだ。あたしは忙しいんだ。用ならあとにしてもらえるか」

「今思いっきり猫と遊んでたよね……見えてたよ」

 嘘を言っても信じてもらえなさそうな様子に、鈴ちゃんは困りました。

 顔が赤くなります。

「ところで、これ見てくれ」

「えっ、なに? これ」

 鈴ちゃんは先ほどの紙を差し出します。

 自分で見てもよくわからなかったのです。

「『この世界には秘密がある』?」

「まだあるぞ」

「えーっと……『それを解き明かしたければ、すべての課題をクリアせよ』……」

「どうだ」

 理樹くんは困った顔をします。

「う〜ん……」

「何かわかったか?」

「これだけじゃ、よくわからないけど……」

 理樹くんは、鈴ちゃんにとって、あまり面白くないことを言います。

「いたずらか、なんかじゃないかなぁ」

「なんだと」

「この世界の秘密って……人を馬鹿にしてるよ。ビッグバンか、なんかってことかな?」

「ビッグパン?」

 鈴ちゃんは頭の中で、とっても大きいパンの姿を想像しました。

「ビッグバンだよ……」

「おい待ってくれ。世界の始まりが、そんなに大きいパンだったら、それは、学会の通説を覆すほどの発見じゃないのか?」

「だから、ビッグバンだって!」

「ビッグバンというパンのことを言っているのか?」

「……もういいよ」

 理樹くんが閉口しているところ、鈴ちゃんは真面目ぶって腕を組みます。

 巨大なパンから、世界が生成した……それは、えらいことです。

 とってもえらいことです。

 この手紙を寄こしてきた人物が、そのパンのことを知っているとしたら……自分はそれを解明しなければならないと思いました。

 それは、一種の、知的好奇心だったのです。にゃー。

「なるほどな……そういうことだったのか」

「どういうことなわけ?」

「いや、第一の課題というのは、きっとこの文書の解読だったんだ。あたしは理樹のおかげで解読に成功した。ありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

 理樹くんは、内心、解読もなにもなかったんじゃないかなぁ……と思いました。

 しかし鈴ちゃんはどこ吹く風、早速この世界が生成した原因を探ります。

 この世界の原初が、巨大なパンだったとしたら……そのパンは、今どこに行ってしまったのか? 

 食べられることは叶わないのか?

 はっ、もしかしたら。

 飛び散ってしまった?

 ドラゴンボールのごとく?

 はっ……。

「理樹、ところで、おまえあたしに何の用だったんだ?」

「……もうどうでもいいけど、鈴、日直の黒板消し、やってないって」

「ばかもーん!」

「えー!?」

 鈴ちゃんはいきなり理樹くんの頭を拳骨で叩きました。

「そんな暇あるか! 今、世界は滅亡の危機なんだぞ!」

「えっ、そうだったの!?」

「ああ。やばい。めちゃくちゃやばい。……くちゃくちゃやばいくらいだ……あたしは、やばいから、早急に仲間を集めることにした」

「仲間、って?」

 理樹が辟易した顔で、聞き返します。

 鈴ちゃんは胸を張りました。

「決まっている! 敵と戦う仲間だ!」

「えー……」

「この世界の秘密……それを解き明かすためには、仲間が必要だ。あと敵! あと、レーダーと、亀と猫くらいか。亀はいないから、猫だけでいいだろう。それと最後には可愛いヒロインも必要だな」

