クリスマスは恋人と一緒に過ごすものだ、などと最初に言い出したのは誰だったのだろう。
 理樹はベンチにふんぞり返るように座りながら、薄暗い空を見上げて、何となくそんなことを考えた。
 別に、どーせ僕になんて恋人いないし、とヤケになっているわけではない。ただの疲労である。
 そんなお疲れな理樹の耳に、向こうから、ある妙にはしゃいだ声が響いてきた。

「ひぃーーーーやっほぉーーーっい!! ゆーきだぁーーー!! はっはぁーー!」
「うっさいぞ、あほ!」

 首に巻いたマフラーをぶんぶんと振り回しながら、一人のアホが『ほっぷ・すてっぷ・じゃーーんぷっ!!』と天に向かってセルフダンスを踊っている。
 その大声を聞いて、喧しそうに耳を押さえながら振り返った鈴だったが、やがてその兄の豹変の原因に気づくと、おおー、と口
を開けて、同じように空を見上げた。
 自分もまた、それにつられて見上げてみる。
 ほんの小さいだけの雪の束が、鼻の先に降りてきた。

「よし、鈴! 始めるぞ!!」
「おお……って、ん? 今度は何をするんだ?」
「おいおい、決まってるだろ! 雪といったらアレしかない! だろう、真人!?」

 恭介はそう言って、梯子の上に登っていた人物に視線を送る。
 二人に見つめられた真人は、『フ……』とニヒルに笑いながら、グッ、と手のひらにあった雪を自慢の筋肉で握りつぶす。
 そうして日曜日朝7時半から毎週頑張っているヒーローのごとく、無駄にかっこつけたジャンプで、梯子から『どすんっ!』と
下に飛び降りてきた。
 地面に降り立った真人は、今の行為で明らかに傷ついた芝生の上に静かに立ち上がると、指をチッチッチ、と動かして。

「へっ、あたりめーだろ? この状況でやることと言ったら、どう考えても一つしかねぇ……つまり、きん――ぶへっ!?」

 志村、後ろ――と理樹は叫びそうになった。
 だが時既に遅し。
 先ほどの超無駄なジャンプによってバランスを崩した鉄梯子は、まるでドリフのコントのように丁度ピンポイントに真人の後頭
部へと落ちてきた。
 遠心力によって飛躍的に重量を増したそれは、あの超無駄に鍛え上げられた筋肉的物体を物ともせず、芝生の上に大きな衝撃音
と共に這い蹲る。
 目の前で下敷きになって倒れている真人を、棗ブラザーズはどこか冷めた目つきで眺めて――

「――アホだな」
「お、めずらしく意見が合ったな、馬鹿兄貴」

 棗妹が、前髪についた雪をぱっぱと払いながら、そう吐き捨てる。

「きん――って、一体こいつは何を言おうとしたんだ?」
「はん、どうせ『筋肉合戦』とか、『筋肉スノーファイト』とか、その辺だろ?」
「いや……こいつのことだから、実は『金柑のど飴早食い対決』と言おうとしたのかもしれんぞ? それだったら、今手持ちがた
くさんあるから、大賛成だったのだがな」
「いや、それお前自分でやりたいだけだろ」

 横で素の表情のままそんなことを言う謙吾に対して、鈴がそう静かにツッコむ。
 ここで依然として誰も真人の身体の心配をしてくれない、ということが、余計に理樹の憐憫の情を誘った。
 心の中でゆっくりと手を合わせながら、理樹が静かにその光景を見守っていると、

「て、てめぇら……」

 頭を思いっきり打ったはずの真人が、ぐぐぐ……と起き上がる。
 それを見た3人が一様に『おおっ』と声を上げ、次の瞬間には、真人は上に乗っていたはずの鉄梯子をスパーン、と自慢の筋肉
で吹っ飛ばして立ち上がった。
 隣に勢いよく倒れていった鉄梯子。そして勢いよく舞い散る芝生の草の葉。
 理樹は……佳奈多に何か聞かれたら、自分は何も知りません、と答えようと決めた。
 立ち上がった筋肉が、身をぷるぷると震わせて叫ぶ。

「そうじゃねぇだろ!? 勝手に話進めんじゃねえ! オレは『筋肉さんがこむらがえった(冬)』って言おうとしたんだよ!」
「何だ、その『ニ○ニコ動画(冬)』みたいな冴えないネーミングは」
「まあ、こいつのことだから、それぐらいが限界なんだろう。察してやってくれ、謙吾」
「あほだな。ていうか、あんな重たいもん頭に食らったのに、血の一滴も出てないのか。あほだな。『すごい、かっこいいぞ真人
!』と言おうとしたのに、すごすぎて逆に『あほだな』としか言えなくなってしまったぐらいあほだな」
「アホアホうっせぇよ! 筋肉ナメんなよ!?」
「お前の筋肉なんか舐めるか、ぼけっ! 近寄ってくんな、きしょいわ!」

