「よし、それじゃお前ら、早速ミッションの準備をするぞ」
「――は?」

 理樹の部屋。
 ここは先ほどまで、リトルバスターズ+αのメンバーでクリスマスパーティをしていた場所である。
 今はもう散らかったお菓子袋(主に小毬持ち込み)の片づけも大体済み、女性陣もちゃんと寮に帰った。片づけはみんなでやったので案外早く終わらせられた。
 結構楽しかったなー、と先ほどのカオティックな光景を思い出しながら、理樹がクリスマスパーティの余韻に浸っていると、恭介が突然そんなことを言ってきた。まるで、まだまだお楽しみはこれからだぜ? とでも言うかのように。

「ミッションってお前、もう10時だぜ? あいつらをまた呼びつけるのはちっと厳しいんじゃ――」
「心配ないさ、真人。このミッションは俺たちだけで行うものだからな」
「はあ?」

 真人が訝しげに疑問の返事を返すと、恭介はニヤリと笑って立ち上がり、押し入れの戸を開いて、ドサドサっと、中から大小それぞれのサンタ服を取りだしてみせた。
 何で人の部屋に勝手にそんなもん隠してんだ、と理樹はこいつを小一時間問いつめたい気持ちになったが、敢えてその感情を内に押しとどめる。
 そして、その出てきたものをまじまじと見つめ――様々な心情をその一言に凝縮させるように、重く口を開いて。

「なに……これ」
「サンタ服だ」
「そんなもの、見ればわかるが」

 ジャンパー服を着た謙吾が、一つそれを手に持って広げてみる。
 それは、紛う事なき真っ赤なサンタ服であった。値札を見ると、オプションで白いプレゼント袋もついて1980円。実にお安い仕様である。
 
「これは今年の始め頃に、ある旅のバイト先でもらったのさ。こういうことのために使おうと思ってな。ずっとこの押し入れに隠していた」
「全然気づかなかったぜ……」
「いやまあ、実際ここ物置と化してるからね」

 扉横についた、小さな押し入れを見る。
 ぶっちゃけ、中に入っているのはほとんど真人と恭介の私物である。主に漫画であったり、ダンベルだったりアブシリーズであったり得体の知れないマッスルエクササイザー的な液体だったりする。最近、メイド服とかロリ系統のコスチュームがその中の新たな住人となった。それについては取りあえず何も知らないことにしている。

「ああ。だから今回のミッションっていうのは、つまり――」

 そう言いかけて、今度は隣に置かれたスポーツバッグへと手を伸ばし、じ〜〜とジッパーを開けて中のものを順々に取り出す。
 そこには――

「――女性陣への、フォーサンタクロースズ・プレゼントミッション at 12,25、ってわけだ」

 綺麗な舗装がされた、大小8つの四角いプレゼント箱があった。
 理樹には、何となく今後の展開がわかったが――取りあえず、聞いておくことは聞いておこうと思い、口を開く。
 ただ、それはかなり嫌そうな口ぶりであったのだが。その無駄に中二的なタイトルに抗議の意味も含めて、ということもあったのかもしれない。

「それ……僕もやるの?」
「当たり前だろう。ちゃんとお前の分のサンタ服も用意してきたんだからな」

 そう言って恭介は、えーっとどれだっけな、と言いながら赤い衣装の山に手を突っこみ、一つ見つけて取りだしてみせる。
 ……そして、それを見た理樹は、何だか途方もない虚しさが自分の中にこみ上げてくるのを感じた。

「あのさ……恭介」
「なんだ」
「何で僕のだけ女性用なのっ!?」

 理樹の甲高い声が部屋に響く。
 そうなのだ。
 恭介が嬉しそうに手に持っているのは、紛れもない女性用のサンタ服。
 スカートもやはりそれなりに短く、もし町中で見かけたら『すいません、ご苦労様です』と頭を下げてしまうほどに寒そうだった。一応温かそうなブーツもついているが。
 だが、当の理樹にはそんなことどうでもよかった。
 ただ、今後自分の身に降りかかるであろうわかりやす過ぎる災難を頭の奥で明確にイメージし、目にうっすらと涙を浮かべるばかりである。

「そんなのやだよっ! 他のにしてよ!」
「おいおい無茶言うな。サンタ服はこれも含めて丁度4つしかないんだ。理樹は、こいつらがすね毛丸出しでスカート履いてる所見たいのか?」

 恭介が真人と謙吾を指差して言う。
 そんなこと想像するのもおぞましかった理樹は、慌てて首をぶんぶんと横に振るが、それを見た謙吾は少し心配そうに見つめて。

「理樹、無理しなくていいんだぞ。何なら俺が――」
「い、いいっ! いいから!! 謙吾はそのままで居て! 普通に男物着てて!! お願いだから!!」
「む……むう、そうか」

 理樹の必死な物言いに、少し面食らったように答える謙吾。
 ちょっと着てみたかったのだろうか、残念そうに顔を俯けている謙吾に理樹はそんな疑念を思い浮かべたが、親友に対して、そんなもう人間として色々終わってるようなヤバい疑いを持つのは流石に最低すぎると考え、すぐに打ち消した。僕の勘違いであってくれ、と願う気持ちが無かったわけではないのだが。

「俺だって悪いと思ってるんだぜ。これでも結構粘ったんだが、親友に女顔の奴が居るとついぽろっと洩らしちまったもんだから、それで店長が張り切っちまってな。どうしてもと言われたんで、まーいいかと思って持って帰ってきた」
「って、それ全部あんたが悪いんですよねっ!」
「細かいこと言うなって。別に似合ってんだからいいだろ? あ、後で写真撮らせてくれよ? 店長に送らないとな」
「絶対やだよっ!!!!」

 ニヤニヤと悪魔っ子的な笑みを浮かべる恭介に対して、そう涙目で盛大にツッコんだ理樹は、絶対にこいつはわざとだったと心の底で確信する。
 そして、どうやったって写真なんか撮らせてやるもんかと誓いながら、その服を手に取り、広げ、眺め――

「――やっぱり……着なきゃダメ?」
「ダメ」
「あうう……て、ていうか、これ着て女子寮に忍び込むんでしょ? 通報されたら終わりなんじゃあ……」

 ぶっちゃけ、一番の問題はそこだった。
 深夜になれば一応女子寮のUBラインは解除されるが、だからといって見つかっても大丈夫、というわけでは決してない。
 女子の格好をしている理樹ならまだしも、他の3人がそれで無事に済むはずが無かった。
 理樹は、でもきっと恭介なら何か対策があるはず、と期待してその質問を投げかけたのだったが。

「そうだな。だから、真剣にやる」

 こいつを信じた自分が馬鹿だった、と理樹は思い知った。

「大丈夫さ。俺たちはちゃんと、メタル○アもゴール○ンアイもオールクリア出来てるだろ?」
「いやまあ、ここでゲームの話を持ち出されても……」

 安心しろ、と強い笑みを浮かべて拳を握る恭介。
 ……バーチャルと現実をごっちゃにしてる人間というのは、きっとこういう人のことを言うのだと、理樹はちょっと悲しい気持ちになった。