「……」

 理樹は、顔を覆いました。

 また始まってしまった……そういう意図を表すためのものでした。理樹は逃げようと思いました。

「とりあえず待て」

「ひっ」

 ところが、鈴ちゃんに肩を掴まれます。

「理樹……おまえ、最初のあたしの仲間になる気はないか?」

 きらきらした瞳で尋ねられます。

 まるで少年のようでした。

 理樹くんは適当な理由を言って逃げ出そうと思いました。

「ぼ、僕には、勉強があるから……」

「勉強?」

「ほ、ほら、鈴だってあるでしょ? 鈴は頭いいけど、僕はそこまで頭良くないから……」

「おまえ、将来は学者さんになりたいのか?」

「……」

 理樹くんは冷や汗を流します。

 強張った笑みを作って、こくこくとうなずきます。

「そ、そんなところかな」

「それじゃしょうがないな」

「ごめんね、鈴」

 そろ、そろ、と理樹くんは後ずさりします。

「協力が必要になったら言って。やっぱり、さ、このお話の主役は鈴だと思うから。常時近くにいる仲間なんて作っちゃいけないよ」

「ふむ。それも一理あるな」

 鈴ちゃんは、理樹くんの言うことに感心しました。

 この世界の秘密を解き明かしたときの、名誉の分け前のことなどと、猫の小さい頭で気づこうとしたのです。

 それはとても狡猾ながらも、理樹から見たらとてもちっぽけなものでした。

「よし。じゃあ、あたしがどんどん仲間を作って利用していけばいいんだな」

「響きはよくないけど……実質は、そうなのかな」

「いやあ、理樹の言うことはほんとーに役に立つな」

「そうかな……」

 理樹は微苦笑を浮かべ、「じゃ、じゃあ」と手を上げてさよならすると、ぴゅーっ、と逃げ去ってしまいます。

 鈴ちゃんは新しい課題がやって来るまで、ここで待っていようと思いましたが、次の授業のチャイムが鳴ったので、慌てて教室に戻っていきました。

 クラスメートの女の子には、怒られました。

 

 次の日、お馬鹿さんたちの喧噪を逃れて、昨日の場所に来てみると、案の定、レノンの白いしっぽに新しい紙が巻き付けられていました。

 鈴ちゃんはそれを開き、かっ! と目を剥きます。

「『校内のイモムシ問題を解決せよ』……」

 さて、早速意味がわかりません。

 校内、と、イモムシ、と、パンの密接点などを探ります。ですがそんなものがあるはずもありません。

 鈴ちゃんは早速行動しました。

 手下の猫たちを引き連れて、校内を闊歩します。

「おまえたち、イモムシの気配を探るんだ」

 鈴ちゃんは、そのイモムシが、世界の滅亡に関係している怪物だと解釈します。猫たちの(鼻?)を使ってそれを探し出そうと言うのです。

「準備はいいか?」

 猫たちは目をこすったり、寝っ転がったりしています。

「役に立たんな、こいつらは……」

 あなたもでしょう。

「もっと、あたしに協力してくれそうなやつがいいな。すくなくとも、あたしの言葉がわかる……」

 そして、鈴ちゃんは、はっとします。

「そうか」

 少なくとも、自分の言葉がわかる、猫よりちょっと価値が上な、そういう存在を見いだしたのです。

 教室に行きました。

「来い。おまえら」

「あぁ?」

 真人くんと謙吾くんでした。

「いきなりどうした?」

「ちょっと用事がある」

「用事ならここで言えばいいだろ」

「用事は別のところにあるんだ。ついてこい」

「んだよ、面倒くせぇなぁ……」

「どうせ貴様は暇なんだからいいだろう。おれは剣道の練習が……」

「部活の時間まだ先だろ」

「ふん」

 謙吾くんは、面白くなさそうにすましていました。

「よくわかったな」

「誰でもわかる」

「仕方ない。友人の頼みだ。その用事とやら、聞いてやろう」

「オレも行くのかよ?」

「とーぜんだ。おまえの筋肉、こういうところでしか役に立たないんだから、ちょっとぐらいは使え」

「さり気なく存在価値否定!?」

 鈴ちゃんはお馬鹿さん二人を引き連れて、校庭に向かいます。

「さっさと行くぞ」

 