 ずがん! と首筋にハイキックが叩き込まれ、その後はぎゃーぎゃーと喧嘩しだす二人。
 その隣で楽しそうに笑う恭介と、呆れたように溜息をつく謙吾。
 ここで止めに入っていくのは本来自分の役目なのだろうが、鈴と真人の喧嘩じゃどうせ大した怪我も無いだろうと、理樹は疲れ
たままの頭で判断する。
 正直、少し休ませて欲しい。
 取り敢えず彼らに見つかるまでは、ここで静かにぼーっと眺めていようと思った。
 やがて恭介は、二人の喧嘩を止めるようにパンパン、と手を叩き。

「ほらほら、二人とも喧嘩すんな。これからやるのは、ただの雪合戦だ」
「なにぃ? まだ降ってきたばっかでそんなこと出来るわけないだろ。あほか?」
「はっ! おいおい、知らないのか? 降り始めだって雪合戦は出来るんだぜ? なぁ、謙吾!?」

 恭介が子供のように目を爛々と輝かせながら、そう謙吾に呼びかけると。

「ふっ、まあな」

 目を閉じたまま、当たり前なことのように頷く謙吾。
 何でこいつはこんな嬉しそうに納得してんだ……と理樹は呆れた溜息をついた。
 
「降ってくる雪を素手で掴みまくって、それで玉を作ればいい。どうだ、簡単だろう?」

 簡単じゃない。

「へっ……なるほどな、面白そうじゃねぇか! ――いくぜ!? おおおりゃぁぁぁーーーーー!!」
「ふん、負けるかぁ! うおぉぉらぁぁぁーーーーーーっ!!!」

 そして唐突に空に両手をかざす二人。『シュババババッ』と何かを掴むように拳を連続で繰り出している。
 その隣ではアホ臭そうに……でも、少し楽しそうな顔で、そんな馬鹿二人を眺める鈴が。
 そしてその反対側には、『手袋の方が、雪が溶けなくっていいんだぜ』と誰も聞いてない熱弁を披露しつつ、同じように空に向
かって手を振りかざしている恭介が。
 それを見た理樹は、また少し呆れるように溜息をついて、

 ――まあ、どうしたってこんなだし。

 そんな今の自分の境遇を、この雪空に思う。
 それはたとえ、こんなホワイトクリスマスの夜であろうとも。
 自分はまさしく、到底そんなロマンチックなクリスマスからは縁遠い所に居るんだなと実感しながら、理樹は苦笑する。
 でもそれは、決して自分が望んでいなかったものではなくて。
 もしかしたら、心の奥底で本当は願っていた世界かもしれなくて。
 だから理樹は、そんな自分に苦笑する。
 こんな気持ちをおかしいと思いつつも、でもどこか、それを嬉しく思っている自分に安堵しながら。

「鈴ちゃーん、みんなー、ケーキできたよー!」
「わふ〜! ツリーもできてますっ!」

 小毬とクド、そして後ろに居る美魚も併せて、清楚系の3人がケーキやジュースなどをトレイに載せてよたよたと運んでくる。
 すると、隅っこの方で来ヶ谷と一緒に、アホ臭そうな顔で彼らのバトルを眺めていた葉留佳は、途端に大きくよろめくような、無駄に大げさなリアクションを取って。

「おおぉーーっ! 待ちくたびれましたヨっ! ささ、美魚の助っ、早くはるちんにそのケーキを!」
「嫌です。ここに置いておきますから、ご自分で運んで下さい」
「えええーー!?」
「ふ……何なら、おねーさんが直接『あーん』してやってもいいが?」
「い、いや。それは……さすがに恥ずかしいというか何というか――ってちょ、待って姉御!!」
「ふはははは! ダメだ、待てない」

 恥ずかしさと怯えが混じった表情で逃げ出そうとする葉留佳を、来ヶ谷は一切無駄の無い動きで捕まえる。よく見ると片方の手には既にフォークに突き刺さったケーキの欠片があった。
 さり気なくとんでもない技術を見せる来ヶ谷だが、直後の『はぁはぁ』という荒い息遣いが全てをダメにしてしまっていた。
 理樹は、何だか妙に艶めかしい悲鳴が聞こえる向こうの方をなるべく見ないようにしつつ、静かにベンチを立って、小毬達が出てきた校舎の方へスタスタと歩いていく。
 ……逃げではない。戦略的撤退である。目が危なかったのである。平和に犠牲はつきものである。仕方ないのである。

 

 

 
  

 
 理樹は、向こうからは死角となっている辺りまで歩いてきて、ほっと溜息をついた。
 今も中庭の方からは、馬鹿達の掛け声だったり、葉留佳やクドの叫び声などが聞こえてくるが、現在の自分とは距離が離れているということの実感が、理樹を安心させた。
 理樹は、そのまま迷うこともせず校舎の入り口の方へと歩いていき、

「――あら、直枝さん? どうしたんですの? ツリーの方は?」

 丁度連絡通路の入り口辺りで、靴に履き替えている佐々美達と鉢合わせた。
 そこで理樹は一瞬どうしようかと考えたが、取りあえずその質問に答えるようにして。

「あ、ああ――うん。一応さっき完成したよ。後は二木さんに電気つけてもらうのを待つだけかな」
「そうですの。――あ、すみませんが一つ持って下さる? さすがに重くって」