「そういやあ、恭介と謙吾っちは最高難易度でもクリア出来てたっけな」
「ふ……あんなもの、実戦に比べたら軽い軽い。一度も敵兵に見つからずに行けるぞ、俺は」

 謙吾は何が嬉しいのか、はっはっはと声を大きくして笑っている。
 何の実戦経験なのさ! とツッコむことも出来ず、理樹は、ただこいつらを説得するのはもう無理だと諦めて、顔に乾いた笑みを浮かべ、プレゼントの箱の方に目を移す。
 8個……ということだから、きっとリトルバスターズのメンバーだけでなく、佳奈多や佐々美の分まで用意してあるんだろう。間違いなく恭介の自費からだろうが、彼はこういうことに関しては全く出し惜しみしないタイプだ。プレゼント選びのセンスについては些か疑問の余地が残るが、この際理樹はそんなこと気にしない。どのようにして誰にもバレずにこれを送り届け、帰還するか。それしか頭に無い。後、このゲームオタクに写真撮られたくない。絶対。
 ――と、そこで、理樹はあることに気づいた。

「まあもしバレちまっても、俺たちはあくまでプレゼントを届けに来ただけなんだから、決して悪い顔はされないだろう。あるいは直接プレゼントを手渡し出来ることで、もしかしたらそこで良い雰囲気になれるかもしれないぜ? どうだ?」
「すげえぜ、恭介……!」
「いや、間違いなく通報されるのが先だと思うんだけど。――って、そんなことよりさ」
「ん?」

 一体何だ、とでも言うかのように3人に見つめられ、理樹はそこで更なる重要な議題を口にする。

「あの来ヶ谷さん相手に、こんなの気づかれずにやり過ごせるとは思えないんだけど……」
「あー……」
「……うむ」

 真人と謙吾が自信なさげに頷く。
 天井を見つめながら、バレた時のことに思いを馳せているようだ。時折青い顔になってブルっと身を震わせている。
 いくら寝ているからといって、彼女を簡単に出し抜けるなんてことは塵ほどにも思わない。
 そしてもし彼女に見つかった場合、良い雰囲気になれるどころか、最悪こっちの弱みを握られて強請をかけられない。
 今度は何をされるんだろうか――と理樹は半ば暗い気持ちになりながら、それについて腕を組んで考え込んでいる恭介の方を見る。
 そして。

「まあ、誰がどこの部屋に行くか、ってのは外に出てから話し合おう。今は準備だ。ほら、とっとと着替えろ」
「ああ――うん。って、僕もここで着替えなきゃダメなの?」

 これから着るものが女物であるために、若干戸惑いを覚えつつそう聞くと、恭介は意地悪そうに笑って。

「何なら外で着替えてもらってもいいが?」
「こ、ここで着替えます……」
「おっと、そんじゃカメラカメラ――っと」
「絶対やめてよねっ!!」

 顔を真っ赤にしてそう叫ぶ理樹。
 ……その後、見つかったカメラは理樹の鞄の中に固く封印された。

 

 

 

 

 

「さて、準備はいいか? お前ら」
「おうよ!」
「うむ」
「さ、寒い……」

 そうして4人は女子寮の前までやってくる。UBラインに人は居らず、簡単に突破することができた。
 現在の時刻は1時。
 もしかして今行ってもまだあいつら起きてるんじゃないか、という謙吾の尤も過ぎる意見に従い、理樹達はここまでボードゲームをして時間を潰した。
 あるいは来ヶ谷や美魚辺りがまだ起きてる可能性もあったが、それは行ってみなければわからないというものだ。
 騒ぎ疲れて寝てしまっていることも十分あり得る。実際、自分たちでさえもう寝たいと思うからだ。
 
「う……うきゅっ」

 理樹は露出した足を両手で隠すかのように座り込み、ガタガタと震えている。
 雪は降っていないし風も無いが、実際外の気温はかなり低かった。
 きっとマッチ売りの少女はこんな気持ちだったんだろう、とサンタ帽の位置を直しながらしみじみと理樹が考えていると、一方の恭介は。

「ひゅー……楽しみ過ぎて、ぞくぞくしてきたぜ」
「いや、それ普通に寒いせいじゃないの?」
「何を言う。これから女子寮という未知の領域に突入するんだぞ。わくわくしないのか?」
「いやまあ……しなくはないけど」

 白い息を吐きながら楽しそうに笑う恭介。
 理樹は正直、そんなある意味ダメな高揚感より、自分たちが誰かに見つからないかというような不安の方が先にあった。
 悪くて変態扱い、良くても変態扱い。変態扱いしかない。
 誰にも見つからずに女子寮を進めるだろうか、と少し心配になる理樹であったが、恭介はそんな不安は許さないかというように、次々と話を進めていく。

「確認するぜ。さっきじゃんけんと話し合いで決めた通り、俺は能美達と西園の部屋へ。理樹は小毬達と鈴の部屋へ。そして謙吾が三枝の部屋で、真人が来ヶ谷の部屋だな」

 微妙にサンタ帽の似合っている恭介が、手に持った地図を指で差し、説明していく。

「理樹と謙吾は新館の方へ。俺と真人は旧館へ。ミッションが済んだら無線で報告して理樹の部屋まで戻れ」

 それにつけ加えて、三枝と来ヶ谷には気を付けろよ、と二人に促す。
 そんな恭介の言葉に、重く頷いて答える真人と謙吾だったが、理樹も確かにそれはその通りだと思った。
 一番行きたくないのが来ヶ谷の部屋。その次に行きたくないのが葉留佳の部屋である。
 これは一見、行く部屋数が多い恭介や理樹の方が辛く思えるが、事実は全くその逆。
 来ヶ谷の部屋は言わずもがな、葉留佳の部屋の方は三人部屋で、しかも新館の奥の奥にある。一度見つかったら、たとえメタ○ギアのエクストリームモードをクリアしたことがある謙吾でさえも逃げ切れるはずがない。必ず誰かに目撃されて、明日には軽い感じで変態の烙印を押されていることだろう。
 それに比べて理樹や恭介は比較的楽なものである。2人部屋がそれぞれ混じっているのが気になるが、位置も入り口からそんなに離れていない。ぱぱっと置いて、ぱぱっと脱出する。それだけである。
 理樹も、案外結構いけるんじゃないの? なんてちょっと思っちゃったほどだ。ちなみに、恭介が何故そんな地図や情報を入手していたのかは敢えて詳しく聞いていない。情報屋云々というワードが出た辺りで聞くのが嫌になった。

「さて、質問はないか? だったら、寒いからとっとと始めるが」
「恭介」
「ん、どうした? 真人」

 真人が真剣な顔のまま、軽く手を挙げる。
 恭介がそれに反応して振り向くと。

「見つかっちまった時は、何とか上手く誤魔化せばいいんだったよな」
「ああ、そうさ。お前の筋肉ネタで場を繋げてもいいし、普通に『サンタクロースでーーっす!』って営業スマイルを振りまいてもいい。あるいは、ストレートにジャンピング土下座してもいいぜ」
「そうか。ふう……安心したぜ」
「い、いやいやいやいや! 今のどこに安心できる要素があったの!?」