 鈴ちゃんは歩きがてら、二人に事情を説明します。

「ふむ」

 謙吾くんは、どこかで聞いたことのあるような顔つきをしました。

「なるほどな……。その問題のことなら、おれも聞き及んでいる」

「ほんとーか?」

「すげぇな、謙吾っち」

「貴様の脳みそとは出来が違うんだ」

「それくれぇで脳みそうんぬん言われたかねぇよ!?」

 謙吾くんは、二人を校門前の葉桜のところまで案内しました。

「ここの葉桜の上に、イモムシが大量に住み着いているという噂だ」

「噂っつーか……」

「きしょいくらい居るな……」

 鈴ちゃんと真人くんは、こんもりと葉っぱが生い茂った梢を見上げて、嘆息しました。

「本気でどうにかするなら、用務員さんに話したほうがいいだろう。なにか策や道具を授けてくれるはずだ」

「おお、それはいいな」

 鈴ちゃんは謙吾くんの判断に感心しました。

 戦いに必要なのは知惠と勇気、それを、昔読んだバトル漫画で、学んだことのある鈴ちゃんでした。

 校門の近くの、用務員さんの部屋に行くと、用務員さんはすぐ理由(わけ)を察してくれました。

 これもやはり、自分を中心に物語が始まりつつある前兆だと、鈴ちゃんは解釈しました。

 よくない傾向でした。

「昼休みには女の子に人気のスポットだったんだけどねぇ……」

 用務員さんはもう一度鈴たちをさっきの葉桜の下まで案内し、溜息をつきました。

「今じゃもう誰も寄りつかないよ」

「こんなの落ちてきたら、オレの筋肉だって嫌がるぜ」

「イモムシと一緒に食事をする趣味は、確かにないな」

 真人くんと謙吾くんもそれぞれ同意します。

 それから謙吾くんが、話したくないことを話すように、視線を強くして、用務員さんに言いました。

「だが問題とは、それだけではあるまい?」

「うん。とある一部の生徒から、はやく駆除してくれ、と苦情が来ていて……」

「なにー」

 鈴ちゃんは驚いてみせます。ですが、話の流れを汲んでそう言っただけで、どうしてそれが驚くべきことなのか、わかりませんでした。

 イモムシは怪獣だと思っていたからです。やっつけるべき敵です。

「ひでぇな」

「これだけのイモムシを駆除するとなると、私だけの力じゃ難しいんだよ……」

「それに殺虫剤では、この場所が再び人気スポットとしての魅力を取り戻すことは、叶うまい? まったく適当な連中だ……」

「鈴、どうすんだよ」

 真人くんから、リーダーとしての鈴ちゃんに指示の要請が出されます。鈴ちゃんはちょっと困りました。

 今こそ知惠と勇気を発揮するとき……そう、わかっていながらも、イモムシを殺しちゃうのはだめで、全員、というより全部、この葉桜の上から取り除かなければならないと、条件が二つもあるのでは、なかなか難しく、良い解決案が浮かばなかったのです。

 鈴ちゃんは苦し紛れに言いました。

「全部、捕まえよう……」

「はぁ? おい、おまえ、ここから見える分だけで、いってぇ何匹いやがると思ってんだよ」

「だまれ馬鹿。これは謙吾との勝負だ」

「は?」

 真人くんが目を丸くします。

 ここからが、鈴ちゃんの知惠の使いどころでした。

「謙吾はやる気まんまんでいるぞ」

 ぽんぽん、と謙吾くんの肩を叩きます。謙吾くんは嫌そうな顔をしていました。

「おまえより捕獲したイモムシの数が少なかったら、全校集会の校長先生の長い話を乗っ取って、ふんどし一丁で裸踊りをしてやるとまで言っている」

「そこまで言ってないぞ!?」

「ほほぅ……面白ぇじゃねぇか。謙吾、おまえに、おまえを好きでいる女子の前で変態の烙印を押させてやるぜ。よっ、と。いっくぜぇ――――――っ!」

 真人くんはそう言うと、ちょっと葉桜の間から距離を取り、クラウチングスタートのポーズを取って、幹のど真ん中にショルダータックルを決めました。

 わさわさ、と葉桜が大きく揺れ、雨あられ、とイモムシが次から次へと降ってきます。

 鈴ちゃんの髪にもかかり、鈴ちゃんは失神しそうになりました。

「なにするんじゃぼけぇぇ――――っ!」

「うぉぉぉ――――――!?」

 謙吾くんもイモムシだらけとなり、元々白だった髪の毛が、よりいっそう白くなりました。

「うっ、す、すみません! 次からはちゃんと気をつけます!?」

「次なんてあるかっ、ぼけ! しねっ!」

「って、そんなことより、はやく捕まえねぇと! 謙吾の! 裸踊りが!」

「させるかぁ――――――っ!」

 元々やる気のなかった謙吾くんも、死に物狂いで、イモムシの捕獲に奔走したのでした。

 鈴ちゃんは用務員さんから軍手と虫取り網を借りて、ちょびちょびと、マイペースにイモムシを捕獲していったのでした。後ろから。

 

 ミッションクリアー!