 佐々美が、床に置かれていた、大きなペットボトルが入った袋を持ち上げて差し出してくる。
 こちらの方にやってきたのも、彼女らを手伝うという理由(というか口実)からだったので、理樹は特に悩むこともなく、すぐ
に頷いてそれを受け取った。
 ずしり、とそれなりの重みが腕に加わる。
 理樹は、少し驚いたようにそれを見て。

「って笹瀬川さん、こんなに重いの持ってたんだね」
「……部活で鍛えてれば、これ位は楽に持てますわよ」

 面倒くさそうにそう呟く佐々美は、それでも少し重そうに他の二つの袋も持ち上げて、後ろの取り巻き達に軽く目配せした後、ゆっくりと歩き出す。
 それを見た理樹は少し迷った後、トテトテと佐々美の隣まで歩いていき。

「いいよ、後は僕が持つから。貸して?」
「へ――そ、そう? それじゃ、お願いしますわ。これ三つ持つと相当重いですから、お気を付けて」
「……む? ぐうっ!」

 いざ受け取ると、些か予想外なほどの重量が腕にかかり、一瞬肘から下がもげそうになった。
 先ほどからずっと重いツリーを支えてたりしてたせいか、元々肩や腕の筋肉も相当張っており、こうなるのは自分でも大体予想
できたのだが、女性に二つも重い袋を持たせて自分は一つしか持たないというこの状況は、理樹としては何か嫌だった。
 ああ……液体というものは少量だとあれだけ軽いのに、どうしてほんの少し合わさった途端、こんなにすぐ重くなるんだろうか

 理樹は、佐々美から見えないように口の中で歯を食いしばってその重量に耐え続けながら、頭の奥で何となく、そんな中学生が
持つような問いを考えていた。
 理樹はしばらくそのまま変なポーズで歩き続けようとしたが、ついに耐えきれなくなって、ドサッと地面に袋を降ろしてしまう

 それを後ろで見ていた佐々美は、ほほほ、と軽く笑って。

「無理しなくてもいいですわよ。あなたもツリーの設置でお疲れでしょう? 一つは私が持ちますわ」
「あ、ああ……うん、ごめん」

 理樹はそんな風に返すしかない自分を少し情けなく思ったが、意外にこちらを純粋に気遣ってくれている佐々美を見て、ここは素直に彼女の好意に甘えておこうと、右手に二つ持っていた袋の片方だけをそっと差し出す。
 佐々美はそれを、やはりちょっとだけ重たそうに持ち上げると。

「気にしなくていいですわ。ほんと、女の子っぽいあなたが無理して男らしく振る舞う必要なんてないですのに」
「いや、そこは振る舞わせてよ……少しくらいは」

 そんな理樹の疲れたツッコみに、また佐々美は少し声を大きくして笑う。
 理樹はそれに対して何かの反論をしたかったが、ここでそれを言ってもまた余計からかわれるだけだと思い、両手に残った袋を
気合いで持ち上げて、少しフラフラとなりながらも佐々美の前を歩いていく。
 敢えて少しでも彼女の前を歩くのは、せめてもの抵抗だと言うかのように。
 それを彼女はちゃんとわかっているから、敢えて理樹に前を歩かせたかのように。
 二人は前後に並んで、ゆっくりと中庭に向かって歩き出す。
 料理のトレイを持ったソフト部の面々は、そんな二人を見ながら、ある者は微笑ましく思い、またある者はこのひょろい変な男
に変な嫉妬心を燃やし、またまたある者は天から降り注ぐ雪に興味を奪われたりしていた。
 そしてその結晶は、校舎から漏れる淡い光に照らされて。
 それはまるで――星空からぽろぽろと剥がれ落ちてきた、居場所をなくした小さな星々のように。
 ある者の目には、そう映っていた。

 

 

 

 

 

 中庭に戻ると、もうそこは殆どパーティ会場として完成しつつあった。
 芝生の上に立つ、美魚がいつも読書をしている樹のすぐ隣。
 そこにまた、それと比べると少しだけ小さいくらいの――まあ、それでも普通に見たらかなり大き目の――クリスマスツリーが
立てられていた。今はもうその電気もつけられ、あちらこちらにある電球がピカピカと交互に点滅し合い、その灯りは近くに巻き付けられている金銀のモールや、その上に薄く付着した雪に反射して、こちらから見るとまるで樹全体が白く輝いているかのように見えた。
 理樹は自分たちが苦労して作ったツリーの完成度を見て、心の中で少し感動した。……実際は、手が痛くてそれ所では無かった