 寧ろもう色々人間としてダメな雰囲気がぷんぷん漂っていた。
 
「ふっ、最初から見つかることを前提に考えていたのでは、このミッションを成功させることなど到底無理だろうな」
「何だとぅ? 偉そうに言いやがって。だったらテメェは見つからずにやれんだろうな」
「無論だ。お前と違ってな」

 目を閉じて涼しげに話す(実際寒くてぶるぶると震えている)謙吾に対して、真人は――声を低くして。

「――よくわかったぜ、謙吾。勝負……ってわけだな」
「何のことを言っているのかよくわからんが、まあ、俺がこのスニーキングミッションでお前に負けることなど到底あり得んだろうな」
「上等じゃねぇか……!! スニーカーだかストッキングだか知らねぇが、オレに喧嘩を売ったことを後悔させてやっからな!」
「ふ、せいぜい吠えてろ」
「恭介! もう聞きてぇことはねえぜ! とっとと始めてくれ!!」

 いつの間にか勝負になっていたこのミッションに、理樹は何故? と首を傾げる他無かったが、存外あれで楽しそうにしている親友達を見て、別にどうでもいいかと思ってしまう。
 そうして理樹が白い息を吐きつつ立ち上がると、謙吾に後ろから肩を叩かれ『頑張ろうな』と励まされた。
 それに理樹が苦笑混じりで返すと、唐突に片側の耳につけたイヤホンから声が『あー、あー』と響いてきた。
 さっき恭介にもらったやつだ。
 理樹は、耳を押さえるようにしてその声に集中し。

「『よし……今後はこの無線機で情報をやり取りする。お前ら、ジェームズ・ボ○ドっぽく、スパイ口調になって状況を報告してこい』」

 傍に居る恭介の声と、無線機の声が重なって響いてきた。
 それに合わせて、真人や謙吾も、イヤホン付きマイクで声を重ねて話す。

「『スパイ口調って、どんなだ?』」
「『こちら宮沢。今はどこどこに到着、これから誰々の部屋に突入する。……とかでいいんじゃないのか?』」
「『ああ、その通りだ』」
「『はぁ? それって普通過ぎねぇ? お前あの時は車掌風とかに拘ってたのによう、今日はやけに寛大じゃねぇか』」
「『いいんだよ、これで。これぞまさしく、ス○ークの口調だ』」
「『さっきはジェームズ・ボ○ドとか言ってたじゃねぇかよ……』」
「『細かいことは気にするな。とっとと始めるぞ。ほら見ろ、もたもたしてるから理樹様が怒ってらっしゃる』」
「『おお……すまん、理樹。寒かったよな? すぐに始めよう』」

 理樹が体育座りになってその光景をぼーっと見上げていると、謙吾は慌ててその前にしゃがみ込んで頭を撫でてくる。
 本当は馬鹿馬鹿しさ半分、寒さ半分で頭どこがぼーっとしていただけだったのだが、他の馬鹿3人はそんなこと知るよしもない。
 恭介が片手を上げてミッション開始の合図をしようとする頃には理樹もまた立ち上がって、4人が一列に並ぶ。
 
「よし……それでは、これよりミッションを言い渡す」

 理樹が横を見ると、謙吾と真人の二人はまるでスタート前のマラソンランナーのごとく真剣な顔で準備体操をしたり、軽いフットワークをこなしたりしていた。
 正直言って、サンタの格好でそれをやられると物凄く不気味だった。

「誰にも見つからずに、全てのプレゼントを配り終えろ。お前らはこれからサンタクロースを演じきるんだ。いいな?」

 気合い十分に二人が、少しぼーっとした感じで一人が、首を縦に振る。
 それを満足そうに眺めた恭介は、少し声を大きくして。
 言いながら、上げた手を振り下ろし。

「行くぞ。――――ミッション・スタートだ!!」

 ミッション開始の合図を、出した。

 

 

 

 

 

 〜 BGM:JAMES BOND THEME 〜

『こちら恭介。まずは一人部屋の西園の方から片づける。他の状況はどうだ?』
『ガガッ、こちら理樹。廊下に人の気配はありませんが、ぶっちゃけまだ起きてる人もたくさん居ると思います。ガガッ』
『あー、こちら真人。今来ヶ谷の部屋の前に到着した』
『って、お前もうかよ、速いな。まぁ一階だし当然か。あーそれと、別にわざわざノイズを言う必要は無いが、面白いのでそれ続けろ。アウト』
『了解。真人頑張って。アウト。ガガッ』

 無線を切って歩き出す。
 女子寮の中は、こんな深夜でも意外と温かかった。
 もちろん新館という意味合いもあるのだろうが、男子寮と違って、床は固いタイルではなく、ホテルにあるような柔らかいカーペットが敷かれていた。
 理樹も最初来たときはその差別的な扱いに結構ショックを受けたものだが、実際それ程温かさ的には変わりはないものだろうと思っていた。 
 だが違った。
 これは……物凄く温かい。
 どれくらい温かいかというと、正直さっきまで寒さで気が遠くなりかけていた理樹が、女子寮に入った途端ウキウキとテンションを上げていって、隣に居た謙吾にまで若干引かれたほどである。さっきのボケを見れば、今の理樹がどういう状態か容易にわかろうというものである。
 具体的に言うと、スキップをしている。
 夜の女子寮に忍び込んで、女装をして、スカートをひらひらさせながらスキップしている一人の男の子。どう見たって変態である。

「理樹、俺は向こうだ。それじゃ、健闘を祈る」
「うん、グッドラック。謙吾」

 少し進んだ所のT字路で、理樹は謙吾と別れる。
 その際の、ビッと親指を立てて互いを応援し合う二人の様子は、まるでこれから戦場に特攻していく長年の戦友同士のようだったと、後の人は語る。
 
『こちら真人。ミッションは完了した。これから直ちに帰還する』

 そして耳から聞こえてくるそんな真人の事務的な声に、理樹のテンションはさらに上がっていく。

『お、おいおい! もうかよ! 凄すぎるぜ、真人!』
『……あ、ああ。本当だ。少し拍子抜けしちまった程だぜ』
『こちら謙吾。ふむ……それならば、他の連中も案外簡単に行くかもしれんな。探索を続ける。アウト』
『ガガッ、すごいよ真人! やっぱり真人はかっこいいよ! 後でノート見せてあげるね! じゃっ! ガガッ』
『……おう、ありがとよ、理樹。それじゃあな。アウト』