 

 

 

 

 時間を置かず、次のミッションがレノンの尻尾にやって来ました。

 鈴ちゃんは紙を開きます。

「『男子寮共用部分の衛生問題を解決せよ』……」

 鈴ちゃんは頭をひねりました。

 言葉の意味が難しくって、よくわかりません。

 具体的になにをすればいいのか、いまいちぴんとこないのです。

 ここは、自分よりちょっと頭のいい、新しくできたお友達に相談しに行こうと思いました。

「というわけで、教えてくれ。こまりちゃん、くど」

 日頃から仲の良い、ほんわか二人組のところに、鈴ちゃんは駆けていきます。

 こまりちゃんとクドちゃんは、教室で机をくっつけて、折紙をしていました。

「わふ〜……これはいったいどういうことでしょうか〜?」

「鈴ちゃんも折る? 折紙」

「むっ」

 折紙という子どもっぽい遊戯に、鈴ちゃんはちょっと恥ずかしくなりましたが、

「しかたない」

 ほとばしる子どもの欲求に勝てず、しらじらと、面倒くさそうに折紙に手をつけるのでした。

「折りながら考えよ〜」

「おー、ですっ」

「おー」

 妙に二人と意気投合します。

 鈴ちゃんは、妙ちくりんな形の紙ヒコーキを折りました。

「汚いな」

「はっ……」

 鈴ちゃんの自分への評価に、こまりちゃんは、はっとします。

「どうした、こまりちゃん?」

「もしかして〜」

 半ば存在が忘れられていた、第二の課題の紙に、こまりちゃんの手が伸びます。

「この『衛生問題』って、きっと、汚いってことなんじゃないかな〜」

「きっと、そうに違いありません!」

 こっちのわんこは妙にぐちゃっ、とした犬(ペンギン?)のようなものを折っていました。

あまり人の話を聞いていないようでした。

「男子寮の共用部分が、汚いって、たぶんお風呂とか、洗面台のことを言ってるんじゃないのかな」

「……こまりちゃん」

 鈴ちゃんは、心の友を持った思いでした。

「こまりちゃんは天才だ」

「えっ、そうかな……え、えへへ。なんだか照れるね〜」

「これでもうきっと大丈夫だ!」

 鈴ちゃんは立ち上がろうとします。

 そこを、クドちゃんが止めます。

「それで、私たちで男子寮の掃除をするのですか? 男子寮……め、メンズ、ホーム、クリーニング、バスルーム?」

「むっ……」

 鈴ちゃんはちょっと顔が赤くなります。

恭介お兄ちゃんたちがお風呂に入っているところを、自分たちが掃除に行くシーンが思い浮かんだのです。

「やばいな、それは」

「てりぶるです〜」

 くーちゃんは顔を赤くしています。

「う〜ん」

 こまりちゃんは口に手を当てて、さらなる妙案を繰り出します。

「私たちのお風呂って、お部屋でそれぞれ当番決めて、順番にやってるよね?」

「あたしは一人だから、時々な」

「毎日やってます!」

「……」

 鈴ちゃんはくーちゃんと目を合わせました。

 なにか……妙な、確執が生まれた瞬間でした。

「おっと、そういえばあたしも毎日やっていた」

「仲間ですっ!」

 握手を交わします。

 こまりちゃんは話を続けました。

「私たちは私たちの部屋の掃除で忙しいし、ここは、男子寮のことは、やっぱり男の子たちに任せたほうがよくないかな?」

「なるほどな」

「きっと、いい案です〜」

 鈴ちゃんは思考の続きを受け持ちました。さらに発展させます。

「だけど、きっと男どもは、まともに掃除なんかしてないぞ。だから汚くなったんだろ?」

「衛生問題が、発生しましたのです」

「そうだね〜」

「だから、ちゃんと毎日やらせなきゃいけない」

 鈴ちゃんは、教室の反対側で話している、理樹くん、真人くん、謙吾くん、恭介くんの一団を見て、睨みました。

「まったくあいつらは駄目だ」

「当番表でも作ってあげれば、きっとうまくいくかも〜」

 こまりちゃんは苦笑いしていました。

 鈴ちゃんは、それをいい案だと思いました。

「早速作るぞ」

 折紙を数枚使って、それをテープで止めます。

 裏地の、白い部分を使って、大きく表を書きます。鈴ちゃんは絵のセンスがないので、自然と線がうにょうにょ、と波っぽくなります。

「まずはじめは理樹だな」

「理樹君か〜」

「あいつは気が弱いから、頼みやすい」

「あ、あはは……」

 ちょっとした友だちの本音に、こまりちゃんは言葉を返せませんでした。

「一週間交替にしよう。次は真人。その次は謙吾。恭介、と続いていく」

「その次はどうなるのですか?」

「もう一回理樹だ」

「え〜!」

 くーちゃんが驚きます。鈴ちゃんは面白くなさそうな顔をします。

「だめか?」

「ちょ、ちょっと、それは可哀想なんじゃないでしょ〜か〜」

「可哀想か」

 それは、確かにもっともかもしれないと思い、鈴ちゃんは消しゴムでごしごしと消しました。

「う〜ん」

 しかし、そうすると、鈴ちゃんの頭にはもうこれ以上の男の子の名前が思い浮かばないことに、気づくのでした。

 どうしましょう。なかなか恥ずかしくって、友だちには言えません。

 ましてや、目の前には、男の子にも人気がありそうな、可愛い女の子。えー、鈴ちゃんって……、わふわふ〜、鈴さんって実は〜……、と、馬鹿にされてしまうかもしれない、と、鈴ちゃんは悪い想像を浮かべます。

 それは鈴ちゃんのプライドが許しませんでした。

「いやっ! やっぱりここは、あいつら四人で行く」

「大丈夫かなぁ……」

「あいつら一人だけじゃ可哀想だから、他の男子も、あいつらに手伝わせることにしよう」

「あっ」

 ここでクドちゃんが、閃いた、というように頭の電球を光らせます。

「それ、ぐっどです! ナイスアイディア、です!」

「そうだろう、そうだろう」

 鈴ちゃんは嬉しげに、うむうむと頷きます。

「あいつらに他の男たちを集めさせよう。そうすれば万事解決だ」

「よかったね〜」

「おーるくりあー、なのですー!」

 ほんわか、ふわふわ、と笑い合う二人に別れの挨拶をして、鈴ちゃんは、早速その表を見せに、男四人組の元へと、駆けていったのでした。

 

 ミッション・クリアー!