 パラソルの下に並んでいる、料理やケーキが置かれている長テーブルの近くまでやってくると、理樹は少し大げさな感じで荷物
を降ろし、かなりマジなくらいの重い息を吐く。

「――あ。お疲れ様です、リキー。お茶要りますか?」
「ああ、うん……ごめん、ちょうだい」
「はいっ、どうぞ!」

 クドから熱いお茶の入った紙コップをもらう。……よく見ると緑茶だったが、それには特にツッコまないことにした。別に好きだし、緑茶。
 冷たく悴んだ自分の手を存分に温めるかのように、両手でそれを掴んでズズ、と飲み下していると、向こうの方で佳奈多に叱ら
れている来ヶ谷と葉留佳の姿を見つけた。耳を傾けてみると、どうやら先ほどの強制つまみ食いの件のようだ。適当に受け答えしている来ヶ谷に比べ、姉に叱られしょんぼりしている葉留佳が哀れだった。
 芝生の件が発見されるのはいつだろうか――とか、そんなことを考えつつもっと周りをよく見渡してみると、先ほどまでの準備していた時間と比べて、いつの間にかここには本当に色んな人間が居るということに、理樹はやがて気づいた。
 リトルバスターズだけではない。
 女子ソフト部の面々や、風紀委員のメンバー、生徒会の役員達、そして顔も名前も知らない生徒に、果ては教師まで。
 皆が楽しそうに笑っている。
 ジュースを持って乾杯する者達も居れば、料理をつまみ食いしたくてうずうずしている連中も居る。あるいはまた、クリスマス
らしく静かに寄り添ってツリーや降雪を眺めているカップルだったり、リトルバスターズの騒動を愉快そうに眺めているお馴染みの野次馬達も。
 会場の入りは上々だな、と理樹は嬉しそうな表情を作って、お茶を飲み続ける。
 まだまだやってくる人間は増え続けているようだ。
 理樹は、近くから聞こえてくる友人達の馬鹿なやり取りをBGMにしながら、そんな風景を静かに眺めて、少し今回の事の経緯
を思い出してみることにした。

「ふ……ふふ、ふはははっ! どうだ、真人! 俺はこれだけの雪を集められたぞ!」
「へっ、ばーか。そんなもんかよ。見ろ、オレなんてこんなん――――って、溶けちまってるぅーーーっ!?」
「うむ、君は力の入れすぎだ」
「というより……それ以前の問題かと思いますが。この遊びは」

 今回はそもそも、生徒会が毎年企画していた12月のお疲れ様会――まあ、忘年会のようなもの――に、恭介が目をつけたのが始まりだった。
 元々これは生徒会や風紀委員会といった、学校運営の中心にいる生徒の集まりが、教師達と共にささやかな食事会をするという
小さなイベントに過ぎなかった。
 それに鋭く目をつけた恭介は、早速佳奈多達と協力して、なんと開催の日時を大きくずらしてまで、その食事会を、リトルバスターズだけでない多くの生徒が参加出来るクリスマスパーティに仕立て上げてしまったのだ。
 その企画書が通ったと突然聞かされた時は、理樹は嬉しさと驚きのあまり、目が点になってしまった。

「――ま、これで勝負は俺の勝ちだろうな。ふん、他愛ない」
「ち、ちっくしょぉーーーーっ!!」
「……思ったんだが、しょーぶの内容変わってないか、これ?」
「どれも等しくバトルさ、鈴」
「うみゅ、そうか。そうだな」

 ――というのも、恭介の今回の狙いは、帰る家が無い自分のために何か楽しいイベントを……ということだったからだ。
 自惚れかもしれないが、確かに理樹にはそういう確信があった。
 毎年自分達は、棗家にお邪魔してそこでクリスマスパーティを開き、そしてそのまま年末年始を過ごす――という流れになって
いた。勿論、真人や謙吾もその頃はきちんと自分の家に帰るのだが。
 けれど今年……理樹は、それを遠慮した。
 年始に後見人の家に挨拶に行く。
 自分が誰かの家に行くのはそれだけで、今回は、棗家にはお邪魔しないということを二人に伝えたのだ。
 もちろんクリスマスパーティは別のお店かどこかで済まそうとしていたのだが……とにかく。
 とにかく、クリスマスならまだしも、年末年始に他人の家に入り浸るなんて野暮なことは、理樹はしたくなかった。
 それは理樹自身、毎年何となく思っていたことで、そして……ずっと今まで言い出せないことでもあった。
 そんなこと別に気にしなくていい、と恭介や鈴に何度も言われたのだが、結局理樹は……今回その意志を変えなかった。
 ずっと――どうにかしなきゃと、思っていたことだったから。

「いや、ていうかいいの……? あなた達。それで……」
「いいんだよ、みんなが楽しめればな。野暮なことは言うもんじゃないぜ」
「ふーん……まあ、いいけど」

 一度は、恭介の『理樹に嫌われちまった』騒動に発展したりもしたのだが、理樹がそれは完全に誤解だと理由もつけて話したところ、ひとまずその騒ぎは収まった。
 恭介はそんな理樹の言い分を、少し呆れるように笑いながら聞くと、うんと一度だけ頷いて。
 それならば幾らでもやりようはあるさ、と楽しそうに笑って部屋を出て行ってしまったのだった。
 そして話は最初に戻る――

「鈴ちゃん、頭に雪がついてるよ〜」
「なにぃ……うっ、ちょ、ちょっと取ってくれ、こまりちゃん」
「は〜い。――うん、これでオッケーだよ〜」
「あ、ありがとう、こまりちゃん。……って、こまりちゃんもついてるじゃないか。というより、積もってるぞ」
「ええぇぇぇーーーっ!?」

 理樹は再度周りを見渡す。
 先生も生徒も関係なく、みんなが楽しそうにそこに居る。
 ――もう2学期は、昨日で終わっているはずだ。
 だからここに居る人間は、その大半が、何らかの事情で家に戻ろうとしない人達。
 敢えて、クリスマスをこの学校で過ごそうとする人達。
 リトルバスターズは元々みんなで集まることを予定していたし、教師達は仕事の関係もあったのだろうが――