 些か冷静すぎるんじゃないかというくらいに落ち着いた真人の声を聞いて、理樹はこの時本気で真人を尊敬した。
 すぱっと行って、すぱっと片づける。しかもあの来ヶ谷相手に。
 そんな男らしさ溢れる真人を、理樹は本気で兄貴にしたいと思った。自分からノートを見せに行くくらいなのだから、相当である。
 それぐらいはっちゃけまくっていた理樹は、るんるんで2階への階段を登っていく。スカートがひらひらと危なげに揺れるが、そんなことは誰も見てないのでお構いなしである。
 もちろん、物音や視界には相当気を遣っている。
 理樹はたとえ馬鹿でも、最低限周囲の状況に対しては冷静だった。

「うーん……」

 2階への階段を上りきって、角からわずかに頭を出す。
 物音はしないし、人の歩く気配も無い。
 一旦頭を引っ込めて、比較的死角になっている場所に座って地図を見る。
 ……女子寮は、構造的には男子寮と結構似ている。
 階段は東西に一つずつ。理樹が今登ってきたのは西側の階段。
 鈴の部屋はこのすぐ近くにある。

『こちら恭介。これから西園の部屋に突入する。アウト』
『ガッ、こちら理樹。もうすぐ鈴の部屋に入ります。アウト。ガッ』

 ボタンを押して、無線を切る。
 そしてもう一度角から顔を出す。
 右も左も、人の気配はしない。
 ここにこのまま長居するわけにもいかないので、理樹は意を決して角から飛び出す。
 そして、そのまま少し早めのスピードで廊下を歩いていき、

「……ここだ」

 ある一室の前へと辿り着く。
 ネームプレートを見ると、確かに『棗鈴』とあった。
 先ほど無線で突入の報告はしてあるので、理樹は特にイヤホンに手を伸ばすことはせず、そのままポケットに手を突っこんで、一つの鍵を取り出した。
 何故か恭介が持っていた、女子メンバー全員の部屋の鍵。
 ちょっと不審に思ってその出所を聞いたところ、恭介はこの学校に存在する数少ない情報屋から入手したものだと言っていた。
 それを聞いてさらに胡散臭く思った理樹達だったが、別に今恭介を責めても始まらないので、これはこのまま有り難く使わせてもらうことにした。

 ――そーっと……。

 ……かちゃり。
 回した鍵を、ゆっくりと引き抜く。
 もし万が一廊下を歩く人に不審に思われるわけには行かないので、多少面倒でも鍵だけは外していく。
 
 ――よしっ。

 きぃ。
 比較的新しいドアだからか、そんなに無駄な物音は出ない。
 理樹はゆっくりと部屋の中に入っていき、またゆっくりと扉を閉める。……『ぱたん』、と小さな音がした。

 ――なんか、いい匂いだな。
 
 言葉だけ見ると今の理樹も相当アレな感じだが、男子は女子の部屋に行くと、大抵はこう思うものである。見逃してやってほしい。
 理樹はそのまま、この部屋の暗さに目を慣らすように、立ち止まって周囲の様子を観察した。
 鈴はちゃんと寝ているようだ。奥の方から『すぴー、すぴー』という規則正しい寝息が聞こえてくる。
 次第に理樹の目も、廊下より一段と深いこの部屋の暗さに慣れていき、理樹は再び行動を開始する。
 ……と、そこで理樹の足に何かが触れた。
 
「……布?」
  
 下を見る。
 足に触れているのは、布製の、小さくて何か柔らかい……これは、

 ――って、ちょ、待て! これはっ!! 
 
 男として絶対に見てはいけないものを見てしまった理樹は、顔を真っ赤にしながら、そのまま頭に浮かんだイメージを振り払うようにずんずんと奥に進んで行く。
 部屋の奥までやってくると、鈴の暢気にぐーすか寝ている姿を視認できた。
 ……ただその周りには、ぐちゃぐちゃに脱ぎ捨てられた衣類の固まりがあって。
 それを理樹は敢えて見ないようにして、枕元に目をやると――

 ――まあ、半分予想はしてたけど。

 小毬と一緒に作ったのだろう、大きな靴下がベッドの脇に吊されていた。
 鈴は、実は未だにサンタクロースが居ると信じ切っているレアなお方である。
 その純粋な心は、兄である恭介の弛まぬ努力によって培われた。
 自分たちも毎年頑張った。『ぜったいサンタにあうんだ!』と言って聞かない鈴を寝かせるため様々な手段を尽くした。遊びまくってわざと疲れさせた。子守歌も歌った。羊も数えてやった。自分たちだけで寝てしまうフリまでした。
 だから、そんな鈴の子供のような純粋な心を、ここで無駄に壊してしまいたくない。
 そんな気持ちもあって、理樹は相当神経を使って、忍び足でその靴下へと近づいていく。
 そしてふと隣を見る。
 鈴の寝顔は……まるで本当に子供の頃のようだった。
 知らず、理樹も笑顔になる。
 ……理樹は静かに、白い袋から一つ、鈴用と言われているプレゼントの箱を取りだして。

「メリークリスマス、鈴。……後、ちゃんと脱いだものは洗濯籠に入れようね」

 小声でそう二言だけ告げると、靴下の中にそっとプレゼントを入れて、静かに部屋から去っていくのだった。
 『くー』という、鈴の返事に、満足そうに微笑みながら。

 

 

 

 

 

『……あー、こちら恭介。ファーストミッション完了……なんだが』
『どしたの?』
『いや、西園はちゃんと寝てたんだが……色々、見ちゃいけないもんを見てしまった気が。何か小冊子みたいな――』
『――いいよ、恭介。何も言わないで。何も言わなくていいから……』
『あ、ああ……引きつづき、セカンドミッションへと当たる。アウト』
『了解。アウト。あ、ガガッ』

 恭介との無線を切る。
 謙吾の方は、元々無線のスイッチを切っているようだ。反応が無い。まさしく今、集中している時間なのだろう。
 彼の目的地は東側の3階の奥にある。そこに辿り着くだけでも、相当骨が折れるはずだ。
 対して真人は……もう既にミッションを終了しているはずだが、反応は無い。今は自分たちの部屋に戻っている最中だろうか。
 と、理樹はそこまで考えた所で、前方に僅かな人の気配を察知し、『バッ!』と瞬時に死角へと体を滑り込ませる。

 ――危ない、危ない。
 
 ……向こうの足音に動揺は見られない。見つかってはいないようだ。
 何でこんなサンタ(しかも女装)の格好でガチスパイごっこをしなくちゃいけないんだ、と半ば理不尽な気持ちになりながらも、理樹は全神経を集中して、現在の状況を打開する方法を考える。
 取りあえず、ここに隠れてさえいれば余程運が悪くない限り見つからない。それは確実。
 加えて深夜ということもあって――もちろん所々に申し訳程度に電灯はついているが――視界も結構悪い。目を慣らしていて、さらにテンション爆発な理樹達なら別だが、起き抜けやもしくは単純に夜更かししているだけの女の子に、そう簡単に前方の存在を確認できるわけがない。
 理樹は次第に冷静な心を取り戻し、足音が過ぎ去ってから、現在の状況を丁寧に分析する。
 