 三つ目の課題は、『学食をすくえ』でした。翌日のレノンの尻尾に、括りつけられてありました。

「今度のもよくわからんな」

 言葉がシンプルになっているだけに、範囲が広くてよく意味が掴めません。

 鈴ちゃんは、学食の危機……というものを思い浮かべたとき、連想で、すこぶる不味いと評判の、コロッケそばを思います。

 きっとあのことに違いないと思い、鈴ちゃんは学食に向かいました。

「コロッケそばを無くせば、万事解決だ」

「う〜ん」

 お昼の用意をしていた学食のおばさんが、腕を組んでうなります。

「でもねぇ……あれはちょっと人気があるのよ」

「ほんとうか?」

 鈴ちゃんは目が飛び出る思いでした。

「ええ。ほら、味の好みって、人それぞれでしょう? あの、揚げ物が、スープに濡れてぐちゃぐちゃ、ってなる感じとかが、とくに好きな人もいるのよ」

「あたしは……あれが気持ち悪くて嫌なんだけどな」

「そういう人もいるけどね」

 おばちゃんは苦笑いします。

「コロッケそばは、もうすこし様子見ね」

「うぅむ……そうか」

 鈴ちゃんはおばちゃんに別れを告げて、思い直します。

 コロッケそばじゃありません。

 他の意味での学食の危機。イモムシ怪獣でもありません。

 鈴ちゃんは手詰まりの思いでした。

 しかし、次の瞬間。

「あっ、そうか!」

 とあることを閃きます。

 鈴ちゃんは翻って、目を尖らせ、全速力で、教室に帰っていきました。

「せいばいっ!」

「いてぇ!?」

 後ろから飛び膝蹴りを食らわします。真人くんは顔面から壁に突っこんでいきました。

 鈴ちゃんは床に着地します。

「な、なんの真似だ! 鈴!」

「謙吾か……」

 謙吾くんが慌てて、さきほどまで談笑していた真人くんをかばい、竹刀を取り出します。

「おまえらを滅ぼせば、学食の、もとい、学園の危機が払われるのだっ! 安心して死ねぇ――――っ!」

「わけがわからん! 応戦するぞ!」

 びしっ、ばしっ、と、鈴ちゃんの足と謙吾くんの竹刀が空中で交差します。

 その騒音を聞いて駆けつけてきたのか、お兄ちゃんの恭介くんが窓から飛び込んできます。

「止めろ! ストップ、ストップ! 鈴!」

 恭介お兄ちゃんの声を聞いて、さすがの鈴ちゃんも、攻撃を止めます。

「なんだ、止めるな。馬鹿兄貴」

「いったいなにがあったんだ……。真人のやつ、気絶してるな」

 エビぞりになっている真人くんに駆け寄り、様子を見ます。

理由(わけ)はこうだ」

 鈴ちゃんはちょうどいい機会だと思い、真人くんたちを襲う理由を話しました。

 それは、いつも騒がしい真人くんと謙吾くんの喧嘩さえなくなれば、学食に平和が戻ってくるという、自分でも後から考えると、とっても単純で浅はかな理由でした。

「なるほどな。だが、それでも、問答無用に蹴っ飛ばすなんて、人のやることじゃねぇぜ」

「う……」

 心の中で好きなお兄ちゃんに怒られて、鈴ちゃんはしゅんとしてしまいます。

「ごめん」