「よし、そろそろ時間だな。――えー、皆さん長らくお待たせしましたー! 料理も冷めてしまうので、とっとと乾杯しときましょうー!』

 ――とそこで、恭介がベンチの上に飛び乗って、みんなより一段高い位置から、ワイヤレスのマイクを使って挨拶し出した。
 すると手前から、『おーー!』という大きな返事が返ってくる。
 そういえば恭介が主催者なんだっけ、と理樹は、自分の親友の行動力を改めて思い知って笑った。
 
『おっし、それじゃあみんな、コップを持って――と、悪いけどお酒はありませんから、先生方もその辺はよろしく頼みます、す
みません』

 そんな恭介のお茶目に、集まった教師達が一斉に小さく吹き出して笑うと、恭介はさらに楽しそうな笑顔になる。
 今は、問題児の立場も、それを追い詰める厳しい教師の立場もない。
 敵対関係なんて、こんな場所にはきっと似合わないから。
 ただこんな、いつもより騒がしい聖夜を祝う、きっとどこの世界にもありふれている、何でもない場所。
 そんなみんなの上に立つ恭介は、渡された紙コップを手に持ち。
 それを、高らかと天にかざして。

『よっし、それじゃあ――――みんな! 一年間お疲れ様だ!!』

 カンパーーーーイ、と、まるで大人たちが居酒屋でするかのように、理樹は近くに居たクドや佐々美とコップを軽く打ち付ける
 はたまた、顔も知らない誰かと、お疲れ様ーと照れくさそうに笑い合いながら。
 これで挨拶も終わりだというように下に降り立った恭介は、その後一瞬ハッとして、また再度慌ててベンチに駆け上り、マイクのスイッチを入れる。
 ぼぉ〜〜ん、ががっ、とハウリングやノイズが聞こえてきた。
 理樹が、一体何だろうとそちらを振り向くと。

『ごーめんごめん、忘れてた! メリィーーーー・クリスマーーーース!!』

 完全に言うタイミングを逃したその変な挨拶を聞いて、その場がまた、一斉に笑いに包まれた。
 それでも、皆がそれぞれ拍手と共に『メリークリスマス!』『めりくり〜!』『メリー筋肉クリスマスだぁーーー!』と叫び返
して、その挨拶は無事に締められる。
 理樹はそんな光景を見て、静かに笑う。
 こちらにやってきた恭介や鈴とも、『メリークリスマス』とコップを打ち付け合って、理樹はまた笑った。
 
 ――ああ。
 ――きっと、こういうクリスマスも。

 悪く、ない。

 ――悪いわけ、あるもんか。
 ――だって僕は、今こんなにも。

 ただ幸せそうに。
 その、何でもない場所で。
 ただ理樹は、大好きな仲間達と、楽しそうに笑い合っていた。

 

 
 

 

  
 そろそろ頭についた雪も振り払うのが面倒になってきたと思う頃。
 理樹は、ベンチにゆっくりと腰掛けて、ふぅと軽く息をついた。
 向こうでは、未だに真人や謙吾やらが楽しそうに筋肉ダンスコンテストを繰り広げている。
 先ほどまで自分も参加していたのだが、いかんせんはしゃぎ過ぎて、先ほど食べたものを逆流してしまいそうになったので、早
々に退散してきた。
 筋肉が足りないせいだと、真人に言われた。まさしくその通りだと、理樹は今までの自分をとても後悔した。
 ベンチに座りながら、うらやましいなぁ――と、一緒に踊っているクドを眺めて、ゆっくりと理樹が紅茶を飲んでいると――
 
「なーにやってるんですの、あなたは?」
「あ、笹瀬川さん」

 ――そう微笑みながら、断りも無く、佐々美が隣に腰かけてきた。
 だが理樹も、特段それに嫌な顔を向けたりはせず、ただ少し体をずらしてスペースを作る。
 そして、そんな佐々美の問いに、理樹は少し苦笑しながら。
 
「ちょっとね……気持ち悪くなっちゃって」
「はぁ……そりゃ、あれだけ食べた後にあれだけ動けば、誰だって気持ち悪くなりますわよ……ほんと、見ていてアホかと思いましたわ」
「え、筋肉が無いせいじゃないの?」
「はぁ?」
「い、いや……ごめん、何でもない」

 佐々美が本気で呆れている様子だったので、慌てて理樹は手を振って取り繕う。
 そうだ、これは筋肉ワールドに目覚めた人にしか通用しない概念だった。
 ちゃんと一般人にはそれと区別して接しないといけないから、僕らって辛いよね――と理樹は心の中で、分別ある自分を褒め称
えながら、苦笑する。
 佐々美はそんな理樹の心情を知ってか知らずか、コップを傾けながら、半分呆れたように向こうの踊りをぼーっと眺めている。
 理樹は、そんな彼女の横顔を見て。

「笹瀬川さんも一緒に踊ればよかったのに。謙吾も居るよ?」
「アホなこと言わないで下さいます? そりゃ宮沢様も居ますけど……正直あの人たち、ちょっと怖くって近づけませんわ」
「はは、確かにそうだよね。そう言われてみれば、確かにそう見えるかもしれない」
「先ほどのあなたもなんですけど……」
「あ、うん。気をつけてね。僕もスイッチ入るとああなるから」
「……は、はい? って、ちょっといきなり怖いこと言わないで下さいますっ? ひ、久々に頭が……」