 ――足音が向かっていったのは、東側か。

 現在理樹が居るのは、一階の西側階段付近。
 入り口の方からやってきたその足音は、理樹の隠れている場所を素通りして、謙吾の居る東側の方へと歩いていった。
 
 ――まあ、別に問題ないか。

 入り口の方からやってきた、ということが少し気になるが、特に危険は無いだろうと理樹は判断する。
 どうせ御手洗だね、と勝手に結論づけて、理樹は行動を再開した。
 次は小毬と佐々美の部屋。一階の西側の一角にある。この階段からはそう離れていない。
 理樹は、無線のマイクに口を当て。

『ガッ、こちら理樹です。これより、小毬さん達の部屋に突入します。以後無線は切ります。アウト。ガガッ』
『……了解だ。アウト』

 真人の短い返事が返ってくる。
 それにどこか安心した理樹は、一度深呼吸をした後、ゆっくりと無線のスイッチを切る。
 死角から顔を出す。
 人の歩く気配は依然として無い。
 だが、今日はクリスマスの夜だ。全員もう寝静まっていると決めつけるのには到底無理がある。
 ……理樹は慎重に死角から身を出し、長い廊下を走り始めた。
 ここで悠々と廊下を歩いていたら、たまたま部屋から出てきた女子生徒と鉢合わせする可能性が高くなってしまう。
 多少物音に不審さを感じさせても、ここは一気に走り抜けてしまうのが得策だろうと理樹は判断した。
 それは実際その通りで、現に理樹は誰とも鉢合わせることなく、数秒で小毬達の部屋まで辿り着くことが出来た。
 立ち止まって軽く息をつきながら、理樹はゆっくりとネームプレートを確認する。

「神北小毬……笹瀬川佐々美」

 当たりだ。
 鍵をポッケから取り出す。
 理樹は正直……今まで訪れたことのない小毬達の部屋に、どこか淡い期待感のようなものを抱いていた。
 それは別に、特別小毬達の部屋に興味があったわけではなく、『友達の部屋ってどんなのかな』という人間なら誰でも持つ好奇心からくるようなものだった。
 つまり理樹は今、そんなことをこの場で考えていられるくらい余裕があった。
 『今回も簡単な仕事だぜ、にっしっし』と言えるくらい、余裕があった。
 だってこれは、ただプレゼントを置いて、ただ帰るだけという何とも簡単なミッション。
 二人を起こさないでプレゼントを置いていくぐらい楽勝だぜ。理樹はどこか、心の隅でそんな風に考えていた。
 だが、運命の女神というものは――そんな人間の慢心を、ことごとく、打ち砕いていく。
 つまり、これがどういうことかというと。

 ――今回も簡単な仕事だねっ!
 
 笑顔のまま本当にそんなことを考えていた理樹が、そっとドアノブにある鍵穴に、鍵を差し込もうとしたその時。
 
 ――え?

 がちゃり、きぃ……。
 ドアノブが独りでに回り……扉が、勝手に奥の方へと離れていく。
 理樹は、世界が一瞬で凍った気がした。
 ぎぎぎ、とゆっくり顔を正面に戻すと、そこには――

「んぅ……」

 目をごしごしと擦る、眠れる獅子の姿があった。

「んみゅ……?」

 パジャマを着て、髪も下ろしてストレートにしたままの佐々美は、目の前にいる何かに気づいたようだ。
 寝ぼけた声を発しながらも、一生懸命くっついた目をごしごしと擦って開こうとしている。

「……」

 対して理樹は、そんな佐々美を見て、中腰状態のまま固まっていた。
 背中が、段々薄ら寒くなっていくのを感じる。
 けれど体の中はとても熱い。まるで、火山の大噴火と海の大嵐の両方に、同時に晒されてしまっているかのような心地。
 首筋や額に、嫌な汗が流れる。
 熱いけど寒いという矛盾した状態にありながら、理樹は、動かない頭を必死に動かす。

 ――ど、どどどどうする!? どうするの、僕!? ……ってそうだ! こういう時は一発芸で場を繋げろって恭介言ってたっけ! いやそれかもしくは、普通に土下座するか!? ……いやいや待て待て、人ってものは、いきなり相手に土下座されてどう思うものなんだ? 普通に考えて、余計不審がるだけじゃないのか? なら、笹瀬川さんを笑わせることが出来るネタを何か……って、笹瀬川さんが好きそうなネタって何だ? 猫とか? ……猫だとしたら、どんなネタがあるんだ? 普通に猫の鳴き真似してみるか? この状況で? ミャーオと? いや、それってただの馬鹿では……?

 自分が今紛れもない不審者であるということも忘れて、理樹はただただ、佐々美を満足させることが出来るネタはないかと必死に頭を働かせていた。
 次第に佐々美の目もハッキリとしてきて、目の前の人物を認識し始める。

「……?」

 一瞬佐々美は、『ハッ!』と宇宙人に出会ったような顔をして、眉を変な風に動かした後(理樹にはそれが少し面白かった)、もう一度強く目をごしごしと擦る。

「……」
「……」

 そして今、ハッキリと目が合った。
 ぽけー、と口を開いて静かに見つめ合う、一人のパジャマ女と一人の女装した男。
 理樹は……この凍った空間を何とか解きほぐすために、満面の笑みを浮かべるようにして、

「お、おかえりなさいませ、ごちゅじん様!」
 
 噛んだ。

「……」
「……」

 さらに凍る世界。
 佐々美は、冷や汗ダラダラのまま笑顔を浮かべ続ける理樹を見て――

「――き」
「……っ!!!」
「きゃ――むぐぅっ!?」

 口を、塞がれた。

「声を上げないで下さい、お願いしますごめんなさいすみません、お願いしますお願いしますお願いしますお願いします……」

 そして腕を掴まれ、後ろに回られ、耳に恐ろしいくらいのマシンガントークでわけのわからない言葉を囁かれる。
 そう……理樹は、たった今――本物の変態となった。

「んむぅっ!」

 ガツンガツンと脇腹にエルボーを食らうが、理樹はそれでも声を上げるわけにはいかないし、手を離すことなんか到底論外だ。
 理樹はじっとそれに耐え続け、冷や汗をダラダラ流しながら、さらに耳元に言葉を流し込む。