「謝るならそれでいい。真人にも、起きたら謝っとけよ。それで、一度ちょいと見せてくれ。なんなんだ、その課題の紙というやつは」

「う〜ん、これ」

 鈴ちゃんはポケットをまさぐり、くしゃくしゃになったメモ用紙を差し出します。

 恭介くんはそれを訝しげな目で読みました。

「『学食をすくえ』……か。漠然としているな」

「真人たちの喧嘩が原因じゃなかったのか」

「違うな。もっと文面をよく見ろ。鈴」

「え?」

 恭介くんは、ぱん、ぱん、と紙面を手の甲で叩いて言います。

「ここに書かれてあるのは、『すくえ』という簡単な一語。ここから一番想像されうるのは、いったいなんだ?」

「はっ……」

 鈴ちゃんは、すぐに、思い当たりました。

「あたしに『ヒーローになれ』ということか……?」

「そのとおりだ」

 傍目には強引な理論とも思われても、兄妹の間では、しっかり正論として通じ合っていました。

「『すくう』というのは、端から見て、あからさまに困っている状況じゃないといけない。真人たちの喧嘩は、学食側からして、困っていたか?」

「困っていたけど、それだけじゃなくて、元気が出ていて良いな、と言っていたな……」

「そうだ。おばちゃんたちは、半分黙認していたんだ。それは困っているとは言わない」

 恭介くんは鈴ちゃんに紙を返して、勿体ぶるように言いました。

「じきにおまえの力が必要になるときが来るということだろう。それまで、英気を養っておけ。鈴」

「そうなのか……」

「ああ」

 恭介くんは、妹を元気づけるように笑います。

「そのときがあったら、おれたちも協力しよう。なんでも言ってくれ」

「わかった」

 鈴ちゃんはちょっと嬉しくなって、うなずきました。でも恥ずかしいので、照れながらでした。

 真人くんが目を覚ますころと、理樹くんが散歩から戻ってくるのは、同じくらいでした。

 

 翌朝に、鈴ちゃんが部屋ですやすやと寝ていると、突然携帯がぴーぴー、と鳴りました。

 寝ぼけ眼で名前を見ていると、なんと、恭介お兄ちゃんからでした。

「もしもし」

「おっ、鈴か。おい、大変だ。えらいことになってやがるぜ」

「えらいこと?」

 鈴ちゃんは時計を確認しながら言いました。時計は、いつも目覚ましにかけている時間より、ちょっと早い時刻を指していました。

「いいから急げ。それから学食に来い。部活の朝練を終えた連中が、みんな困ってる」

「待て。ちょっと、待て」

 鈴ちゃんは布団をはねのけ、ぼさぼさになった頭を櫛で梳かしながら、肩とほっぺたで携帯を固定して、マイクに言いました。

「まだ起きたばっかだぞ」

「だから、じきにおまえの力が必要になるときが来ると言っただろう。いつでも注意を怠るんじゃねぇ」

「うっさいわ。寝る時間くらい大目に見ろ」

 鈴ちゃんはそれから顔を洗おうと思い、マイクに口を近づけて、言いました。

「いったいなにがあったんじゃ」

「学食のおばさんが……」

 鈴ちゃんはその後の言葉を聞いて、声が止まりました。

「だれもいない」

 