 もう片方の手で額を押さえて、『うーん』と唸っている。
 理樹はこれでも、一般人への配慮としては最大限のものを与えたつもりだったのだが、それでもやはり些か刺激が強すぎたようだ。
 ま、しょうがないよね――と彼女を見ながら昔の自分を思い出していると、唐突に手に持ったコップの中に、白い六花がひらひ
らと舞い降りてきた。
 空を見上げてみる。
 その雪は、とても小さくて、柔らかくて、軽くて薄い。
 校舎から漏れる光や、クリスマスツリーから発せられる光を存分に受け取って、白く輝く。
 そんな雪はまるで――宝石のようにも見えるし、また別な見方をすれば、冬に舞い散る桜の花びらのようにも見える。
 雪と紅茶ってのも、また乙なものだね――と思いながら、理樹はコップを傾けた。
 少しだけ、熱くて冷たい味がした。

「そういえばさ」
「んん?」
「クリスマスは恋人と一緒に過ごすものだって、誰かが言ってたよね」
「……ああ。それはきっと、雑誌とかの煽り文句でしょうね。実際にそう過ごしている人は、あんまり居ないと思いますけど」

 呆れた様子はそのままだったが、一転して声に若干の冷たさを含ませて、佐々美が言う。

「あれ? やっぱり、女の子もそうなの? クリスマス前に急いで見つけなきゃーとか、するんじゃないの?」
「……全員が全員そうするわけじゃありませんわ。中には、面倒な行事だと嘆いてる人もいますし」

 自分もそんな内の一人だったのだろうか、そんなことを言う佐々美は、少しせいせいとしてるような感じだった。
 そんな佐々美に、理樹は少しだけ安心して。

「そっかー、それじゃあ、やっぱり男と一緒だね。真人なんか、全然そういうこと気にしてないし」
「あの馬鹿はまた別だと思いますけれど……。そういうあなたはどうなんですの?」
「え、僕?」
「ええ、そう」

 あなた、と少し真面目な顔で、指を指して言ってくる。
 それが何だか理樹には、クイズ番組の司会者みたいに見えて、少し面白かった。
 ただそれをこの場で言うと無駄に怒らせてしまいそうだったので、敢えて何も言わずに黙って考える。
 点滅する電球に当てられて、ピカピカと淡く光るクリスマスツリーが目についた。
 遠くからは、リトルバスターズや他の人々の笑い声が、小さく耳に響いてくる。
 理樹は。

「僕も……きっと、同じかな」
「そう、ですの」
「うん。恋人と過ごしたい……という気持ちは、わからなくはないけれど」

 僕はみんなが居るだけで、十分幸せだから。
 そう言って、理樹は誇らしげに笑った。
 それを見た佐々美も、また嬉しそうに、柔らかく微笑んで。
 手のひらを広げて、降ってくる雪を拾ってみせた。

「そうですわね――こんなに素晴らしいホワイトクリスマスですもの。それをこんな人達と一緒に過ごせるなんて……それで幸せじゃないなんて言ったら、罰が当たりますわ」
「だよね」

 そうやって二人して、静かに笑いあう。
 前の方を見ると、食べ過ぎて悶絶している葉留佳を介抱したり、先生達に挨拶に回ったり、芝生を傷つけた犯人を追い掛け回し
て逆に騒ぎに捕まったりしている佳奈多の姿が見えた。
 けれどそんな彼女の顔も、少しは楽しそうだった。

「でも、どうしてですの? 急にそんなこと」
「ん? いやさ、僕達ってこんなにバランスの良い男女の集団なのに、結局そういう話は全然無かったなぁってさ」
「ああ――って、それって私のことも含まれてるんですの?」
「へ!? ……さ、さぁ、どうだろうね」
「……ふん。まぁ、いいですけど」

 いいんだ!? と、理樹はいつもの調子でツッコみたくなったが、取り敢えず止めておいた。
 佐々美はそう言葉を切って、ぼーっと……コップを傾けながら、謙吾の方を見つめている。
 理樹がそちらに視線を送ってみると、何やら耐久レース的な筋肉踊りに参加している謙吾が見えた。真人と二人で、物凄い形相
のまま腕を振り続けている。
 リトルバスターズの面々だけでなく、彼を慕う校内の女子達からも応援を受けていた。
 
「宮沢様は」
「ん?」
「宮沢様は……いえ、宮沢様も、きっとそういうことをお考えになってるんでしょうか」

 そうやって少し寂しそうに話す彼女に、理樹は。

「うーん……謙吾に限って、そんなことは無いと思うけど。きっと僕らと同じだと思う」
「そうでしょうか」
「うん、きっと」

 理樹はそう安心させるように微笑みかけるが、彼女の曇った顔は、それでも晴れず。
 コップに口をつけたまま、かくん、と顔を俯けてしまった。
 何かいけなかったか――と理樹が思い悩む前に、佐々美は小さく暗い声のまま、次の言葉を静かに紡いでいって。