「僕直枝サンタです、プレゼントを持ってきたんです、だから声を上げないで下さい、お願いしますお願いしますお願いします……」

 理樹の必死の説得も、こんな状況では犯罪者の危ない言い訳にしか聞こえない。
 だが佐々美は、『直枝』と『サンタ』というワードを聞いた途端、ぴくりと一瞬動きを止め。

「んにゅぅーーーっ!!」
 
 さらに暴れ出した。

「ちょ、ま、暴れないで! バレる! バレるから!! あぶっ!」
「にゃうーーーっ!!」

 がつんがつんと足を踏まれ、頭突きを食らい、エルボーをいい感じの所に決められた理樹は、力を弱め……つい、手を離してしまい――

「ぷはぁっ! はぁはぁ……はぁ……く、こ、この!」
「あうう……」
「な、直枝さん! あなた――むぎゅ!」
「し〜〜〜っ!! バレるから静かに!」

 今度は軽く口を押さえて、理樹も自分の口に人差し指を当てる。
 そして、慌てて右・左と廊下の様子を確認して、人が出てこないか確かめる。

「ふう……」
「もごもご!」

 人の動く気配は……しなかった。
 それに理樹が安心して、佐々美の口からゆっくり手を離すと――

「――でっ!」

 いきなり拳骨をもらった。

「レ、レディに向かっていきなり何てことをするんですの、あなたはっ!? さっきのも、普通に犯罪ですわよ!?」

 頭に幾つも血管を浮かべつつ、佐々美は小声で叫ぶ。
 ぶっちゃけ言うと、もう既に理樹達は不法侵入という犯罪を行っている。
 そして殴られた頭を痛そうに押さえつつ、理樹は顔を上げて。

「……い、いやだから、僕サンタなんだって」
「見ればわかりますっ。そして、あなたが変態だってこともっ」
「しょ、しょうがないじゃん! サンタは不法侵入するもんなんだよ! いつも法律やセキュリティと戦ってるすごい人なんだよ!」
「は、はぁ? あなた、一体何を意味不明なことを言ってるんですの……? と、とうとう堕ちる所まで堕ちましたわね。よくもこんな、女子寮に忍び込むなんて……し、しかも女装までしてっ」
「え? ――って、ああーーっ!!」

 慌てて理樹はスカートの下を押さえる。
 そして顔を真っ赤にして、そのまま……ぺたりと床に座り込んでしまった。

「こ、これは……その――」
「本当に……よくわかりましたわ。あなたがもう手に負えないぐらい変態で、救ようもないぐらい馬鹿で、情けをかけることさえも躊躇するほどアレなお方だった、ということが」
「う、うぁぁぁあああ……」

 佐々美の容赦ない罵り言葉の数々に、理樹は頭を抱えて突っ伏してしまう。
 何も言い訳できない。まさしく全てこのお方の言うとおりだった、ということが理樹の心を余計に抉った。
 そして佐々美は、言っておいてそんな理樹が少し哀れになったのか、『はぁ……』と軽く溜息をついて。

「……で、何なんですの? プレゼント?」
「あ……う、うん。はいこれ、笹瀬川さんに」

 理樹はなるべく佐々美の顔を見ないようにして、白いプレゼント袋から、ごそごそと一つの綺麗に舗装された箱を取り出す。
 佐々美はそれを受け取ると、怪訝そうに理樹とその箱を見比べて。

「――あなた。これまさか、全員の部屋まで配りに回ってるんですの?」
「い、いや。僕と真人と謙吾と恭介で、全員分回ることになってて……」
 
 佐々美はそれを聞いた瞬間、少し驚いたように目を開いて、
 
「み、宮沢様まで!? ……って、何で私の所に来るのがあなたなんですのっ!?」

 理不尽な怒りをぶつけてきた。
 ガシガシと胸ぐらを掴まれ、頭をいい感じにシェイクされた理樹は。

「し、知らないよ! じゃんけんでそう決まったんだよ!」
「くぅう……み、宮沢様だったら、そのまま私の寝顔にキスして頂いて、それで、それで……――きゃっ」
「……」

 どさっ。
 手を離され、理樹は再度床にへたり込む。
 一方の佐々美は謙吾とのいけない妄想に夢中らしく、両手を頬に当て『いやんいやん』と首を振っている。
 理樹は、何だかやるせない気持ちのまま、ぶん投げられた箱に手を伸ばし。

「……はいこれ、何だか割れ物みたいだから、ちゃんと大事に扱ってよね」
「きゃう――……って、は? みたいって、あなたが用意してくれたものじゃないんですの?」
「え? ううん。恭介が買ってきたやつだよ?」
「……」

 けろり、とそう答えると、佐々美は一転してジト目で理樹を睨み。

「――はぁ……ほんっと、今日はあなたを思い切りぶん殴りたい気分ですわ」
「え、ええ……? な、何かいけなかった?」
「はぁ……もういいですわよ。そうですね、有り難く受け取っておきます。ですが――」
「え?」

 そして佐々美は次の言葉を言う前に、理樹の前にすとんとしゃがみ込んで、ゆっくりと顔を近づけてくる。
 その突然の行動に理樹はどぎまぎしたが、佐々美はそんな理樹の心情に気づくこともなく、手を相手の頬に当て。

「――これ、借りますわよ」
「あっ!」

 耳につけられていた無線機を奪い取る。
 必死にそれに手を伸ばす理樹だったが、佐々美はまるでいじめっ子のように意地悪く笑ってそれを交わし。

「ほほほ、これでちょっとあなた達の悪巧みを観察させてもらいますわよ。ついでに宮沢様の美声もゲット……っと。――あ、でもちょっとここじゃマズいですわね。あなたを部屋に入れるわけにもいきませんし……って」

 そこで佐々美は、何かに気づいたようにハッとした後、ぎろりと理樹を睨みつけて。

「あなた……さっき鍵を持ってましたでしょう? あれ、私達の部屋の鍵ですわね? 今すぐ出しなさい」
「う、うう……」

 きっちり見られてた。
 ここで少しでも言い訳すると本気でぶちのめされると思った理樹は、すぐにポッケから2つの鍵を取り出す。
 実際もうこれを持っている意味は無い。全部この人に処理してもらった方が寧ろいいと理樹は思った。
 そして、それを不機嫌そうな顔で受け取った佐々美は。

「本当に呆れますわ……こんなものまで用意して。正気ですの? あなた達」
「い、いやまあ……全部プレゼントを配るためだったんだよ。恭介が用意してくれて」
「ふん……まあ、あなた達のその気持ちは嬉しいですけど、もうこんなのは二度と止めるべきですわ。っていうか止めなさい」
「はい、すみません……」
「まったくもう」

 そうして佐々美は呆れたように溜息をつくと、こっちに来なさいと一言告げて廊下を歩き出す。
 それを見た理樹も慌てて立ち上がり、トテトテと走って追いかけていく。
 そして、少し廊下を進んだ後――理樹達は、小さなサロンに辿り着いた。
 そこには幾つかの自販機があり、まだそのライトは点いたままである。
 その、深夜にしては妙に明るいスペースに理樹を連れてきた後、佐々美は、そこに並んでいるソファーの一つに『ぼふん!』と座り込んだ。
 そして理樹はその後ろで、少し驚いたようにその空間を見回して。

「すごいね……女子寮って」
「あら? そっちにはありませんの?」
「いやいや、自販機はあるけど、さすがにこういうのは……うう、いいなあ」
「……変な所に羨ましがってないで、とっととそこに座りなさい」

 自分の斜め向かいのソファーに座るように、佐々美が指で促す。
 理樹はそれに慌てて頷き、スカートを押さえるようにして、ゆっくりとソファーに腰掛ける。

「ふう……。あ、ごめんなさい。ちょっとここで待っていて頂けるかしら?」
「え? ってちょ、どこいくの?」
「私には元々用事があるんですの。すぐ戻ってきますから、ここで待ってなさい」