 鈴ちゃんが制服に着替えてすっ飛んでいくと、学食はえらいことになっていました。

 がやがやとたくさんの人の声がしています。

「鈴、来たか!」

 その中に、恭介お兄ちゃんがいました。

「恭介! 遅くなった!」

「いい! もうこっちは理樹と謙吾、真人を呼んである! もうちょっとで来るはずだ」

「あたしらにいったい何しろっちゅーんだ。それから、なんで学食のおばさんが、みんな……」

「風邪でぶっ倒れたらしい」

 恭介くんは、鈴ちゃんでも妙だと思うほどに、確信に基づいた言い方をしました。

「風邪?」

「ああ。全員な」

「それって、珍しいことなんじゃないのか?」

「珍しいもなにも、起こっちまったんだから仕方ない。おれらだけでどうにかするぞ。いいか鈴、これはミッションだ。朝飯が抜きになって、腹を空かせてる連中に……」

 そう言いかけたところで、真人くん、理樹くん、謙吾くんが大慌てで学食に駆け込んできました。

「恭介! どうしたの!?」

「おう、理樹か! おはよう! ……と暢気に挨拶してる暇もねぇな! すぐ厨房に入れ! おれらで朝食を用意するぞ」

「いってぇ何だってんだよ?」

 真人くんが眠そうな眼差しで、目を擦りながら言います。

「学食のおばさんが全員いなくなったから、おれらで、腹を空かせてる連中に朝飯を回す。簡単なことだ」

「なに?」

 謙吾くんたちが呆然としているところ、恭介くんが振り返って、宣言します。

「行くぞおまえら! ミッション・スタートだ!」

 鈴ちゃんたちは厨房に入っていきました。

 

 それからというものの、大急ぎで朝食をトレイに載っけていきますが、いかんせん、時間と人手が足りません。

 このままではミッション失敗になってしまう――、そう、鈴ちゃんが危ぶんでいたところへ、とある女子生徒が、苦情を言いにやってきます。

「ちょっと! いつまで待たせるんですの! こっちは早く朝食を済まして、シャワーを浴びに行きたいんですけれど!?」

「げっ、ささみ!」

 鈴ちゃんは宿敵と出会いました――。

「棗鈴!」

「佐々美様、どうしましたか!?」

「また棗ですか!」

「おのれ、棗鈴、また佐々美様の邪魔を――」

 佐々美ちゃんの取り巻きたちまでも、どやどやとやってきます。みんな、部活上がりで、ジャージ姿でした。

「あたしはいつも邪魔なんてしてないぞ。そっちから絡んでくるんじゃないか」

「きぃ〜〜っ! あなた、いま、わたくしが不機嫌だってわかりませんの!? 減らず口を叩いてると、その叩いた分だけあなた寿命が縮みますわよ!?」

「知るか、ばーか」

「な、なんですってぇ!」

 佐々美ちゃんの顔が真っ赤になります。そのまま、喧嘩になりそうでした。

 佐々美ちゃんの取り巻きたちが口々に言います。

「佐々美様、この騒動も、きっと棗が絡んでいるに違いありません!」

「どうします、佐々美様。ここは私たちで棗をやっちゃいますか!?」

「女子ソフトボール部がなめられてますわ!」

 佐々美ちゃんはゆっくりと手下たちの声を聞き止め、すこし下がり、腕を振り上げて、部下たちに指示しようとしました。

「おまえたち。――」

「笹瀬川か?」

 そこで、謙吾くんの登場。

 背後から恭介くんの指示を受けて、厨房の前に姿を現わします。

「きゃうっ! み、宮沢様!?」

「すまん。迷惑をかけて。……存分に腹を空かせているだろう」

「い、いえ。そんな……」

 先ほどとは、違った意味で、顔を火照らせて、佐々美ちゃんは恥じらいます。

 そのとき、お腹が、ぐ〜〜、と鳴りました。

 誰のものだったかはわかりませんが、佐々美ちゃんの顔は、ぼんっ、と破裂するように赤くなりました。

「……す、すぐ朝飯を用意する。しかし、笹瀬川」

「は、はい!? 宮沢様」

「おれたちには時間と人手が足りてない。このままでは、『おまえ』たちの分は用意できても、他の朝練のやつらの分が、用意できないかもしれん。……部活上がりの者に恐縮なのだが、手伝って……」