「私には……わかりませんわ」
「え? な、何が?」
「色々なこと。私の気持ちだったり、宮沢様の気持ちだったり、誰かの気持ちだったり、クリスマスの意味であったり……」

 そして、私がここに居る理由であったり。
 そう呟く彼女の声を聞いて、理樹は……敢えてその顔を見ようとはせず。
 少しの間、腕を組んで考えた後。
 前を向いて、なるべく楽しげな声を出せるように、特に肺に気合を入れて。

「ねえ、知ってる?」
「――はい?」
「クリスマスの意味……っていうか、クリスマスツリーの起源」
「……へ? い、いえ。知りませんけど」
「ふっふっふー。そうか、知らないんだね。だったら、この僕が教えてあげよう」

 本気でわけのわからない顔をしている佐々美を尻目に、理樹は腕を組んで、途端に偉そうな口調で語りだす。
 こんなことを面と向かって言えるのは、きっとこの人に対してだけだろうなぁ……と、心のどこかで考えながら。

「い、一体何なんですの、あなた? く、くりすますつりー?」
「そうだよ。あれ、知らないの? ダメだなぁ……笹瀬川さん」
「……な、なんですって!? ダメなのは、あなたの頭の中でしょう!? まったくっ」
「はっはっは。いや、なかなか冗談が面白いね、君も」
「な、何でいきなり学者っぽい口調になってるんですの……? 本当にわけがわかりませんわ……」

 今度はまた別の意味で暗くなる佐々美だったが、理樹はそんな様子を見て満足そうに微笑むと、さらに仰々しく、落ち着いた口調のまま内容を話し出す。
 ……と、その前に、少しだけ弱くなった雪を一度だけ眺めて。
 わざとらしく、指を一本立てる。

「実はあれね、キリスト教の文化じゃないんだ」
「……へ、へぇー」

 少しだけ引いているが、取り敢えずこの話には興味を持ったようだ。
 こちらを見て、少しだけ驚いたような顔をしている。
 理樹はなるべく佐々美の興味を失わせないように、心持慎重に、けれど楽しそうに、続きの言葉を紡いでいく。

「あれはね、本来ゲルマン民族の『森への祈り』ってやつなのさ。彼らにキリスト教を伝道しようとしたローマ人達は、どうしてか知らないけど、それを受け入れたそうだよ。それで無事にキリスト教のクリスマスと、その森への信仰が合わさって、『クリスマスツリー』が誕生したってわけだね」
「へえ……」
「うん」
「……」
「……」
「……で、終わりですの?」
「うん」
「……」

 終始ニコニコ顔で語る理樹の説明をただの自己満足と受け取ったのか、佐々美は顔を逸らして深い深い溜息をついた。
 けれど理樹は、それでも笑みを絶やさず、佐々美の方を見続ける。まるで、これで大成功だと言わんばかりに。
 佐々美はそんな理樹を見て、呆れるのを通り越して、乾いた笑みばかりを浮かべていた。
 そして、様々な思いをその一言に凝縮させるように、重く重く口を開いて。

「……それ、どこで知ったんですの?」
「え、これ? 世界史の先生が自慢げに話してたやつをそのまま喋っただけだよ?」
「……」
「あいたっ!」

 無言で頭にチョップを食らう。
 それに理樹がすぐさま顔を上げてみると、佐々美はすました顔で――だが、血管を頭にいくつも浮かべたままで、痛そうに手を擦っていた。

「下らない蘊蓄をどうもありがとうございます。おかげで、謎が一つ解けましたわ」
「……そ、それはよかったよ」
「はぁ……あなた、本当に何をしたいんですの? わけがわかりませんわ……」
「いやそれは、まぁ……笹瀬川さんとこうして、話がしたかったから」
「はぁ? 私と? ――って、あ……」

 そう呟いた途端、佐々美は理樹の言葉を別の意味として取ったのか、顔を思いっきり赤くして、そっぽを向いてしまう。
 別に理樹としては、それもあながち間違いではなかったのだが、本当に言いたいことはそれより他にあった。
 けれど……そんな可愛い様子を見せる佐々美の前に、別にそれでもいいかな、と理樹は思ってしまう。
 だって今自分は、幸せなんだから。
 その答えなんて、要らない。
 ただここで、こうしてるだけで。
 理樹は佐々美に、本当はそれを教えてあげたかった。
 曲がりくねった道でも、ちゃんと伝われば、それでよかった。
 理樹はただ……佐々美に笑って欲しかっただけなのだから。

「雪……やんで来たね」
「……ええ」

 か細いけれど、ちゃんとした返事が返ってくる。
 周りを見渡すと、もう周囲には先ほどまでの騒ぎの色も無く、各自は思い思いの場所で、思い思いの人達と、静かにこのホワイ
トクリスマスを過ごしているようだった。
 降る雪は弱まり、空気も冷えてきた。
 心なしか、男女の組み合わせの方が多い気もする。
 皆寒さを紛らわすかのように、人目も憚らず身をくっつけて、この雪空を見つめ、ツリーを眺め、互いを見つめ、犬と戯れ。
 ――そういえば、今の自分達も。
 と、理樹がそこまで考えたところで。