 不機嫌にそう言ってそこから立ち去ろうとする佐々美に、理樹は、先ほど自室から寝ぼけ眼で出てきた彼女のことを思い出す。
 元々どこかに行くつもりだったのか、と理樹は少し考え――そして。

「あ、もしかしてトイレ?」
「……」
「あいたっ!」

 スリッパで思いっきり叩かれた。
 
「それじゃ、行ってきますわ」
「うう……行ってらっしゃい」

 今の件を強制的に無かったことにし、佐々美はさっきの通りサロンから出て行く。
 ……そして、再び一人になってしまった理樹は、何だか無性に寂しくなり、自分がこんな明るい所に居るせいかな、と何となく考えた。
 自販機の『ブゥ……ン』というライトの音が、妙に大きく感じる。
 あれだけ温かいと思っていた女子寮が、ここに来て……随分と寒くなったような気がした。
 
 ――そういえば、謙吾達はどうなったんだろう。

 無線で連絡を取りたくても、今はまだ佐々美に機械を奪われたままだ。
 そうして理樹はそこで初めて、随分厄介なことになってしまったと、現在の状況の深刻さを理解した。
 
 ――早くとっととこんな所から出て、こんな服脱ぎたいのに。
 
 うっすらと涙目になりながら、理樹はさっきまでとは打って変わって暗い気持ちになる。
 時刻は――もうすぐ2時。
 本来だったらもうとっくに寝てる時間。
 明日はもう冬休みだから、特に授業関係には問題がないが……実際理樹はもうとっとと帰って寝たかった。
 謙吾や恭介も、もうとっくにミッションを終えて自分の部屋に戻ってるんだろうか。
 自分が居ないことを、自分と連絡がつかないことを……心配してないだろうか。
 そう考えた途端、理樹は今すぐにでも彼らと連絡を取らねばならない気がしてきた。
 ええい、笹瀬川さんはまだか――と考えた所で、丁度佐々美がトテトテと走って戻ってきた。

「すみません、お待たせしまし――」
「笹瀬川さんっ! ちょっとさっきの機械返して!」
「――へ? あ、い、いいですけど」
「ありがと!」

 理樹の必死な様子に気圧されたのか、慌ててポケットから無線機を取り出す佐々美。
 理樹はそれを受け取ると、素早くケーブルを耳に回し、イヤホンを装着。スイッチを入れた。

『こちら理樹です! ごめん、みんな! ずっと切ってて! 今どこ!?』

 だが、予想に反してイヤホンから聞こえてきたのは――

『――あら、直枝理樹? ミッションは終わったの?』
『ふむ、理樹君は女物のサンタ服を着ているそうじゃないか。場所を教えてくれ。会いに行こう』
『――は?』

 聞こえてきたのは……想像していた男連中の声ではなく、佳奈多と来ヶ谷の声。
 全くわけがわからず、理樹がそのままソファーで固まっていると。

『理樹か!? 今どこに居るんだ!?』
『恭介? あれ……っていうか、何で二木さんと来ヶ谷さんが無線に出てるの?』
『あ、ああ……それは、』
『それは私たちが、それぞれ馬鹿二人からこの無線を借りているからだよ、理樹君』
『は、はあ?』

 はっはっは、という来ヶ谷の笑い声が聞こえてくる。
 理樹は、ますますわけがわからなかった。
 真人はさっき、ミッションを問題なく終わらせることが出来たと言っていて、さらに今はもう自室に戻っているはずだ。
 なのに、何故今、来ヶ谷が無線を借りられるのか。
 そもそも彼女は起きてるはずもないのに――とそこまで考えたところで、理樹はハッとした。
 そして。

『ふん。君たちは本気で、この馬鹿に私が出し抜かれると思っていたのか?』
『え、ええーっと……』
『大体……部屋の真ん前で暢気に、到着だのアウトだの言ってる奴が居たら誰でも不審がるだろうが。まあ、それでこいつはまんまと私の仕掛けた罠に引っかかってくれたわけだが』
『真人……』

 やっぱり、真人は真人だった。先ほどの冷静な言葉は、全部隣に居た来ヶ谷が言わせていたのだろうか。
 だとしたら納得。
 あの馬鹿が、いきなりあんなスーパー兄貴的なキャラに変身できるはずもない。
 理樹は、自身が抱いていた理想の兄貴像がガラガラと崩れ去っていくのを感じた。
 ……そして、やっぱり来ヶ谷も来ヶ谷だった。寝ている状態でそこまで気づけて、さらに一瞬で罠を設置するなど、並大抵の人間に出来ることじゃない。やはりとんでもない人間だった。

『そ、それじゃ二木さんは?』
『わ、私は――』
「ちょっと、直枝さん? 私にも聞こえるようにしてくれませんこと?」
「あ、ご、ごめん!」

 佐々美が不機嫌そうな顔で睨んでいたので、慌ててイヤホンを外し、音量を上げて周りにも聞こえるようにする。

『理樹か? こちらは謙吾だ』
「み、宮沢様っ!?」
『二木に手伝ってもらって、こちらのミッションは無事成功した。今、一緒に恭介の方へ向かってる。そっちの状況はどうだ?』

 ミッション成功、という言葉に理樹はほっと安堵し、その質問に答えようとするが……。
 ふとそこで、佐々美の方を見る。
 この人のことを言ってしまってもいいものだろうか、と理樹は一瞬悩んだが、謙吾の生音声に悶えている佐々美を見て馬鹿馬鹿しくなってしまったので、とっとと現在の状況を喋ってしまおうと思った。
 マイクを口に近づけて。

『うん、こっちも一応ミッション完了。まぁだけど……笹瀬川さんに見つかっちゃって……その、今一緒に居る』
「な!? ちょ、こら!」
『な、本当かよ!? ――何だ、だったら俺以外全員女子に見つかっちまったのか。だらしねぇな……ま、これじゃ俺の一人勝ち、ってとこかな』
『いやいやいや、恭介とは勝負してないからね』
『というか、不法侵入者にそんな風に威張られても困るのですが』
『全くだな。恭介氏は今一度自分の立場を考えてみるべきだ』
『……すみません』

 二人の冷た過ぎる声と共に、恭介の情けない呟きが聞こえてくる。
 理樹は佐々美にスリッパでばしばしと叩かれながら、みんなもちゃんと自分と同じような状況に立っていたことに安心して、自然と笑顔になった。
 ……隣の佐々美には気味悪がられたが。

『実はな、二木とはさっきバッタリ途中で出会ったんだ。同じサンタの格好してるから、まぁ大体何してるのか想像がついたがな――むごっ!』
『け、謙吾!?』
『余計なことは言わないでいいのよ。あなた達は、通報されなかっただけ有り難く思いなさい。全く……葉留佳へのプレゼントがあったから、こうして私も手伝ってやってるんだから』