「不肖この笹瀬川佐々美、お手伝いさせていただきます!」

 謙吾くんが言い終わる前に、佐々美ちゃんは嬉々と手を上げて、名乗りを上げます。

 謙吾くんがそこで、止めの一言を言いました。

「……恩に着る。しかし、このままでは『おまえ』たちの朝食も、おれたちと一緒の時間になってしまうぞ? 良いか?」

「はいっ!」

 佐々美ちゃんは、さっきまでの不機嫌顔はどこへやら、きゃぴきゃぴと恋する少女に早変わり、身をくねらせながら、厨房に入っていきます。

「『おまえ』って……宮沢様に、おまえって言われてしまいましたわ! はわわぁ……それに、あの宮沢様と、朝のお食事をご一緒できるなんて……わたくしったら、死んじゃうかも〜……」

「佐々美様、チャンスです! 頑張りましょう!」

「私たちも協力します!」

「ありがとう、あなたたち……」

 じ〜ん、と、佐々美ちゃんたちが抱き合っているところへ、鈴ちゃんの、訝しがるような眼差しが送られます。

「なんなんじゃ、あいつらは……」

「おい。これでよかったのか」

 その後ろでは、謙吾くんが辟易した顔で、恭介くんに語りかけます。

「おう。ばっちりだ。いい紳士風だったぜ」

「やれやれだ」

 謙吾くんが肩をすくめたところで、奥の厨房の真人くんたちの檄が飛びます。

 佐々美ちゃんは腕を振りかぶりました。

「さぁ! おまえたち! 我が女子ソフト部の底力を見せてやりなさい!」

「はいっ、佐々美様!」

 佐々美ちゃん、そして取り巻きの三人が厨房に入ったことにより、配膳スピードは極端に上がりました。

 予想の時刻を大きく上回り、ほどよい時間を残して、すべての朝食を配りきることができました――。

 学食が落ち着いてきたころ、謙吾くんは佐々美ちゃんたちと一緒に食事を採ります。

「ほほほ」

「……」

 謙吾くんはなんだか申し訳なさそうに、俯いていました。

 反して、佐々美ちゃんは幸せそうでした。

「ここでちょっと面白くない話がある」

 そこに恭介くんが、みんなの視線を集めるように、話し出しました。

「な、なんですの」

「学食のおばちゃんは、今日一日風邪でいなくなる。その間の業務を、誰かがやらなくちゃいけない」

「そんなのあなたたちで勝手にすればいいでしょう。……あっ、もちろん、宮沢様もご一緒なら、わたくしも喜んでお手伝いしますわ」

「……」

 謙吾くんは青い顔になって、ご飯にふりかけをかけています。

「どうするんだ、鈴。おれたちでやるか? それとも……」

「もちろんやる」

 鈴ちゃんはもぐもぐとご飯を食べながら言いました。

 これこそ学食の危機だと思ったのです。

「ご飯が運ばれないなんて、大変だ。それに学食のおばちゃんは毎日頑張ってるんだ。休ませてあげたい。風邪だってひくときぐらいある」

「鈴」

 理樹くんが嬉しそうな目で鈴ちゃんのことを見ます。

「な、棗鈴……」

「なんじゃ」

「あなたって……ほんのちょっとは、いいところありますのね」

「ふん」

 鈴ちゃんは腕を組みました。

 なれ合うつもりはありませんでした。

「ちょっとどころか、おまえと比べものにならないほどだぞ」

「な、なんですって!」

「馬鹿、喧嘩すんな。笹瀬川も手伝ってくれるって言うんだから、仲良くしとこうぜ」

「ん、んなっ! わたくしはそんなこと全然言っていませんわ!」

「ありゃ? 謙吾もくるんだぜ?」

「う、うーっ……」

 佐々美ちゃんは顔を赤くして俯いてしまいます。

 謙吾くんは困った顔をしながら言いました。

「笹瀬川。おれたちは、昼休みも学食を手伝うことにする。そのためにもあらかじめ、午前の休み時間には打ち合わせに集まるから、そのとき、もし暇だったら来てくれ」

「……は、はいっ!」

 謙吾くんはなんだか申し訳なさそうな顔でした。

 鈴ちゃんは、心の中で、だんだん話が大きくなってきていることに、ちょっと意外な思いを抱いているのでした。

 

 それからというものの。

昼食、夕食と、無事に学食のおばちゃんたちの代わりを務め切れて、鈴ちゃんたちは無事に学食の平和を守ったのでした。

 鈴ちゃんは、佐々美ちゃんとの間に、ほのかな友情を感じました。

 

 ミッションクリアー!

 

 鈴ちゃんは、「佐々美との友情」をてにいれた!

 

 

 つづく!

 

 

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