「――あ、あのっ」
「ん? な、なにかな?」

 妙に上擦った声で話しかけられたので、こちらも少しどもってしまう。
 きっと今鏡を見たら、自分の顔はまさしく茹蛸のように真っ赤になっていることだろう。
 それでもなるべく顔は逸らさず、彼女の目を見つめるようにして。

「さ、先ほど、クリスマスは恋人と一緒に過ごすもの……と言いましたでしょう?」
「あ、ああ。うん、言ったね」
「他の皆さんも、ああやって、男女で身を寄せ合って……もう、な、何なんでしょう。まるで、これでは――」

 その先は言葉にせず、さらに顔を赤くして、そのまま下に俯けてしまう。
 間違いなく、自分達も同じように見られている。
 でも理樹は、何だかそんな気分が心地よくて。
 心臓はさっきから、その鼓動をどんどん速くしていってるけれど。
 顔の熱さはどんどん増していくだけだけど。
 それが理樹には、少し嬉しかった。
 
「……静か、だね」
「……ええ」

 きっとその先を言ってしまえば、楽になれる。
 でも、言わない。
 自分も彼女も、きっと、それで何かが失われるのを恐れている。
 でも、それでいい。
 今はきっと、このままで――
 だって。

「もう一つ――わかったんだ」
「え?」
「クリスマスは、恋人と一緒に過ごすもの……って、どういうことなのか」

 だって、幸せだから。
 
「こんな素晴らしい夜は、きっと誰か、自分の大切な人と――過ごしたい」

 今はこのままで、幸せだから。

「自分の大切な人の傍に、ただ、在りたい」

 ただ、それだけでいいんだから。

「自分の大切な人に、傍に居て欲しい」

 そう思うから。
 だから――

「だから僕らは――きっと、ここに居る……んだと、思う」

 そんな、理樹の独り言とも取れるセリフを聞いて、佐々美は一層顔を赤くさせたが。
 けれどそれはどこか、安心したような、優しい笑みで。
 少し細くて、けれどよく透き通る声で。

「――そうですの」
「うん」
「今度はまぁ……良い蘊蓄でしたわね」
「これで謎は解けたかな?」

 照れる気持ちを隠すために、精一杯戯けてみせる。
 肩を竦めて、やれやれという気持ちを代わりに示して。
 ……けれど彼女は、きっとそんなこと、お見通しだから。
 佐々美は、嬉しそうな顔で、口に手を当てたまま『ほほほ』と笑って。

「――ええ。色々、私もわかったことがありますわ」
「え、何? 教えて?」
「ばーか。そんなこと、秘密に決まってるでしょうに」
「うわ、酷いなぁ……せっかく僕が頑張ったのに」

 そして、二人は笑い合う。
 本当の気持ちはもう、きっと二人とも分かり合ってるのに。
 敢えてそれを言わずに、こうやって馬鹿なやり取りをするのが、何だかくすぐったくて。
 とても、面白くて。
 とても、心地がよかった。

「ほほほ、世の中そんなに甘くないんですわよ。……何? 本当に言ってもらいたいんですの?」
「うん。笹瀬川さんがそれでいいなら、僕としてはいつでも」
「……くっ、む、ムカつきますわね。あなた」
「え? 何で?」
「う、ううっさい! ――って、あーあ、お茶がもう無いですわ。もらってきます」

 そうやって、わざとらしさ爆発でコップを逆さまにしながら、思いっきりお茶が無いことをアピールした後、そそくさとベンチを立って歩いていく。
 理樹はそんな彼女の様子がおかしくて、ニヤニヤと微笑みながら、一緒に立ち上がって。

「あれ、ちょっと待ってよ。僕のも」
「つ、ついてくんな馬鹿っ! ちょっとそこで待ってなさい! ほら、持ってきてあげますから!」
「はいはい」
「はい、は一回でいいんですっ!」
「はーい」
「く……くぅうっ! あ、後で覚えてなさい! 直枝理樹!!」

 勝った。
 紙コップを手からぶん取って、ずんずんと大またで歩いていく佐々美の後ろ姿を眺めつつ、理樹は小さくガッツポーズをした。
 そしてまたゆっくりと元のベンチに腰掛けた後、改めて自分達のやり取りの滑稽さを考えて……理樹は吹き出して笑ってしまった。
 
 自分達は、どうしてこんなに馬鹿で不器用で、素直になれないままなんだろう。
 気持ちを確認するやり方だって、こんな風に嘘に嘘を重ねて、仮面を被って役を演じ続けて、それで頷き合うほかない。
 相手の気づいて欲しい所に気づき合って、それで、気づかない振りをし続けて。
 傍目から見たら相当おかしな二人に映っていることだろう。
 でも理樹は、そんな彼女との滑稽なやり取りも、実はとても大好きだった。
 こんな時がずっと続けばいい。
 こんなホワイトクリスマスの夜だろうと、みんなで集まって馬鹿をやり合える、そんな時。
 大切な人と一緒に居られる、こんな時。
 こんな幸せな時が、ずっと続いてくれれば――
 
 ぶぅー、と頬を膨らましたまま、ずんずんと戻ってくる彼女を見て、理樹は楽しそうに微笑んで。
 ただそれだけを――願うのだった。

 

 

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