 最後の方は段々声が小さくなっていって、若干聞き取りづらい。
 けれど理樹は、それで何故彼女が謙吾の近くに居たのかがわかった気がして、また少し笑顔になった。
 そして、隣の佐々美もそれを聞いて、同じように――ではなく、謙吾に何かしたらしい佳奈多に対して拳を震わせていた。

『お前は、能美の部屋に俺を入れたくなかっただけだろうが』
『クドリャフカの部屋じゃなくて、私の部屋よっ! ……大体、あなたとクドリャフカを二人っきりにしたら、何が起こるかわからないじゃない』
『何もしねぇ!!』

 大声で、ロリコン疑惑がかけられている恭介の反論が返ってくる。
 理樹はそれを聞いて、なるほど……と苦笑しつつも、現在の状況をもう少し確認しようとした。

『真人は? 真人は今、来ヶ谷さんの部屋にいるの?』
『む? ああ、さっきまで少し居たが、暇だから筋トレしてくると言って出て行ってしまったな』
『こ、こんな夜中に何を考えてるのかしら、あいつは……』
『いやまあ、真人だし……』

 佳奈多の呆れた声と共に、あははと苦笑する。
 きっと今頃、外でランニングでもしてるんだろうか。

『そうだな。あいつのことは特に心配要らないだろう。すぐに戻ってくるさ。――って、おーい! こっちだ!』
『大声出さなくても見えてるわよ! クドリャフカが起きちゃうでしょうが!』
『ああ、悪い悪い。理樹もそろそろ戻れ。笹瀬川の方も、とっととプレゼントもらって寝ておけよ。じゃあな。アウト』

 そうして、プツリと恭介と謙吾の無線が切られ。

『私の方も切ろう。ああ、ちゃんとこの機械は明日返しておくから安心するがいい』
『ああ、うん。ごめんね、来ヶ谷さん。こんなことしちゃって』
『ふ――確かに君たちの行為は褒められたものではないが、ここで言っておくべきなのは、私からの礼だ。――ありがとう。確かにプレゼントは受け取ったよ。大事にしよう』
『あ、う、うん。それじゃあね、来ヶ谷さん』
『ああ、おやすみだ。理樹君』

 そうして理樹も無線を切り、マイクを離す。
 意外に大した文句を言われなかったことに、本当に自分たちはこれで良かったのだろうかと、少し……後悔するような、自身でもよくわからない気持ちのままで。
 そしてふと横を見ると、佐々美が『はうー』と欠伸をしていた。

「はう……むにゅ。……私も、寝ますわ。もう2時ですものね」
「うん。あ、これ。小毬さんにも渡しておいて」

 忘れる所だった――と、プレゼント袋から最後の一箱を取りだして、佐々美に手渡す。
 それを受け取った佐々美は、その箱と理樹の姿を交互に見比べて、次第に――少し意地悪そうな顔になって。

「ねえ――あなたからのプレゼントは、無いんですの?」
「え、ええ!?」
「あ、そうでした。無いんなら作ればいいんですのね。私ったら頭いいですわ」
「は、はあ?」

 ぽん、とわざとらしく手を打って、ニヤニヤと微笑みながら『ここでちょっと待ってなさい』と一言だけ残して、自分の部屋の方へ走り去って行ってしまう。
 わけがわからず、呆然とそこに立ちすくんでいた理樹だったが、今ここでこのまま帰ってしまうわけにもいかないので、取りあえずソファーに座ったまま佐々美のことを待つことにした。
 そして数分後、嬉しそうな顔で戻ってきた佐々美の手に握られていたもの。それは――

 

 

 

 

 
「ちょ、もう無理だから! いい加減帰らせてよ!」
「あ、後1枚、後1枚ですわ!」
「さっきからそればっかじゃん! 一体、何枚撮れば気が済むのさ!!」

 ぱしゃっ!
 佐々美が持ったデジタルカメラから、フラッシュが放たれる。
 その前で妙に乙女チックなポーズを取っている(取らされている)理樹は、恥ずかしさからか顔を真っ赤にし、体をぷるぷると震わせている。
 そして、理樹のそんな抗議を聞いて、佐々美は少し残念そうな顔になって。

「仕方ありませんわね……じゃあ、最後にもう一つ」
「まだ撮るのっ!?」
「これが本当に最後ですわよ。……えーっと、こうして、と」

 佐々美は難しい顔でポチポチとカメラのボタンを押していき、うんと一度頷いて、ソファーの前のテーブルにカメラをセットする。
 そしてトテトテと反対側――カメラの向こう側――の理樹の隣にやってきて、一緒に座って体をくっつけてくる。
 その行為の意味がわかった理樹は、一層顔を赤くして。

「え、ええーー!? それやるの!?」
「い、いいから! ほら、ぴーす、ですわっ! 女の子はこうするもんなんですっ!」
「う、ううう……」

 自動撮影モードになったカメラを前にして、理樹は怖ず怖ずと手を差し出してピースサインを作る。
 ふと隣を見ると、前をじっと向いた佐々美も、ほんのり頬を赤く染めているのがわかった。
 ……それに何だか理樹は少し安心して、強張った顔も緩まって、次第に笑顔になっていく。
 二人は、前を向いて。
 笑顔で、あの決めゼリフを。
 そんな、二人の姿はまるで――

 

 
 

 

 
 翌朝。
 窓から洩れてくる強い日差しを受けて、理樹は目を覚ます。
 昨夜の件で完全に睡眠不足となった理樹は、怠い体のままむくりと起きあがり、死人のような顔でゆっくりとベッドからはい出ようとする。
 ――すると。

「……んぅ?」

 右手に何か、当たるものがある。
 四角くって固い、何か。
 紙に包まれた、箱のようなもの。
 それを手に取り、理樹は目をごしごしと擦りながら、ぼけーっと、そこに挟んであるカードを眺める。
 そこには、こう書いてあった。


 ―― Merry Christmas♪ Little Busters! ――


「は、はは……」

 なんと自分の所にも、サンタがやってきた。
 細い目をしたまま、段々笑顔になっていく理樹。
 まさかサンタがサンタからプレゼントをもらうなんて、また変なこともあったもんだと、理樹は思う。
 いや、本当は違った。
 サンタなんて――本当は、最初から一人しか居なかったんだと。
 理樹はその該当する人物を思い浮かべ、ははは、と苦笑する。
 こりゃ来年は自分かな――なんて、またありそうでありそうもない、いつかの未来を思い浮かべながら。

 ――よしっ!

 立ち上がる。
 ん〜〜〜、と屈伸をして、洗面台へ。
 その前に、ふと上の段のベッドを見てみると……そこには誰も居なかった。
 
 ――真人ってば、昨日も結局僕が寝るまで戻って来なかったのに、また今日もこんな朝早くから……。

 理樹は、毎日の日課にうるさい一人の親友の顔を思い浮かべながら、また少し苦笑して、今度こそ部屋を出て行った。

 
 

 

 

 

 ……その後、来ヶ谷の部屋の前で気絶している真人が発見され、それが謎の事件とされたのは……また別の話。

 

 

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